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栄光の彼方に光る月  作者: はぐりはるひさ


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第6話

県大会を優勝したことで、無事に甲子園出場を決めた間谷地高校野球部は、

この日も甲子園に向けた調整のために、練習に励んでいた。


そんな間谷地高校の通用門の前に、一台のタクシーが止まり、その中から2人ほど降り立った。


「ここが市立間谷地高校か」


「ええ、そうです、行きましょうか」


「ふん・・・如何にも公立校という感じだな」


その2人は、まず事務室に向かい、来客者の登録をすると、

自分たちの訪問先を伝え、事務員からそこまでの行き方を聞き出した。

1人はYシャツにネクタイを締めず、襟元のボタンは外して、薄手のジャケットを羽織った男性。

もう1人は、まるで上町のような大きなお腹を抱えた、明らかに妊婦であると分かる女性である。

年の頃は、2人とも同じように見える。


この2人が向かったのは監督室。

つまり、上町がいるはずの部屋である。

入口まで来ると、男性のほうがドアをノックした。


「・・・どうぞ?開いてますよ?」


中から声が聞こえてきた。上町の声だ。

どうやら今日は監督室にいたようだ。


「失礼するよ、俺のことが分かるかな?」


「お前・・・高津か!?」


「さすが上町、忘れてなかったか」


「忘れるわけないだろぉ!バッテリー組んでた相手のことだぞ!どうしたんだ今日はいきなり」


上町のもとを訪れた2人のうちの1人、男性のほうは、

高校時代に上町とバッテリーを組んでいた、高津祐太郎(こうづ・ゆうたろう)だった。

高校卒業後、それぞれ大学に進学し、しばらくは連絡を取り合ってはいたものの、

大学を出てからはお互いに疎遠になってしまっていた。


「まぁ、ちょっとな・・・それよりも甲子園出場おめでとう、2年連続だもんな、やるじゃないか」


「あぁ、ありがとう」


「で、だ・・・今日はちょっとお前に会わせたい人がいるから連れてきたんだ・・・どうぞ」


高津がそう言うと、もう一人、女性のほうが部屋に入ってきた。

その姿に上町もピンと来なかったようで、「はて、この女性は誰だろう?」といった表情を浮かべていた。

しかし、その女性の話し方を聞いて、上町は彼女が誰であるかを即座に認識した。


「ふふ、久しぶりだね、上町」


「・・・お前・・・四之宮か・・・!」


「さすがだねぇ!あの時から姿形が変わってしまったが、それでも私のことが分かるとは!」


上町が「四之宮」と呼んだこの『女性』こそは、上町そして高津の高校時代最大のライバルにして、

世代最強の天才打者と呼ばれた、四之宮琉生(しのみや・りゅうせい)その人だった。


「・・・そうなってても、分かるもんは分かるもんだな」


「まったくだよ、まさかこの私が女体化してしまうなんてね」


四之宮は、高校最後の夏の県大会決勝で上町の前に敗れ、甲子園出場を逃した。

上町たちの高校が出場を果たす以前は、四之宮たちの高校が5年連続して夏の甲子園に出場しており、

四之宮世代が入学してからは、夏春合わせて4大会連続で出場していた。


上町と高津にとって四之宮は、倒さない限り甲子園に出場することは叶わない最大の壁であり、

四之宮にとって甲子園は、何があっても出場することを義務付けられた約束の地であった。


最後の夏で、女体化した上町の前に膝を屈した後、

四之宮はこの年のプロ野球ドラフト会議最大の目玉として、6球団から1位指名を受け、

見事に抽選を引き当てた球団に入ることとなったのだが、キャンプイン直前に女体化してしまった。


しかし、「女体化した奴に負けた」という悔しさが、『彼女』のバネとなった。

ハンデをもろともせず、生き馬の目を抜くプロ野球の世界で15年プレーし続けたのである。

その15年間で残した成績は、女体化選手としてはもちろんのこと、

男性選手の中に入れても遜色のない、まさに一流の数字だった。


そのスター選手だった四之宮が、まるで自分のような大きなお腹をして、今、目の前にいる。

いや、まぁ、大きなお腹をしているというのは、女体化した以上はどうしようもないことではあるのだが。

だが、何故『彼女』は高津と共に、ここを訪れているのか。

上町がそう思っていると、新たにノックの音が聞こえ、それと同時に誰かがドアを開けて入ってきた。


「監督、失礼しま・・・ブラックソックスの四之宮選手!?」


「・・・あっ・・・ああ、カナタか」


「カナタ・・・?ああ、キミが堀江彼方くんか、ふむ、確かにいい身体をしているねぇ」


監督室に入ってきたのはカナタだった。

上町に相談したいことがあってやってきたのだが、

思わぬ「大物」がそこにいることに、驚きを隠せなかった。


「な・・・なんで四之宮選手がこんなところに・・・」


「もう5年も前に引退しているんだけどねぇ・・・こんなところにも私を知っている子がいるのは嬉しいね」


「こんなところこんなところって言いなさんな・・・」


『自分の城』を「こんなところ」呼ばわり―――四之宮はともかくカナタにまで―――されていることに、

上町は若干憤りにも似た感情を抱きかけてたが、

相変わらず目の前にいる『彼女』のことが信じられないカナタは、それでも勇気を振り絞って声を出した。


「・・・ふぁ・・・ファンなんです!四之宮選手の!

四之宮選手がプレーされてるのを見て、ボクも何があっても野球を続けようと心に決めたんです!」


「ほう?」


「・・・カナタ、そうだったのか?」


そう、現役時代の四之宮は、カナタの憧れの選手だった。

プロ入り直後に女体化してしまったものの、それをバネにしてグラウンドを我が物にするその姿に、

子供のころのカナタは憧れを抱き、そして心に誓った。


『ボクも、女体化することがあっても、絶対に野球を続けよう』


『ボクも・・・四之宮選手みたいになりたい』


その一心でカナタは野球に打ち込んだ。

その結果、カナタは現時点での高校球界で、屈指のピッチャーとして数えられるまでになったのだ。


「だから・・・ボクにとって四之宮選手は、神様も同然なんです・・・その人が目の前にいるだなんて・・・」


「神様とはまた大げさだねぇ、だが・・・

キミのその身体付きを見ていたら、キミもまた努力してきたことは分かる」


「あ・・・ありがとうございますっ!!」


憧れの『神様』に自分のことを認めてもらえた感激が、カナタの身体を駆け巡っていくが、

カナタが抱いた、そして、そもそも上町も抱いている疑問の答えが出ていない。


「・・・で、いったい何をしに来たんだ、四之宮」


上町が差した水に、四之宮もそういえばそうだったとばかりに返答していく。


「そうだったそうだった!目的を忘れるところだったよ!

