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家の前に落ちていた女の子を拾ったら、懐かれた上に居着かれた〜気付けば手料理でポンコツわんこを餌付けてた〜  作者: あすれい


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第37話 お着替えわんこは、からかい上手

 手洗いを済ませ、洗面所を出ても、沙霧は俺の手を放さなかった。家の中ならリードは不要のはずだが、一般常識が通用しないことに定評のあるのが沙霧である。


 そもそも、わんこな沙霧にとっては、人間の都合など知ったことではないのだろう。俺の手を引いて、リビングに向けて突き進んでいく。


「ご主人様、ご主人様っ! まだお夕飯の準備には時間がありますよね?」 


「あー、うん。始めるにはさすがに早すぎるかな」


「でしたら、学校でお疲れのご主人様を癒して差し上げますわんっ♡ その代わり、いっぱい甘やかしてくださいね?」


 おっと……次は甘やかしミッションか。

 いいだろう、これはご褒美だ。

 満足いくまで、とことん甘やかしてやろうじゃないか。


 けれど、俺も沙霧も帰ってきたばかりで、二人揃って制服のまま。くつろぐにはあまり相応しい服装とは言えないだろう。


「いいけど、その前に着替えよっか。制服、シワになったらいけないし」


「はっ! 私としたことが、まだ世を忍ぶ仮の姿のままでしたわん!」


「あ……その設定、生きてたんだ……?」


「もちろんですわんっ! 私はご主人様のわんちゃんですから♡」


「うん……まぁいいや。ところで、沙霧の荷物って俺の部屋に置いてあるっけ?」


「はいですわんっ!」


「じゃあ、先に行っておいで」


「わかりましたわん!」


 元気よく返事をした沙霧はようやく俺の手を放し、なぜかその場でじっと見上げてくる。その瞳には、なにかを要求するような光が揺れていた。


 ……撫でてほしいのかな?


 そう判断した俺は、沙霧の頭に手を乗せ、わしゃわしゃと撫で回す。


「ほら、いい子だから」


「きゅーん♡」


 嬉しそうに鳴き、気持ちよさそうに犬耳をぴこぴこさせる沙霧だが、一向に動く気配がない。


「……行かないの?」


「行きますわん。行きますけど──あのっ、ご主人様?」


「うん、なに?」


「できれば私……ご主人様に……着替えさせてほしいですわん♡」


「…………は?」


 えっ? えっ?

 なにを言ってるの、この子。

 意味、わかってる?


 俺が着替えさせるってことは、俺に制服を脱がされるってことで。下着姿とか普通に見えちゃうだろうし……。


 ──大丈夫なわけ?


「もう……そんなに迷わなくても、二度も裸を見た仲じゃないですわん……♡」


 ぽっと赤く染めた頬に手を当て、もじもじと身体をくねらせる沙霧。


「いや、それっ! 俺が一方的に見られただけのやつだからっ!!」


 もう許して……。

 その記憶は黒歴史なのっ!!


 俺が涙混じりに叫ぶと、沙霧は楽しそうにくすりと笑う。


「ふふっ、冗談です♪ 照れてるご主人様も、恥ずかしがってるご主人様も、どちらもとーっても可愛いかったですわんっ♡」


 あれ……からかわれた?

 治りきってない生傷まで抉られて?


 ……っとに、このわんこはっ!


 切れ癖が付き始めた堪忍袋の緒は、またしても容易くぷちんと弾けた。


「いいから早く着替えてきなさーいっ!!」


「きゃいんっ♡ はぁいっ、いってきますわんっ♡」


 元気よく尻尾を振って階段を駆け上がっていく背中を見送りながら、俺はため息をついた。


 ……辛い。

 でも──好きだ。

 

 我ながら、とんでもないじゃじゃ犬娘に恋をしてしまったものだ。


 俺、もうきっと手遅れなんだろうなぁ……。


 沙霧のインパクトが強すぎて、もう普通の女の子では物足りなくなっている。俺は自嘲して、リビングのソファに身を沈めた。


 目の前にいなくても、わんわんと鳴いて、尻尾を振り乱す沙霧が自然と頭に浮かんでくる。その想像の中の沙霧は、昨夜から今朝にかけてと同じように、ベビードールを着ていた。


 ……そういえば、沙霧の部屋着ってどんな感じなんだろ?

