ピアスをつける
三題噺もどき―ななひゃくろくじゅうはち。
きゅ、と蛇口を閉める。
つい先ほどまで出ていたシャワーは静かになり、時折ぽたぽたと水の落ちる音が聞こえる。
濡れた床は我先にと冷えていき、足元は徐々に冷たくなる。
「……」
がら、と浴室のドアを開ける。
冷えた空気が一気に入り込み、全身を鳥肌が覆う。
その寒さに耐えながら、置いてあったタオルを手に取り適当に拭いていく。
「……」
最悪、頭は後でどうにかなるので先に体の水気を取っていく。
濡れているとそれだけで冷えていくので、さっさと拭かなくては。
もう既に指先は冷たくなっている。
シャワーを浴びただけだから仕方ないのだけど。
「……」
残りの頭を軽く拭きながら、浴室から出る。
足元には少し毛足の長いマットが置かれている。風呂場用のやつなので、かなり水の吸収率がいい。びしょ濡れにならないのはありがたい。
「……」
これ以上体が冷えないように、いそいそと着衣を進めていく。
靴下は嫌いなので履かない。後でもう一度念入りに拭いて、冬用のルームシューズを履くのだ。それだけでも十分に違う。足先は冷えるけれど。
「……っふぅ」
フード付きのパーカーを頭からかぶり、袖を通す。
まだ頭は若干濡れているが、まぁ、タオルでどうにかなるだろう。
今からドライヤーをするのはめんどくさい。
そもそも、朝のこの風呂は、煙草の匂いを消すためであって、一日の汚れを落とすような、夜にするものとは違う。
だからドライヤーをしないと言う理由にはならないかもしれないがまぁ、面倒くさいのだ。あとうるさい。
「……」
備え付けの洗面台の棚に手を伸ばす。
鏡を中心に置いて、左右に棚があるのだが、私と私の従者と片方ずつ使っている。
その私の方の棚から、小さな皿のような入れ物に置いておいた、ピアスを手に取る。
「……」
特にどこに出かけるわけでもなく、外に会うようなこともないのだが。
このピアスだけは欠かさずにつけている。
揃いのものだから、もちろんアイツもつけている……と言いたいところだが、アイツはつけたりつけなかったりしているな。
まぁ、強制するようなものでもないから好きにしてもらっていいのだけど。
「……」
昔に。
ちょっとしたお守りと、約束とを兼ねて。
なんとなくお揃いの何かが欲しかっただけだったから。
「……」
ぷつ―と。
小さな針がちょっと当たっただけ、程度の。
ほんの少しの痛みを伴って、そのピアスを毎朝つける。
なんの儀式でも意味もないけれど。
「……」
最後に外れないよう、キャッチを付けて、朝の支度は終わる。
先程まで来ていたパジャマや濡れたタオルは、一応洗濯機の中に入れて置く。……あぁ、その前に足の裏をもう一度拭いておく。濡れたままではさすがに履けないからな。
まだ少し濡れている頭が冷えていくが、眼を覚ますには丁度いい。
「……」
脱衣所から廊下への扉を開くと、キッチンの方から朝食の匂いが漂ってきた。
足元に置いてあるルームシューズを適当に足に引っ掛けながら、リビングへと進む。
……その度に、つけたばかりのピアスがチリチリと痛む。
「……」
この体の性質上。
勝手に修復してしまうから、毎回ある程度の痛みは伴うのだ。
それには慣れたし、毎日つけているものだから、多少傷の治りは遅くなってはいる。
それでもうっすらと膜のようなものは張るのだろう。
「……」
リビングへの扉を開けると、キッチンではエプロンをつけた小柄な青年が、焼き立てのパンを手に立っていた。
「……ご主人、ちゃんと頭拭いて来てください」
「拭いてきているだろう」
外は雨が降っていた。
今日もまた冷え込むのだろうか。
それでもまぁ、こうして。
「……そんなんだから風邪ひくんですよ」
「……お前に言われたくない」
「…………昼食、お楽しみにしていてくださいね」
「うそだ。気を付ける」
お題:雨・ピアス・約束




