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元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第4章(6)強敵、巨大プライムスライム!

作者: 刻田みのり

『警告! 警告!』


『これより、ランドの森エリア・キャンプ地付近にて「プライムスライム」戦を開始します』


『勝利条件 プライムスライムの撃退』

『完全勝利条件 プライムスライムの撃破』

『敗北条件 ジェイ・ハミルトンとダニ(ピーと雑音が入る)の死亡または戦闘不能』



「……」


 えっと。


 既にスライムとの戦いが始まっていたつもりだったんだけど……違うのか?


 ま、いいや。


 俺はぷよぷよとその身を震えさせる巨大なスライムに意識を戻した。


 探知を続けているがスライムの体内のどこに核があるのかわからない。


 体の透明度も低く、見ただけではとても核の位置なんて特定できそうになかった。


 スライムが体の一部を触手のように伸ばして突いてくる。


 俺はサイドステップでそれを躱した。


 別の部位が伸びてまた攻撃してくるがそれも避ける。


 次の攻撃が来る前にサウザンドナックルを発動し銀玉を放った。


 着弾するのを待たずに連続で銀玉をぶち込んでいく。


「ウダダダダダダダダッ!」


 数十発の銀玉がスライムを貫通するがダメージを与えている感じがしない。


 俺はさらに数十発の銀玉をぶつけた。


 スライムは銀玉を防ごうともせずぷよぷよと体を揺り動かすだけでこちらへの攻撃すらしなくなった。


 何を考えているのかわからず……いや考える知能があるのかすら疑わしいがとにかく俺は銀玉を連射した。数撃ちゃ当たるでスライムの核を破壊できればとも思ったのだがどうにも手応えがない。


「……」


 こいつ、核はあるんだよな?


 ひょっとしたらないのではないかと不安になるが核のないスライムが生きていられるはずがないと思い直した。とにかくさっさと片づけようと銀玉を乱射する。


 スライムは穴だらけになっても生きていた。


 黒猫がため息をつく。


「ニャ(そんだけ撃っても核に当たらねぇのかよ)」

「……」


 え?


 俺、呆れられてる?


 俺が攻撃を止めているとスライムが体を波打たせた。


 それだけで穴だらけだった体が修復される。おいおい、俺の攻撃がなかったことにされちまったぞ。


「ニャア(小僧退いてろ。俺がやる)」


 黒猫が俺の前に進み出た。


 一気に体中の毛を逆立たせる。


「ニャー(こういう奴はな、一撃で仕留めるんだよ)」


 膨れ上がっていく気合いのような何か。


 ……て。


「……」


 あれ? こいつ弱体化されてなかったっけ?


「ウニャア!(奥義、猛虎滅殺撃(タイガーバニッシュ))」


 ぽす。


 黒猫が右前足を振り下ろすが、微かに足先が光っただけで何も起こらない。


「……」

「……」

「……おい」

「ニャーン(ま、そういう時もある)」


 スライムが体の一部で殴りかかってきた。


 俺と黒猫は横へ跳んでそれを回避する。


「ニャー(ちっ、やっぱり気合いが足りねぇと駄目か)」


 黒猫がぼやきながらスライムの追撃を躱す。


 俺はマジンガの腕輪に魔力を流した。


 チャージ。


 何重にもマルチロックを重ねてスライムに狙いをつけるとマジックパンチを連射した。


 轟音を響かせながら拳と拳弾が撃ち出される。


 数十発の打撃がスライムを襲った。


「ウダダダダダダダダッ!」


 ボコボコとスライムに拳と拳弾が命中して穴を穿つがやはり手応えを感じない。


 俺がどれだけマジックパンチを撃ってもスライムは死ななかった。


 腕輪にチャージした魔力が尽きてマジックパンチによる攻撃が止まる。


 スライムがぷるぷると身を震えさせると再び穴が消えた。こいつ不死身か?


「ニャー!(核だ、核をぶっ壊せ!)」

「んなことはわかってる」


 黒猫に怒鳴られるが、俺だって遊んでいる訳ではない。


 、どこにあるのかわからない核をどうにか壊そうとはしているのだ。ただ、どうやっても見つけられないんだからどうしようもない。


 俺のサウザンドナックルにせよマジックパンチにせよ攻撃は面ではなく点になってしまう。


 数でできるだけ範囲をカバーしようとしても当てられない部分が出て来るのだ。


 こういう時、面で制圧できる系の攻撃魔法でも使えれば良いのだが生憎そういう魔法を俺は使えない。


 やばいな。


 俺はスライムと距離をとった。


 ぷよぷよとスライムが体を揺らすが俺との距離を詰めようとはしない。


 黒猫が俺の横に並んだ。


「ニャン(たかがスライム相手に苦戦するとはな)」


「普通のスライムならとっくに終わらせてる」

「ニャ(ふっ、不甲斐ない奴)」

「……」

 何かムカついた。


 それに呼応するように俺の中の「それ」が煽ってくる。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 騒ぐ「それ」の声を無視して俺はスライムを睨みつける。

 スライムは不定形で薄緑色の体を伸縮させるものの、基本的には召喚されて現れた位置から移動していなかった。


 召喚主を含めた狩人たちを捕食したばかりで体が重たいからかそれとも単に鈍重なだけなのか、とにかく大きく動き回ることもなく体の一部を伸び縮みさせて俺たちを攻撃していた。


