あなたとの結婚なんて、もうまっぴらごめんです!!
「やり直そう。私にはやはり君が必要だ」
わたくしの目の前に優雅に立ち、そう宣った彼。あまりにも堂々としたその一言に一瞬眩暈がした。
今は大事な祭典の最中でしょう?
ほら、賓客の皆様の視線もこちらに集まっていますわ。
あなたはまた、同じ過ちを繰り返すおつもりなの?
金のふわふわな巻き毛。長身で、しかもちゃんと均整の取れたその身体。透き通るように赤いルビー色の瞳には、悪びれた様子などもどこにも感じられない。
一年前でしたら、彼のその一挙手一投足に見惚れていたことでしょう。でも今は、もう……。
「残念ですけど、もう遅いですわ」
飲んでいたグラスを片手に、わたくしはかぶりをふってそう答え。
そのまま軽く礼をしてその場を離れようとした。
「待ってくれ、マリサ。去年のことは、悪かった。反省している。だから、もう一度やり直してはくれないか」
追い縋るようにわたくしの腕をとる彼。
ああ。
わたくしはもうあなたの婚約者でもなんでもないのですよ?
こういう振る舞いが非礼だと、そんなこともわからなくなっているのでしょうか?
かといって、この手を強引に振り払うのも無礼だと思ったわたくしは、彼にちゃんと向き直ることにしました。
目の前にいるこの国の王太子、あ、いえ、今は王太子ではなく第一王子殿下、でしたか。
「アルベール殿下。申し訳ありませんが今のわたくしはあなたの婚約者ではないのですから。手を離していただけませんでしょうか」
「ああ、いや、その……。だからそんな他人行儀な態度はやめてほしいとお願いしているんだ。前のようにやり直そうと。君は私の妻になるべき人なのだから」
本気で言ってます?
そうですわね……。
彼は、こういう人でした。
よく言えば純粋。天真爛漫。
でもそれは一国の王太子としては、とても褒められた資質ではありません。
世界は全て自分を中心に回っていると、きっと信じていたのでしょう。
わたくしだって、ほんの一年前まではこの方を信じていましたもの。
◆◆◆
「今日を限りに貴女との婚約を破棄させていただきたい!」
全ては一年前。今日のこの日と同じ祭典の真っ最中のできごとでした。
「ドゥリズル公爵には先ほど早馬を送った。貴女に落ち度は無い。すべてはこの国の行く末を勘案し、思慮思案した結果の事。マリサ、君には本当に申し訳なく思っている」
真剣な眼差しで語るアルベール王太子殿下。
「ですが殿下、わたくしどもの婚約はこの国の未来のため、陛下はこのことはご存じなのでしょうか?」
今にも泣き出してしまいそうになりながら、なんとか声を振り絞って、殿下に問いかけました。
当時、わたくしは聖女として、この国の未来のためにずっと努力してきました。国を思い王太子を支えようと必死だったのに……。
「ああ。しぶってはいたが納得せざるを得ないだろう。何せ、真の聖女が降臨なされたのだから」
「……え?」
「君のようなお飾りの聖女とは違う、真の力を持った神の使い。本物の聖女がこの世界に現れたのだ。であれば、私の正妃にふさわしいのは、真の聖女であろう? 君を第二妃にという声もあったが、それでは公爵が納得するまい。もちろん婚約解消に伴う慰謝料は十分に用意した。今その交渉のために使者を送ったところだ」
「……真の聖女、ですって?」
確かにわたくしはまわりもちでまわってきた役職についただけの、ただの肩書だけの聖女であったかもしれません。聖女に相応しいだけの力も発揮できているとはいえない、そんな存在です。
でも、それでも、頑張って学んで儀式をつつがなく行い、国の安寧を、五穀豊穣を、祈ってきました。
足りないところはあったかもしれませんが、それでも精一杯やれることはやってきたつもりです。
お父様にも協力をいただき陛下への産業育成の進言や、聖女庁のほかの聖職者様たちに協力をいただき、貧しい人々への支援なども尽力して。
たとえ肩書だけの聖女であっても、この職に就いたならやれることは率先してがんばろう、そう決意し。
休む暇も惜しんで努力してきたつもりだったのです。
なのに。
「そんな、わたくしはお金がほしいわけじゃないです! 幼い頃より貴方に恋をしていたわたくしのこの気持ちはどうすればいいというのです!? 結局、わたくしとの婚約はただの政略的なものでしかなかったと、そういうことですか!?」
