高校受験の日
このサイトのシステムをよく知らないまま、この学園の生活を「短編」として書き始めてしまいました。そのうち、一つの物語としてまとめたいと思っています。
私は、小さな谷あいの町にある中学校の3年生。
立春を過ぎても春の気配などまったく感じられないほど寒い日が続く中、県立高校を受験する多くの友達とは違い、私は私立の女子高を受験するため、前日からA市へ向かうことになっていた。
その経緯は以前お伝えしたとおりだ。
入試日は土曜日なので「入試休暇」はもらえなかった。
金曜日の下校時刻、お母さんが中学校まで迎えに来てくれた。車に乗り込むと、そのままA市にある新居へ向かった。
お母さんは町の県立病院で看護師をしている。夜勤もある大変な仕事だが、うまくローテーションを調整して、今日の午後から明日の夜までは私の受験のために休みを取ってくれた。
空はどんよりと曇り、風は冷たく、まるで私の遠出を応援してくれていないようだった。むしろ、今にも雪が降り出しそうな暗い雲が、受験へのプレッシャーをさらに強くしていた。
A市の新居までは高速道路で2時間ほど。途中のサービスエリアで休憩をとるなど、お母さんは私に気を使ってくれていた。
車の中では、4月から始まる新しい生活の話をしてくれた。
私は新居からバスで40分かけて高校へ(合格すればの話だが…)。
弟は徒歩15分ほどの中学校へ。
お父さんは車で30分ほどの新しい会社へ通うらしい。渋滞がなければ15分で着くらしいが、通勤時間帯は1時間かかることもあるそうだ。
お母さんは車で5分ほどの私立病院に就職が決まったらしい。そこは夜勤がないので、今よりずっと楽になるという。
今まではおばあちゃんがご飯や洗濯をしてくれていたけれど、4月からはお母さんがやるから心配いらない、と笑っていた。
そんな話をしているうちに高速道路を降り、一般道に入った。外は真っ暗で、ちらちらと雪が舞い始めていた。A市は今の町より寒いと聞いていたが、実際に雪を見ると、少し心細くなった。
途中のコンビニで夕飯と翌朝の朝食を買い、新居へ向かった。
新居は小高い場所にあり、遠くに街の灯りが見下ろせた。暗くてよくわからないが、周囲は家ばかりで、今の家とはずいぶん違う環境だ。
家の前には車が一台しか停められないため、お母さんの車は5分ほど歩いた場所に借りた駐車場に置くことになっている。今日はお父さんが停める予定のスペースに車を止めた。
車を降りると、やはりとても寒かった。
お母さんのスマホの灯りで玄関の鍵を開け、中に入って電気をつけた。玄関は今の家よりずっと狭く、家族4人の靴を置いたら足の踏み場がなくなりそうだった。
家の中も冷え切っていたが、ガスストーブをつけると一気に暖かくなった。断熱がしっかりしているのかもしれないが、部屋が狭いことも大きいのだろう。
この家は、私が受験の前泊をできるようにと、3月から電気・ガス・水道を使えるようにしてくれたそうだ。
お湯を沸かしてカップ味噌汁を作る間に、車から布団を運び込んだ。玄関ではなく、狭い庭に面した居間のガラス戸から運び込んだので、意外と簡単だった。
テーブルも炬燵もない居間で、畳の上にお弁当を置いて食べた。
「受験に勝つように」と、二人ともトンカツ弁当だった。
6畳の居間にはまだ何も置かれていなかったが、テレビでも置けば家族4人で過ごせるぎりぎりの広さに感じた。
食後にお風呂に入った。新居のお風呂もトイレも、今までの家よりずっと小さい。
「4月からはここで暮らすんだ」
狭い湯船で膝を抱えながら、そんな実感がじわじわと全身に染みていった。
お風呂から出ると、居間は片付いていて布団が二つ敷いてあった。
いつもは「勉強しなさい」とうるさいお母さんが、今夜は「ずっと車に乗っていて疲れたでしょ?明日に備えて早く寝たら?」と優しく言ってくれた。
ここにはテレビも漫画もYouTubeもない。勉強するか寝るかしかない。
まだ10時前だったが、私は布団に入った。
環境が変わって寝つけないかと思ったが、疲れていたのかすぐに眠ってしまった。お母さんがいつ寝たのかもわからないまま、朝を迎えていた。
たくさん夢を見た気がするが、どれも思い出せなかった。
布団をたたみ、昨夜と同じように畳の上で朝食をとり、早めに入試会場へ向かった。
外に出ると、A市の朝はやはり寒かったが、昨夜の雪が嘘のように晴れ、明るく輝いた澄んだ青空が気持ち良かった。
家の周囲はどこを見ても家ばかり。昨日、お母さんが「ここは昭和に山を拓いて造成された住宅団地だ」と言っていたことを思い出した。家の前は平らだが、横の道はかなりの勾配があった。
今日は土曜日なので渋滞は心配ないとのことだったが、慣れない土地で事故などのリスクを避けるため、朝7時に家を出た。
道路は空いていて、7時20分には高校近くのコンビニに着いた。トイレを済ませ、お昼のお弁当を買っても、7時40分には高校に着いていた。
受付開始までは時間があったので、車の中で待つことにした。
8時近くになると、周辺の中学校の受験生たちが続々とやってきた。マイクロバスで来る学校もあり、引率の先生もいた。