なぁに、今日はちょっとした『ご挨拶』をしに来たのさ、ねぇ高津?」


四之宮がそう言うと、高津は持っていたブリーフケースの口を開き、

その中からパンフレットのようなものを取り出して、上町とカナタに提示した。

そのパンフレットに書かれているのを、上町とカナタが音読する。


「「『多々井学園高等学校、入学のご案内』・・・?」」


「ボク、3年生なんですけど・・・」


「これがなんだっていうんだ、高津?」


上町の問い掛けに、高津が答えようとしていく。


「その・・・アレだ・・・なんていうか」


やはり高校3年間を共に切磋琢磨した上町に対して、どこか歯切れの悪い高津に代わって、

四之宮が疑問への回答をしていった。


「そこが、今の私の勤め先なんだよ」


「・・・どういうことだ?」


「実は3年前から、そこで指導をしていてね

学生指導資格を回復した今年から、正式に監督になったのさ」


「・・・なんだと!?」


四之宮がプロ野球を引退したのは5年前のことである。

1年のブランクを置いて、多々井学園高校からのオファーがあったため、

四之宮は野球部の外部スタッフとして携わることとなった。


しかし、プロとアマチュアの間には、多少のしがらみがある。

プロを経験した元選手は、一定期間を置いた後、「学生野球指導資格」を回復しなくては、

学生野球の指導者として活動することはできない。


そのため資格が未回復だった時期は、あくまで「指導を伴わない外部スタッフ」として野球部に携わっていたのだが、

実質的に多々井学園高校野球部の総監督としての権限を与えられていた。

もちろん、これが高野連にバレたら大ごとになる。

学校側も四之宮の存在が表に出ないよう、全力を尽くしていたのだ。

そのために、四之宮の招聘と合わせて採用したのが。


「ここにいる、君の『最愛の妻』、高津ってわけさ」


「そうなの・・・か・・・?」


上町の問いに高津は軽く頷き、そして口を開いた。


「・・・あぁ、そうさ、その通りだよ上町

俺は、表向き野球部の監督として採用されて、

四之宮が現場に立てるようになった今年からは、部長になったんだ」


「高津・・・お前ってヤツは・・・」


「すまん、上町・・・俺だってそうだと分かっていれば断っていたかもしれない

だけどな・・・分かっていてもやっぱり・・・また野球に関われると思ったら・・・」


「・・・四之宮が関わることは、その時点で分かってたのか?」


上町の一言に、これも高津は首を小さく縦に振った。


「全部、うちの理事長の思惑通りに動いたんだ

最初は俺だって、四之宮には関係なく、俺がやりたい野球をやろうと思ったよ

でも、そんな考えは一瞬で夢と消えたね」


「・・・」


「そりゃ、うちの部員たちだって、俺なんかが言うことよりも、

スターだった四之宮が言うことのほうが、説得力があるように感じるさ

堀江君・・・って言ったね、君だって上町と四之宮なら、どっちの言うことを信じる?」


しかし、高津のその問いに、カナタはきっぱりと言い返した。


「監督ですよ、高・・・津さん?」


カナタのこの返答に、上町も高津も、そして四之宮までもが目を見開いた。

カナタがはっきりとそう答えた理由は、単純にして明快だった。


「だって、ボクにとっての監督は、この人ですから

もちろん、四之宮選手が監督なら四之宮選手を信じますし、高津さんが監督なら高津さんを信じます

でも、今のボクの監督は上町監督なんです

その人についていけなくて、誰についていけるんですか?」


「カナタ・・・お前・・・」


「そりゃ確かに、四之宮選手はボクにとっては『神様』ですよ?

でも、ボクは・・・ボクたちは監督の言うことを信じて、ここまで来られてるんです」


そこまで言いきったカナタに、高津はそれが愚問だったと省みて、思わず頭を垂れた。

しかし、それに切り返すように、今度は四之宮が口を開いた。


「な、る、ほ、ど・・・なるほどなるほど・・・

確かに、高津を盾に使ってしまっているのは申し訳なかったかもしれないね

しかしだね、カナタくん、キミは一つ大きな勘違いをしているよ」


「大きな勘違い・・・?」


「キミも知っての通り、私は『四之宮琉生』だよ?