幼い、恋だった。今ならそうわかります。
でもこの時は心が張り裂けそうになって、そんなこともわからずにいました。
確かに。
去年のこの国、ベルクマール聖王国の春の祭典に来ていらした帝国聖女庁の聖女様は、本物の輝きに包まれて見えました。
その魂の色を表したかのような白銀のマナが彼女の体から溢れ。
そこにはこの世界のあらゆる力の源となる、精霊たちが大勢集まって。
わたくしであったって、「なんて眩い本物の聖女様なのだろう……」と、神々しいその姿に見惚れてしまった程でした。
でも。だからって。
わたくしのことはもう終わったとばかりに聖女様に言いよるアルベール殿下。
彼女の前に立ったまま、わたくしの方に向き直り。
「申し訳ない。私はこちらにいらっしゃる真の聖女、レイニーマイン様に心を奪われてしまった。もう今まで通りに君を見ることはできないのだ」
そう言い放った殿下は、今度は聖女様、レイニーマイン様の前に跪き、手を差し出す。
「ああ、女神よ。真の聖女レイニーマイン嬢よ。私は貴女に恋をしてしまいました。これは真実の恋。どうかこの手を取ってくださいませんか」
一瞬、時が止まったかと思ったその時。
レイニーマイン様が大きく息を吸って、アルベール殿下を見据えたのがわかりました。
「お断りします」
静かに、けれどはっきりそう告げる聖女様、レイニーマイン様。凍りついたように鎮まった大広間。
「……え?」
断られるとは思っていなかったのでしょう。アルベール殿下は言葉もなくし、その場に佇んで。
「わたくしは、殿下のように長年連れ添った婚約者を大勢の前で辱め、あまつさえ軽々しく『真実の恋』などと口にする方を到底信じることなどできません。それに、わたくしは殿下になんの感情も抱いておりませんので」
そこまで一気に捲し立てたレイニーマイン様。スタスタとこちらに向かってきて。
さっと、わたくしの手を取りました。
「マリサ様。貴女は何も悪くはありません」
「……レイニーマイン、様?」
「あなたの努力も、あなたの誇りも、あなたの気持ちも、すべて本物です。わたくしにはそう見えます」
体が細かく震えてしまうのがわかる。涙が、頬を伝って落ちるのを止められない。
「あなたの心を踏み躙るような人のために、泣かなくていいのです」
その言葉に、我慢ができなくなって大粒の涙がこぼれ。
「さあ、行きましょう」
そう優しくエスコートしてくださる彼女に、「はい」と同意して。彼女は今一度だけアルベール殿下に視線を向け。
「殿下、ご自分の行いがいずれどのような結果を招くのか……。どうかよくお考えくださいませ」
レイニーマイン様のその一言を最後に、わたくしたちは会場を後にしました。
「レイニーマイン嬢!」
と叫ぶアルベール殿下の声だけが、ざわめきの消えた広間に響き渡って……。
「……わたくしは、お飾りの聖女ですから」
会場を後にし、静かな廊下に出たところで、ポツリと呟く。
涙を我慢し、なんとか微笑んで見せて。
「最初からわかっていました……。わたくしに聖女としての力などないことは。ただただ持ち回りで回ってきた聖女職を箔がつくからとお父様が受けただけに過ぎないのです。それでも、せめてこの国のために、王太子の婚約者として役に立てるならそれでいいと、そう思っていたのです」
声の震えが止まりません。でも……。
「けれど……それすら必要ないと、今日、突きつけられてしまいました」
殿下の言葉を思い出し、胸が痛む。
「……マリサ様」
レーニーマイン様が、そっとわたくしの手を握る。一瞬、驚いて。それでも大きく目を見開きわたくしを見つめてくれる彼女の気持ちは、とても温かく感じ。
「貴女がお飾りの聖女であるかどうか、そんなことは関係ありません。貴女はこの国のために尽くしてきた。人々のために祈り、努力し、王太子の婚約者としての務めを果たそうとした……。それが、お飾りなわけがないでしょう?」
「……でも、わたくしにはなんの力、も」
「聖女の力があるかどうかじゃないわ! 貴女がどれほどこの国を、この国の民を想い、懸命に生きてきたかが大事なのよ!」
力強く言い切るレイニーマイン様。彼女のその真剣な瞳がとても嬉しくって、ぽろぽろと涙が溢れてこぼれ落ちる。
「ありがとう……、ございます……」
胸がいっぱいで、でも、なんとかそれだけを口にして。
「いいのよ」
