第4話
センバツが開幕した。
市立間谷地高校は夏に続いての出場を果たしたが、
そこに夏優勝の原動力となったバッテリーの姿はなかった。
前年夏の甲子園制覇に大きく貢献したカナタとミツキの2人はその直後に女体化し、そのまま妊娠へと至った。
当初、妊娠していることに気付かず、秋季大会には出場したが、
その後に発覚したことで、監督の上町が無事に出産するまでの活動停止を命じたのだ。
そのために、カナタとミツキはこのセンバツでは、ベンチから外れることとなった。
この大会では、2人の姿はアルプススタンドにあった。
「・・・よし、いいな、お前ら、自分にできることを全力で、だ
この大会にカナタとミツキはいない、それでもそれを忘れなければ、必ずやれるはずだ」
「「「「「はい!!!!!」」」」」
「よし!行ってこい!」
間谷地高校のセンバツ初戦を告げるサイレンが場内に鳴り響く。
『さぁ、去年夏の優勝校、市立間谷地高校がセンバツの舞台に立ちました
大会後に女体化したエースの堀江君とキャッチャーの春見君は、妊娠によりこのセンバツには出場しておりません
マウンドに立つのはこの春に2年生になる恩智君、キャッチャーは同学年の醒ヶ井君です』
「サメ、俺、大丈夫かな・・・?」
マウンド上の1年生・恩智は秋季大会でも登板機会を得ていたが、
やはり甲子園のマウンドとなると話も勝手も違う。
周囲を視線に囲まれているし、声援の熱量も比べ物にならない。
そんな恩智を、ホームベースで受けることになる同級生の醒ヶ井が落ち着かせる。
「大丈夫だよ恩智君、球場が甲子園になっただけなんだから」
「・・・それもそうか」
醒ヶ井は恩智に一息つかせると、ホームベースへと戻っていった。
球審からプレイボールの号令がかかる。
「・・・とうとう始まったな、俺ら抜きのセンバツが」
「・・・うん」
そうカナタに言ったミツキ、2人はアルプススタンドから戦況を見守っている。
7ヶ月を迎えたカナタとミツキのお腹は、相当に大きくなっていた。
カナタは3つ子、ミツキは7つ子を抱えており、そもそも女体化してしまったこともあるが、
その姿は端から見たら、これが昨夏の優勝バッテリーだと、にわかには信じられない。
「しっかし、サメのヤツ、思ったよりちゃんとやれてるな」
「うん、恩智くんも、どうかなって思ったけど、それなりに投げられてるね」
試合が進んでいく中で、2人は思ってたよりは『試合』になっていることに安堵した。
やはり『甲子園』という舞台が作り出す雰囲気は、独特で特別のモノがある。
世間一般からはそれを『甲子園の魔物』と呼ばれているが、
今、カナタとミツキが見ているチームメイトたちからは、
なんとかその魔力に抗おうと、必死で、全力で戦っている様子が窺えた。
『自分にできることを全力で』
これこそが、市立間谷地高校硬式野球部の部是。
監督の上町が常日頃から全員に言い続けていることだが、
その意識を強く持つことで、昨夏の甲子園を制覇することができた。
このセンバツでもやることは同じ。
加えてカナタとミツキ、特にミツキは1人の後輩の成長を実感していた。
「・・・サメ、マジでちゃんとやれてるな」
「そりゃ、アレだけボクたちに付き合ってたらね」
秋季大会のあと、妊娠発覚によりベンチから外されることになったカナタとミツキは、秘密裏に特訓を進めていた。
それは、主にカナタの投球スタイル変更だったが、
日々体型が変わっていくミツキに代わって、醒ヶ井に受けさせるようにもなっていった。
それは、とりもなおさず醒ヶ井の特訓にも繋がっていったのである。
かつてはオーバースローの本格派だったカナタは、この特訓によってサイドスローのナックルボーラーへと変貌した。
ナックルボールは投げられるピッチャーが少ないこともあるが、投げられるだけで大きな武器となる。
しかし、それはまた、「捕球できるキャッチャーも少ない」ことを意味していた。
ただでさえ捕球の難しいナックルボールは、ましてや7つ子を孕み、
キャッチャーの姿勢を捕るのが困難になったミツキには、
例え練習といえど、それに付き合うことが日に日に難しくなっていった。
そこで、練習相手として目を付けられたのが、同じキャッチャーの醒ヶ井だったのだ。
「このままポジションを奪われるかもしれない」という恐怖を確かに感じながらも、
少なくとも自分が復帰するまではホームベースを守ることになる醒ヶ井に、
ミツキは日々の秘密特訓の中で、実戦的な知識も教えていった。
そりゃ確かに、このままなら俺はカナタの球を受けることはできない
でも、腹に子供がいる以上、ホームベースを守るのはサメの仕事だ
だったら俺は、少なくとも俺が戻るまではマスクを被ることになる、このサメに、
俺が持てるすべてを教える必要があるだろ
これが、今の俺にできること、今の俺ができる全力だ
・・・悪いなカナタ
さっさと産んで、俺もお前のナックルを捕れるようにするからさ
それまではサメに付き合ってやってくれ
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夏に比べれば、春の甲子園はまだ戦いやすい。
それは主に気温の問題だ。
しかし、夏と比べると、別の気候的な問題が春にはあった。
それは強風だ。
甲子園球場は海風の影響を受けることでも知られている。
センバツの時期にあたる春先のそれは、不慣れなチームには大きなデバフとなる。
試合が進んでいくと、両軍ともその影響を受け始めた。
そして、それに先に折れたのは、マウンドにいる恩智だった。
『打球はレフトへ・・・いや、意外と伸びて・・・いや!伸びない伸びない!
