表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

フォーリンドリームス

 絶え間なく続く退屈な日常は、いつ壊れるか分からない。たいていの人々は終わりの始まりがいつ訪れたか分からぬまま、不幸の渦中に放りこまれるものであるが、それと比べて、終りの始まりをしっかりとした視覚で認識できる伊藤と工藤は幸せ者なのか。それとも不幸の極地にいるのか。

「なんだろうこれ」

 伊藤の目の前には、見渡すほど大きな壁が立ちふさがっていた。いつもの帰り道、なんの意識もなく通り過ぎる道に広がる障壁は、無関心主義の二人の心に楔を打つには十分なものであった。

「なんだろうね、というか邪魔よ」

 全長30mに及ぶだろうその壁には、無数のランプが取り付けられたいた。そして壁の中枢あたりには電光表示のメッセージボードが携えられており、目の悪い年寄りでも一字一句読むるような速さで「ご通行中のみなさま、ご了承ください」とのメッセージが繰り返し流されていた。

「工事かなんかかなあ」

「何を工事するのよ」

「何を工事するわけでもなく工事を繰り返すのが公共事業ってものだよ」

「そうだけさ、伊藤。いくら工事でもこの足止めはないわよ。たしかに向こうに行けないほどの壁が立ち塞いでいるけど、何もここまですることはないわよ。通行止めと書かれた質素な看板に、進行禁止を意味するポールひとつ置いておけば、よほどのお馬鹿さん以外向こうにいこうとは思わないはずよ」

「物事に意味を求めちゃいけないよ、工藤。世の中ってものは無意味に無意味を重ねて成り立っているんだ」

「そうかしら、意味のないものなんてないわよ、一見、なんの価値も見いだせないものもなにか意味があるはずの。そうじゃないとまっすぐに家に帰ろうとしたあたしの気持ちが収まりきれないわ」

「それじゃ、工藤はこの巨大な壁がどうして僕らの前に立ちはだからると思う?」

「意味ありがなランプの数々。そして私たちに最低限の情報しか与えないメッセージボード。この二つをつなぎ合わせれば、おのずと答えは見えてくるはずなのよ」

「何が見えてきた?」

「わからないけど、いつかわかるわ。そしてあたしたちはこうやって壁にぶち当たった時、いやまあ、今はレトリックじゃなくて、壁そのものに足止めを食らうあたしたちだけど、そんなとき、あたしたちはどうやって切り抜けてきた?」

 伊藤は工藤になにをいわれるまえに、カバンの中から一冊の本を取り出した。その本のサイズといえば、携帯用に似つかわしい大判サイズ。持ち運びを念頭に入れて、制作された本とは言い難いが、伊藤はあえて持ち運ぶことでこの本に意味を見出している。

「工藤と僕が行き詰まったとき、すべてこの本が解決してくれる。そうだったでしょ?」

「ええそのとおり。人生の指針になるような気取った文句がなにひとつないのに、こびりつく障壁を取り除いてくれるこの本こそは、あたしたちの人生に多大なる影響を与えてくれる」

「日本プロ野球外国人選手名鑑」

「ねえ伊藤は知ってる? ブラッドリーが、どうして笑顔を見せず、つまらなそうな顔でプレーしていたか?」

「ああ知ってるよ。本を開くまでもない当たり前の事柄。それがブラッドリーが先祖代々教えられたいわば家訓だからさ。禅の精神につながるだろうけど、クロマティなきあとにやってきたブラッドリーのプレースタイルに共感を覚えるものは少なかった」

「それがブレッドリーに不運。平凡な成績に真摯なプレー。そこに修行僧たる精神力がプラスに評価されたなら、ブラッドリーが一年で追い返されるようなことはなかったはずよ」

 伊藤と工藤が意味のない会話を繰り返すと、それに呼応するように、壁に備われたランプの光が煌々と灯ったのだ。明かりが灯るとき、ボンという訝しげな音がしたものだから、どうしても伊藤と工藤は気づく。

「明かりがついた」

「ほら、あたしのいった通りよ。意味のないものなんてないの。意味があるから存在してるの」

「偶然じゃないか。話ができすぎている」

「世の中に、話のできすぎた話がなかったら、世界中で起きた摩訶不思議なできごとなんて本は、とてもじゃないと一冊編集できないわ」

「都合よく起きることは認めよう。だけど世の中すべての事象に意味があるなんて僕は認めない」

「それはそれでもいいわ。あなたのモットーまで覆す気持ちはサラサラないの。あたしはただ嬉しいだけ。あたしと伊藤が外国人の名前を口にしたその時、謎の壁に変化が生じたのだから」

「メッセージボードの文句が変わっているね」

「ええ。ラジオをつけろだってさ」

「いまどきの高校生の所持品にラジオを期待するのはちょっとどうかと思うけど」

「それでもあなたはラジオを所持している」

「当然じゃないか。5時半となれば、外国人選手がオーダーに並ぶ時間。どうしたって僕の耳にはイヤホンが収まり、情報を流してくれる」

 伊藤はラジオのスイッチを入れた。ポケットタイプの安上がりの代物だ。時代遅れのそのデザインは、伊藤の人となりを証明しているようにも見える。

 ラジオが伝えたニュースは、伊藤と工藤が耳を疑うものであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