背中を、レイニーマイン様がさすってくれ。わたくしは咽び泣くのをなんとか抑え、彼女を見上げます。
「今はたくさん泣くといいわ。でも、貴女の価値を見誤るような人のために、これ以上涙を流す必要はないと思うのよ。あ、そうそう、それにもう一つ……」
目の前に人差し指をそっと立てるレイニーマイン様。その先にマナの球が浮かんで……。そしてそのマナに吸い寄せられるように集まってくるたくさんの精霊たち。
「ねえ、マリサ様。貴女、これが見えますか?」
「え? レイニーマイン様の指先に、マナが溢れているのはわかります。そしてそのマナに釣られて精霊さんたちが嬉しそうに集まっていますよね?」
「ふふ。やっぱり。ねえ、マリサ様。貴女には聖女の素質がありますわ。ねえ、もしよかったら、一度帝都の聖女宮にいらっしゃらない? わたくしも秋の大祭の時には一度帝都に戻る予定ですから、その時に合わせていらっしゃるのはどうかしら? ぜひ会ってほしい方がいらっしゃるのよ」
「わたくしなんかに、そんな、聖女の素質、だなんて……」
「貴女はきっと、正しい加護の使い方を習っていらっしゃらないだけかもしれませんわ」
「正しい加護の使い方……、ですか?」
「そう。まあわたくしもまだ修行中の身ですけれどね。それでも、マリサ様に聖女の素質があるということはわかりますわ」
「嬉しいですレイニーマイン様! わたくし、頑張ります。頑張って本当の 聖女になりますわ!」
◇◇◇
優しく綺麗で、そしてとても眩い聖女、レイニーマイン様。
彼女に誘われるまま、わたくしは帝国の帝都、マクギリスに聖女修行という名目で留学することとなりました。
それも、秋を待つのではなく春の祭典のすぐ後に旅立ったのです。
ここ、広大なエウロパ大陸全体を支配する帝国は、数多くの国家で成り立っています。
わたくしたちの聖王国の王室も、元を正せば世界を救った勇者様の元に当時の皇女様が降嫁し興った国ですし、帝国皇帝陛下の血縁でもありました。
レイニーマイン様は皇帝陛下のお孫様ですし、アルベール殿下がその結婚相手として考えても仕方がない、と、思える方でしたから。
わたくしの父、ヴィルヘルム・フォン・ドゥリズル公爵にしてみても、殿下のやりようにかなりご立腹ではあったものの、王室に表立っての抗議をすることもできないでいました。
ですから、その分。
意趣返しの意味も込め、わたくしを早々に帝国へと送り出したのでした。
聖女の任を解かれた訳ではありませんでしたから、殿下に婚約破棄をされたとしてもわたくしには役目を全うする責任がなかった訳ではありませんでしたが、お父様は周囲のそういうしがらみからわたくしを守ってくださいました。
そこのところは本当に感謝しています。
そうして。
約一年の聖女修行を終え、先日帰国したところでした。
帝国聖女庁筆頭聖女である大聖女カッサンドラ様に師事し努力したわたくしは、多分もう、お飾り聖女などではなくなったと思います。
自分でもわかるほど、今では周囲にいる精霊たちとも心を通じているのを感じます。
なんなら、この王宮の敷地全てを聖なる結界で覆うことぐらいも、造作もなくできるようになりました。
そして、そんな実際の力以上に、わたくしを取り巻く状況もこの一年で変わっていました。
以前はやはり、貴族の令嬢が腰掛けで務めているだけの、役職としての聖女職にすぎない、と、そんな目で見られていました。
しかし今は……。
帝国帰りで箔がついたといいましょうか、大聖女様の元で修行したことに対する畏敬の念がうまれたのでしょうか、一目も二目も置かれていると感じるようになっていました。
この人も。
まるで一年前のことがなかったかのように。
まるでこの一年の間に全てが変わってしまったとは思ってもいないかのように。
わたくしに、以前のままのように手を伸ばしてくる。
「君は、私のことを愛していてくれた。それなのにそんな君の手を離してしまったなんて、私はどうかしていたんだ。ああ、今度こそもう離さない。そうだ、母上のお茶会が来週末開かれる予定なんだよ。そこに君も来てくれるよね。母上の派閥のご婦人方にも君が戻ってきてくれたことを大々的に知らせたい」
「殿下? ですから、わたくしはもう……」
もう、何度目でしょう。
もう、あなたとは他人なのに。
どうしてあなたは、人の言うことを聞かないのです?