その意味はキミじゃなくったって、誰だって分かるだろう?」


四之宮のその言葉に、カナタは若干戸惑いを見せたが、

高校時代からの『彼』を知る上町と、今や仕事を共にする高津は、相変わらずだな・・・という表情を浮かべた。


そう、四之宮琉生という人物は、そういう人物なのだ。

自信の塊が人の形をしたような存在。

自分がそうやってきて、それでプロ野球でも一流の選手として名を残しただけに、

自分のやり方こそが正しいと信じて疑わない。

確かに、プロとアマチュアの間にある制約の都合で、最初から表立って指導することができず、

そのために高津を隠れ蓑とする必要はあったが、それも『彼女』にとっては『必要な犠牲』でしかなかったのだ。


言ってみれば、四之宮と学校側の利害が一致しただけなのである。

高津はただ単に、それに巻き込まれてしまっただけなのだ。

ただ巻き込まれただけにしては、払った代償は大きくついてはいるが、

現在のところ、それを払っているのは高津だけであるし、

それに対しての相応の―――もといいささか過大な―――補償を、高津も学校側から受けてはいる。


それが四之宮琉生の、そして、多々井学園高校のやり方なのだ。

その「大きな力」の前には、高津も従うしかないのが、現実なのだ。


「私は、私のやり方で、私の『子供たち』を甲子園に連れていくのだからね

だから、私のやってきたことに異論は挟ませないよ

上町のやり方についていったキミたちと同じように・・・ね?」


「四之宮、お前・・・お前たちも甲子園に行くのか?」


「上町、キミもニュースくらい見ておきなよ

キミたちも甲子園に来るというから、こうして私が挨拶に来たんじゃないか」


思った以上に情報を得ていない上町に、四之宮も高津もカナタも少し呆れた顔をしたが、

上町はデスク上のパソコンを使って、すぐに調べ上げた。


「・・・本当に来るんだな」


「監督・・・戦うかもしれない相手のことですよ・・・」


「上町・・・お前変わらんな・・・」


「まったくキミという奴は・・・私はそんな奴に負けたというのかい?」


「・・・監督に負けた?」


「アレ・・・?上町、お前、教え子たちに話してな・・・あっ」


上町が四之宮に勝ったことをカナタが知らなかったことに、

高津は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに上町がその話をしてこなかった理由を思い出した。


そうか、そういえばそうだった

確かに俺はあのとき、お前と一緒に四之宮に勝った

勝ったけど、そのあとお前は・・・

すまん、お前がちゃんと話していない『理由』があることを忘れていた


「・・・すまん、うえま

「いや、いいんだ高津、コイツらは・・・カナタたちは私よりも強い」


「四之宮選手と対戦したことがあったんですか?」


「・・・話してもいいのか、上町?」


「構わんよ・・・いや、私から言おう、四之宮の言う通りだよ、カナタ

私と高津は3年のとき、そこにいる四之宮に勝って、夢にまで見た甲子園に行ったんだよ」


上町が高校3年の夏に甲子園へと駒を進めたことは以前にも聞いた。

カナタとミツキの妊娠が発覚した、去年の秋季大会後のことだ。

しかし、そのときの県大会決勝の相手が四之宮であることは聞いていなかった。

自分の憧れである四之宮琉生、その人に地面を舐めさせたことがあったとは。


「監督・・・すごいピッチャーだったんですね・・・」


「上町、お前・・・マジで何も話してなかったんだな・・・」


「実際に動いて成長していくのはコイツらだからね

私はそれにちょっとアドバイスするだけだよ高津、そして・・・四之宮」


そう言われた高津は改めて視線を爪先に向け、

水を向けられた四之宮は、なおも傲岸不遜然とした態度で上町を見た。


「ふん、この私が20年忘れることのなかった相手が、そんな甘いヤツだとは思っていなかったよ

それとも、その腹のせいで甘くなってしまったのかい?」


「・・・人のこと言えた腹かよ」


「いや、まったくだよ!ようやく正式に監督になれたと思ったら、これなんだからねぇ!」


2人のそのやり取りを見ていて高津は、そういえばそうか、と改めて思った。

高津は上町の過去を当時から知っている、この中では唯一の人物だ。

もちろん、部屋に入ったときから、上町のお腹が大きく膨らんでいることには気付いていた。

しかし、上町の過去を知っているだけに、そこに触れるのは何か気が引けるところがあった。


「・・・あのとき以来か?」


「・・・ああ、そうだよ高津、何の因果か分からんけどな」


「そうか・・・おめでとう、って・・・言っていいのかな?」


「まぁ、なんとかここまで来れたからな」


そこには、上町と高津の2人にしか分からない空気感があった。

カナタは話には聞いていたから、なんとなく感じることはできたが、

県大会で敗れて以降、己を研くことに没頭しており、周りの動向を気にしていなかった四之宮には、

上町と高津が自分たちの世界に入りそうになっていたのが気に入らなかったと見える。

その雰囲気を破るかのように、わざとらしく咳払いを入れた。


「んっ・・・んんっ!さて、そろそろ失礼させてもらおうか、高津?」


まるで、「今のお前の『ご主人様』は誰だ?」と言いたいかのような四之宮の眼。

その視線を受けた高津は、旧友―――言ってみれば『戦友』―――との別れを惜しむかのような表情を見せたが、

そんなことはお構いなしとばかりに、四之宮は別れの言葉を述べた。


「まぁ、曲がりなりにも、キミたちはディフェンディングチャンピオンなんだ

私たちと戦えるよう、そこまで登ってこられるよう、せいぜい負けずにいることだね」


「四之宮選手」


「ん?なんだい、カナタくん?」


四之宮の言葉に、今度はカナタが敢然と言い放った。

それは例えるならば、まさに。


「ボクたちは負けませんよ

そちらこそ、ボクたちと当たるまで負けないよう、せいぜい頑張ってください

そして、どこかのタイミングでボクたちと当たったときは」


「当たったときは?」


恐らくそんな表情をカナタがするのを見たのは、上町にも初めてだったかもしれない。

いや、どこかで見たことがあったのかもしれないが、上町にはそれを見たという、はっきりとした記憶がない。

カナタは口角を少し上げ、まるで『絶対皇帝』かのような顔をして、言葉を続けた。


「そのときは、ボクがもう一度、貴女に地面を舐めさせます

甲子園の土を持って帰るのは、ボクたちじゃなくて貴女たちですよ、四之宮選手」


カナタの言葉に、上町と高津は目を丸くしたが、それを受けた四之宮は。


「ふ・・・ふふ・・・ふふふふふ・・・はーっはっはっはっはっはっはっはっ!!」


「し・・・四之宮監督・・・」


「はっはっはっはっはっはっはっ!!高津、キミ、今の聞いたかい!?