打球はレフトとライトの間に・・・落ちた!』
『センターへ飛んでいるが、センターは落下点に・・・打球は伸びているぞ!?そのままフェンスまで・・・届いた!!フェンス直撃!!』
ベンチから伝令が駆けていき、マウンドに輪ができる。
その輪の中で、恩智はあからさまな動揺を隠せていなかった。
「ちくしょう・・・なんなんだよ、この風・・・」
「恩智君、落ち着いて・・・ボールを低めに集めてゴロを打たせていこう、内野ならなんとかなるから」
「お・・・おう・・・」
その様子をベンチから上町が見つめているが、
その上町の顔色も、どこか優れない様子が見受けられた。
上町はこの試合を、ベンチコートを着込んで、片隅に立ちながら見守っている。
「クソっ・・・うっ、げほっ・・・げほっ・・・ううっ・・・」
「・・・上町先生、大丈夫ですか?」
「・・・あっ・・・あぁ、私のことは心配しなくていい・・・」
「しんどいようなら、せめて座っていてください」
「あぁ・・・ありがとう・・・」
いや、みんなが必死で戦ってくれてるんだ
私が弱いところを見せるわけにはいかないよ
しっかし・・・まさかこのタイミングでなんてな・・・
話は2月の前半に遡る。
「んー・・・なんか身体がだるいな・・・」
この頃、上町は明らかな体調の変化を感じていた。
微妙な体温の上昇に、身体の倦怠感。そして。
「・・・うっ!」
吐き気である。
さすがにここまで『あからさま』だと、上町自身も思い当たるモノはある。
しかし・・・まさか、とも思えた。
確かに女体化している以上、いつそうなってもおかしくはないし、事実として上町も一度はそうなった。
だが、それは20年も前の話だし、なんならそれからの20年間、一切そうなることがなかったからだ。
「まさかね・・・いや、でも・・・」
思い当たった一抹の不安が杞憂であることを期待して、上町は産科を受診したが、
やはり予感は的中していた。
「妊娠されていますね」
「・・・やっぱり」
「恐らく今は4ヶ月ごろでしょう、予定日は8月の半ばになるかと」
「8月の半ば・・・」
「それと」
「それと・・・?」
「エコーで見た感じ、どうやら4つ子みたいですね」
「・・・っ!」
それが2月の前半のことである。
それから1ヶ月少し、センバツの出場で甲子園球場に至るまでの間、
上町はほとんどグラウンドには姿を現さなかった。
いや、これには多少語弊がある。
上町は選手の自主性を重んじるタイプの指導者である。
そのためミーティング等はするものの方針を示すだけで、基本的に選手たちにほとんどすべてを任せ、当人がグラウンドに姿を見せることはほとんどなかった。
これが市立間谷地高校野球部の日常である。
その間、上町が何をしているのかを知る者はグラウンドにはいなかったが、
学校から問題視されていないということは、「恐らくは裏で何かはしているのだろう」と思う選手もいたし、
ちょっと跳ねっ返りなタイプの選手は、「いないならいないで好きにやらせてもらおう」と考えていた。
これが、上町那由多という指導者への率直な評価なのだ。
別に上町も、まったく練習の様子を見ていないわけではなかった。
時には監督室に隠れていて、そこから見ていることもあったし、
時には室内練習場の小窓からひっそりと見守っていることもあった。
このときばかりは、上町は普段のやり方を逆手に取ったのだ。
また、選手たちも上町がいないことのほうが自然だと思っていたので、特に違和感も抱かなかった。
選手たちが違和感というか不安を抱いたのは、
カナタとミツキがいなくて、本当にセンバツは大丈夫なのだろうか、という点だけだった。
「すまない古市先生、ちょっと話が」
「えっ、上町先生・・・?なんでしょうか・・・?」
上町は部長の古市を呼び止めると、そのまま部長室に入って話を始めた。
高校野球の野球部には、監督の他に部長という存在がいる。
仮にも学校教育における「部活動」であるため、教職員から人員が充てられることが義務付けられている。
立場的には監督より上にある存在で、監督がグラウンド側の最高権力者としたら、部長はフロント側の最高権力者だ。
とはいえ、市立間谷地高校の野球部は、監督の上町も、部長の古市もお互いに教職員であるし、
古市には野球経験がないため、本当に「フロント側の人間」という役割だけを担っていた。
グラウンドのことは上町に任せておくのが道理だし合理的だと、古市は考えていた。
その上町が自分に話がある、という。
センバツ出場は決まっていたから、恐らくは遠征や宿舎についての相談なのかもしれない。
そうであれば、自分に話があるというのも納得がいく。
そう思った古市が上町から聞いた話は、自分の想像の斜め上を行くものだった。
「実は妊娠してしまってね」
