表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家の前に落ちていた女の子を拾ったら、懐かれた上に居着かれた〜気付けば手料理でポンコツわんこを餌付けてた〜  作者: あすれい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/63

第41話 隣席わんこと、二人で作る味

 食事というは、ただ腹を満たすだけの行為じゃない。見た目、香り、味──そういう五感を全部ひっくるめて楽しむものだ。誰とどこで、どんなシーンで食べるのかでも、不思議と味が変わったりする。


 だから俺は、食器にもこだわる。沙霧との食事を、少しでも特別なものにしたくて。


 俺は食器棚の中に並んだ皿の中から、今夜に相応しい和皿を選ぶ。取り出した皿に天紙を敷き、天ぷらを彩りよく盛り付けていく。


 ナスの紫、ピーマンの緑、人参の赤、ごぼうの茶色。薄衣を纏った四色が互いを引き立て合って、見た目にも楽しい。


 唐揚げは大皿に山盛りにして、各自で取って食べるスタイルに。明日の弁当に回す分だけは、バットにきちんと取り分けておいた。


「沙霧、盛り付け終わったのからテーブルに運んでくれる?」


「わんっ♡ お任せくださいっ!」


 沙霧は元気よく返事をすると、天ぷらの皿を大事そうに両手で持ち、慎重な足取りでダイニングへと向かった。けれど、そのお尻では、待ちきれないと言わんばかりに、忙しなく尻尾が揺れている。相変わらず、食いしん坊なわんこだ。


 沙霧が配膳を頑張ってくれている間に、俺は炊飯器の蓋を開け、しゃもじで中身をさっくりと切り混ぜる。釜の底の方には、こんがりとしたおこげがしっかり出来上がっていた。


 これがまた、美味いんだよな。


 二人分の茶碗を並べ、沙霧の方には多めにおこげをよそってやる。美味しいところを、たくさん味わってほしくて。きっと、一口食べた瞬間に見せてくれる笑顔が、大切な思い出になるはずだから。


 そう思った直後、ふと手が止まる。 


『……もしそうなったとしても、それも樹くんとの大切な思い出ですよ』


 さっきの沙霧の言葉が、ふと頭に蘇った。


 あれは、どんな意味だったんだろう。

 俺はずっと、そこに囚われている。


 沙霧も、俺との時間を大切に思ってくれている……のかな?

 それとも、自分がいつまでもここにいられないことに、薄々気付いているのか?


 そんな考えが胸の奥でもやもやと重く渦巻いて、息苦しさすら感じる。


 そんな時──


 ガタガタッ!


 ダイニングの方から、妙に騒がしい音が響いてきた。沙霧は皿を運びに行ったっきり、戻ってきていない。


「……なにしてんの? まだ運ぶものあるよ」


「──ひゃわんっ?!♡」


 カウンター越しに声をかけて返ってきたのは、いつもより情けなくて、可愛らしい悲鳴。カウンター越しに覗き込むと、沙霧の肩がビクリと跳ね上がった。


「わふん……見つかっちゃいましたわん♡」


 振り返った沙霧は照れ笑いを浮かべながら、またガタガタと音を立てて椅子を押している。その小柄な身体で、ぐいっ、ぐいっと、椅子を移動させているのだ。まるで、自分の居場所を探すみたいに。