なんとも、なんとも素晴らしい『宣戦布告』じゃないか!!ねぇ、カナタくん!!」


カナタによる、いわば『宣戦布告』を受けた四之宮は、嬉しさから身震いを起こし、

それに奮わされた心からは、声の限りの高笑いが挙げられた。


未だ、未だかつて、ここまで自分をワクワクさせてくれる相手には出会ったことがなかった

堀江彼方、その名前、例え私たちが勝ったとしても、忘れずにいておいてあげようじゃないか

今を思えば20年前、私が上町に負けたのは、慢心と油断からだったのだろう

まさか、この私が、女ごときに後れを取ろうとは、誰も思うわけないじゃないか

その気持ちが、私の心に隙を創り、彼奴らにみすみす美酒を呑ませてしまったのだ


だが、その私も今や『女』だ

キミもまた、私と同じ『女』だ

私に憧れ、私を崇め、そして私と同じように野球を続けてきた、そのキミが

この私に向かって、そこまでの『宣戦布告』をしてきたのだからねぇ

私への憧れをやめる覚悟でかかってこようとしているのは、はっきりと分かったよ、カナタくん


「ならば・・・ならば、よかろう」


「四之宮・・・お前、何を・・・」


「そのときは、こちらも持てる限りのすべてをもって、キミたちを潰しにかからせていただくとしよう

そのときが来るのを楽しみに待っているがいい、堀江彼方、そして・・・上町那由多」


一瞬の静寂のあとに、四之宮は最後の言葉を残して、

高津と共に監督室を、そして間谷地高校を後にした。


『貴様らの心、もろとも彼岸へと連れていってやる』


まるで嵐のようなひとときは、ここに過ぎ去った。

ふと時計を見てみると、いつの間にか1時間ほど経っていたことに気付いた。


「はぁ・・・疲れた・・・」


「・・・ボク・・・あの四之宮選手に、なんてことを・・・」


「カナタ、お前・・・あんなやり方、誰から教わったんだ・・・」


カナタは、見た目や普段の物言いからは想像がつかないほど芯が強いことは、上町もよく知っている。

上町だけでなく、野球部の人間であれば、部長の古市も含めて誰もが知っている。

それは女体化する前の、男子だった頃からずっとそうだ。

それを差し引いても、先ほどカナタがやってみせたモノは、上町に新鮮な驚きを与えるには充分すぎた。


「アレがお前の『本性』だとしたら、恐ろしいモノを感じるよ、私は・・・」


「いや、でも・・・やるからには勝ちたいじゃないですか・・・

あっ・・・そう、そうだ!監督、それでちょっと相談が・・・」


「なんだ、いったいなんだっていうんだ、カナタ」


カナタはここに及んで、監督室を訪ねた本来の目的である『相談』を上町と始めた。

その内容を聞いた上町は、改めてカナタに言った。


「おっまえ・・・ホント、どこで教わったんだ、こんなやり方・・・」


「ホント・・・『誰』の教えなんでしょうねぇ・・・」


カナタはその顔に、言うなれば『ワルい微笑み』を浮かべて、上町に切り返した。

しかし、カナタから受けた『相談』そのものは、上町にはNOと答える道理はなかった。

むしろ上町からしても、カナタが自分で『そこ』に辿り着いたことが、嬉しくて仕方なかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


四之宮たちの来訪から数日。

市立間谷地高校野球部の面々は、甲子園へと旅立った。

そして今日は、組み合わせ抽選会である。

高校野球の大会では、公平性を期すために、組み合わせは抽選によって行われる。

県大会ではシードがあるが、本戦ではそれはない。

そのため、どんな強豪校でも1回戦からのスタートになることがあるし、

初出場の学校が、初戦でいきなり優勝候補と戦うことになるのもあり得る。

また、そういう試合がとんでもないアップセットになることもあり得る。

実際にこの春のセンバツでは、それが起きているし、間谷地高校はその当事者だ。


抽選会の会場は、甲子園球場のある兵庫県西宮市から少し離れた、大阪・中之島のフェスティバルホールだ。

観客席にそれぞれスペースが割り当てられ、それらのスペースに各校から出席してきている代表が陣取る。

もちろん、間谷地高校からも代表者が出席していた。

監督の上町にキャプテンのカナタ、そして随伴者としてミツキと、今年は醒ヶ井と恩智、それにヨシノも来ている。


「うわ・・・すっげぇ・・・めっちゃ人いる・・・」


「恩智くん、ここでビビってるようじゃダメだって、何度も言ってるでしょ」


「それはそうなんですけど・・・」


恩智を抽選会に随伴させたのには、理由がある。

センバツで分かったことなのだが、どうも恩智には気の小さいところがある。

自分が思った通りのピッチングをできているうちはいいのだが、

それが崩れたとき、一気に気弱な部分が出てきてしまう傾向があるようだ。


加えて、どうやら「周りに人が多い環境」にも不慣れらしい。

センバツで不安定なピッチングをしたのもあるし、この夏の県大会でも準決勝・決勝ではどこか調子が出ていなかった。

それらは共に、観客数の多い試合だった。

そのため、「慣らし運転」の意味を込めて、上町とカナタ、そしてミツキは、恩智も抽選会に同行させることにしたのだ。

どこか落ち着かない様子を見せる恩智に、ヨシノが声をかけた。


「恩智先輩、大丈夫ですって、センバツでも投げたんでしょ?」


「・・・そうか、そういや俺、センバツでも投げてたんだった」


恩智がかなり単純でよかった。

それは同期であり、同じく抽選会に同行している醒ヶ井は重々承知していた。

醒ヶ井が抽選会に同行することになったのは、また別の理由がある。

それはこの前日のこと、宿舎で上町から呼び出されたところから始まる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おお、醒ヶ井、まぁ入ってくれ」


