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第10話


皇后が麗華の仕立てた瑠璃色の衣装を身につけた日以来、宮廷の空気は確かに変わっていた。

これまで「廃皇子の妃」として蔑まれてきた麗華は、一躍、宮廷中の注目の的となっていた。

麗華の作り出した瑠璃色は、単なる美しい色というだけでなく、皇后の威厳と新たな魅力を引き出すことに成功した。

それは、宮廷の重臣たちや他の妃嬪ひひんたちの間でも、大きな話題となった。



「皇后陛下の瑠璃色の衣をご覧になったか?まるで、天上の衣のようだ!」


「あの黎殿下の妃が作ったというが、にわかには信じられぬ……」



そんな声が、宮廷のあちこちで囁かれた。

特に、美意識の高い妃嬪たちの間では、麗華の作り出す色彩への関心が高まっていた。

彼女たちは、競うように麗華の元へ使者を送り、新しい染料や、衣装の仕立てを依頼するようになった。

麗華は、それらの依頼を全て引き受けた。

彼女にとって、それは単なる個人的な依頼ではなく、自身の「色彩戦略」を宮廷全体に広げる絶好の機会だった。


彼女は、各妃嬪の個性や立場、そして彼女たちが表現したい「美」に応じて、異なる色彩とデザインを提案した。

例えば、若く活発な性格の妃には、鮮やかな緋色や萌黄もえぎ色の衣装を。

落ち着いた風格の妃には、深い紫や、木々の色を模した穏やかな緑色の衣装を。

それぞれの衣装には、対応する香りを忍ばせた香袋や、肌触りの良い裏地を施し、五感を刺激する工夫を凝らした。


(色彩は、着る人の心を映し出す鏡。それぞれの妃嬪が、自分自身の「色」を見つける手助けをするんだわ)


麗華は、依頼を受けた妃嬪たちに、染料の原料となる煌国の植物や鉱物の話、そして色彩が心に与える影響についての「講義」も行った。

彼女の語る「色彩の哲学」は、宮廷の女性たちの間で、新たな流行として広まっていった。

これは、麗華の意図する「宮廷の色彩改革」の始まりだった。


彼女は、色彩を通じて、宮廷内の閉塞感を打ち破り、人々の心に新たな活力を吹き込もうとしていた。

しかし、麗華の活躍は、同時に、黎皇子を疎む勢力からの警戒心を、一層強める結果となった。


特に、第一皇子・煌淵こうえんと第二皇子・煌峻こうしゅんは、麗華の存在を危険視していた。

煌淵は、皇帝の正妃である皇后の息子であり、武力と軍部の支持を背景に、次期皇帝の座をほぼ手中に収めていると自負していた。

彼は、麗華の行動を、黎皇子の巻き返しを図るための「策略」と見ていた。


「あの黎の妃め、まさか皇后陛下まで手中に収めようとは……図に乗るな!」


煌淵は、自室で荒々しく杯を叩き割った。

彼の腹心である武官のちょうは、冷静に煌淵を諫めた。


「殿下、感情的になられては、相手の思う壺でございます。しかし、麗華妃の存在が、黎殿下の復権に繋がりかねないことは確かでございます」


一方、煌峻は、同じく皇后を母に持つ兄とは対照的に、冷静沈着な策略家だった。

彼は、麗華が作り出す「色彩」が、単なる美しさだけでなく、人々の心に深く作用する力を持っていることを、直感的に見抜いていた。


「あの妃は、人心を掌握する術に長けている……色彩という、一見無害に見えるもので、宮廷を内部から変えようとしているのだ」


煌峻の侍読じどくであるは、主の言葉に深く頷いた。


「第二皇子殿下の仰る通りかと存じます。麗華妃の周りには、これまで無関心だった者たちが集まり始めております。これは、警戒すべき動きかと」


煌峻は、冷たい目で遠くを見つめていた。


「だが、直接手を下すのは愚策だ。あの妃は、皇后陛下の寵愛を受けている。迂闊な真似はできぬ」


彼は、麗華を「直接」排除するのではなく、彼女の試みを「間接的」に妨害する策を練り始めた。

宮廷内では、麗華の話題で持ちきりだったが、その裏では、皇子たちの思惑が複雑に絡み合い、静かに権力闘争の火花が散っていた。




そんな中、数週間後に、皇帝主催の盛大な宮廷の宴が催されることになった。

この宴は、外国からの使節を迎えるためのもので、煌国の威信を示す重要な場だった。

そして、この宴で、皇后は麗華が仕立てた瑠璃色の衣装を身につけることを公言した。

これは、麗華の色彩戦略が、宮廷の公の場で披露される、絶好の機会でもあり、同時に、大きな「試練」でもあった。

麗華は、この宴のために、離宮の調度品や、使用人たちの制服にも、細やかな工夫を凝らした。

宴の間には、煌国の伝統的な文様を織り込んだ、麗華が作り出した深みのある緑色の絨毯を敷き詰めた。


(緑色は、生命力と成長、そして平和を象徴する色。この国の繁栄を表現するのに最適だわ)


