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放課後の秘密


芸能科のある名門高校。夕暮れの教室。日誌当番を務める男女二人が、静かにペンを走らせていた。


外の廊下では、通りかかった女子学生たちが小声でささやく。


「ねぇ、帝君だよ! 本当に教室で日誌書いてる…!」

「写真、撮れるかな…」


廊下の影からスマホを構える姿もあった。人気モデルの丘野おかの みかどは、校内でも絶えず注目を浴びる存在だった。


だが当の本人は気に留める様子もなく、隣に座る女子学生へ視線を向けていた。


「ねぇ帝、昨日の音楽番組見た? 姫花(ひめか)ちゃん、めちゃくちゃ可愛かったんだよ!」


女子学生は身を乗り出して熱っぽく語る。


「新曲の途中で“今日からあなたも姫花推し!”って言いながらうさぎポーズするの! あれがもう最高でさ、私、何回リピートしたか分かんないくらい!」


その勢いのまま、机の上で小さくうさぎポーズをしてみせる。

帝は思わず笑みをこぼし、ぽつりと漏らした。


「……そうやって話すお前の方が、俺は可愛いと思うけどな」


「なにそれ?」

女子学生は軽く笑って流し、全く気づかない。


帝は小さく肩を落としながらも話題を変える。


「その姫花ちゃんとロケした時の写真いるか?」

「えっ!?いいの!?お金取らない?」


女子学生の声は弾み、頬が紅潮する。


そのとき、彼女のスマホが震えた。「正門に着いた」とのメッセージ。


「うわ、来るの早ぁー」

「……じゃあ、あとは俺が日誌やっとくよ」


帝の言葉に、彼女はにっこり笑って「ありがと、帝!」と返し、かばんを抱えて廊下へ向かう。


廊下に出た女子学生は、一瞬だけ表情を引き締めた。

――次のリハーサルまでに歌もダンスも仕上げなきゃ。

その思考は胸の奥に隠し、誰にも気づかれないように笑顔を浮かべ直す。


そして、すれ違った生徒が息を呑んだ。

すらりと伸びた173センチの長身。制服を着こなす姿はまるでモデルのようで、さらさらと揺れる黒髪ロング。化粧をしていないのに、ひと目でわかるほど端正な顔立ち。


「……あれ……アイドルグループ《シュガソル》のセンターの透子……!?」


あまりの美しさに、女子学生は声を上げるしかなかった。

廊下では、帝を撮ろうとしたスマホが、いつの間にか彼女へと向けられていた。



三和 透子(みわ とおこ)

教室では、日誌当番を務める普通の女子高生。

だがその正体は――数百万人のファンを熱狂させるトップアイドルグループ《シュガソル》のセンター。


彼女は知っている。

アイドルは、崇拝される存在でなければならないことを。

職業アイドルである間は、特定の誰かと恋愛をしてはならないことを。

スキャンダルなど一切なく、努力の汗も涙もファンに見せてはならないことを。


だから透子は、孤独な努力を胸に秘めながらも、笑顔でステージに立ち続ける。

――そして放課後の彼女は、昨日の音楽番組で見た姫花の「今日からあなたも姫花推し!」といううさぎポーズを真似して、目を輝かせるただの女の子でもあった。


恋心にはまるで気づかず。

トップアイドルでありながら、ひとりのファンとして憧れに胸を焦がす。


――そんな彼女は、アイドルに夢中。


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