自分が否定されるだなんて、思ってもみていないのでしょうか。
このままおはなしをしていても堂々めぐりのまま。
殿下が諦めてくださる気配はありません。
「ふう」
貴族の令嬢としてははしたないと思われるほどの大きなため息が出てしまいました。
殿下も驚いたのでしょうか? 言葉を詰まらせ、大きく目を見開きこちらをみて。
「マリサ? どうしたんだい? そんな大きなため息、君らしくないよ。何か心配事でもあるのかい?」
と、おっしゃって、笑顔を見せた。
ああ。
もう、限界。
わたくしはもうこれ以上、この方と一緒にいたくありません。
「いい加減にしてくださいませ! なぜあなたはわたくしの言うことを理解してくださらないのですか!?」
思わず、そう大声が出てしまっていました。
「どうしてって、私は君のことを愛しているのだから。これは。今度こそ『真実の愛』だ。君だって、わたしのことを愛してくれているだろう? こうして『真の聖女』となって私の元に帰ってきてくれたのだ、そうに違いない。私は君のことなら全て理解しているよ」
そうおっしゃって一歩踏み出す殿下。
そのままわたくしの前で跪く。
「ああ、真の聖女マリサ・ドゥリズル嬢よ。今度こそ間違えない。君のその七色に輝くマナも、集まる多々な精霊も、君が真の聖女であったことを証明している。ああ、どうかこの手を取ってもらえないか。私と結婚し、この国の王妃となり、共にこの国のために尽くそうではないか」
ああ。
あなたはまだ、そんなことを……。
「お断りします! あなたとの結婚なんてまっぴらごめんです! わたくし、もう他に愛している方がいるのですもの!」
言ってしまった。
こんな大勢の人の前で、本当ならこんなこと、言うつもりじゃなかったのに。
我慢できなかった。もう、だって、気持ち悪いんだもの!
ごめんなさい、だけど、あまりにも言葉が通じなさすぎて、もうどうにかなってしまいそうだったんだもの!
貴族らしい、お嬢様らしい言葉遣いで伝わらないのなら、もっと強い言葉で言わなきゃ、この人はわかってくれないんだわ!
会場全体がざわついて、大勢の方がこちらに注目しているのがわかる。
顔がほてって真っ赤になっているのがわかる。恥ずかしいけれどもう、どうしようもない。
あまりにも衝撃的だったのか、跪きこちらに手を伸ばしたまま固まったアルベール殿下。
ぽっかりとお口を開けたまま固まっているその姿は、少し滑稽にも見えた。
「はあ……」
お腹から声を出したせいか、完全に脱力してしまったわたくし。
頭もクラクラして、目の前がスッと暗くなって……。
「マリサ様!!」
背後から、誰かに支えてもらったのがわかったけど、そのまま意識が途切れていった。
◇◇◇
「大丈夫ですか?」
はっと気がつくとそこは、どうやら控室のソファーの上?