「失礼しま・・・堀江先輩と春見先輩?」


部員たちは2人1部屋だが、監督には個室が割り当てられている。

といっても、上町には身体のことがあるため、今年はコネクティングルームが充てられ、

その隣の部屋にはヨシノともう1人のマネージャーが入った。

カナタとミツキ、そしてヨシノ自身の出産が終わった今、

それまでカナタとミツキ専属のマネージャーだったヨシノは、今度は事実上の上町専属マネージャーとなっていた。


それはともかく、大会期間中は、この上町の居室が監督室ということになる。

上町に呼び出された醒ヶ井ではあったが、室内にはカナタとミツキもいた。


「うん、まぁ、ボクたちが話をしたくてね、醒ヶ井くん」


「ちょっと重い話かもしれんけど、大事な話だから、しっかり聞いてほしいんだ、サメ」


カナタとミツキによる前置きに、醒ヶ井は息を飲み、戦々恐々と構えるが、

上町はそんな空気を余所に、あっさりと、単刀直入に言った。


「次のキャプテンはお前だからな醒ヶ井、明日の組み合わせ抽選会には一緒に来てもらうぞ」


「はい・・・って、えっ!?僕がキャプテン!?」


醒ヶ井が驚くのも当然だ。

醒ヶ井自身、自分がその器ではないと思っていたから。

しかし、それはカナタとミツキの意向であることが説明されていく。


「正直、センバツでのプレーを見てて、次のキャプテンを任せるなら醒ヶ井くんしかいないな、って思って」


「あと、単純に、俺たちの特訓に付き合ってくれたお前なら、誰よりも任せられると思ってな」


「で、でも・・・本当に僕でいいんですか・・・?きっと僕よりも適任は」


「いや、ボクは醒ヶ井くんにバトンを渡したい

さっきみっくんも言ったけど、ボクたちに付き合ってくれた醒ヶ井くんは、誰よりも経験を積んでるも同然なんだよ」


そこまで言われた醒ヶ井は、よくよく考えてみた。

確かにカナタとミツキの特訓期間中、2人に誘われたのがスタートではあるが、

自分はほとんどの時間を『彼女ら』と過ごした。

最初それは、「自分がキャッチャーだから」と思っていた。自分はミツキの代役に過ぎない、と。


もちろんカナタとミツキも最初は、特にミツキはそのつもりだった。

いくらキャッチャーだからといっても、それは自分の代わりに過ぎない。

自分がまたホームベースを守れるようになるまでの辛抱だと考えていた。


しかし、自分の練習を犠牲にさせる形で、自分たちに付き合わせてしまった責任はある。

さらに言えば、センバツのベンチ入りから外されたことで、否が応でも醒ヶ井がレギュラーとなったのだ。


ここで、カナタとミツキの考え方が変わった。

ミツキは来たる夏にはポジションを取り戻すつもりではいたが、

それでも自分の引退後は醒ヶ井がレギュラーになるのが分かってきた。

カナタから見ると、自分が磨き上げたナックルボールを捕れるのは、ミツキよりは醒ヶ井だとはっきり自覚した。


そこで、ミツキは醒ヶ井に、自分が持てる技術のすべてを託すことにした。

キャッチング、リード、ブロッキング、間の取り方、ピッチャーの乗せ方・・・キャッチャーとしてやれておくべきあらゆることを、だ。

そうしてミツキの技術を叩き込まれていった醒ヶ井は、メキメキと成長していった。

醒ヶ井自身はあまり知る由もなかったが、実は界隈では「世代最強キャッチャー」の呼び声が高まっていたのだ。


その醒ヶ井を見て、カナタは決心したのである。

「ボクの次を任せられるのは、彼しかいない」と。


「・・・というわけらしいんだが、どうだ醒ヶ井、大丈夫か?」


「・・・分かりました、そのお話、受けさせていただきます」


「ありがとう醒ヶ井くん・・・じゃあ、明日よろしくね」


「・・・明日!?」


「サメお前・・・明日が何の日か忘れてんのか?」


ミツキのその言葉に醒ヶ井は、一つ思い当たるモノがあったが、

まさか自分もそこに同席しなくてはならないまでは思ってもいなかった。


「い、いや・・・明日が抽選会なのは分かってますけど・・・僕も出るんですか?」


「そりゃ、まぁ・・・なぁ・・・」


「監督・・・」


「まぁアレだ醒ヶ井、これも経験だよ、もしかしたら来年もあるかもしれんからな」


上町の口振りこそ、穏やかというかのんびりというか、楽観的な雰囲気ではあったが、

その眼は確かに本気である様子を見せていた。


この人は・・・この監督は、この学校を常連の強豪校にするつもりだ。

公立校である以上、いつかは上町も間谷地高校を去る日が必ずやってくる、上町だけではなく古市もだ。

その前に、自分たちがいなくなっても大丈夫なように、スキームを残そうとしているのだ。

そのために、経験を積ませられることが可能な部分から固めているのだ。


「じゃあ醒ヶ井くん、明日よろしくね、会場は大阪だから電車移動だよ」


「は・・・はい、分かりました・・・あの・・・一つだけいいですか?」


「なんだサメ、心配すんなって、カナタだけじゃなくて俺も行くし、監督も行くんだから」


「いえ・・・そうじゃなくて・・・それなら、もう一人連れていってほしい奴がいるんです」


それが誰のことなのかは、カナタには一瞬で分かった。

そして、上町もまた、最初からその人物も同行させるつもりでいた。

カナタと上町は、同時にその名を挙げた。


「恩智くんでしょ?」

「恩智だろ?」


「なんで分かったんですか!?」


「うん、まぁ・・・ね?」


「まぁ、ああいう雰囲気に慣れさせる必要はありそうな気はしたからなぁ」


こうして、ヨシノも含めた6人は、

組み合わせ抽選会へと臨むことになったのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


だんだんと参加各校からの代表者が席を埋めていき、場内のざわめきも大きくなっていく中で、

一際大きなざわめきが、そのとき起こった。


「おい、マジかよ!」

「なんであの人がここに・・・」

「すげぇ・・・本物だ・・・」

「俺・・・もうここで終わりでもいいや・・・」


上町たちも、その喧騒を受けて、入場口のほうを向いた。

この騒ぎを作り出した張本人、そこにいたのは、

多々井学園高校野球部監督、四之宮琉生その人だ。

つい数日ほど前、上町に挨拶するために間谷地高校を訪れたその人が、

部長の高津と数人の部員を引き連れて、そこに姿を現していた。


「四之宮・・・」


「四之宮選手・・・」


「え・・・アレ、ブラソの四之宮!?」


「そうだよ、みっくん・・・そうだけど・・・」


「そうだけど・・・なんだよ、カナタ」


「・・・ううん、いいや、なんでもない」


「ああ、そうかよ」


上町とカナタには含むところがあったが、ミツキは先日の監督室での一幕を知らない。

醒ヶ井や恩智、ヨシノからすると、四之宮の存在は「名前は知ってるレジェンド」程度だ。

ミツキほどの驚きを、その3人は持っていない。

場内にはなおもざわめきが残っているが、四之宮はそんなことを気にすることもなく、

割り当てられたスペースに陣取った。


抽選会が始まった。

