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家の前に落ちていた女の子を拾ったら、懐かれた上に居着かれた〜気付けば手料理でポンコツわんこを餌付けてた〜  作者: あすれい


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第33話 嘘つきわんこと、大船の策

 昼休み終了五分前の予鈴が鳴り響いた。


 屋上手前の空間で、俺はまだ沙霧の膝の上に頭を乗せたままだった。俺の後頭部の痛みはほとんど引き、代わりに、沙霧の柔らかな太ももの感触に包まれる。けれど、その心地よさの奥では、盛大に不安が渦を巻いていた。


「はぁ……戻りたくないなぁ」


「いっそサボっちゃいますわん?」


「……それこそ取り返しのつかないことになるってば」


 これから火消しをしようってのに、なにを言ってるんだか……。

 そりゃ俺だって、もう少し沙霧の膝枕を堪能したくはあるけどさ。


 それに、サボりはあまり褒められたことではない。今だけは、自分のこの真面目さが恨めしい。


「それもそうですわんね。ご主人様との秘密の時間を守らないといけませんし──私、頑張りますわん♡」


「あー……うん。ほどほどにね」


 沙霧の本性は、根っからのポンコツわんこである。


 そこが可愛いところではあるが、そのやる気を過信すると手痛いしっぺ返しを食らう気がして、俺は適当に頷いた。


「では、参りましょうか」


「……はいよ」


 名残惜しさを抱きながら、沙霧の太ももから頭を起こす。続いて立ち上がった沙霧は、迷いなく俺の手を取った。


「ちょっ、沙霧っ?!」


「わふんっ♡ 頑張るための充電ですわんっ♡ 見つかりそうになったら、すぐに離れますから」


「まったく……この甘えん坊わんこめっ!」


 軽く額を突くと、沙霧はくすぐったそうに笑う。


「ご主人様が私をこうしたんですわんっ♡」


「はいはい、全部俺のせいですよ……」


 ボヤきながらも、つい頬が緩んでしまう。


 沙霧がこうして触れてくれるのが嬉しくて──その手の温もりを感じていると、細かいことなんてどうでもよくなってくるから不思議だ。


 授業開始間際の人気の少ない廊下を、俺達はこっそりと手を繋いで歩いた。そして、五時限目開始のチャイムが鳴る寸前、二人して息を合わせるように教室へと滑り込んだ。


 俺と沙霧が席についたのを見計らうように始まる授業。


 セーフ、間一髪ってところだ。問題を先送りにできたことで心にもゆとりが──


 できなかった。むしろこれが、地獄の時間の始まりだったのかもしれない。


 先生の声とチョークが黒板を叩く音が響くその裏で、四方八方から突き刺さるいくつもの視線。男子からは怨嗟と嫉妬、女子からは好奇。どちらも俺のメンタルをガリガリと削ってきた。


 ため息混じりに黒板から視線をそらすと、なに食わぬ顔でペンを走らせる沙霧が目に入る。沙霧にも、しっかりと視線が突き刺さっているというのに。


 鋼の心臓でも持っているんじゃないかと疑いたくなる。それくらい、沙霧は涼し気な顔をしていた。なにもやましいことはないと、態度で示すように。


 俺も真似して素知らぬ顔で、必死に防御壁を展開してみる。だが効果は薄い。肌がチリチリと焼けるような熱に晒され続けた。


 やっとのことでチャイムが鳴り、授業が終わる。しかし、俺に安堵する暇はない。休み時間に突入すると同時に、俺の机を取り囲むようにして、クラスメイト達が集まってきた。授業中の視線をそのままにして。


 先陣を切ってきたのは、健太だった。


「おい樹っ! さっきのあれ、なんだったんだよ?! 話、聞かせてもらうぞ!」


「いや、それは……」


 今の俺は丸腰である。沙霧に丸投げしてしまったせいで無策なのだ。冷や汗をだらだらと流しながら黙り込む俺に、他の皆からも矢継ぎ早に追求が飛んでくる。


「ねぇねぇ相葉くん? やっぱり告白されんだよね? ねっ? ねっ?」


「どうなんだよ相葉っ! 黙ってちゃわかんねぇぞ!」


「そう言われても……」


 もう限界か……。

 全部ゲロったら、楽になれるのかな……?


 心が弱気に傾いたまさにその時、囲いの外側から鈴の鳴るような声が響いた。


「あの、皆さん……あまり樹くんをいじめないであげてくれませんか?」


 沙霧の声だった。待ちに待った救いの声だというのに、つい俺は心の中でツッコミを入れてしまう。


 ちょいちょいちょーいっ!!

 まーた樹くん言ってるじゃんよ!

 火に油注いでどーすんのっ?!


 冷や汗が、倍に増えた気がした。けれど、沙霧はお構いなしに囲いを抜け、俺の隣に立つ。


「誤解を招くような発言をして、お騒がせしてしまってすいません。ですが、皆さんが思っているような色っぽいことはなにもありませんよ」


 周囲をくるりと見回す沙霧は、どこからどう見ても完璧才女モードだった。静かで、芯のある声。それだけでざわついていた空気が一段落ち着く。


 ──が、健太が食い下がってきた。


「じゃあ、大事な話ってのはなんだったんだ? 教室ではできないような話だったんだろ?」


「それはですね……今朝、体調不良の名残でフラフラしていたところを樹くんに助けていただいたので、そのお礼をしていたんです。ね、樹くん?」


 うわぁ……平然と大嘘ついたぞ!

 でも、まともだ!

 言い訳がすごくまともだ!


 しかも健太っていう証人までいる。

 これは強いぞ。


 ごめんな沙霧。

 もっとポンコツで、突拍子もない言い訳が飛び出すって思ってたよ。


 愛犬を信じてあげられないなんて、俺はなんてだめなご主人様なんだ……。


 軽い自己嫌悪に襲われながらも、好機だと悟る。ここは全力で乗っかるしかない。


「そうそう、そうなんだよ。どうしてもお礼がしたいって言われてさ。俺も気にしなくていいからって言ったんだけど、全然譲ってくれなくて。押し問答みたいになって、結局ジュース一本でチャラってことになったんだ」


 頭をフル回転して、話を合わせる。視線を投げると、沙霧は満足そうに頷いた。


「そういうわけです。せっかく盛り上がっているところに水を差して申し訳ありませんが」


 沙霧がにこりと微笑むと、一気に騒動が沈静化した。


 ……すごいぞ沙霧、見直した!

 こんなに華麗に解決してしまうとは、なんて優秀なわんこなんだ!


 しかし、これで終わりではない。俺達の抱える一番大きな問題を、またしても健太が掘り起こした。


「うんまぁ、連れ出した理由はわかったけどさぁ……樹くんって呼んでた件はどうなんだ? 名前呼びの時点で勘ぐっちゃうんだけど」


 お前ってやつは!

 その余計なことを言う口を縫い付けてやろうか!


 再び、騒動に火が点く。なのに沙霧は慌てず、きょとんとした顔で小首を傾げた。


「えっ……樹くんって、樹が苗字ではないのですか?」


 ……なんだって?

 そんな言い訳が通用するはずが──


「思いっきり、ファーストネームです……」


 呆然と返す俺。諦め半分に天を仰ごうとしたその時、沙霧が本日最大級の爆弾を投下した。


「すいません……私、樹アイバー君だと思ってました……!」


 ……なにを言ってるんだ、沙霧は?

 アイバーって、誰よ?


 教室が水を打ったように静まり返った。


 これ、やっぱりだめかも……。

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