「はぁ、それはおめで・・・妊娠!?誰が!?」
「私に決まってるじゃないですか、だからこうして古市先生には話しておかないといけないと思いまして」
「あっ・・・あぁ・・・」
仮に上町に何かあった場合、適当な後任が見つかるまでは、部長である古市が監督代行を務めることになる。
もっとも、元より上町がいなくても練習は回っているし、
試合になってしまえば実際にプレーするのは選手たちだから、ベンチでもやることはほとんどない。
「大丈夫ですよ古市先生、何もないようにしますし、何かあっても古市先生に何かしていただくことはありませんから」
「とは言いますが・・・その・・・上町先生はどうされるおつもりですか?」
「いえ?特に何も?」
「特に何も、って・・・」
「元より私がいなくても、あの子たちはちゃんとやってくれてますし、
それだったら私も普段通りにしておけば、とりあえずは大丈夫じゃないかな、と」
「大丈夫・・・なんですかね・・・?」
「まぁ、何かあったときのために、こうして古市先生だけにはお話ししている次第でして」
まったくこの人は・・・という表情を古市は隠そうともしなかった。
上町が普段からグラウンドには滅多に姿を見せないことは、確かに古市も把握していた。
そしてその分、裏で上町が何をしているのか、も。
ひとえに、市立間谷地高校野球部が甲子園出場を狙えるようになったのも、
こうした上町の暗躍があってのことだということを、古市はよく理解していた。
だからこそ、上町が何を言いたいのかも、古市にはよく分かった。
「・・・分かりました、私も普段通りにしていればいいのでしょう?」
「さっすが古市先生」
「ですが・・・いつかは生徒たちにも分かるようになることですからね?」
「ええ、そのころにはもっと大丈夫になっていると思いますよ、それでは・・・」
やれやれという表情を浮かべる古市を見ながら、上町は監督室へと去っていった。
しかし、今はまだなんとかなっても、妊娠したということは、いずれ必ず分かるようになるときはやってくる。
そのときは野球部員だけでなく、受け持ちのある生徒全員に、だ。
上町も教職員である以上、それは絶対に避けられない。
「本当に・・・どうするつもりなんだ、あの人は・・・」
だが、普段通りにしていればいいのだ、と、古市も応えてしまった。
そこに関しては、古市には自信があった。
彼が生徒たちから陰で何と呼ばれているか、それは古市も把握していた。
生徒曰く、「アイアンメイデン古市」
また別の生徒曰く、「スーパークール古市」
さらには曰く、「サイコパス古市」
さっきの上町の告白のように、突然のことに多少の感情を見せることはあっても、
普段の古市は、生徒たちからそのように呼ばれているほどの鉄仮面だ。
普段通りにしていれば、少なくとも古市から何か出てくることはない。
何か出てくるとすれば、それは上町の体型が誰から見ても明らかに変わったころからだ。
そして、上町が言った通り、そのころには体調も落ち着いて、諸々大丈夫になっているはずだ。
「・・・いいでしょう、上町先生
その代わり・・・センバツでは何があっても指揮を取っていただきますからね」
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「上町先生・・・約束ですからね」
「・・・分かってる」
甲子園球場のベンチ。
体型を隠すためにベンチコートを着た上町の隣に、首に関係者証を提げた白いYシャツ姿の古市が立つ。
幸いなことに、ベンチコートを着ていれば、まだそれなりに隠せる程度までにしか、上町の体型は変わらなかった。
おかげで選手たちにも、己の変化をそこまで悟られずに済んでいる。
唯一、妊娠した事実を知っている古市とは、甲子園へ向かう前夜に、一つの約束を交わした。
『上町先生、あなたが選んだ道です
このセンバツ、何があっても指揮を取ってください』
『もちろんですよ、古市先生』
『しかし・・・なんとか隠せるものなんですね』
『古市先生に言われると恐縮しますが、まったく親孝行な子たちですよ』
マウンドに行っていた伝令がベンチに戻り、試合が再開された。
恩智の右手から放たれたボールは。
「あっ、やべ・・・ッ!」
「恩智君・・・っ!」
キャッチャーマスクの奥で醒ヶ井が痛恨の表情を浮かべているのが、マウンドに立つ恩智にも見えた。
内野ゴロを打たせるために低めを狙ったその一球は、完全に抜けてしまった。
そこまで威力のないハーフスピードのストレートは、無情にもバッターのベルト付近の高さに入り、
バッターは、この千載一遇の機会を逃してなるものかとばかりに、痛烈、一閃と振り抜いた。
『打球はセンターへ・・・センターへ・・・そのままバックスクリーンへと吸い込まれたぁ!!