覗き込み、そう声をかけてくださったのは一つ年下のウイリアム様。
わたくしが帝都で聖女修行をしている時、ちょうどやっぱり帝都の貴族院に留学していらした、この国の第二王子様でした。
ううん。今は王太子様。
この春、わたくしよりほんの少しだけ先に帰国し、立太子の儀を済ませていたはず。
「ごめんなさい殿下。ご迷惑をおかけしました……」
助けてくれたのは殿下だったのでしょう。
あんなことで気絶してしまうだなんて、本当にこの体は軟弱すぎて困ります。
魔法の力は強くなったって自覚がありますが、体力まではなかなかついてくれません。
「僕のほうこそごめんね。もっと早く助け舟を出すつもりだったのに、遅くなってしまったから……」
アルベール殿下とよく似た金髪のふわふわの巻き毛がお顔にかかり、憂いのある表情をして。
「それに、プロポーズ、先を越されてしまったよね……。まさか兄さんがあんなふうにあんな場所であなたにあんなことを言うだなんて、油断してたよ……」
こちらを覗き込み、うるうるっとした瞳を見せるウイリアム殿下。
可愛らしいお顔が一段とかわいく見える。
「あれは……、あんなの論外です! わたくし、ちゃんとしっかりきっかり断りましたし!!」
それに、アルベール殿下の仰る「真実の〜」という言葉ほど、信じられない言葉もありません。そんなに軽々しく真実の恋だの真実の愛だのと仰る方は、やっぱり信用できませんから。きっと、深く考えずに使っていらっしゃるんだわ、そうでなければあんなに軽々しく複数の女性に対して使える言葉じゃありませんもの。
「はは。まっぴらごめんです、だっけ。どこで覚えたの? マリサ様ったらそんな言葉」
え?
どこで、でしょう……。思わず口から出ていましたけど、どこで聞いたんでしたっけ……。
「ふふ。あなたにもあんなにおてんばな部分もあるんだってわかって、僕は少し親しみを感じたけれど」
お茶目にウインクして、身体をおこしたわたくしの隣に座ったウイリアム殿下。
「ねえ。お願い、一つしてもいい?」
わたくしの手にご自分の手を添えて、そう上目遣いでかわいく聞いてくる。
ええ、と、うなづき彼の方に身体を向ける。
「僕と結婚して、ゆくゆくは王妃となって」
小首を傾げ、おっしゃる殿下。
「ばかね」
満面の笑みで、そう答える。
彼も、にこにこしながらわたくしをみつめて。
わたくしが、わたくしの方こそが彼のことが大好きだってことなんて、もう何回も伝えてきたのに。
もうそんな答えのわかってること、今更言わなくてもいいのに。
「だって、ちゃんとプロポーズしたかったから、さ」
そう言いわたくしの手をぎゅっと握る、彼。
あまりのかわいさに我慢ができなくて、そっと彼の頬にキスをする。
「大好きよ。あなたのことが、だいすき」
彼の胸に顔を埋める。
彼も、猫のようにわたくしの頭に自分の頬をくっつけてくる。
心があたたかくなって、アルベール殿下との会話で感じていた嫌な気分も洗い流された感じ。
ええ、もう、大丈夫。
わたくしも、それこそ猫がするように、彼の胸に頭を擦り付けた。
◇◇◇◇◇
わたくしへの婚約破棄、レイニーマイン様へのいきなりのプロポーズ。
それらはアルベール殿下の王太子としての資質が再考されるきっかけになったらしい。
そのあとも外交の場で他国の大使を怒らせ、あやうく国同士の仲に影響を及ぼすところだったのだという。
帝国帝都のウイリアム殿下に国王陛下からの手紙が届いたのは、秋の聖大祭の頃でした。
アルベール殿下を廃嫡、ウイリアム殿下を王太子にというそんな手紙に悩み、わたくしに相談してくれたウイリアム殿下。
「殿下には王太子としての資質があると、わたくしは思っておりますわ。きっと民にとってもこの帝国にとっても良い国王となられることでしょう。わたくしは、そんな殿下を聖女として支えていけたらと思っておりますわ」
自分が王太子妃にだなんて、考えもしてなかった。
一つ年下の彼は、昔から本当の弟のようにかわいく思っていて、そしてこうして帝国でお話をする機会があるたびに、その愛らしさ、聡明さ、思慮深さが好ましく思えて。
目が離せなくなってたのはわたくしの方。
彼がおっしゃってくれた一つの「好き」に、わたくしはきっと10も20も大好きを返していただろうから。
大好きです。ウイリアム殿下。わたくしはずっとあなたのおそばで、あなたを支えて頑張っていくと誓います。
「僕も、大好きだよ。あなたのことを、ずっと好きだった。大切にするね」
そうおっしゃって、彼のお顔が近くなる。
そっと口付けをくれた彼。
心が満たされた気がして、嬉しかった。
FIN