「……なんで椅子動かしてんの?」


 沙霧がこれまで使っていたのは、ちょうど俺の席の真正面に置かれていた父さんの椅子。それなのに今は、俺の椅子のすぐ横にぴったりと寄せられている。


「えへへ……こっちの方がいいかと思ったんですわん♡」


 もじもじと指を絡めながら、どこか誇らしげに笑う沙霧。完全に褒められ待ちの顔だった。


「向かい合わせじゃ、だめだったの?」


「だって……せっかく一緒に作ったんですから、ご主人様の近くで食べたいですわん……だめ、ですわん?」


 その声色があまりにも健気で、可愛らしくて。

 ふっと気が緩んでしまって、なにも言えなくなる。


 それに、沙霧のわがままを全部受け止める──それが、今夜の俺に課せられたミッションでもあるのだ。


「わかったよ。今回から、隣で食べようか」


「わんっ♡ この先ずっとですわんっ♡」


「……えっ? ずっと?!」


 あ……俺、今回からって言ったわ。


 自分の失言に気付いた時にはもう遅い。沙霧の顔が一瞬でぱぁっと輝き、尻尾の振り幅は最大値を記録していた。この期に及んでは、もはや訂正なんてできるわけがない。


 頭を撫でたり、抱っこしたり。色々とやらかしているくせに、隣り合って食事をするだけのことに、やけにドキドキする。


 炊き込みご飯をテーブルに置けば、配膳は終わり。観念して椅子に腰を下ろすと、沙霧も俺の横に座り、なんの躊躇いもなく左腕にぎゅうっと抱きついてきた。


 俺の胸に立ち込めていたもやもやが少しだけ晴れた気がした。


 温もりを感じられる距離に沙霧がいる。

 それが今のすべてだった。


 けれど、ここからは食事の時間──


「あの……沙霧? これじゃ食べられなくない?」


「そこは私には、わがまま放題の権利がありますわんっ♡ ご主人様ぁ、あーん♡」


「……それが狙いか。この甘えん坊めっ」


 ちょんと軽く額を弾くと、沙霧は目を細めてくすぐったそうに笑った。


「ご主人様の調教の賜物ですわん♡」


「調教って言うのやめなさいっ!」


「きゃいんっ♡」


 叱っても喜ぶだけとは、本当にどうしようもないわんこだ。誰が沙霧をこんな風に育ててしまったのか。


 ……って、俺か? 俺なのか?


 思わず頭を抱えそうになりつつも、その甘えに激弱な自覚もある。


「で、なにから食べたいの?」


「唐揚げっ! 唐揚げが食べたいですわんっ!」


「はいはい、唐揚げね……ふーふーは?」


「もちろん必須ですわんっ」


「……ったく」


 呆れたふりをしながらも、自然と箸は唐揚げを摘んでいる。


 こんなわがままを、あとどれくらい聞いてあげられるんだろう。歪で奇妙なこの関係、その終わりを想像してしまってから、俺の心は乱れっぱなしだ。


 もっと。


 もっとわがままを言ってほしい。

 尽きることなく、甘えてほしい。

 可能な限り、叶えてあげるから。


 すでに粗熱は取れているはずの唐揚げを口元に寄せ、息を吹きかける。意味なんてなくたっていい。沙霧がそれを望んでいるから。


「ほら、あーんして?」


「あーんっ♡」


 沙霧は嬉しそうに、俺の箸ごと唐揚げに噛み付いた。しっかりと唇を閉じ、上品にもぐもぐと口を動かす。ふにゃんと蕩けるように緩んだ表情を見て、俺は勝利を確信した。


「ふあぁぁ……♡ こんな美味しい唐揚げ、初めてですわん♡ 噛めば噛むほどお出汁が染み出してきて、病みつきになりますわん♡」


「まだまだあるから、たくさん食べてよ」


「わんっ♡ でも、これじゃご主人様が食べられませんね。お返し、しますわんっ!」


 そう言って、沙霧は俺の腕から手を離し、箸を握る。迷いなく唐揚げを摘み、俺の目の前に差し出した。


「ご主人様ぁ、あーん、ですわん♡」


「えっ、あ、あーん……?」


 戸惑う隙も与えない、早業だった。口を開いた瞬間、ひょいと唐揚げが放り込まれた。


「ねっ、ねっ? 美味しいですわん?」


「ひょっろまっへ……」


 急かす沙霧に、慌てて咀嚼する。鶏の肉汁とともに出汁の旨味がじわりと溢れて、口の中を満たしていく。


 過去に何度も作り、食べてきたはずなのに──


「ん……今日の、いつもより美味いかも」


「ですよねっ? ご主人様の作るお料理は、最高ですわん♡ それに……こうして一緒に食べると、もっと美味しくなりますわん♡」


「……うん、そうだね」


 レシピは一切変えていない。なのに味がこんなにも違って感じるのは──


 紛れもなく沙霧がいるからだ。


 こんなんじゃ……全然足りない。


「沙霧、次はどれが食べたい?」


「おナスがいいですわんっ! 天つゆで食べるの、楽しみだったんですわん♡」


「うん、じゃあたっぷりつけようね」


 心の渇きを潤すように、俺は何度も沙霧の口元に料理を運ぶ。そのたびに弾ける沙霧の笑顔を、記憶に焼き付けながら。


 炊き込みご飯のおこげを食べた時の表情は、この世のものとは思えないほどに愛らしかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