ステージでは無双のセンター様、推しが見れないと情緒が迷子です。
1. 放課後の校門──“スイッチ”の瞬間
夕暮れの校門を抜けると、
静かに停まった白いワゴン車からマネージャーの水城が手を振った。
「透子、こっち。今日のリハ、少し巻きで始めるって。もうメンバーは集合してる」
「了解です。ごめんなさい、水城さん」
「謝るのは遅刻した時だけでいいわ」
淡々としていながら優しい。
この声を聞くと、透子の体が自然に“仕事モード”へ傾き始める気がした。
車に乗り込んでシートベルトを留める。
外のざわめきが遠ざかるのと同時に、
透子はイヤホンを耳に入れた。
カチッ──
世界が少しだけ静かになる。
──ここからは、自分を“整える”時間。
今日のフォーメーション。
カメラ位置。
表情の切り替え。
ステップのカウント。
ひとつずつ頭の中を並び替えていく。
(……よし、切り替えなきゃ)
窓に映る自分の顔が、
“普通の女子高生”からゆっくり離れていく。
深く息を吸って、吐く。
──三和透子。
──シュガソルのセンター。
と、その瞬間。
「透子、その儀式するのはいいけど……収録なんだから、食べすぎないでね」
透子の膝の上には のり弁。
隣の座席には おにぎり二つとサラダ。
「い、いや……腹ごしらえしておかないと……」
「あなたセンターなのに燃費悪いのよ」
「エネルギー必要なんです!」
水城はため息をつきながら微笑んだ。
「急いで食べて。もうすぐ着くわ」
2. 楽屋──色・音・匂いが混ざる場所
控室の扉を開けた瞬間、
照明の熱気とヘアスプレーの甘い匂いがふわりと漂う。
鏡のライトが点々と光り、
スタッフの靴音が忙しなく響く。
その中心に、シュガソルの4人がいた。
「透子ー!今日学校だったの?」
瞳がスマホ片手に振り返る。
「うん、行けるときに行っとかないとね」
雛華がピンクのヘアピンを握って走り寄った。
「透子ちゃんこれ似合うよ!今日の衣装に合う〜!」
「ひ、雛華……まだセット前なんだけど……」
「だからつけるの!」
そんな中、結奈がため息をつきながら鏡越しに言う。
「雛華、ヘアメイクさん来たよ。邪魔」
「あっ、はーい!」
そこへスタッフが顔をのぞかせた。
「今日、同じブロックに mint sugar さん入ってますよ〜」
「──えっ!?!?!?」
透子の体が跳ね上がる。
椅子がガタッと音を立てる。
(mint sugar!?
姫花ちゃんのステージ……絶対かわいい……見たい……!)
「ちょっと下見してきます!!」
その瞬間──
「透子。座って。」
背後の低い声。
メイクさんが腕組みして立っている。
「まだセットしてないでしょ。センターが動いたらどうするの」
「す、すみません……!」
「はい、動かないで」
前髪にクリップがカチッと留められる。
(……姫花ちゃん……すぐそこなのに……)
目の奥に熱がこみ上げる。
「一瞬だけお願いし──」
「泣かないの。崩れるから」
「……はい……」
瞳がスマホを構える。
「泣きそうな透子ちゃん撮っとこ〜」
「撮らないでぇぇ……!」
雛華が背中をさすり、
結奈はクールに笑い、
絢音はにやりと見守る。
アイロンが髪を通るたびに、
透子は“センター”の顔へ変わっていく。
3. ステージ直前──落ち込みと“覚醒”
舞台袖。
照明の熱とケーブルの匂い。
観客のざわめきが震動となって伝わる。
だが透子は、あからさまに落ち込んでいた。
「透子ちゃん……今日ずっと元気ないね……」
雛華が心配する。
「姫花ちゃん……見たかった……」
透子の声は沈んでいる。
瞳と結奈が顔を見合わせる。
「大丈夫か?」
「センター本番前にメンタル折れるって珍しい」
しかし、絢音だけは笑っていた。
「大丈夫よ。この子は“スイッチ”があるから」
そのとき、カメラマンが声を張る。
「はいセンターさん、気合いの一枚いきまーす!」
パシャッ。
──空気が変わった。
透子の視線が鋭く、深く、まっすぐに定まる。
さっきまで湿っていた瞳が、
光を宿して輝き始める。
結奈が思わず呟いた。
「……あ、来た。センターの顔」
瞳が鳥肌を押さえる。
「毎回思うけど、これ反則……」
スタッフの声が響く。
「──シュガソル、まもなく入りまーす!」
イントロが床を震わせ、
観客のペンライトが一斉に揺れる。
透子は前へ一歩。
その瞬間、
“少女”ではなく──
センター三和透子 がそこにいた。
4. 本番──光の中心に立つ者
スポットライトが弾ける。
5人の影が浮かぶ。
その中心に立つ透子は、
光が形を取って人になったようだった。
カメラは無意識に透子を追う。
客席の視線が吸い寄せられる。
ステップは音を視ているよう。
指先の動きひとつが物語になる。
そしてラスト。
透子がカメラに微笑む。
その一瞬だけで、
SNSは爆発した。
5. ステージ後の余韻
楽屋へ戻ると、メンバーは次々スマホを開いた。
「見て!“今日のシュガソル優勝”がトレンド1位!」
「透子ちゃんのGIF、もう出回ってる!」
スタッフも興奮したまま声をかける。
「透子ちゃん、今日の表情すごかったよ」
「センターってああいう子のこと言うんだなぁ……」
だが──
透子はスマホを胸に抱えてしゅんとしている。
(……姫花ちゃんのステージ……見れなかった……)
雛華が心配する。
「透子ちゃん……元気ない……?」
そのとき──スマホが震えた。
姫花本人の投稿が流れてくる。
『今日もありがとう♡』
笑顔でウサギポーズをする姫花の写真。
透子の目が一瞬で輝いた。
「────ッッ!!
姫花ちゃん……今日も天使……!!
推ししか勝たん……!!」
「うわ急に復活した」
「情緒どうなってるの!?」
「もはや尊いエネルギーで動く生命体」
透子はスマホをぎゅっと抱きしめた。
(……次は絶対、生で見る……!)
今日のステージで世界を魅了した少女は、
今はただの“強火オタク”の顔で笑っていた。
そして第二話は、
そのギャップの愛しさを残したまま幕を閉じた。