「……」


 スライムの上にはまだ召喚に用いた魔方陣が展開されている。


 召喚主も喰われているしないとは思いたいが、さらにスライムが現れる可能性を俺はつい考えてしまった。


 こんなスライムが増えたら面倒なことこの上ない。


 是非ともこの一体で打ち止めにしてもらいたいものだ。


「ニャー?(で、どうする? このままって訳にもいくまい?)」

「今考えてるところだ。黙ってろ」


 訊いてきた黒猫を俺はちょい雑にあしらう。


 スライムがぶるぶると体を振った。


 体のあちこちから筒のような突起が浮かび上がる。長さはさして長くない。


 一部の突起の先端が俺たちに向いた。


 何かやばい。


 俺と黒猫は左右にジャンプした。俺は右、黒猫が左だ。


 ぴゅっ、ぴゅっ。


 筒状の突起から白濁した液体が飛び出してくる。


 俺たちがさっきまでいた場所に落ちるとじゅっという音を立てて地面を溶かした。煙も出てるし当たったらめっちゃやばそうだ。溶解液か何かか?


 スライムが俺の方に液体を噴射してくる。


 俺はそれを避けた。


 スライムがしつこく狙ってくる。


 あたりにじゅうという音と煙、それに何か不快な臭いが漂ってきた。何となく生臭いというか……。


 逃げながら俺はマジンガの腕輪に魔力を注ぐ。


 チャージ。。


 もう一度マルチロック機能を使ってスライムに多重攻撃を仕掛ける。とにかくどこかに核があるはずなのだ。それさえ破壊すればこの戦いは終わる。


 轟音を伴って拳と拳弾がスライムを滅多打ちにする。面とまではいかないがそれに近い攻撃にはなった。必ずどこかにある核を壊せるはずだ。信じるって大事。


「……」

「ニャー?(マジで不死身か?)」


 スライムは倒れなかった。


 ぷるるんと体を揺らすと俺の攻撃を受けてボコボコになった体が元に戻る。そりゃないだろ。


 やばい、こんなの相手に持久戦なんて御免だぞ。


 ぷるるん。


 ぷるるん。


 ぷるるん。


 スライムが体を震わせてその一部を大きく伸ばした。

「え」

「ニャア(おいおい)」


 スライムが一体増えた。


 こいつ分裂しやがった。


 分裂したばかりのスライム(以降先にいたスライムをスライムA、増えた方をスライムBと呼称)がいきなり筒状の突起を出してきた。やばさが二倍になりましたよコンチクショウ。


 スライムBが筒状の突起から白濁の液体をドピュッ!


 黒猫が逃げた方向に液体が飛んでいった。あ、やばっ!


 黒猫が避けきれず尻尾の先に白濁した液体がかかった。


 ジューッ。


「フニャーッ!(熱!)」


 絶叫する黒猫。


「……」


 ちょいざまぁとか思ったことは墓場まで持っていくことにしよう。


 俺は身を丸めて尻尾にふーふーしている黒猫に尋ねた。


「お、おい。大丈夫か?」

「ニャー?(これを見て大丈夫そうに見えるか?)」

 黒猫が尻尾を俺に向けた。


 先端から鶏の玉子一個分くらい焼けただれてしまっている。生えていた毛もない。とっても痛くて寂しそうな感じである。


「ニャニャ(クソッ、不定形の取るに足りない雑魚の分際でよくも俺をこんな目に)」


 黒猫がゆらりと尻尾を揺らして(そしてすぐに痛そうに顔を歪めて)スライムBと対峙した。


 スライムBが再び筒状の突起を向けてくる。今度はやや本数多めの発射態勢だ。多連装か?


 俺が加勢しようとするとスライムAが体の一部を何本も伸ばしてくる。邪魔する気満々のようだ。


「ちっ」


 ふざけやがって。


「ニャー(てめーは俺を怒らせた)」


 黒猫が身構える。


 何かが黒猫の首に集中した。魔力のようでありそうではないようでもあり……俺にははっきりと区分できない何かだ。気迫、いや気合いと呼ぶべきものかもしれない。


「シャーッ!(いくぜゴラァッ!)」


 黒猫が右前足を天に突き出す。


「ニャニャニャニャ!(我が生涯に沢山の悔いばかり!)」

「……」


 黒猫。


 その台詞は気合いの一声としてはどうかと思うぞ。


 つーか、悔いばかりなんだ。おやおや(クスクス)。


 黒猫の首のあたりに何かの力が集中した。もう面倒なので気合いってことにします。


 気合いは黒猫の首輪にくっついている魔道具のせいでどんどん弱くなっていく。


 そして、一定の弱さまで気合いが減るとまた気合いが高まった。


 つまり、黒猫を弱体化させる魔道具には限界があるということだ。


「フミャァーッ!(おんどりゃあぁぁぁーっ!)」


 黒猫の首の魔道具が激しく発光する。


 これは……魔道具が気合いに堪えきれずぶっ壊れるのでは?


