2話
森を抜けると町があり、その町外れにナタリーさんの家はあった。
赤い屋根で石造りの可愛い家で、広い庭がありそこには薬草や野菜などが植えられている。
この庭を見ると私は貸し農園のことを思い出し少しだけ寂しくなった。もうあの都会のオアシスには、二度と行けないのだと思ったからだ。
「大丈夫?泣きそうな顔をしているわよ」
その時の私の表情は、本当に泣き出しそうだったのだと思う。
「大丈夫です。この庭を見たら、元の世界の畑で過ごしたこととか思い出してしまって。あと育てていた野菜とか果物どうなったかなとか思って……」
私は大げさなぐらい元気良く話していたと思うが、最後は自分の視線が自分の足下に移っていた。
「そうだわ。ルティアも私と一緒にこの庭で、何か育ててみる?」
ナタリーさんは俯いている私を励ますように、明るい声で嬉しい提案をしてくれる。
「いいのですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます」
私は精一杯の笑顔で答えた。
心配してくれたナタリーさんも、私の笑顔を見て笑顔になる。
この運命に負けない為に、どんなことがあってもこれからは笑顔でいようと思った。
***
アーチ型の木造のドアをナタリーさんが開ける。
家の中に入ると暖炉があり、暖炉の前にはワインレッドの可愛い安楽椅子が存在を主張するかのように置かれていた。暖炉の左横のドアを開けると工房がある。
部屋の真ん中には木製のダイニングテーブルと四人分の椅子があり、ダイニングテーブルの上には、とても美味しそうな果物が沢山盛られた藤の籠があった。
右にはキッチン、その横には階段があり二階の右部屋が私の部屋になり、左の部屋はナタリーさんの部屋、なんと各部屋共にトイレとお風呂付きだ。専用のお風呂があるとは嬉しい誤算だと思う。
一階にはトイレが無いのかと思い聞いてみると、暖炉の右横のドアを開けるとトイレがあった。
この家には地下もあり地下には大量の本と資料がある。ナタリーさんが許してくれるなら是非読んでみたいと思った。
部屋の案内が終わると、私に椅子に座るように言いナタリーさんはキッチンから花柄のティーポットとティーカップをお盆に乗せて持って来る。美味しそうな紅茶を注いでティーカップを私の前に置くとナタリーさんは自分の分のティーカップを持ち椅子に座り一口紅茶を飲んだ。
「これからのことを二人で決めていきましょう」
ナタリーさんは綺麗に微笑み言った。
その後は二人で真面目に話し合いをする。
例えば工房には入ってはダメだけど地下の本は読んでもいいとか、料理は当番制にすることや、私が生活に慣れてきたら庭の手入れが私の仕事になることなどだ。
話し合いが終わる頃には外は暗く家の中ではランプを灯すひつようがあった。
今日は手早く、二人で夕食を作ることになる。
キッチンにはガス台らしきものがあり、名前は火コンロと言うそうだ。火コンロは魔道具で弱火・中火・強火と火力の調節が出来る。
そして、水の流し台はあるが水道は無く、代わりに蛇口のようなものが付いた樽があった。その中には水が入っていて樽の蛇口からはキレイな水が出てくる魔道具だ。樽には外の井戸から水を汲まなければならないが、この樽に入れることによって水がキレイに浄化されると言う。まるで浄水器だと思った。
「まずは、特製野菜スープを作るわよ。そのオレンジ色の丸い野菜の皮を剥いてくれるかしら?」
「わかりました。この野菜の名前は何ですか?」
「それは、キャロテンって言うのよ」
キャロットみたいな名前だなと思ったが、夕食で食べたらやっぱりキャロットの味だった。
こんな感じで料理を手伝いながら、私は一つ一つ物の名前を覚えていく。ナタリーさんは嫌な顔をせず丁寧に物の名前や魔道具の使い方を教えてくれた。料理が趣味だとナタリーさんから聞いたので、私も料理が趣味だと話すと「それじゃあ、異世界の料理を何か作ってもらおうかしら」と、嬉しそうにお願いされる。
夕食のパンは固くてパサパサしていて、ハッキリ言ってスープに浸して柔らかくしないと食べられない。だけど特製野菜スープとサラダは庭で採れた野菜を使っていて、新鮮でとっても美味しい。
パンはどうにか改良しよう。発酵パンを作ってナタリーさんを驚かすのもいいかも。
この世界の名前がやっとわかった。この世界の名はルフォス、そしてこの町の名はカーリス。夕食を食べている時に教えて貰った。
* **
夕食が終わり、私が生活する部屋に行く。部屋のアーチ型のドアを開けるとそこは、可愛いカントリー調の家具で統一された空間だった。
部屋は好きに模様替えして良いと言われたが、今のままでもとっても素敵だ。後は私らしさを出す為に町で小物を買ってアレンジすればいいかなと思う。
体力的にも精神的にも疲れていた私は、お風呂から出ると直に寝てしまった。私の運命を変える長い一日が、こうして終わったのだ。