7月27日 ―11―
「ごめんねー。もう次のお客さん来ちゃってて」
突然扉を開けて現れた佐橋さんはそう言って、部屋の外を指さす。指さす方を覗いて見ると、四人組の男性がこちらを見ていた。なるほど、確かにお客さんは来ているようだ。
「りょーりょー、もうちょっとだけ待ってよ、あと五分だけ。お願い」
「そう言われてもねー。彼らを待たせる訳にもいかないんだよ、アリアちゃん」
「アリア、亮さんを困らせるな。太郎さん、一緒に歌うのはまたの機会にしましょう」
「そう、ですね」
「おやー、二人で歌うつもりだったのかい? いやいや、仲が良さそうでなによりだよー。これで、僕の問題は解決したかなー。店長には素敵な出会いを提供したのでキャンペーンは成功でしたと言っておこう。アリアちゃんの問題もこのまま解決しちゃうといーねー。さっき目を真っ赤にしていた時は、説得中だって言ってたけど」
佐橋さんは、アリアちゃん、彩さんととても親しげだった。
まあ、佐橋さんは人当たりがいいし、アリアちゃんもそうだから親しげなのはいい。
ただ、この二人と親しくて亮さんと呼ばれる人、俺の中に一人、心当たりがあった。
「あの、彩さん。も、もしかして、亮、さんって」
「あ、そうでした。紹介しますね。えっと、この人が『彩』のメンバーでさっき話した亮さんです」
「彩ちゃん、ご紹介どうもー。はい、僕が『彩』のメンバーの佐橋亮です。亮ちゃんって呼んでくれていーよ♪」
「……、佐橋さん。怒っていいです?」
何で言わなかったか!
「そんなんじゃ駄目だよ、兄ちゃん。りょーりょーはこれから一緒にやってくメンバーだよ。挨拶はちゃんとしなきゃダメだよ。というか、何を怒ってるの?」
「そうそう、怒っちゃ駄目だってー。……あれ? 太郎君は『彩』に入るのかい? 次の公演だけじゃなくて?」
「違うよ! 兄ちゃんは、あたしと一緒にできる限り歌ってくれるって言ったもん」
「えと、それは……、言ったね。でも、その、挨拶は、ごめん、アリアちゃん。い、いくつか、確認したい、ことが、あるんだ。その後、で、あの、返答、次第では、ちゃんと、やり、直すよ」
俺は一呼吸おいて、佐橋さんに話しかける。
「それで、佐橋さん。少し聞きたいことがあるんですけど」
佐橋さんと話す時には、スラスラと言葉が出てきた。そんな器用に使い分けるのなんて逆に、難しいと思うんだが。もちろん意識してやっている訳じゃない。俺は一体どうなってるんだろう?
「いーよ、あまり時間は無いから手短にねー」
そう言いながら、佐橋さんは部屋の片付けを始めている。
「今日、この二人が来るって知ってました?」
「太郎君が100%なら、二人は99.9999%位の確率でかなー」
はいはい、確信してたんですね。
「そうですか。では次です。二人には何と言って相部屋を勧めたんですか?」
「中々に歌は上手いんだけど冴えないもの凄く普通なぼっちの男性との相部屋ならすぐ入れるけどどうする? って」
「えーっと、うん。確かにそんなこと言ってたよ。りょーりょーは」
アリアちゃんは、歌の上手い男性を探していた。なら、歌が確認出来るのなら相部屋も望むところだっただろう。まして、相談相手の佐橋さんに歌が上手いって言われたのだ。
「次で、最後です。今回の相部屋キャンペーンって、何を提供するものだったんですか?」
「もう、また言わせるのかい? これ結構ね、恥ずかしいんだよ、太郎君。……このキャンペーンは素敵な出会いを提供します。主に、アリアちゃんにとって」
ですよねー。ちくしょう、凄い偶然だとか、もはや奇跡だとか考えてた、あの時の俺を殴ってやりたい。
「全部、佐橋さんの掌の上だったんですね。笑いが止まらないんでしょ? 俺を躍らせて」
「いやいや、そんなことはないんだよ、太郎君。僕としても、男声は『彩』に欲しかったけどね。僕が説得したら、なんだかんだ言っても人が良い太郎君は引き受けてしまうだろう?」
それはない。と言いたいが、そうとも言い切れない自覚があった。
「だから、僕は太郎君の勧誘には基本的にノータッチって決めてたんだ。『彩』で活動するなら、自主的にやりたいって思えなきゃ、やらない方がいいからね。そんな訳で、二人にも太郎君が僕の知り合いだってことは言ってなかったんだよ。少なくとも、彩ちゃんの言う亮さんとここの店員の佐橋さんは結びつかないようにしてね、って言っておいたし。今回のことは、初対面の君達が君達の意思で動いた結果だよ」