 などと俺が思っていると……。


「トゥルーライトニングスラッシュ!」

「クイックアンドデッドォッ!」


 よく知った声が俺の背後から飛んできた。



 **



「トゥルーライトニングスラッシュ!」

「クイックアンドデッドォッ!」


 シュナとイアナ嬢の声が響き、次の瞬間スライムAが閃光に包まれた。


 さらに、四つの光がスライムBに襲いかかり縦横無尽に斬り刻んでいく。


 その動きはあまりにも速く俺が見ているものは残像にすぎない。


 俺と黒猫がむっちゃ苦戦した二体のスライムはあっけなく光の粒子となって消えていった。


「……」

「……」


 俺と黒猫、呆然。


 いや、そりゃ呆然となるでしょ。


 俺も黒猫も本当にめっちゃ手こずっていたんだよ。


 それなのに、こんなあっさり。


 聞こえてくる天の声。



『お知らせします』


『ランドの森エリア・キャンプ地付近にて「プライムスライム」が勇者シュナと次代の聖女イアナ・グランデに討伐されました』


『勇者シュナに「スライムキラー」の称号が授与されました』

『イアナ・グランデに「スライムキラー」の称号が授与されました』


『戦闘参加者全員の敏捷度に20㌫のボーナスが加算されました』

『勇者シュナとイアナ・グランデの耐久度に20㌫のボーナスが加算されました』



「……」

「……」

「あ、あれ?」

「あたしたち、間違ったことしてないわよね? ねっ、してないわよね? してないって言いなさいよ」


 俺、黒猫、シュナ、そしてイアナ嬢。


 うん、苦戦していたところを助けられたんだから二人の加勢は正しかったんだと思う。


 ただ、こう……何というか、天の声を聞いたらもやっとしてしまうんだよね。


 これ、ひょっとして……いやひょっとしなくても横取りされた?


 ま、まあ文句は言わないよ?


 ちょい釈然としないけど助けてもらったんだからさ。


 本当に文句はないよ。


「……」

「……ニャ(ま、倒せたんだから良しとするか)」

「あ、うん、そうだね」

「ああああたし余計なことしたなんて思ってないんだからねっ」


 俺、黒猫、シュナ、そしてイアナ嬢。


 黒猫がやや疲れたように嘆息している。


 シュナは物凄く気まずそうだ。


 あ、おばちゃん精霊(ただし今はおばちゃんではなく儚げな少女の姿をしている)が「大丈夫大丈夫」と言っているみたいに親指を立てているぞ。


 イアナ嬢は……お前本当は余計なことしたって思ってるだろ。


 目がむっちゃ泳いでるぞ。


「あーそっちも終わったかぁ」


 シーサイドダックが走ってきた。


 手には杖を握っている。


 シンプルなデザインだが使い込まれた感じのする杖だ。


 彼は俺たちの傍まで来ると安心したようにほっと息をついた。


「全員無事なようで良かったぜ。あのスライムはすげぇ厄介だからなぁ」

「ニャア(厄介なんてもんじゃなかったぞ)」

「そりゃそうだ。あれは普通のスライムとは次元が違うからな」


 黒猫の言葉にシーサイドダックがうなずいた。


「プライムスライムはナインヘルズの第五層に巣くっている魔物だからな。魔法耐性が高い上に体内の核はずっと高速で動き回っている。おまけに体だけでなく核自体にも再生能力があるときた。一撃で仕留めねぇと延々と戦うはめになるぞ」

「……」

「……」


 俺と黒猫、絶句。


 何それ?


 再生能力のある核が高速で動き回っているって……そんなスライム、ずるくね?


 それ知らないで戦ったら絶対長期戦になるよね?


 下手したら何で倒せないのかわからないまま負けるよね?


 いや、一発で当てて破壊すればいいんだろうけどそれめっちゃ難易度高いよ。


 わぁ。


 初見殺しだろ、それって。


「まあそんな顔するなよ。終わったんだからいいじゃねぇか」

「ニャー(それもそうだが、ナインヘルズの魔物か。そんな物をよく知っているな)」

「そりゃウチらはあの内乱の時に戦っているし。あれで結構な被害を受けたもんだ」


 シーサイドダックが遠い目をする。


「あの時はイチノジョウのお陰で全滅を免れたけどよぉ。あれかなりの初見殺しだから部隊によっちゃ甚大な被害を受けていたんだよなぁ」

「ナインヘルズの魔物ってことはラ・プンツェルと同じ世界から来たってことか」

「ああ」


 俺が尋ねるとシーサイドダックが大きく首肯した。


「ラ・プンツェルは第七層にいたからそこより浅い階層の悪魔や魔物を従属できるんだとよ。んで、あの内乱の時も多くの悪魔や魔物を呼び出して戦力にしていやがった。プライムスライムもその一つだな」