ホームラン!!ホームランです!!恩智、魔物に呑み込まれてしまった!!』
「くそっ・・・くそぉ・・・やっぱり・・・やっぱり俺なんかじゃ・・・」
「恩智君・・・そんなことないよ・・・」
「いや・・・やっぱり俺は力不足だったんだ・・・サメ、ありがとな」
ベンチから交代の投手が走って出てきた。
その投手と入れ替わりで、恩智が足取りも重く、帰ってくる。
「・・・恩智」
「はい・・・監督・・・」
「お前はよくやった・・・これは・・・潮目を読めなかった私のミスだ」
「いえ・・・俺の・・・やらないといけないことができなかった俺の力不足です・・・」
「そんなことを言うな、恩智!
お前が誰よりも、この舞台に向けて努力していたことは、みんなが知ってる!」
失意の恩智に声を、それも感情に表情を伴った声をかけたのは、
普段の姿を知っている者からしたら、それが出てくるのが意外な人物だった。
「古市先生・・・!?」
「・・・古市先生」
「すいません上町先生、約束は約束ですが、それくらいは私が言っても構わないでしょう?」
「・・・」
上町からの答えを待つまでもなく、
古市は恩智へと話し続けていった。
「なぁ、恩智、お前いつも言われてるだろう、「自分にできることを全力で」って
逆にいえばそれはな、「全力でできるからこの場にいられる」ってことなんだぞ
お前を見てる奴らはな、お前が全力でできることを知ってるから、
お前が背番号をつけてグラウンドに立つ姿を応援できるんだぞ」
「古市先生・・・」
「いいか恩智、お前はもっと自信を持て
ここにいられるってことは、お前が全力でできるし、全力でやってきたってことなんだ
それだけ全力でやってきた奴に文句を言う奴がいたら、それは」
「それは・・・?」
「私が許さない」
はっきりとそう言うと、古市は檄を飛ばした。
「いいか!他の奴らもみんな聞け!
今ここにいるのは、全力でやってきたからだ!
ここにいないからって、そいつらが全力でやってこなかったわけじゃないことも私は知っている!
どうしてもここにいられなかった奴らだっている!
お前らは・・・お前らはな、そういう奴らのためにも戦うんだ!」
古市のその言葉に、上町はある人物が言った言葉を思い出した。
奇しくも古市が今放った檄は、その人物が放った檄に通じるところがあったからだ。
しばらく沈黙を保っていた上町が、ようやく声を出した。
「古市先生」
「すいません上町先生、私としたことが、少々熱くなりすぎました」
「いや、まさか私も、あの「アイアンメイデン古市」が、ここまで熱くなれるとは思いませんでしたよ」
「なんでそれを・・・上町先生!!」
「ははっ、失礼・・・しかし、今の言葉・・・」
「・・・何か?」
少し落ち着きを取り戻した古市は、努めて冷静に尋ねた。
それに上町が返していく。
「今の言葉、去年の夏を思い出しましたよ」
「・・・どうやら私にも、あの言葉はだいぶ響いたようです」
去年の夏。
優勝を果たした後のミーティングで出た言葉。
『例の異変で野球を続けられなくなった人たちのためにもプレーしよう、それは約束してね』
その言葉を残した、そのときはまだ『彼』だった『彼女』は、
まさにこのセンバツのベンチにはいない。
その『彼女』の名は、堀江彼方。
先刻、古市が飛ばした檄は、去年の夏にカナタが言ったことをリフレインするかのようだった。
「ここにいられなかった人たちのためにも・・・そうか・・・」
「そうだ・・・俺たち、約束したじゃねぇか・・・なぁ」
「あぁ・・・やべぇ、それを忘れるところだった」
「今ここにいないっていうと、俺たちにとっては・・・」
「あぁ・・・そうだな・・・」
「よぉーし!みんな!こっからだぞ!声出してけ!」
「「「「「オオーーーーー!!!!!」」」」」
あっという間に、ベンチに活気が沸いた。
いつしか、気落ちしていた恩智も、その輪の中に入っていた。
恩智もまた、古市の檄に、カナタとの約束を思い出したのだ。
こうして、忘れていたものを思い出した間谷地高校ナインは、
残りのイニングで相手投手に襲い掛かったが、やはり少し無理があった。
『打った!打球はショート深いところ、間に合うか・・・
