無言劇
アルフィーの同名の曲の歌詞を元に書き上げました。
短くなっちゃいましたけど、歌詞に忠実に書いたつもりです。
俺はいつものように、君の住むマンションに行き、そして402号室のベルを鳴らした。
「はぁい」
明るくドアを開けた君は、目の前に俺がいることに気付くと、その次の瞬間、顔が真っ青になった。
「あっ、あのっ、今はちょっと……」
「なんでだよ、すげぇ久しぶりに来たっていうのに……」
口ごもる君を押しのけて俺は部屋に入った。
「ん?」
上がり口になぜか男物の革靴が脱いである。
(確か一人暮らしだったはず……)
そのとき、奥の部屋から声がした。
「どーしたの? 誰が来たの?」
聞き覚えのある声だった。
「あの、ホントに、ちょっと……」
俺の腕を掴んでいる君を身体ごと引きずるようにして俺はずかずかと奥に進んだ。
奥の今に人影があった。
テレビを見ていたそいつは、振り返って俺を見た。
そしてさっきの君と同じように、一瞬で顔が真っ青になった。
「はっ……」
「あっ、あのっ、その……。ちょっとテレビとビデオの調子が悪くって、見に来てもらったの……」
君は今にも泣き出しそうな顔と声で、俺に向かってそう言った。
(演技派女優は違うねぇ……)
最初のうちは妙に冷静でいられたのだが、やはりその状態は長続きしなかった。
俺は、俺の顔を見て呆けているそいつの胸ぐらを掴んでこう怒鳴った。
「てめぁぁ! どういうつもりだぁ!?」
「はっ……」
俺の怒鳴り声でそいつはすっかりびびってしまった。
君は君で涙目になりながら俺の顔を見ている。
「けっ、そう言うことかよ……」
俺は掴んだ胸ぐらを離し、そいつをドン、と押しやった。
「あっ、いや、あの……そう言うことじゃなくって……」
言い訳しようとするそいつの顔には今までに見たことのないひきつった作り笑いが浮かんでいた。
君はとうとう俺から目をそらした。後ろめたさにとまどう視線が、俺から去っていった。
「俺ぁ、ただの道化役かぁ! お前達二人を楽しませるための?! は! 冗談じゃねぇぞ! 後はお前らで勝手にやってろや!!」
俺は何とかそれだけを言うと、靴を履いて後ろ手にドアを閉め、駆け出した。
後ろも振り返らずに道を駆けだした俺は、しばらく走ってその速度を落とした。
ふと目にした白いポスターには、「ハネムーン」の五文字が踊っていた。
こんなことになっていなければ、俺は君とハネムーンに飛び立っていたはず……
そう思うと無性に悔しくなって、俺はそのポスターをびりびりと引き裂いた。
手のひらから破れたポスターがひらひらと風に散っていく。
何枚も、何枚も、そうやって目にするポスターを破ってはみたものの、俺の心には、やり場のない悲しみだけが残った。
俺はまた足を早め、自分の部屋へ駆け込んだ。
寒い寒い部屋の中で、俺はただ両足を抱えているだけだった。
しばらくして俺はその体勢のまま、ごろんと転がって天井を見ていた。
唇を噛んで、こらえきれずに涙を流した。
(なんで……? いつから……? よりによって、あいつだなんて……)
君の部屋に俺より先に存在していたのは、驚いたことに、俺の一番の親友(だと思っていたヤツ)だった。
君のことをいろいろと相談したり、何だかんだと話題にしていたことはあったモノの、まさかそんなことになっていようとは思いもしなかった。
俺自身の考えが甘かったのか、行動に隙があったのかそれは分からない。
しかし……。
堪えようとしても止まらない涙をただ流し続け、俺は一つの結論にたどり着いた。
俺は『ドラマの中の役者』だったと。
俺はそのドラマの中で主役を演じていたつもりが、実はそれはミスキャストで、俺は単なる脇役の1人に過ぎなかったのだと。
俺がどんなに泣き言を言っても、それはドラマには全く不要のモノなのだと言うこと。
そして、このドラマは、台詞の要らないドラマで、タイトルは『無言劇』。
本当の主役は、『冷め切った心とココロ』だったのだと……。