「つまりラ・プンツェルは魅了で下僕を増やせるだけでなくナインヘルズから手下を呼び出せるんだな?」

「召喚には限度があるみてぇだけどな。ウチもイチノジョウから聞いただけだから詳しくは知らねぇんだけどよ」

「……」


 そのイチノジョウがここにいたら、とか思ってしまった。


 間違いなくシーサイドダックより焼くに立ったのに。


「おめー」


 シーサイドダックが半眼になる。


「なーんか失礼なこと思ってねぇか? 言っておくけどよぉ、ウチだってダテに長く生きてねぇぞ」

「それよりこうしている場合?」


 イアナ嬢。


「ラ・プンツェルが悪魔や魔物を呼べるのなら時間を与えるほど仲間を増やしてしまうかもしれないってことよね? もしそうならあたしたちじゃ対処できなくなるわよ」

「ちょい待て」


 俺は疑問に思ったことをシーサイドダックに訊いた。


「俺たちが戦ったスライムは狩人の一人が召喚していたんだが?」

「あいつが魅了した時に召喚の力を与えたんだろうよ。そうすりゃ自分のいない場所でも悪魔や魔物を呼び出せるからな」


 シーサイドダックが顔をしかめながら答えた。


 きっと内乱の時もそうやってラ・プンツェルに魅了された者が悪魔や魔物を召喚したのだろう。


 よく考えなくてもとんでもないな。


 ただでさえ同じ国の人間同士で戦わねばならないのにそこに悪魔や魔物を投入するなんて地獄過ぎる。


 おまけにラ・プンツェルの側(正確にはラ・プンツェルが乗っ取っていた身体の持ち主マンディの父親グーフィーが大将)にはアミンたち竜人も味方についていた。それだけでも相当な戦力になっていたはずだ。


 そりゃ、王家もひとたまりもないな。王朝が変わるのもやむなし。


 よくまあプーウォルトたちも勝てたもんだ……て、そういやイチノジョウって管理者だったな。それなら悪魔に勝てるか。


 第二級管理者のマリコー・ギロックはすげぇ強かったし。


 ま、それでもラ・プンツェルを封印するので精一杯だったんだからやっぱり悪魔って油断できないよなぁ。



 *



 俺たちはキャンプ地の広場に戻ってきた。現在はテーブルを囲んでいる。


 狩人たちがスライムの餌食になったと知ってプーウォルトとシーサイドダックが残念がっていたが失われた命はどうしようもない。


 以前、ウサミミ少女が王都で死者を生き返らせていたがあれは例外中の例外だろう。何しろ彼女は生命の精霊王ファミマに守護されている特別な存在なのだ。俺たちのようなごくありふれた存在と一緒にしてはいけない。


 近くで戦いがあったからかシャルロット姫とギロックたちが目を醒ましていた。


 テーブルについた三人の前には目覚ましのお茶が用意されている。


 シャルロット姫はまだぎこちないが上品にお茶を飲み、ジュークはちびちびとすすっていた。


 ニジュウはこれでもかってくらい砂糖をぶち込んでいる。あれはもうお茶と言うよりお茶風味の砂糖湯だな。きっととんでもなく甘いはずだ。


「姫様、何か召し上がりますか?」


 リアさんが尋ねるとシャルロット姫は首を横に振った。。


「要らないでしゅ。ここで食べてしまうと後で食べられなくなりそうでしゅ」

「あ、それならシャルロットちゃんの代わりにニジュウが食べるっ」

「ニジュウ、遠慮しろ」


 ジュークが冷たい視線を向けるがニジュウは完全スルーだ。


 それをプーウォルトの頭の上に乗ったポゥが呆れたように見ている。


 プーウォルトはと言うと彼はとても幸せそうなオーラを全身から放ちながらシャルロット姫を見つめていた。すごーく危ない人である。てか騎士団に突き出したい。


 黄色い熊の仮面を被っているのに容易に表情が読めてしまう。こいつマジでロリコンか? ロリコンなのか?


 騎士団の皆さんこちらです!


 とりあえず被害者を出す前に捕まえちゃってください!


 ……なんてね。


「一応言っておくけどよぉ」


 俺の考えていることがわかるのか神妙な面持ちでシーサイドダックが告げた。


「シャーリーが亡くなった時、十七歳だったんだぞ」


 と、シャルロット姫を一瞥し……。


「あんなガキ……ちびっ子じゃなかったんだからな(プーウォルトに睨まれて言い直した)。誤解すんなよ」

「なるほど。で、プーウォルトの当時の年齢は?」

「二十二歳だ。別に驚くような年の差でもないだろ?」

「ふむ。ちなみにあんたは?」

「俺は長命種だって言ったろ。年齢なんて聞くんじゃねぇよ」

「……」


 実は当時から三桁いってたなんてことないよな?


 うわっ、何だか確認するのは怖そうだから止めとこ。


 俺はシーサイドダックからそっと視線を逸らした。


 目に付いたのはニジュウだ。


 お茶風味の砂糖湯の砂糖の山がさらに巨大に聳えている。


 ああ、ニジュウの奴またお茶に砂糖を追加してやがる。甘い物好きなのはわかるがさすがにあれは身体に悪いぞ。


 俺が注意しようと声をかけかけた時、急に探知が何者かの魔力を感知した。


「ん?」


 この魔力は……。



「おーほっほっほっほっほっほ」



 突然、いかにもって感じの若い女の高笑いが頭上から降ってきた。



 **



「おーほっほっほっほっほっほっほっほ」


 俺たちの頭上で黒いとんがり帽子を被り黒いローブを着た女が箒に股がって高笑いしている。


「……」


 その女には見覚えがあった。


 というかあれだ。


 こいつ、確かメラニア付きの宮廷魔導師じゃないか? 疾風の魔女ワルツとかいう。


 呪毒を受けて病気になったシャルロット姫を救うための特効薬の材料を採取するクエストで俺とイアナ嬢はこのワルツと出会っていた。


「……」


 てか。


 こいつ、こんな高笑いをするような奴だったっけ?