ヘッドスライディング・・・アウト!アウトです!間谷地高校、初戦で敗れました!』
「・・・終わったね」
「あぁ・・・終わったな・・・」
アルプススタンドから試合を見守っていたカナタとミツキは、
一瞬落胆の雰囲気を浮かべたものの、しかし表情はおおむね安堵に落ち着いていた。
特にミツキである。
妊娠さえなければ、ミツキはこのセンバツでも変わらずにホームベースを守っていたはずだ。
不測の事態がために、醒ヶ井にその座を譲ることとなり、
カナタの特訓に付き合わせる形で、自分が持てるモノを醒ヶ井へと、いわば『伝授』した。
その醒ヶ井が、初戦で敗れたとはいえ、充分にキャッチャーとして機能することを、
ミツキはスタンドから見ていて、はっきりと実感した。
「・・・みっくん?大丈夫?」
「あっ・・・あぁ、うん、大丈夫」
「・・・もう夏は始まってるからね」
「そう・・・そうだな、その通りだな、カナタ」
それが本当に、昨夏の優勝バッテリーであることを信じさせないかのような体型を抱えながら、
カナタとミツキの2人は、来たる夏―――2人にとって最後の夏に備えるため、
チームメイトたちの挨拶もそこそこに見届け、アルプススタンドを後にした。
「すいません堀江先輩、春見先輩」
「何言ってんだサメ、お前は充分やれてたよ」
「うん、ボクから見ても、そう思った」
甲子園から帰ってきた醒ヶ井を、室内練習場でカナタとミツキが労った。
しかし、センバツが終わったということは、来たる今夏への準備がすでに始まっている、ということだ。
ましてや、カナタとミツキにとっては最後の夏だ。
さらに付け加えるならば、カナタとミツキの2人には、県予選開幕までの間に出産が控えている。
それによる一時的な中断はあるにせよ、2人には立ち止まっている時間はほとんどない。
ここまでの特訓によって、おおむねカナタは新スタイルが様になってきたものの、
残された時間で精度をさらに高めていく必要はあった。
そして、何よりミツキである。
7つ子をその胎に宿したことによって、体型が著しく変化してしまったため、
ミツキは練習でさえも、カナタに付き合うことが困難となってしまった。
そのために醒ヶ井をカナタの特訓に付き合わせることとし、
この先、自分が引退した後に醒ヶ井がレギュラーとなることを見据えて、自分が持てる技術を醒ヶ井へと伝授していった。
そのミツキが再びホームベースを守れるようになったとして、
無事に出産が済んでから、県予選開幕までの間に勘を取り戻すことができるのだろうか。
新スタイルをモノにしつつある現在のカナタはナックルボーラーだ。
今までのカナタとは180度違うスタイルな上に、ナックルボールは捕球難易度が恐ろしく高い『現代の魔球』だ。
実際問題、ミツキ自身がその不安を拭いきれずにいた。
並のピッチャーであれば、恐らく産後の短い期間での練習でも、なんとかできる気はしている。
だが、ミツキが受けてきたのはカナタだ。
女体化前から超高校級と騒がれていたカナタだ。
そのころでも、そんなカナタのボールを受けることに、正直プレッシャーは感じていた。
そのカナタは、女体化を経て、今や魔球使いだ。
自分と同じく出産を控えているものの、産後のカナタは恐らく今以上のボールを投げられるようになるだろう。
今のカナタが投げるボールさえ満足に受けられない自分が、
果たして産後、本当にホームベースへと戻ることができるのだろうか。
醒ヶ井を労いつつも、ミツキの表情からは、どうやらそんな不安が窺えたらしい。
カナタがミツキの耳元でそっと声をかける。
「みっくん、そんなに心配しなくていいよ、ボクに考えがある」
「・・・なんだよ、考え、って」
「今はまだちょっと言えないかな・・・ちょっとした『保険』だよ」
「・・・大丈夫なんだろうな?」
「だから心配しないで、って、ね、みっくん?」
「・・・分かったよ、お前がそう言うんなら」
2人の、いわば『ナイショ話』に、醒ヶ井が横槍を入れる。
「あのー・・・先輩方?大丈夫ですかね・・・?」
醒ヶ井の声掛けに、2人もバツの悪い顔をして応えた。
「あっ・・・おお、サメ、すまんすまん」
「ごめんね醒ヶ井くん、じゃ、そろそろやっていこうか」
「はい!よろしくお願いします!」