各校のキャプテンが壇上に呼ばれ、ポットからクジを引いて、トーナメント表に組み込まれていく。

この結果、少なくとも3回戦までに間谷地高校と多々井学園高校が対戦することはなくなった。

夏の甲子園は、開会式の3日前に開催される組み合わせ抽選会で、3回戦までのトーナメント表が作られる。

それ以降―――準々決勝以降は改めて抽選が行われることになる。

そこの抽選で別々の山に振られることがあれば、決勝まで当たることがない可能性もある。


上町も、カナタも、いわんや四之宮もそれを望んでいた。

どうせ対戦するのであれば、頂上決戦しかあり得ない、と。

その上で四之宮は、「そこまで登ってこられないのであれば、所詮その程度だったのだ」と考えていた。

もしそこまで来られないようならば、それは自分が買い被りすぎていたのだ、と。

だからこそ、自分たちが相見えるのは決勝をおいて他にはない、と。


少なくとも3回戦までに当たることはなくなった。

その点で四之宮の杞憂は払われた。

あとは準々決勝以降の抽選で、同じ山にならないことを天に祈るだけだ。

さすがにこればかりは、自分の思うようにできるものではない。

そういう意味で、四之宮は「運も実力のうち」という考え方が嫌いだ。


「ふー・・・とりあえずはなんとかなったな・・・」


宿舎に帰った上町たちは、早速ミーティングを開き、

ベンチ入りメンバーに初戦の相手が決まったことを伝えた。

そのミーティングが終わったあとの、監督室でのことである。

部屋には上町とカナタ、それにヨシノの3人がいた。


「まぁ・・・なんとか早い段階で当たることはなくなったので・・・」


「運命のイタズラってヤツなのかねぇ、ヨシノはどう思う?」


「あの・・・なんのことですか・・・?」


「・・・ん、いや、気にしないでくれ」


なんとなく聞いてみただけで、あのときにヨシノがいなかったことは、上町もよく分かっている。

それにしては、まず大会中盤までに対戦することがなくなったというのは、

この手のクジ引きのあやとはいえ、運も味方にできたと思うしかなかった。


「なんていうか、運も実力のうちってヤツかねぇ?」


「まぁ、運がよかったというのはそうでしょうね、監督」


「そう思っておくかぁー」


「あとはなんとか、準々決勝以降で同じ山に入らないよう、祈るだけですね」


「そうだなぁ・・・でもな、カナタ、ということは・・・分かってるよな?」


「もちろんですよ、そこまで勝ち続けるしかないですよね」


「カナタ先輩・・・」


ヨシノには、上町とカナタが『何』を恐れているのが分からない。

いや、そもそも、その感情が『恐れ』なのかも分からない。

上町とカナタの今の語り口を聞いていると、何かを恐れているように思えはするが、

全体的な会話の流れを俯瞰してみると、必ずしも恐れているわけではなく、

むしろ、どちらかというと何かを楽しみにしているようにも思えた。


「ん?ヨシノちゃん、どうかした?」


「い・・・いえ・・・その・・・カナタ先輩も監督さんも、何に構えてるのかな、って・・・」


「あぁ、うん、ヨシノちゃんは気にしなくていいよ、これはね、ボクと監督の話」


「カナタ先輩と監督さん、の・・・?」


ヨシノの疑問に、カナタがいつもの調子で答える。

調子こそ普段の感じだが、その陰に隠されている想いは、はっきりと強いことも分かる。


「うん、これはね、ボクが憧れるのをやめるための物語

そして・・・監督の夢をもう一度、今度は最高の形で叶えるための物語だよ」


「お、おい・・・カナタ・・・」


カナタの言葉に、上町は少し動揺し、むず痒い感じがしてきたが、

それを尻目に、カナタは話を続けた。


「だって監督、そうでしょ?

あの人に勝って甲子園に行ったけど、監督はそこで終わってしまった

去年ボクたちが勝ったけど、今年はよっぽどいいチャンスじゃないですか」


「いいチャンスって、お前・・・」


上町の問い掛けに、カナタは『いい表情』をして答えた。


「決勝で四之宮選手に勝って、今年も優勝しましょうよ、監督

最高の舞台で、最高の相手に勝って、最高のエンディングで終わる

監督の夢を最高の形で叶えさせる、今年は最高のチャンスじゃないですか」


「四之宮選手って・・・あの四之宮琉生ですか?監督さんと四之宮琉生にいったい何が・・・」


「ん・・・それは・・・」


「四之宮選手はね、ヨシノちゃん、監督の高校時代のライバルだったんだよ」


監督と四之宮選手は高校のときに対戦してるんだ

3年のときに監督は、四之宮選手に勝って夏の甲子園に出場してる

そのあと監督がどうなったかは・・・ヨシノちゃんは聞いてるか

その四之宮選手が、高校野球の監督になったんだよ

そしてその学校は、この夏の甲子園にやってきてる

運のいいことに、ボクたちは準々決勝までは対戦することがない

もっと運がよかったら、決勝まで対戦することがない

だからね、ヨシノちゃん


「決勝で四之宮選手の学校に勝って優勝できたら、監督の夢が今度こそ完全に叶うんだよ」


「そんなことが・・・」


「カナタ、お前ってヤツは・・・」


上町の眼には涙が滲み出していた。

「自分にできることを全力で」がモットーの間谷地高校野球部ではあるが、

少なくともカナタとミツキの世代は夏優勝という栄冠に、すでに与っている。

その上で、上町と四之宮の因縁を知ったカナタには、一つの想いが芽生えた。


『今度こそ監督の夢を完全な形で叶えさせる、そのために自分ができることを全力でやろう』


普段、「自分にできることを全力で」を部員たちに説くとき、

カナタは「チームのため、学校のためとかは考えなくていい、目標に向かって、とにかく自分にできることを全力で」と言っているが、

このときのカナタは、それを自ら破りに行くも同然だった。

確かに、つまるところは夏連覇という、目標こそ同じなのだが、

それは決して自分のためではない。


すでに自分は一度その座に辿り着いている。

ならば、もう一度は、我儘を許してもらえないだろうか。

今年の夏は監督のために戦おう。

そのために、自分にできることを全力でやろう。

それが、この夏の、カナタ個人のプレー方針だった。


「あの・・・その・・・カナタ先輩?」


ヨシノが改めてカナタに尋ねた。

監督の夢を叶えるため、というのは分かった。

もう一つの『物語』がいまいちピンと来ない。


「カナタ先輩が憧れるのをやめるための物語、というのは・・・なんなんですか?」


「あぁ、それはすっごい簡単な話

四之宮選手は、ボクが何があっても野球を続けようと思った、ボクの神様なんだよ」


「へー・・・カナタ先輩の神様・・・って、ええっ!?」


「それだけボクには憧れの存在なんだよ、四之宮選手は

でも、その人に勝つのであれば、憧れるのをやめないといけない

なんだろうね、言ってみれば・・・」


その言葉を続けるために、カナタは改めて『ワルい微笑み』を浮かべて、

その先をヨシノに向けて言い放った。


「『神殺し』って感じ?