 ワルツを見上げながら俺がそんな疑問を抱いていると、同じことを思ったらしいイアナ嬢が訊いた。


「ねぇ、あなた疾風のなんたら?」

「……」


 ワルツが高笑いをするのを止めて黙ってしまう。


 重い沈黙。


 この状況につっこみを入れてくる勇者はここにはいなかった。本物の勇者であるシュナももちろんつっこまない。


 しばしの時を置いてやがてワルツが咳払いした。


 むっちゃ気まずいので俺は静観。


 黒猫が後ろ足で立った。


 なお、こいつテーブルの上に立ってます。行儀悪いですよね。


「ニャー?(お前メラニアんとこの魔導師だよな?)」

「ええ」


 ワルツが首肯した。


「いかにも、私はメラニア様付きの宮廷魔導師。人呼んで疾風の魔女ワルツ……て?」


 彼女は自分に声をかけてきた相手を認識したようで声を裏返した。


 再び沈黙。


 見つめ合うワルツと黒猫。


 先に声を上げたのはワルツだった。


「くくく黒猫っ! しかも喋ってる!」


 箒から落ちそうなくらい驚いている。おや、そんなに吃驚するとはちょい意外。


 俺はワルツのことをそれほど知っている訳ではないが少ない関わりの中で結構落ち着いているタイプではないかと分析していた。つーか何か怠そうでやる気のないイメージが強くてある意味落ち着きを通り越して無気力と言った方がいいのかもしれない。


「これは私へのご褒美かっ! 遠出なんてただただめんど……ゲフンゲフン大変だと思っていたのだがこれは来て正解だった」

「……」


 あ、喋り方が変わってる。


 ワルツが中空にくるりと円を描く。


 ふわり、と黒猫が宙に浮き上がった。


「ニャニャ?(ななな何だ?)」

「魔女に黒猫は必須。私の使い魔くんになるといい」

「ニャー?(こいつ何言ってるんだ?)」


 ワルツが実にいい笑顔で浮き上がった黒猫を捕まえようと両手を伸ばしている。


 ゲットする気満々だ。


 ニャーニャー鳴きながら黒猫がじたばたするがどうにもならない。


「あー猫しゃんが悪い魔女に捕まってしまうでふ」

「ダニーさん、アプダクションされそう」

「ニジュウ知ってる。これ、キャトルミューティレーション。前にマムが教えてくれた」


 シャルロット姫、ジューク、そしてニジュウ。


 シャルロット姫のカミカミが可愛いとか思ってしまったのはやばいのだろうか?


 それとジュークとニジュウ。


 俺も向かしお嬢様からアプダクションとかキャトルなんたらのことを聞いたことがあるぞ。


 あれだ、牛が誘拐されて体の一部を斬られたり血を抜かれたりしてその後死体で戻されるって奴だよな。うんうん知ってる知ってる。


 つまり、黒猫とはここでお別れか。


 いやぁ、いざお別れかと思うと寂しく……ならないなぁ。逆に清々するぞ。


「シャーッ!(おい小僧、何で笑ってるんだ! 助けろ!)」


 黒猫がマジトーンで怒鳴ってくるので俺はやれやれと肩をすくめた。


 しょうがないのでワルツと黒猫の間に起点を定め、結界を展開する。


 あとちょっとでワルツの手に届くという位置で黒猫が結界の壁に止められた。ギリセーフである。


「ニャ(小僧、良くやった)」

「むう、これでは私の使い魔くんにならぬではないか」


 ワルツが不満そうに唇を尖らせた。


 片手を上げ、くるくると指を回す。


「だがこの程度の結界、敗れぬと思ったか」


 パリーン。


 小気味良い音を響かせて俺の張った結界の壁が砕けた。


 金色の粒子をきらきらさせながら結界が消えていく。


 そして、再び上昇した黒猫をワルツがキャッチする。その表情はとても嬉しそうである。あいつあんな顔もするのか。


 眠そうなテンション低めの顔の方が印象強いからなぁ。


「ふふっ、これでこの黒猫くんは私の物♪」

「ニャー(おい離せっ、変なところ触るんじゃねぇっ)」

「ふふっ、良いではないか良いではないか」

「ニャーン(止めろ、止めろって……あぁ、そこはらめぇ!)」


 あ、ワルツの奴黒猫をもふってやがる。


 というか。


 あれ、黒猫の奴ワルツのこと知ってたのか?


 メラニアんとこの宮廷魔導師って言ってたけど……つーことはメラニアのことも知っている?


 おいおい、本当にあいつ何者(何猫)だよ。



 *



「先程は失礼した」


 広場のテーブルを囲んでの仕切り直し。


 しっかりと黒猫を抱いたワルツが頭を下げた。


「改めて挨拶させていただく。私はメラニア様付きの宮廷魔導師ワルツ。疾風の魔女とも呼ばれている」

「本官はこの森の管理を任されているプーウォルトである。ところで、貴殿はいかにしてこの森に入った?」


 プーウォルトは警戒心を隠そうともせずワルツを鋭く睨みつけた。


 その隣に座るシーサイドダックも目つきが八割増しで凶悪だ。


 さらにシャルロット姫の傍らに控えるリアさんまで表情が険しい。


 これは……ワルツはめっちゃ歓迎されてないぞ。


 質問への返答がなかったからかプーウォルトが語調を強めた。


「この森はアルガーダ王国北東部にあり特別な王家直轄領として厳重な結界の中にある。その出入りは厳しく制限されており許可無き者は入ってこれぬはずだ。それなのに貴殿は何故入って来れた?」