「こっちこそね、今日もよろしく」
こうして、まずは県予選開幕までの3ヶ月間に渡るカナタたちの特訓、
そして何より、間谷地高校硬式野球部全体の練習が再開された。
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練習再開後、初めてのチームミーティングがこの日行われることになった。
ミーティングルームにはすでに部員たちが集結しており、その中には見事なお腹を抱えたカナタとミツキもいた。
しかし、ミーティングを主宰する肝心の人物が、まだ入室していない。
実はこれは、これまでのミーティングでは例を見ないことだった。
というのも、チームミーティングを主宰する上町は、誰よりも真っ先に室内で待機していて、
後から入室してくる部員たちに声をかけながら、軽い雑談をして、緊張を解きほぐすなどしていたからだ。
「あー・・・どうしようかなぁ・・・なんて言えば・・・」
「言ってても仕方ないでしょう上町先生、さっさと腹を決めてください」
「そんなぁ・・・古市先生ぇ・・・」
「私に言われても困ります、あなたのことなんですから
それに・・・そろそろ話しておかないと、後回しにするだけ無駄なあがきですよ」
「うー・・・」
ミーティングルームの入口で、上町と古市が押し問答に似たやり取りをしていた。
ミーティングで何を話すかは、上町がだいたいの流れを考えるのだが、この時ばかりは古市が案を出した。
それが、「部員たちに自身の妊娠を明かすべき」ということだった。
センバツの前に、上町は妊娠したことを古市に明かした。
そのときから古市は、「お腹が大きくなってきたら、そのときにはまず一般の生徒に分かるようになる」と言っていた。
そのために、「適当なタイミングで部員たちに話すべき」と諭していたのだが、
上町がどうにも煮え切らなかった。
そこで古市は、チームミーティングの開催を部長権限で決断したのである。
間谷地高校硬式野球部では、普段ミーティングの開催は監督である上町の権限によって進められるが、
ミーティングを開催することは、古市にも部長の権限として可能となっている。
実際、古市が部長となる以前には、部長権限でミーティングが開催されることが多かったようだ。
もっともその頃、監督は上町ではなく、当然カナタもミツキも高校進学前、それどころかそれより以前のことだが。
ともあれ、部長古市・監督上町の体制となってからは、初めての部長権限によるチームミーティングが行われることになった。
『なんか監督来るの遅くねぇか?』
『集めるだけ集めといてこれかぁー?』
『なんかあったんじゃねぇの?いうて監督も先生なんだし』
『練習に戻りてぇなぁ・・・』
「ほら、みんなも待ちきれなくなってますよ」
「・・・えぇい、分かった!分かりましたよ!やってやりますよ!」
ようやく意を決した上町は、上着を脱いでドアを勢いよく開けると、
その勢いのままに室内へと入っていった。
「よう、みんな、待たせてしまって申し訳ない」
「ああ、監督、やっと・・・って・・・え!?」
「・・・監督!?」
「マジですか、それ・・・?」
ミーティングルームに入ってきた上町を見た部員たちは、一様に絶句した。
入室前に上着を脱いだ上町は、あえてお腹の形が分かるような服装をしていたからだ。
ということは、上町が今どのような状況に置かれているのかが、
部員たちには一目ではっきりと分かるようになっている、ということだ。
その姿を見たカナタも、ゆったりと声を出した。
「監督・・・大丈夫なんですか?」
「大丈夫だカナタ、お前ほどじゃないし、私は一応『経験者』だぞ?」
依然ざわつきを残す中で、古市が話を始めた。
「まず、今日はみんな集まってくれてありがとう・・・というか、今日のミーティングで話したいことは、このことなんだ
みんなも今見て分かった通り、上町先生が妊娠した
現在妊娠4ヶ月で、もうすぐ5ヶ月に入られるそうだ」
古市のその言葉に、ミツキがすかさず横槍を入れる。
「ちょ・・・古市先生、ちょっといいですか?」
「ん、なんだ、春見?」
「それだけお腹の大きさが分かるのに、もうすぐ5ヶ月ってことはないんじゃないんですか?