「4月からはこの子たちと一緒に過ごすのかな」と思いながら、人の流れをぼんやり眺めながら、お母さんとどうでもいいような会話をした。
お母さんは昨日と同じように優しく、「今さらじたばたしても仕方ない。100点なんて取ろうとしなくていい。今までのM代を全力でぶつけてくればそれでいい」と励ましてくれた。
8時になり、引率の先生がいない私は少し不安だったが、一人で学校へ向かった。
お母さんは「試験が終わるころ、またここで待ってるから」と言って見送ってくれた。
会場案内の先生を見つけてT町から来たことを告げると、親切に案内してくれた。
午前中の試験が終わり、一人でコンビニ弁当を食べていると、隣の席の子が声をかけてくれた。
その子は近くの中学からマイクロバスで来たらしい。見慣れない制服の私がぽつんと食べていたので、気になったのだという。
「合格したら友達になろうね」と言ってくれた。
試験問題は難しかったが、思ったより書けた気がする。
面接も練習どおりに答えられた。
お母さんが言ったとおり、「全力の私」を出し切れたように思う。
極度のあがり症の私が、こんなに落ち着いて過ごせたことが不思議だった。
すべての日程が終わり、すっきりした気持ちで待ち合わせ場所へ向かった。
車に乗り込むと、お母さんは笑顔で「お疲れ様」と言ってくれた。
気持ちが軽くなったせいか、帰りの車では私はずいぶんおしゃべりだった。
試験のこと、面接のこと、ほかの受験生のこと、友達になる約束をした子のこと……次々と話していた。
昨日までは「ここには馴染めない」と思っていたのに、今ではすっかり「ここに住んで、この高校に通う自分」が想像できていることに驚いた。
帰り道は朝と違って道路が混んでいて、なかなか進まなかった。
そして今朝とは違う道を通って高速道路に入り、家へ向かった。
車の中で、お母さんはこの高校の先には同じ法人の女子短大があり、まじめに勉強すれば進学できることを教えてくれた。
その短大では「学校の保健の先生、給食の先生、役場の栄養士、保健師、保育園の保母さん」など、コースによってさまざまな資格が取れるという。
難しい大学の教育学部を出なくても学校の先生になれることを、私は初めて知った。
お父さんもお母さんも、私の将来を考えてこの高校を選んでくれたらしい。
「しっかり働いて、短大に行くお金を貯めておくから、高校に入ったらまじめに勉強しなさい」と励ましてくれた。
新しい家が狭くて残念だったと話すと、お母さんは
「M代が短大に進学したらあと5年で家を出るし、弟も6年後には高校を卒業して出ていく。そうしたらお父さんとお母さんの二人では広すぎるくらいの家になるのよ。
それに、私たちが年を取って退職したら、また今の田舎の家に戻ってもいいと思ってる」
と話してくれた。
そんな先のことまで考えていることに驚いた。
高速道路を降り、見慣れた風景が広がると、急に“いつもの自分”に戻った。
そして、特におばあちゃんのことを思い出した。
私たちがA市へ引っ越すのに、おばあちゃんは一人で町に残ることを決めた。
理由は「都会は嫌だ。ここでのんびり暮らしたい。それに新しい家にはミケも連れていけないだろう」というものだった。
ミケは私が小1のときにもらってきた三毛猫だ。
「私が世話をする」と言って連れてきたのに、すぐ飽きてしまい、結局おばあちゃんが世話をしてくれた。
そのせいかミケはおばあちゃんに一番なついていて、夜もおばあちゃんの部屋で寝ている。
おばあちゃんの服には、ミケの白い毛やミケが外から付けて来た「ドロボウグサ」が付いていることも多い。
確かにA市の家ではミケは暮らせないだろう。自然はなく、家と車ばかりだ。
おばあちゃんの言うとおりだと思った。
お母さんにその話をすると、
「おばあちゃんはああ言ってるけど、本当は私たちに気を使ってるんだと思う」
と言った。
「新しい家は狭いでしょ?
ダイニングキッチンと居間、お父さんとお母さんの部屋、M代と弟の部屋でいっぱい。
おばあちゃんまで住むとなると、居間に寝てもらうか、M代と弟が同じ部屋に住むことになる。
それに、おばあちゃんも70歳を過ぎているから、介護や支援が必要になるかもしれない。
でも今の町なら、行政の援助を受ければ一人で生活できる。
私たちの世話にはならない、迷惑をかけたくないって思ったんだと思う」
「それにね……私、4月から夜勤のない職場になるって言っちゃったのよ。
そのことは内緒にして、今までどおりおばあちゃんにご飯を作ってもらわないと困るって言えば、一緒に来てくれたかもしれないけど……どうかなあ」
おばあちゃんは、そんなことまで考えていたのか。
そしてお父さんとお母さんも、私が思いもしないようなことを、ずっとずっと考えていた。
大人ってすごいと思った。
私もいつか大人になれるのだろうか。
そんなことを考えているうちに、馴染みのある我が家に着いた。
車から降りた空気は懐かしく、居心地がよかった。
私は、できることなら、いつかここに帰ってきて暮らしたいと思った。
「ただいま」と玄関を開けると、「おかえり」とおばあちゃんが夕飯の支度をして待っていてくれた。
その優しい顔が、今日はとても偉い人のように輝いて見えた。