「それは」


 嫌がる黒猫を無視しながらワルツがもふりまくる。


「それは?」

「メラニア様のお導きのお陰だ」


 身を乗り出して訊いたプーウォルトにワルツが答えた。


 その手は黒猫のもふもふを堪能している。どうやら止める気はないようだ。


 そして、それに対抗するかのようにポゥを抱っこし優しくもふっているイアナ嬢。


「くっ、あたしでさえまだちゃんとダニーさんをもふれてないのに……で、でもポゥちゃんの方がもふもふしているものっ。ダニーさんが現れる前からポゥちゃんは真のもふもふ担当でもふもふのもふもふなんだからっ」

「……」


 イアナ嬢。


 別にポゥはもふもふのために一緒にいるんじゃないぞ。


 つーか何だその真のもふもふ担当って。


 俺は声に出してつっこみたいのをぐっと堪えた。


「メラニアお姉しゃんのお導きって?」


 シャルロット姫がこてんと首を傾げる。


 おおっ、頭の上に疑問符が並んで居るぞ。


 ワルツが答えた。


「殿下、メラニア様は世界の意思(ウィル)に選ばれし真なる聖女なのです。そこにいる紛い物とは違い正しき運命(シナリオ)を見通す力を持っています。そのメラニア様がこのランドの森に災厄が復活すると予言されました」

「しゃいやく?」


 シャルロット姫の頭上に疑問符が増えた。


「まあ確かにあいつは災厄だな」


 シーサイドダック。


「ふむ。運命(シナリオ)を見通す力か。まるでイチノジョウのようだな。そんな存在がそうそう現れるとは思えぬがラ・プンツェルの封印が解けたことを考えるとあながち嘘という訳でもない……のか?」


 プーウォルトはどうやら納得しかけているようだ。


「へぇ、あの女がそんなこと言ってたんだ。なーんか嘘くさいわよねぇ。まあ別に聖女云々はどうでもいいんだけどあの女にそんな力があるなんてとても信じられないわぁ」


 イアナ嬢がむっちゃ感じの悪い女になってる。


 あ、こいつメラニアが必要以上に評価が高くなりそうだからって焦ってるな。


 メラニア大っ嫌いだもんなぁ。


「いっそ彼女が直接ここに来て災厄を何とかしてくれれば良かったんじゃないかな? 真の聖女なんでしょ?」


 シュナも感じ悪くなってる。


 うん、こいつもメラニアが嫌いだもんな。


 次代の聖女と勇者の態度が悪いのを見てワルツの顔に怒りが……なかった。


 一切の怒りを感じさせず、むしろまだ黒猫を手に入れた喜びに……いやいや、まだ黒猫はこいつの物になってないぞ。ただ単に捕まえているだけじゃないか。


 というか、黒猫の実力ならワルツなんて簡単に振り払えるんじゃないのか?


 それなのに何故そうしない?


「ニャー(くっ、弱体化なんてしてなければ……それにこいつ、魔力で俺を抑えてやがる。あとこのもふりテクニックはやばい。やば過ぎる。ただでなくても気合いが入らないのにどんどん気が抜けていくっ。あっ、らめぇ)」

「……」


 どうやらいろいろと黒猫にとって不利な要素が重なっているようだ。


 やむなし。


「わぁ、ダニーさん陥落しかけてる」

「あの魔女、恐ろしい子」


 ジューク、ニジュウ。


 おかしい、二人がさして慌てている様子も恐がっている様子もないようにしか見えないのだが。


 あれ、言葉だけだと焦ってたり恐がっていたりしているはずなんだけどなぁ。


「ポゥ」

「……」


 ポゥが何だか「やれやれ」と肩をすくめているように見えたのだが……俺、疲れてるのかな?



 *



「まあ、ともかくだ」


 場がすっかりぐだぐだになってしまったがそんな雰囲気とは無関係にワルツが宣言した。


「私がここに来たのは災厄を未然に防ぐためだ。いや、別に君たちの協力は期待してないよ」

「……え?」


 シーサイドダックが目を丸くした。


「おめーウチらの力を借りずに戦う気か?」

「戦う、か。なるほどなるほど」


 ワルツが自分の顎ではなく黒猫の喉を撫でた。


 ゴロゴロと黒猫が喉を鳴らす。


 その直後すっげえ恥ずかしそうにしてやがんの。


 所詮は猫だな、ぷぷっ。


 とか内心笑ってたら黒猫に睨まれた。何故バレた。


「ニャッ(ちっ、マジで本来の力さえ出せればこんな女なんかに)」


 黒猫がぶちぶち言ってるがワルツはにこやかなままだ。絶対聞こえているはずなんだがなぁ。


 とか俺が思っていると黒猫が髭をピンとさせた。


 ニャーニャー騒ぎながらワルツの腕の中でじたばたしだす。


「おや、さっきより抵抗が酷くなってるね。どうしたんだいマイ使い魔くん」

「ニャーッ!(おい、この感じはやばいぞっ、これは洒落にならねぇくらいやばいっ!)」

「わわっ」


 暴れる黒猫の尻尾がワルツの顔面に当たり、驚いた彼女は黒猫を逃がしてしまう。


 素早くワルツから……いや、ワルツどころかテーブルからも離れた黒猫が俺たちに叫んだ。


「ニャー!(早くそこから離れろっ!)」


 次の瞬間、空から降ってきた一筋の光がワルツを貫いた。



 **



 ジュッ!