俺とカナタがもうすぐ8ヶ月ですけど、7つ子の俺はともかくとして、3つ子のカナタがこの大きさなんですよ?」
「あー、えっと、それはだな・・・」
古市が答えようとするのを制して、上町が答えた。
「さすがミツキ、鋭いところを突いてくるな
その通り、私の中には4つ子が入っているそうだ」
改めて室内にざわめきが起こる。
「え・・・今4ヶ月ってことは・・・?」
「今って3月だろ?」
「・・・おいおいおい、てことはさ」
部員たちが一つの答えに行き着いたところで、
それをまとめるかのように、カナタが努めて落ち着いた声で発言していく。
声こそは落ち着いているが、その裏にある感情は隠しきれていないのが、
それを聞いている誰にもはっきりと分かった。
「・・・4つ子を妊娠したまま、センバツのベンチにいた、ってことですか・・・監督?」
カナタが感情を隠しきれていないのも無理はない。
何故なら、妊娠したがためにカナタとミツキの2人をベンチ入りメンバーから外した当の本人が、
妊娠した状態でセンバツのベンチにいたからだ。
確かに上町は監督だ、実際に身体を動かしてプレーする選手とは訳が違う。
上町がカナタとミツキをベンチから外したのも、それがすべてだ。
それはカナタにも分かってはいたが、妊娠を理由に自分をベンチから外した人間のやることか、と、
カナタの心に黒いモノが翳りそうになったとき、ミツキが言った。
「まぁ、センバツの時点で分かってなかったなら、仕方ないですね」
「なっ・・・ちょ・・・みっくん?」
「俺たちは、妊娠してることの分かり方が悪すぎたんだよ、なぁ、カナタ?」
ミツキが助け船を出そうとしていることは、上町と古市にはすぐに分かった。
それに応えるかのように、古市も素知らぬ顔で話を引き継いだ。
「春見の言った通りで、私も上町先生から話を聞いたのは、つい2日前のことだ
上町先生も、甲子園から帰ってきてから体調が悪くなったそうで、
それで検査を受けたら、妊娠していると分かったそうだ」
これはまさに、「アイアンメイデン古市」の面目躍如だ。
まったく表情を変えずに、さもそれが事実であり真実であるかのように、部員たちに伝えていく。
「なぁんだ、そういうことかよ」
「まったく・・・心配して損したぜ・・・」
カナタによって作られそうになった重い雰囲気は、
ミツキの助け船と古市の芝居によって、一瞬にして朗らかな空気へと変わった。
しかし、その中でも、カナタは冷たい視線を上町に向け続けており、
上町もそれをしっかりと受け止めていた。
それからもう少しばかり話が続けられたところで、古市が会を閉めていく。
「・・・というわけで、今日のミーティングはここまでだ、みんな練習に戻ってくれ」
「ありがとうございました!」
「おつかれさまでした!」
「じゃあカナタ、俺たちも戻るか」
「・・・うん、そうだね」
カナタとミツキが大きく実ったそのお腹を抱えて、ゆっくりと椅子から立ち上がったとき、
上町がそんな2人に声をかけた。
「カナタとミツキはそのまま監督室に来てくれないか、話がある」
3人の間に一瞬の緊張が走ったが、他でもない上町自身からの誘いである。
ミツキはともかくとして、カナタには断る理由がなかった。
「分かりました、お伺いします」
「カナタ・・・お前・・・」
「みっくんも分かってるんでしょ?」
「あっ・・・うん・・・まぁ・・・」
「ゆっくり来てくれていいからな、私は先に待っている」
そう言うと、その通りカナタとミツキよりはまだ身軽に動ける上町は、先に退室して監督室へと向かっていった。
次々と部員たちが練習に戻るためミーティングルームを後にする中で、
今や室内に残されたのはカナタとミツキの2人だけ、まずはカナタから口を開いた。
「みっくん」
「なんだよ」
「なんで助けようとしたの?」
「・・・やっぱりそれか」
ミツキがやれやれという顔を浮かべると、
カナタの眼付きは、先ほどまで上町に向けられていた『それ』に近付いていった。
「監督、間違いなくセンバツの前には妊娠してることが分かってたよね?
なのにベンチにいたって、どういうことなんだろうね・・・ねぇ、みっくん?」
「まぁ、最初に突いたのは俺だから、俺も悪いんだけどさ
俺は・・・多分、監督は監督なりに「自分ができる全力」を尽くそうとしたんだと思うぜ?」
ミツキのその言葉に、カナタはハッとした。
それはカナタ自身が、常日頃からみんなに言い続けていることだ。
自分にできることを全力で。
それは、上町が監督に就任して以来の、間谷地高校硬式野球部の部是だ。
その部是の上に立って、部員たちは日々の努力を怠らず、
その結果として、去年の夏は全国の高校野球部の頂点に立つことができたのだ。
そして、それは何も部員たちだけに課せられたものでないことは、
監督の上町も、部長の古市も、しっかりと認識していた。
間谷地高校硬式野球部に関わるすべての人間が、その言葉を胸にしなくてはいけないことを。
今、ミツキの口からそのことを改めて気付かされたような気持ちに、カナタはなった。
そして、カナタの心を覆いかけていた黒い靄は、一気に晴れた。
「そう・・・か・・・そうか、なんでボクは・・・」
「カナタ、大丈夫か?」
カナタの眼からは、不意に涙が流れていた。