卓上には、煌国の豊かな自然をイメージした、色とりどりの花々を飾った。

花々は、麗華が庭師の林とともに丹精込めて育てたもので、それぞれ異なる香りを放ち、視覚だけでなく嗅覚にも訴えかける。


そして、宴の料理にも、麗華は「色彩の演出」を取り入れた。

彼女は、厨房の料理長と密に連携し、食材の色合いや盛り付けのバランスを指導した。

例えば、赤色の果物と緑色の野菜を鮮やかに対比させたり、淡い色の食材には、濃い色のソースを添えたり。


(料理は、五感で味わう芸術。色彩の力で、さらに美味しく、美しく見せることができるはず)


これは、現代の「フードデザイン」の概念に近いものだった。

料理長は、最初は麗華の指示に戸惑っていたが、彼女の熱意と、完成した料理の美しさに感銘を受け、積極的に協力するようになった。

宴の準備は、離宮全体を巻き込んだ、大規模なプロジェクトとなった。




そして、宴の当日。

宮廷の宴の間は、これまでにないほど華やかな雰囲気に包まれていた。

外国の使節団、高位の貴族たち、そして、皇帝と皇后、皇子たちが一堂に会した。

麗華は、黎皇子と共に、宴の間に姿を現した。

黎皇子は、以前麗華が仕立てた藍色と緋色の衣装を身につけていた。

その姿は、周囲の豪華絢爛な衣装の中でも、異彩を放っていた。


彼の無表情な顔は変わらないが、その衣装が、彼の内なる静かな強さを際立たせているように見えた。

人々は、黎皇子の変化に、驚きの視線を向けた。

麗華は、黎皇子の隣に立ち、堂々とした態度で周囲を見渡した。

その時、皇后が、宴の間の入口に姿を現した。

彼女は、麗華が仕立てた、瑠璃色の衣装を身につけていた。

深みのある瑠璃色が、宮廷の煌びやかな装飾の中で、ひときわ目を引く。


皇后の威厳ある姿は、瑠璃色の衣によって、より一層際立っていた。

彼女が身につけた衣から放たれる月桂の香りが、宴の間に、清らかな風を運んでくるようだった。

皇后は、麗華と黎皇子の方へ、ゆっくりと歩み寄ってきた。

そして、麗華の目の前で立ち止まると、静かに微笑んだ。


「麗華妃。そなたの仕立てた衣は、まことに素晴らしい。わたくしの心を、清らかにしてくれるようだ」


皇后の言葉は、宴の間に響き渡り、人々の間にどよめきが起こった。

皇后が、公の場で麗華を称賛したのだ。

これは、麗華の宮廷内での地位を、決定的なものにする瞬間だった。

麗華は、深々と頭を下げた。


「皇后陛下のお言葉、身に余る光栄でございます」


その時、第一皇子・煌淵が、皇后の隣に歩み寄ってきた。

彼の顔には、不満と、警戒の色が浮かんでいる。


「母上。そのような衣を、なぜあの廃皇子の妃に仕立てさせたのですか」


煌淵の言葉には、麗華への明らかな敵意が込められていた。

彼は、皇后が麗華を公然と称賛したことに、苛立ちを隠せないようだった。

皇后は、煌淵の言葉に、冷たい視線を向けた。


「煌淵。そなたは、美の真髄を理解しておらぬな。この瑠璃色は、煌国の新たな可能性を示す色だ」


皇后は、煌淵をたしなめるように言った。

その言葉には、皇后としての確固たる意志が込められていた。

煌淵は、皇后の言葉に反論できず、不満げに顔を歪めた。

その様子を、第二皇子・煌峻が、静かに観察していた。

彼の瞳は、麗華の姿に注がれていた。


(あの妃は……やはり、危険な存在だ。美の力で、皇后陛下までも動かしたか)


煌峻は、麗華の持つ「色彩の力」が、政治的な影響力を持ち始めたことを明確に認識していた。

宴は、麗華の色彩戦略によって、これまでにはない、活気と驚きに満ちたものとなった。

外国の使節団も、煌国の豊かな色彩と、それを生み出す麗華の才能に、惜しみない称賛を送った。

麗華は、黎皇子の隣で、宮廷の華やかな光景を見つめていた。


彼の顔は、やはり無表情だったが、麗華は、彼がこの場から放たれる「色彩の波動」を、心で感じ取っていることを確信していた。


(彼は、もう独りじゃない。彼の世界は、もう灰色だけじゃない!)


この宴は、麗華にとって、単なる成功ではなかった。

それは、彼女が煌国の宮廷に、そして黎皇子の心に、新たな色彩の息吹を吹き込んだ、確かな証だった。

しかし、同時に、麗華の挑戦は、さらなる大きな試練へと向かうことを予感させるものだった。

宮廷の深い闇の中で、色彩の光が、新たな波紋を広げ始めたのだ。

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