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第17話


黎皇子の心に「青」という色彩が宿ってから、数日が経った。

その日以来、麗華は、彼の心に更なる色彩をもたらすべく、日々心を砕いていた。

しかし、煌淵こうえん皇子の意図的な圧力により、麗華が黎皇子の離宮を訪れる回数は、次第に制限され始めていた。


(このままでは、黎殿下の色彩の回復が滞ってしまうわ!)


麗華は、自身の工房で、新たな染料を調合しながら焦燥を感じていた。

離宮の警備は厳しくなり、翠蘭すいらんりんが黎皇子との橋渡し役を務めることさえ難しくなっていた。


煌淵皇子の狙いは明らかだった。

麗華を孤立させ、黎皇子から引き離すことで、二人の間に芽生えた絆を断ち切ろうとしていたのだ。

その頃、黎皇子の離宮では、彼の心に微かに認識された「青」の色が、彼の世界にささやかな変化をもたらしていた。


庭園の瑠璃色の花々を見るたび、彼は心の奥で微かな光を感じるようになった。

それは、鮮明な視覚ではないが、確かに「そこにある」という感覚だった。

しかし、麗華が来る頻度が減るにつれて、その色彩の感覚もまた、曖昧になっていくのを感じていた。


(麗華……)


黎皇子は、自室の窓辺に立ち、深い溜息をついた。

麗華の存在が、彼にとってどれほど大きな光であったか、彼女が遠ざけられることで、より一層痛感していた。



そんなある日の午後、麗華の工房に、皇后こうごうの使いが訪れた。


「麗華妃。皇后陛下より、今晩、月下の茶会にお越しいただきたいとのご命令です」


麗華は、その言葉にわずかな驚きを覚えた。

月下の茶会は、皇后が主催する、ごく親しい者だけが招かれる私的な集まりだった。

麗華が招かれるのは異例のことだった。


(まさか、皇后陛下も、わたくしと黎殿下の絆を深めることに、懸念を抱いていらっしゃるのかしら)


不安を抱えながらも、麗華は茶会へと向かった。

茶会の会場は、月明かりが降り注ぐ、宮廷の奥まった庭園だった。

そこには、皇后の他に、煌淵皇子と煌峻こうしゅん皇子、そしていくつかの重臣たちが招かれていた。

黎皇子の姿はなかった。

皇后は、麗華が到着すると、優しく微笑んだ。


「麗華妃、よく来てくれた。今宵は、月の下で、心ゆくまで語らおうではないか」


茶会は和やかに始まったかに見えたが、すぐに煌淵皇子が口を開いた。


「皇后陛下。麗華妃の色彩の力は、確かに素晴らしいものでございます。しかし、廃皇子に過度に接近させるのは、いかがなものかと」


煌淵は、麗華と黎皇子の関係に釘を刺そうとした。

皇后の表情が、わずかに曇る。


「煌淵。麗華妃は、廃皇子の心を癒し、失われた色彩を取り戻す手助けをしておる。それは、煌国にとって喜ばしいことではないか」


「しかし、廃皇子の精神的な不安定さは、我々皇族の権威にも関わる問題。その者が、特定の妃に依存するようでは、宮廷の秩序が乱れかねません」


煌淵は、あくまで宮廷の秩序を持ち出し、麗華を牽制しようとした。

麗華は、沈黙してそのやり取りを聞いていた。

煌淵皇子の言葉は、彼女の心を深く刺した。


(依存……わたくしは、黎殿下を利用しているとでも言うのか)


その時、煌峻皇子が静かに口を開いた。


「煌淵兄上。麗華妃の力は、確かに稀有なものでございます。しかし、その力をいかに生かすか、いかに統べるかは、我々皇族の責務」


煌峻は、麗華の力を賞賛しつつも、あくまで「統べる」という言葉を用いた。

彼の真意は、麗華の力を自らの支配下に置こうとすることだった。


「わたくしとしては、麗華妃の知識を、より広く煌国の民のために用いるべきかと存じます。例えば、特定の離宮に縛られることなく、宮廷全体の色彩文化の向上に貢献していただくなど」