 そんな短い音とともにワルツが消失した。


 不思議なのは彼女の座っていた椅子とか彼女のいた位置の地面とかテーブルとかは一切無傷だったということ。


 幾ら何でも人的被害だけというのはあまりにもご都合主義的なんじゃないか?


 まあそういうものだと言われてしまえばそれまでだが。


 俺たちの間に一気に衝撃が走った。


 俺の背筋もぞわわっと冷たくなる。


 アミンが悲鳴を発したのを皮切りに動揺する声が広がった。


「きゃあああああああああっ!」

「ななな何でしゅかっ、悪い魔女しゃんがいきなり消えましゅた」

「姫様、とりあえず落ち着いてください」

「敵襲。ジューク頑張るっ」

「ニジュウのドラちゃん射出。空中待機」

「ああああたしも円盤……」

「いやグランデ伯爵令嬢は結界でしょ。結界張って」

「これは……新手か」

「また誰かを下僕にしたのかよ。マジであいついい加減にしろよな」

「ポゥ」

「ニャー(宮廷魔導師も一撃か。やるな)」


 口々に騒ぐ一同の声を聞き流しつつ、俺は探知を使いながら空に向かって拳を突き上げる。


 マジンガの腕輪に魔力を充填。


 チャージ。


 俺の探知が拾ったのは上空に浮かぶ大きな魔力反応が二つと小さめの魔力反応が……あ、これ多いな。


「団体さんで攻めて来やがったぞ」


 シーサイドダックが空を見上げながら言った。


 彼の探知も襲撃者たちの魔力反応を感知しているようだ。


「まあ我々をどうにかしないとランドの森から出られぬからな」


 空を見ながらプーウォルトが目を細めた。


 俺は尋ねた。


「どういうことだ?」

「言葉道理だ」


 プーウォルトは空から目を離さない。


 上空に無数の小さな黒点が現れた。それがどんどん大きくなっていく。


 確かに団体さんだ。


「あの内戦の後、イチノジョウが封印した強欲のラ・プンツェルをそのまま王都で管理することはできなかった。あいつはあまりにも危険だからな。そこで複数の術者とマジンシアで開発されたという遺失技術(ロストテクノロジー)を用いて国の末端であるこの地に……おっと」


 上空から撃ってきた光線をプーウォルトが椅子を倒しながらの後ろ飛びで避ける。かなり無茶な動きだ。やるな。


 かなりぎりぎりだったのでプーウォルトの頭に乗っかっていたポゥがすげぇビビってる。


 それがちょい面白くて不謹慎にも笑ってしまった。すまん。


「ポゥッ!」


 ポゥが抗議してくるが震え声のためあんまり恐くない。むしろ可愛いかも?


「姫様がいる場に攻撃してくるとはいい度胸ですね」


 リアさん。


 言葉遣いは丁寧だし表情も冷静さを感じさせるけどその身から漂わせているどす黒いオーラがががが。


「リア、大丈夫でしゅ」


 ちょい怯えた様子だけどシャルロット姫の言葉には力強さがあった。


「きっとジェイが何とかしてくれまふ」

「……そうですね」


 ニッコリ。


 これこの上ない聖母のような微笑みでリアさんがシャルロット姫に笑いかける。


 て。


 おいおい、俺に過度な期待はやめてくれよ。


 もし万が一のことがあったらどうするんだよ。責任なんて持てないぞ。


 つーか、こっち来た時みたいに転移できるんだし避難しろよ。


「リアさん、ここは危険なんでどっかに転移で避難した方が」

「私、ジェイが敵を全部やっつけるところを見たいでしゅ」

「だ、そうですけど」

「……」


 え。


 マジか。


 俺がリアさんをじっと見つめると彼女はこくんとうなずいた。


 そして、グッと親指を立てて見せる。


「姫様のご期待を裏切らないでくださいね♪」

「……はい」


 俺に拒否権はなさそうだった。


 敵がどんどん接近してくる。


 散発的に光線が撃たれるが俺たちは全て回避した。


 距離もあるし精度もそれほど高くないので避けるのは楽だ。もしかしなくても最初の襲撃の時より下手クソな攻撃かもしれない。撃ってるの誰だ?


