番い
先輩は横顔が素敵だ
背も高い
十人に問えば、恐らくは十人が美丈夫であると答えると思う……
……そして今、先輩は放課後の夕日差す教室で、僕より一学年下の弱そうな少年に何度も顔を殴打されている
僕はそれを引戸の隙間から観察しながら、爪が喰い込んで血を流すほどに嫉妬心で拳を握り締めていた
先輩は立っていられなくなったのか、その場に膝を突き始める
少年が怯えた顔で殴る手を止めると、先輩は「いいんだ」「続けてくれ」と彼に言った
その声色がとても嬉しそうで、僕は奥歯を砕けそうな程に強く噛み締める
膝を突いた先輩が殴りやすい高さになったのか、少年はより的確に頬を、顎を、眉間を、拳で殴り抜けていく
先輩の口の端は血で汚れていて、少年の手の甲もまた赤く染まっていた
それがある種の性交のように思えて、僕は泣きそうになりながら二人の姿を覗き視ていた
数分、そうしていたろうか
少年は少しずつ悦びを識り始めたのか、熱っぽい視線で先輩の襟を掴み、頬を慣れた手付きで殴るようになっていた
先輩はされるがままになりながら、眼を細めて嬉しそうに受け容れている
僕はもう限界だった
「先輩!」
引戸が、壊れそうなくらい音を立てて開く
かなり遅れてから『自分がそうしたのだ』という知覚が頭の中に生まれた
「そんな子よりも」
「僕の方が先輩を好きなのに!」
僕が睨むと少年は恐怖に引き攣った顔で「ひっ」と声を上げると、走って教室を去っていった
先輩が腰の抜けたような姿勢で、力無く床にへたり込みながら僕を視る
いつの間にか先輩のへたり込んだ下には、鼻や口から流れた血が飛び散って、薄い水溜りを作っていた
「知ってるよ」
先輩がにやにやと僕を視る
───先輩がいけないんだ
────先輩が、そんな顔をするから
僕は拳を握ると、抱擁みたいに先輩へと駆け寄っていった