「確かにそう言われたわ。勧誘に失敗した時に、クレームを店長に言われたら困るからって。良く知りもしない店員が変な勧誘を送り込んできた、とか」
彩さんが佐橋さんの証言を保証する。
「そうですか。でも、二人が勧誘しても同じことになり得ますよね。それは」
「そうだねー。でも、まあ、その心配はないと思ってたよ。過剰な勧誘は彩ちゃんが止めてくれるだろうし、アリアちゃんも嫌がる人に無理強いする子じゃないから。一応言ってはおいたしね。二人の御眼鏡に適っても、軽い感じで誘って欲しい、無理に誘っても意味ないからって。『彩』への勧誘をするなら、次の公演の見学か参加の後にしてほしいって。だから、お願いは『彩』への加入じゃなくて、介護施設での共演でとりあえず様子見ってことになっていなかったかな?」
様子見という話は初耳な気がするが、確かに次の介護施設だけでいいって話はあったと思う。アリアちゃんに念を押して確認された記憶がある。それで、あの喜びようだったのかもしれない。
「一回連れてって、やる気にならないとか、やっぱり無理って思うなら、さっきも言ったけど、やらない方がいいからねー。それで無理なら諦めるつもりだったんだよ。それなのに既に、やる気満々だなんて想定外もいいとこだよ?」
「キャンペーンもそのためにわざわざ?」
「いやいや、それはたまたま。僕が紹介するのは、ノータッチに反するからどうしようかと思ってたら、適当に言った相部屋キャンペーンが通っちゃったんだよねー。ちょうどいいから、使うことにしたのさ」
「今日、俺の方が来るの遅かったらどうするつもりだったんですか?」
立て続けに質問を送る。なんとなく、黙って居られなかった。
「太郎君より先に二人が来たら、満室ってことにして追い帰すつもりでいたからね。適当にその辺で時間潰してもらって、太郎君が来たら部屋が空いたって連絡して、もう一回来てもらう予定だったよ。まあ、太郎君が入った後で直ぐに二人が来たのは本当にラッキーだったかなー」
「俺が二人の部屋に入るってこともあったんじゃ――」
「それは無理だね。太郎君は絶対に、相部屋になるくらいならいつまでも待つよ」
「俺のこと、良くわかってますね」
「まあね。つまり僕がやったことは、太郎君と二人を引き会わせただけだよ。まあ、穴だらけの愚策ではあったけど。上手くいって良かったよ。それで勧誘は二人任せってねー。これもさっき言ったけど、太郎君が嫌なら断れるようにしてもらったはずなんだけど。そんなことなかったのかな?」
「それは、なんとも。嫌なら断れたかもですね」
アリアちゃんのお母さんの話は反則気味だった気もするが、嫌なら断れただろう。そもそも、受ける気八割の段階では、二割が満ちなければ断る気でいたし。それに、結局は俺がやりたいから応えた。だから、そこに文句を言うつもりもない。
「えっと、つまり俺の返事次第で結果が変わる状況だったってことですか?」
「そうなるね。僕の掌の上だなんてとんでもない。僕のプランの成否は結局は太郎君の最終決定次第だったんだよ。次の公演へ参加するかどうかでさえ、五分五分だと思っていたくらいだしねー」
「そうですか、大体わかりました。結局、面白がってたことは変わりない気がしてるんですが、いいです。なら、一応挨拶は佐橋さんにもしっかりと言わなければいけないですね。……えっとですね。俺は俺の意思で『彩』で歌います。これから、よろしくお願いします」
「いやー、こちらこそよろしく、太郎君。これから、僕も楽しくなりそうだよ。さて、じゃあそろそろ片付けもいいかな。それにしても途中から二人静かになっちゃったけど、どうしたの?」
「いや、話し始めた時は顔見しり程度だと思っていたのだけど、想像以上に二人の仲が良さそうだったから驚いて」
「それに、兄ちゃんが普通に喋ってるのを今日、初めて見たよ」
「いやー、なにせ僕と太郎君はマブだからねー。まあそれはいいや、話しこんで悪かったね。じゃあ、そろそろ出てもらっていいかな?」
「あ、うん。わかったよ。じゃーねー、りょーりょー」
「ええ。それじゃあね、亮さん」
「じゃあ、また」
「はいはーい、じゃあねー」