物語を完結させるためなら、たとえ憧れの神様にだって、ボクは従わないよ」


「カナタ、ホントお前・・・」


「ん?監督、なんですか?」


「ホンッッット・・・いい顔するようになったなぁ・・・」


「まったく・・・誰のおかげなんでしょうねぇ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


本大会が始まった。

間谷地高校も、多々井学園高校も、初戦を危なげなく勝利した。

間谷地高校は県大会中盤以降と同じく恩智を先発に起用し、

行けるところまで全力で投げさせたあとをカナタがリリーフする形で、失点することなく試合を進めた。


恩智に気の小さいところがあることはすでに分かっていたが、

春に投げたことがある経験と、組み合わせ抽選会に同行させたのが功を奏した。

今大会屈指の速球派として評判を集めていた恩智のストレートは、センバツ以上に唸りを上げ、

ホームベースで構える醒ヶ井のミットに、いずれも気持ちよく吸い込まれていった。


「うおおおおー!!なぁ、サメ!!俺、絶好調じゃねぇか!!」


「うん、恩智君!これならいけるよ!ガンガン投げていいよ!」


「おおおおおっしゃあぁぁぁぁぁっ!!俺に任せろぉぉぉぉぉ!!」


ピッチャーというのは、えてして「お山の大将」だ。

それは、普段冷静なカナタであっても、実は例外ではない。

試合中は他の誰よりも少し小高いところに君臨し、その丘の上から持てる力で相手をねじ伏せる。

恩智はいささか極端なほど単純ではあるが、気分が乗りさえすれば、これくらいのことは普通にできるのだ。

そして、行けるところまで恩智が投げたあとにマウンドに上がったのは。


「うわっ!なんだこれ・・・打てるわけねぇだろ、こんなん!」


「身体が・・・身体が泳ぐ・・・」


「これが・・・これがナックルか・・・」


カナタである。

150km/hに迫る速球を全力で投げ込んできた恩智のあとに来たのが、現代の魔球ことナックルボールを自在に操るカナタだ。

しかも、そのナックルボールは、大会期間中も調整を続けてきたおかげで、

球速も自在に操ることができるようになっていた。

ただでさえ変化が不規則な上に、それらのスピードも不規則なのである。

恩智のストレートに目が慣れてきたころにやってきたのがカナタのナックルボールとあれば、

相手もまた県大会を潜り抜けて甲子園までやってきたにしても、どうすることもできなかった。


『去年の優勝校、間谷地高校、初戦を勝利しました!』


『いやぁ、それにしても驚きましたねぇ、これ、本当に堀江君ですか?』


『取材によりますと、妊娠を期にナックルボーラーへの転身を果たしたそうです』


『いやはや、努力の賜物ですねぇ、それでこそエースと言いたいですね、それに恩智君もよく投げました』


多々井学園高校も、県大会と同様の試合運びを展開して、初戦を突破した。

間谷地高校がカナタと恩智の、いわば「ダブルエース」を軸にした投手力の野球ならば、

多々井学園高校は、監督・四之宮琉生の思想をフルに反映したモノと言える。


『多々井学園、打線が止まりません!!

この回も、この試合3回目の打者一巡、すでにスコアは17-3となっております!!』


『点を取られはしますけど、それをまったく意に介さないですねぇ

さすがは現役時代、「史上最高の攻撃型ショート」と呼ばれた四之宮監督です』


「ははははははは!!そうさ!!その通りさ!!打って打って打ちまくれ!!

キミたちはせっかく金属バットを使えるんだからねぇ!!