煌峻の提案は、一見、麗華の立場を向上させるように見えた。

しかし、それは同時に、彼女が黎皇子と深く関わることを間接的に制限しようとする意図を秘めていた。

麗華は、煌峻皇子の言葉の裏にある企みに気づいた。

彼女の力を利用し、黎皇子から引き離そうとする、煌淵皇子とは異なる巧妙な策だった。

皇后は、二人の皇子の言葉を聞き、深く考え込んでいる様子だった。


麗華は、このままでは、自分が黎皇子から完全に遠ざけられてしまうと直感した。

その時、麗華は、自分が黎皇子から託された、月華妃げっかひの筆を思い出した。

そして、黎皇子が紡ぎ始めた詩の言葉を。


(黎殿下は、ご自身の力で、この宮廷に光をもたらそうとされている。わたくしは、そのお力にならなければならない!)


麗華は、決意を胸に、静かに口を開いた。


「皇后陛下、そして両殿下。わたくしが黎殿下と共に進むのは、殿下の心を癒すためだけではございません」


皆の視線が、麗華に集まった。


「黎殿下は、今、ご自身の心に宿った色彩を通して、煌国の未来を見つめようとしておられます。殿下の言葉と、わたくしの色彩の力が合わされば、この煌国に、真の『黎明れいめいの光』をもたらすことができると信じております」


麗華の言葉は、強い信念に満ちていた。

煌淵皇子は、鼻で笑った。


「戯言を!廃皇子に、そのような大役が務まるはずがあるまい」


「いいえ。黎殿下は、誰よりもこの煌国を深く愛しておられます。そして、その心の奥底には、母君である月華妃様の、この国を慈しむ心が宿っております」


麗華は、黎皇子の内なる強さを訴えた。

そして、言葉を続けた。


「わたくしは、黎殿下と共に、この煌国に、かつてない色彩の調和をもたらしたいと願っております。それは、宮廷の秩序を乱すものではなく、むしろ、人々が心を通わせ、共に未来を築くための、新たな旋律となるでしょう」


麗華の言葉は、単なる反論ではなかった。

それは、黎皇子との間に生まれた「共鳴きょうめい」を、宮廷全体に広げようとする、彼女自身の大きな決意表明だった。

皇后は、麗華の言葉に静かに耳を傾けていた。

彼女の顔には、迷いの色が消え、新たな光が宿り始めていた。


麗華の言葉は、皇后の心に、忘れかけていた希望を呼び覚ましたかのようだった。

煌淵皇子と煌峻皇子は、麗華の予想外の反論に、言葉を失っていた。

特に煌峻皇子は、麗華の言葉に、彼女が持つ「色彩を統べる力」の真髄を見たかのように、深い眼差しを向けていた。


茶会は、麗華の言葉によって、全く異なる方向へと進み始めた。

皇后は、改めて麗華の才能と、黎皇子への真摯な思いを感じ取ったのだ。

麗華の孤立を目論む煌淵皇子の計画は、その夜、思わぬ形で頓挫した。

しかし、煌峻皇子は、麗華の言葉から、新たな戦略を練り始めていた。


(色彩の調和……か。面白い。あの女の力は、想像以上に奥深い)


煌峻の心には、麗華を単に利用するだけでなく、その力を完全に理解し、自らのものにしようとする、より複雑な野望が芽生えていた。




その夜、離宮に戻った麗華の元に、翠蘭がそっとやってきた。


「麗華様、皇后様が、黎殿下の離宮へのご訪問を、以前よりも制限しないと仰せになりましたわ!」


翠蘭の声は、喜びで弾んでいた。

麗華は、安堵の息を漏らした。

彼女の言葉が、皇后の心を動かしたのだ。


(これで、黎殿下と共に、さらに色彩の世界を広げることができる!)


麗華は、月夜に照らされた工房で、新たな染料の調合を始めた。

彼女の心には、黎皇子との共鳴が奏でる、希望に満ちた旋律が響いていた。

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