自分勝手な考えに囚われそうになっていた自分を戒めるかのように、
黒い靄に包まれかけていた心を洗い流した、その水が掃き出されていくかのように、
カナタの眼からは、ただただ静かに涙が流れていた。
その様子をミツキは、反省する我が子を見つめるかのような眼差しで、優しく見守っていた。
「・・・落ち着いたか?」
「・・・うん、もう大丈夫」
「そろそろ行こうか、監督が待ってる」
「うん、そうだね、ごめんねみっくん」
カナタが落ち着きを取り戻したところで、
ミツキはカナタの手を引いて、2人で監督室へと向かった。
室内では上町がすでに待ち構えている。
「「失礼します」」
「来たか、早速だが話を・・・
「いえ、監督の想いはしっかりと理解できました」
しようとおも・・・え?」
話を始めようとするや否や、カナタが答えたことで、
上町は梯子を外されたような気分がした。
だが、そう言ったカナタと、そばにいるミツキの顔を見たとき、上町もまた気分が落ち着いた。
「なんだよぉ・・・こっちだって、どうやって話をしようか、ドキドキしてたってのにさぁ・・・」
「「自分にできることを全力で」、それをみっくんから聞いて、ボクも納得できたんです
監督も、そうあろうとしてるからなんだ、って」
「そうか・・・ありがとう、ミツキ」
「俺は何もしてないですよ監督
ただ、監督もそうあろうとしてたと思う、ってカナタに言っただけで」
「いや、それだけで充分だよ」
修羅場の到来を覚悟していた上町にとって、2人が監督室に来るまでの時間は針のむしろが如しだったが、
カナタが落ち着きを取り戻したことで、それが杞憂に終わった今は、まさに朗らかで平穏なひとときとなった。
その上で、カナタは上町にあえて問う。
「・・・で、監督、本当はいつから分かってたんですか?」
「・・・あぁ、お前が思ってる通りだよカナタ、センバツの前には分かってた」
「監督・・・あなたって人は・・・最後の夏と同じ目に遭うかもしれないと思わなかったんですか?」
カナタのその一言に、上町は返す言葉をすぐには見つけられなかった。
さらにカナタが畳み掛ける。
「監督・・・あなたにとって、ボクたちはそんなに信用できないんですか・・・?頼りないんですか・・・?」
「い・・・いや・・・そんなことは・・・」
「監督、カナタの言い方もちょっとキツいかもしれないですけど、俺もそう思います」
「ミツキ・・・お前・・・」
「監督、よく考えてくださいよ、俺たちも妊娠中なんですよ?
それならお互い様じゃないですか、なんていうか・・・餅は餅屋、ってヤツ?」
「みっくん、その言い方って合ってるのかな・・・?」
言い方はともかくとして、ミツキの言葉は上町には感じ入るところがあった。
そうか・・・それもそうか
そうだな、今の私はあのときの私とは違うんだ
今はコイツらがいる、古市先生もいる
あのときと比べるのは失礼だが、今の私は周りの人間に恵まれているんだ
それに・・・ミツキの言う通りだ
カナタもミツキも、今は私と同じ『妊婦』なんだ
私は・・・私はどうやら・・・
「はっ・・・ははっ・・・ははははははは」
「うわ、監督が狂った」
「みっくん」
「はっはっはっ・・・いや、すまん、狂ったわけじゃあないよ
どうやら私は、気負いすぎていたことにようやく気付けたみたいだ」
「それじゃあ、監督」
「ああ、私ももう大丈夫だ
カナタ、ミツキ、すまなかったな、いらない心配をかけてしまった」
そう言うと、上町は右手を差し出し、
カナタとミツキはその手を取り合った。
しかし、もう一つだけ、どうしても聞いておきたいことがカナタにはあった。
「それと監督・・・もう一つだけ・・・」
「ん?どうした、カナタ?」
「もうすぐ5ヶ月ということは、もしかして予定日って・・・」
「ああ、そうだな、8月の中頃だと言われたよ」
あまりにもあっさりと言ってみせた上町を、カナタとミツキも呆れた顔で見るしかなかった。
この人は、なんでそんなことをあっさり言えるんだろう。
8月の中頃といったら、それは。
「・・・監督、その時期が何かを分かってて言ってますよね?」
「もちろん分かってるさ、プレーするのは私ではないからね」
「いや、まぁ、そりゃ確かにそうなんですけどさぁ・・・」
カナタとミツキがそんな態度に現すのも無理はない。
8月の中頃といえば、それはまさに、夏の甲子園開催期間中だからだ。
センバツを1回戦で敗退した前年夏の覇者である間谷地高校硬式野球部にとって、
連覇がかかっている今年の夏は、まず出場が至上命題である。
今のままでなら、カナタとミツキは県大会が始まるまでに出産が済むはずのため、そこに影響はないが、
上町は思いっきり本大会期間中に出産を迎えることになる。
もし順調に勝ち進んだ場合、下手をしたら、大会途中で上町が離脱する可能性もなくはないのだ。
「まぁ、何かあっても古市先生もいるし、何よりもプレーするのはお前らなんだから」
それを上町は、「それもやむなし」といった様子で、あっけらかんと言ってのけるのである。
とにもかくにも、これによって、カナタの心に作られかけていたわだかまりの芽は摘まれ、
上町は自分一人だけが背負わなくてもいいことを20年越しに認識し、
上町とカナタ・ミツキとの絆も深められた。




