百人浜にて
百人浜って、ご存じですか?
北海道の襟裳岬の近くにある海岸なんですけど、昔からちょっと不気味な話が多い場所で。
名前の由来も、難破した船の乗組員が大勢流れ着いたから、と言われているらしいです。
……まあ、私はそういう話、あまり信じないタイプだったんですけどね。
これは、去年の夏の話です。
大学時代の友人3人と
「せっかくだし涼しいところでキャンプしよう」
という話になったんです。
それで見つけたのが、百人浜のキャンプ場でした。
写真で見る限り景色も綺麗でしたし、襟裳岬にも近かったので、普通に良さそうだなと。
ただ、着いた瞬間から妙な場所でした。
景色は広いんです。
見渡す限り、海と浜が続いている。
なのに、妙に圧迫感があるんですよ。
風もずっと強くて、「ゴォォ……」という低い音が途切れない。
波の音も近くて、常に何かがざわついている感じがするんです。
受付でチェックインした時、管理人のおじさんに、
「今日は他に利用者いないから、好きに使っていいよ」
と言われました。
実際、車も私たちのものしかありませんでした。
その時は、貸切でラッキーだなくらいにしか思っていなかったんですけど。
夜は普通に楽しかったです。
肉を焼いて、お酒を飲んで、焚き火を囲んで。
ただ、夜が深くなるにつれて、だんだん妙な静けさを感じ始めました。
……いや、正確には静かじゃないんです。
風と波の音は、ずっとしている。
なのに、人を含めた動物の気配だけが完全に無い。
北海道の自然の中って、もっと虫の声とか、動物の気配とかありそうじゃないですか。
でも、それが全然無かったんです。
世界から、私たちだけ切り離されたみたいな感じでした。
友人の一人が冗談っぽく、
「こういう場所って、出そうだよな」
って言った時、全員少し黙ったんですよ。
なんとなく、その話題を続けたくない空気があった。
それで、日付が変わる頃に寝ました。
何時だったかは覚えていません。
でも、朝方だったと思います。
急に目が覚めたんです。
理由は分かりません。
ただ、起きた瞬間に「あ、何かいる」と思いました。
テントの外から音がしていたんです。
――ジャリ。
小石を踏む音でした。
最初は、誰かがトイレに行ったのかと思いました。
でも、横を見ると友人たちは全員いる。
しかも、みんな起きていたんです。
そのうちの一人が、小さい声で言いました。
「……聞こえてる?」
その言い方が、もう半分泣きそうでした。
ジャリ……ジャリ……。
誰かが、テントの周りを歩いている。
しかも、かなり近い。
テントのすぐ外です。
でも、変だったんですよ。
歩いているのに、人の気配が全然しない。
普通、人が近くを歩けば、衣擦れの音とか、咳払いとか、息遣いとか、何かしら聞こえるじゃないですか。
でも、その時聞こえていたのは、足音だけでした。
ジャリ……ジャリ……。
一定の速度で、ずっと歩いている。
それで、しばらくすると。
別の方向からも聞こえ始めたんです。
ジャリ。
……ジャリ。
「え?」
ってなりました。
もう一人いる。
そもそも、こんな時間に人が来るような場所でもない。
なのに、また増えたんです。
ジャリ……ジャリ……ジャリ……。
テントの後ろ。海側。入口側。
いろんな方向から足音が聞こえる。
その頃には、全員完全に黙っていました。
怖すぎて。
数分後には、明らかに異常でした。
十人とかじゃない。
もっといる。
ジャリ、ジャリ、ジャリ、ジャリ……
無数の足音。
それが全部、私たちのテントの周りを歩いている。
ぐるぐると。
しかも、誰一人喋らないんです。
何十人もいるはずなのに。
足音だけ。
それが本当に気味悪かった。
人間っぽくないんですよ。
その時、友人の一人が震えた声で言いました。
「……これ、囲まれてない?」
その瞬間、全員気づきました。
足音、同じ方向に回ってるんです。
私たちを中心にして。
ジャリ……ジャリ……ジャリ……。
しかも、少しずつ近づいてきていた。
最初より明らかに音が近い。
完全に、テントのすぐ外でした。
逃げようか、って話にもなりました。
でも、誰も外へ出られなかった。
だって、テントを開けた瞬間に外に何十人も立っていたらどうするんですか。
しかも、その時。
変なことに気づいたんです。
足音は砂利を踏む音なのに、地面は柔らかい砂地だったはずなんですよ。
あんなにはっきり音が鳴るか……?
そう思った瞬間。
テントの真横で。
――ジャリ。
って、音が止まりました。
近すぎました。
ほとんど耳元みたいな距離。
全員、息を止めました。
いる。
絶対、今すぐ横に立ってる。
気配だけがある。
そのあと、テントの周囲の足音が、一斉に止まりました。
波の音だけになる。
でも、その静けさが異常だったんです。
外に何十人もいる。
なのに、誰も動かない。
何も言わない。
ただ立っている。
それだけなのに分かったんです。
「ああ、見られてる」って。
テント越しに、ずっと。
その時、友人の一人が耐えきれなくなって、
「もう帰りたい……」
って呟いたんです。
そしたら。
テントの入口のすぐ前から。
ボソッと声がしました。
「ねえ……まだ、いる?」
男か女か分からない声でした。
掠れていて、妙に湿った声。
でも、異常なほど近かった。
耳元で囁かれたみたいに。
その瞬間。
ジャリジャリジャリジャリジャリッ!!!!!!
周囲の足音が、一斉に走り始めたんです。
ものすごい数でした。
テントの周りを狂ったみたいに走り回っている。
笑い声みたいなものも混ざっていた気がします。
風の音だったのかもしれません。
でも、絶対に何かいました。
テントが揺れて。
誰かが悲鳴を上げて。
……そこで、記憶が飛びました。
朝、目を覚ました時には、全員無言でした。
外は普通なんです。
相変わらず海が見えて、風が吹いている。
でも、テントの周りの地面だけ、足跡だらけでした。
人の足跡が、何重にも。
ぐるぐると。
しかも全部、海側から来ていた感じでした。
帰る時、管理人のおじさんに昨夜のことを話したんです。
すると、おじさん少し黙ってから、
「ああ……聞いちゃったか」
って言いました。
「昔から、明け方に歩く人たちの話あるんだわ」
それだけ言って、詳しくは話してくれませんでした。
ただ、帰る直前。
おじさんが最後に、ボソッと言ったんです。
「もしまたここに来る時があったら、海から来る足音には、テント開けない方がいいよ」
……それ以来、私たちは誰も百人浜には行っていません。
ただ、一人だけ。
あの日、一番最初に「聞こえてる?」って言った友人。
あいつ、今でもたまに寝言を言うらしいんですよ。
「ねえ、まだいる?」
って。