甲子園にはコールドがないのだから、好きなだけ打ちまくるがいい!!」


超攻撃型野球である。

投手力にやや不安があったのはあるにしても、実は多々井学園高校野球部は、

四之宮の指導そして采配の下、チーム打率が4割に迫る強力打線を武器に、

県大会6試合のうち、実に5試合でコールド勝ちを収めてきた。

コールド勝ちになっていないのは、規定でコールドが不適用になる決勝だけである。


不安があると言われる投手力にしても、現在は部長に押し上げられた高津が、

昨年まで監督を務めていた間にキャッチャーを鍛えていたおかげで、ある程度はカバーできている。

この辺りは、現役時代にキャッチャーだった高津の、昔取った杵柄だ。

そこに関しては四之宮も少なからず評価していたし、

高津もまた、自分の指導ではこうまではできなかったことを思い知らされていた。


「四之宮監督、恐れ入ります・・・俺は今まで何をやってたんだ、って・・・」


「いや、高津、キミも大したものだよ、私にはディフェンスのことは分からないからねぇ

さすがは、上町と2人で私を倒しただけのことはあるかな、とりあえずは褒めておいてあげるよ」


「そんな・・・この破壊力は四之宮監督自らの功績ですよ・・・」


「それは謙遜しているつもりなのかい?私の前でへりくだることはないよ、高津

キミが時間をかけてキャッチャーを育ててくれたからこそ、私たちはここにいるんだと思うんだけどねぇ?」


こうして、多々井学園高校もまた、圧勝と言う以外に言葉のない勝利を収めた。

この初戦で多々井学園高校の圧倒的な破壊力に屈した、相手校の選手のコメントが残っている。


『アイツらハンパない・・・今まで僕たちがやってきた野球って、なんだったんだろうって・・・』


「うわぁ・・・なんだこれ・・・」


「すごいなぁ・・・みっくん、どうしようね、これ・・・」


「どうするもこうするも・・・サメ、お前どうよ?」


「こんなん・・・どうすりゃいいんですか、春見先輩・・・」


「分かんねぇよ、ここまで打たれたことねぇもん」


「ミツキ先輩・・・そんな身も蓋もない・・・」


「俺・・・こんな奴らに投げるかもしれねぇの・・・?」


「恩智君・・・」


宿舎に戻ったあと、スポーツニュースで多々井学園高校の試合結果をテレビで見ながら、

カナタ・ミツキ・醒ヶ井・恩智にヨシノの5人は、この先どこかで当たるかもしれない相手のことを考えていた。

特に恩智は、この圧倒的な破壊力を目の当たりにして、身に付きかけていた自信が消えそうになっていた。


「なんだお前ら、当たるかどうか分からない相手のことを考えてるのか?」


「とはいうものの・・・って、監督!?」


「私がここにいたらいけないのかよぉ・・・」


5人が顔を突き合わせているところにやってきたのは、上町だった。

カナタたちがテレビを見ていたのは大広間だったから、当然、上町がそこに顔を出しても不思議ではない。


「ん・・・まぁ、アレよ?いうてアイツら、四之宮と高津以外は甲子園初めてだからな?」


「あっ、そうか」


「その通りだよ恩智、その意味はお前が一番知ってるだろ?」


「四之宮と高津って誰ですか?」


「・・・そこは気にしなくていい、でも分かるだろ?」


上町が指摘した「恩智なら一番知っている」こと。

それは数ヶ月前、センバツで恩智自身が身に沁みて経験し、醒ヶ井も片鱗を見たモノだ。

そして、今の恩智なら恐らくそれを乗り越えられるだろうと、上町も確信しているモノ。


「・・・『甲子園の魔物』ってやつですね、監督さん?」


「その通りだよヨシノ、恩智がセンバツで呑み込まれた、甲子園独特の雰囲気ってヤツさ」


ヨシノも一応マネージャーである。

ある程度は過去の試合結果などをチェックしているし、

そもそも高校野球に携わっている以上、『甲子園には魔物が棲んでいる』ことは承知している。

上町の言葉は、多々井学園高校野球部の経験の浅さを暗に指していた。

が、しかし。


「ですけど、監督・・・」


「なんだ、カナタ?」


「さすがに楽観的すぎないですかね・・・」


「なんだなんだカナタ、お前にしては弱気じゃないか?」


「んー・・・」


さすがのカナタでも、これだけの攻撃力は見たことがなかった。

それをテレビ越しとはいえ、しっかりと見てしまったのだ。

加えて、その打線を作り上げたのは、自分にとっては神様も同然の四之宮である。

やはり、自分に『神殺し』なんて無理だったんじゃないだろうか。

威勢のいいことを言ってしまった自分を、カナタは後悔しそうにすらなっていた。

そのカナタが醸し出していた雰囲気に釘を刺したのは、この中にあっては意外な人物だった。


「カナタ先輩」


「ん・・・ヨシノちゃん・・・?」


ヨシノである。

数日前にヨシノが、カナタ自身から聞いた言葉を反芻して、

今度はカナタに言い聞かせるように、それを返した。


「カナタ先輩、こないだ言ったじゃないですか、「憧れるのをやめるための物語」だ、って」


「そ・・・それは・・・」


「そうか・・・そういやブラソの四之宮って、お前の神様だったもんな、カナタ」


「う、うん・・・そうだけど・・・」


ヨシノの言を受けたミツキが、その先を引き継ぐ。

カナタとの付き合いも長くなったミツキは、四之宮がカナタの憧れだったこともよく知っている。

ミツキが引き継いで言ったことは、ヨシノも、そして上町も言いたかったことだった。


「憧れるのをやめるって、そういうことじゃねぇの、カナタ」


「・・・」


「確かに四之宮はお前の神様かもしれねぇけどさ

憧れるのをやめるってことは、何があっても勝つ、ってことだろ?」


「みっくん・・・」


「お前は四之宮に憧れて、何があっても野球を続けようって決めたんだろ?

だから、女になっても、子供産んでも、こうして野球続けてんだろ?だったらさ」


その先の言葉はカナタにも、そして自分にも言い聞かせるように、

はっきりと、力強く続けられた。


「自分にできることを全力でやるしかねぇだろ

目標のために、野球を続けられなくなった奴らのために

それをいつも言ってるお前が諦めそうになって、どうするつもりなんだよ」


「ミツキ・・・お前・・・」


「そりゃ俺だって、女になったときも、妊娠したときも、

なんならサメがレギュラーになったときだって、諦めそうになったさ

でもなカナタ、お前と一緒ならなんだってできるって分かったんだよ」


あぁ、そうだよ、そうなんだよカナタ

俺は何度だって諦めそうになったんだよ

俺はお前と違って強いわけじゃない、なんなら弱すぎもいいところさ

でも、いつでも前を向いてるお前を見てたらさ

お前と一緒ならなんでもできるって、はっきり分かったんだよ

だから・・・だからさ


「お前が諦めそうになるのは、俺が許さねぇ

お前が諦めちまったら、俺は・・・俺は、もう・・・」


「春見先輩・・・」


「ミツキ先輩・・・」


「ミツキ・・・」


ミツキの独白に押し黙っていたカナタが、ようやく口を開いた。

そして、それはまた、塞がりかけていたカナタの気持ちの扉が、再び開いていく音だった。


「・・・ありがとう、みっくん

そうか・・・そうだよね、そうだよ、ボクもいつも言ってたんじゃないか」


そうだよ、たった1試合で、ボクは何をビビっちゃったんだろう

実際に戦ったわけじゃないのに、ボクが打たれたわけじゃないのに

うん、そうだよ、確かに四之宮選手はボクの神様だよ、憧れの存在だよ

ボクは四之宮選手がいたから、何があっても野球を続けようって決めたんだ

そしてボクは、野球を続けられなくなった人たちのためにも、野球を続けようって決めたんだ

ボクがやれるだけのことをやって、野球を続けられなくなった人たちの光になりたかったんだ

ボクにとっての光は四之宮選手だった、今度は


「ボクが光になる番だ、だからボクは自分にできることを全力でやってきたんだ」


「カナタ、眼、醒めたか?」


「うん、みっくん、ありがと」


その言葉のあとでミツキは、誰にも聞こえないようにカナタの耳元で囁いた。

それにカナタも、同じようにミツキに返す。


「それに・・・俺らには『最後の切り札』があるだろ?」


「うん、そうだね・・・監督には言っちゃったけど」


「まぁ・・・監督はしょうがねぇわ」


そして、場を締めるようにミツキが全体を見渡して言った。


「よぉーし!!カナタがお目覚めだ!!

サメ!!オン!!お前らもやることは分かってるな!?」


「・・・はっ、はいっ!!」


「もちろんです、春見先輩!!」


「自分にできることを全力で

ごめんね、醒ヶ井くんも恩智くんも、ボクがそれを諦めるところだった」


実際にグラウンドに立つ4人が気合いを入れ直しているのを、

その輪から少し離れたところで、上町とヨシノが見つめていた。


「先輩たち・・・立ち直ってくれそうでよかったです・・・ね、監督さん」


「んー・・・」


「・・・どうかしましたか、まさか体調が・・・?」


「いや、そうじゃなくてさ・・・」


「そうじゃなくて・・・?」


もはやいつものことではあるし、なんなら上町自身がそうあってほしいと考えていることではあるのだが、

しかし、こうまで教え子たちが自分の力でなんとかできているのを見ると、

上町にも思うところがないわけではない。


「私・・・なんのためにいるのかなぁ、って・・・」


上町の言葉に、今年の春先からの付き合いとはいえ、

ヨシノは思わず吹き出してしまった。

そのヨシノの笑い声を聞いて、カナタたちもその方向を振り向くが、

実際にやり取りを聞いていなかったにしても、何があったのかは一瞬で分かった。

そして、カナタとミツキもまた、顔を綻ばせて、こう思った。


「ヨシノちゃん/ヨシノも、『ファミリー』になれたな」


・・・と。

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