 まさかとは思うけど──


 そんなわけ、ないよな……?


 やがて、トンットンッと軽やかな足音が近付いてくる。俺は思わず、ゴクリと喉を鳴らした。


「ご主人様ぁっ♡ お着替え、完了しましたわんっ♡」


 ついに、弾む声とともに沙霧が戻ってきた。女子高生の擬態を解き、わんこの本性をむき出しにして。


「お、おかえり……って、あれ?」


 俺の前でちょこんと立ち止まった沙霧は、ゆるっとしたTシャツに短パンという、健康的で健全すぎる部屋着姿だった。


「わふん?」


「え、いやぁ……なんか普通だなって」


「はて? 普通じゃだめなんです?」


 きょとんと首を傾げる沙霧に拍子抜けした俺は、つい口を滑らせてしまう。


「そういうわけじゃないけど……夜みたいな感じでくるかと思って、色々覚悟してたというか……」


 にやりと口角を上げた沙霧にしまったと思ったが、後悔先に立たずとはよく言ったものだ。沙霧は鬼の首を取ったような顔をして、俺に詰め寄ってきた。


「夜というと……あのベビードールのことですわんね? もしかして、気になってましたわん?♡」


「えっ……ま、まぁ……あれはその……なかなか印象的だったから。本当に、いつもあれなの……?」


「そうですわんね。肌触りが良いものが好きなので、厳選していった結果たどり着いたのですっ。サラサラで、気持ちがいいのですわん♡」


「そ、そうなんだ……」


 まじかよ……。

 普段からあんな感じで寝てたのかぁ。


 そりゃ俺の前でも普通に着てくるわけだよ……。


「ところでご主人様?」


「うん……?」


 沙霧はぽすんと、俺の隣に腰を下ろした。そして、耳元でそっと囁く。


「もし気に入っていただけたのでしたら、今から着替えてきますわん♡」


 甘く、挑発するような声に、俺の心臓は悲鳴を上げる。


「い、いやっ! 大丈夫っ! 今のままでっ、全然大丈夫だからっ!!」


 今日の夜もまた、あれを着てくるに違いない。今から着られたら、俺の身が持たない。


 それに、俺にはこれから沙霧を甘やかすという重大な任務があるのだ。そこであの姿になんてなられたら、俺の理性が危うい。


 懇願するように叫ぶと、沙霧はいたずらっぽく笑って、俺の膝の上にぽすんと倒れ込んだ。


「ふふっ。残念ですが、また可愛いご主人様が見られたので満足ですわん♡ でも、着てほしくなったら言ってくださいね? ご主人様に喜んでもらえるなら、いつでも着てあげますわん♡」


「……このわんこめっ、ご主人様をからかうなんて生意気だぞっ!」


「お仕置き、ですわん……?」


「ぐっ……!」


 急に涙目になり、かすかに震える沙霧。ころんと仰向けになる姿は、まさにわんこの服従のポーズだった。そういうやり口だとわかっているのに、怒る気力はたちまち消え失せてしまう。


「……お仕置きは、しない。甘やかしてほしいんでしょ?」


「くぅん♡ やっぱりご主人様は優しいですわんっ♡」


「はいはい、そうですか」


 完璧に手玉に取られた俺は、もはやなす術もなく──


 沙霧の頭をよしよしと、丁寧に撫で回すことにした。


 さらさらな髪が指の隙間を滑り、沙霧は目を閉じ、完全に俺に身を委ねている。その姿があまりにも無防備で、俺の身体からもふっと力が抜けた。


 ……って、俺がまだ着替えてないじゃん。

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