「あいつが下僕に選ぶとしたらこのあたりじゃ森の外れに住んでる連中くらいだよな」


 シーサイドダックがプーウォルトに訊いた。


「そうだな」


 プーウォルトが首肯する。


「だが、それにしたところで森に入ってきた人間の中からしか選べぬだろう。ラ・プンツェル自身はこの森から出られぬからな」

「近隣住民はこの森に入れるんだね」


 シュナ。


 彼は聖剣ハースニールを構えいつでも技を発動できるようにしている。


「まあ一応な」


 シーサイドダックが指をささっと振ると中空に地図が現れた。


 どうやらこの森とその付近の地図らしい。


 ランドの森は東西に広がるほぼ横長の楕円形となっており、このキャンプ地の直近に町も村もないが、森の外にはあった。ただし、そのいずれも大したことない規模だ。住民はそれほど多くはないと予想できる。


「こんだけの大きさの森を抱えているんだ、相応に森の恵みを得たいと思うのが人情だろ? だから封印されたラ・プンツェルをこの森に隠す時付近の住民だけは森に入れるように魔法的選別を施したんだ」

「魔法的選別?」


 俺が問うとシーサイドダックが自慢げに胸を張った。


遺失技術(ロストテクノロジー)で住民の血筋をチェックできるんだ。すげぇだろ? この遺失技術(ロストテクノロジー)のお陰でよそ者は一歩たりともこの森に踏み込めねぇんだよ。んで、出入りはウチとプーウォルトが管理している」

「……」


 俺はプーウォルトとシーサイドダック以外の全員を眺めてから再びシーサイドダックに向いた。


「無関係の人間がここにいるんだが?」

「そりゃ、例外はあるだろ」


 シーサイドダックが顔を顰めた。


 ちなみにこうして話している間にも光線が降っているのですがそのいずれもリアさんが亜空間にポイしています。


 うん、だったら最初からポイして欲しかったです。


「うふふっ、ジェイさんお話が終わったら私のサービスタイムは終わりにしますからね。ちゃんと状況説明を聞いておいてくださいね♪」

「……」


 あ、うん。


 これってサービスタイムだったんだ。


 若干戸惑いつつも俺はシーサイドダックの話に耳を傾けた。


「ウチらが許可していれば近隣住民やその血筋じゃなくても森に入れるんだよ。じゃねぇと他所から人間を連れてきて訓練なんてできねぇだろーが」

「あ、あのー」


 アミンがおずおずと片手を上げた。


「アミンたちは許可とかないのに入れたんだけど」

「んなもんウチが知る訳ねぇだろッ!」


 シーサイドダックが吠えた。


 アミンがびくっとするのを横目にリアさんが答える。


「きっとそれはマリコー・ギロックが女神プログラムに改竄をしていたそうですのでその影響かと」

「……わぁ、すげぇ迷惑。そんなんアリか」


 シーサイドダックが信じられないといった顔をするが俺は何となくそういうこともあり得るのかもしれないと思った。


 いや、マリコーはいろいろやらかしているしそれにこの世界結構ご都合主義がまかり通っているからね。


 シュナの聖剣ハースニールとかハースニールとかハースニールとか。


 俺が聖剣ハースニールをじっと見ていたらシュナに怪訝な顔をされた。


「え、何?」

「いや、気にしないでくれ」

「?」


 敵の姿がはっきりしてきた。


 と、同時に聞こえてくる天の声。



『警告! 警告!』


『これよりランドの森エリア・キャンプ地にて中ボス「魔法狩人(マジカルハンター)ワルサー」戦を開始します』


『勝利条件 ワルサーの撃退』

『完全勝利条件 ワルサーの撃破』

『敗北条件 プーウォルト、シーサイドダック、シャルロット姫の死亡』


『なお、この戦闘中に戦闘不能となった冒険者には以降の冒険に著しいペナルティが課されます。ご注意ください』



「……」


 おいおい、相手名乗ってないのに名前がバレちゃってるぞ。


 つーか、ワルサーって誰?


 いやまあどうせラ・プンツェルに魅了された奴なんだろうけどこれまで全く俺たちと絡んでないよね?


 そういうのがいきなり現れて中ボスってどうなの?


 あと、魔法狩人(マジカルハンター)って……。


 何だろう、これといって理由はないんだけど何となく可愛く変身する女の子の姿が思い浮かんじゃったよ。本当に何故なのかわからないけど。


 それにワルサーって名前。


 飛び道具とか泥棒の三代目とかのイメージがあるんだよね。これもどうしてそんなイメージに繋がるのか上手く説明できないんだけど。


 強いて言えばお嬢様にいろいろ教わっていたからかな? 蓄積した知識のせいとか?


 わぁ、つっこみどころ多くて目眩がしそうだよ。まあ致死以外の状態異常無効があるから実際には目眩はしてない……あ、くらっときた。これは有効なのか。


 とか俺が思っていると……。


「トゥルーライトニングエンジェルロングショット!」

「クイックアンドデッド!」

「行けドラちゃん! ハイパードラゴンランススロー!」

「ううっ、射程的にきつい。でもバンちゃん頑張れ!」


 敵をはっきりと視認したからかシュナたちが一斉に攻撃し始める。


 まあシュナとイアナ嬢はいい。あいつら割と普通に遠距離の相手に攻撃できるし。


 ジュークのバンちゃんだって万能銃なんだし遠くの敵を狙ってもおかしくないだろう(射程的にきついとかジュークが言ってたのは聞かなかったことにします)。


 だがニジュウよ、さすがに投擲で上空の敵を撃つのはどうなんだ? いくらギロックでも筋力的に無理がないか?


 てことで、命中するとしたらニジュウ以外の誰かだろう。そう俺は踏んでいた。



 ところが。



「あ、ニジュウしゃんの槍が敵を貫いたでふ」

「他は届かなかったり届いても威力が足りなかったりしてたのに……チビの癖にやるわね」

「うーん、ギロック侮り難し、ですね」

「ふむ、早くも特訓の成果が出たか」

「いやさすがにそれは早過ぎだろ」

「ポゥ」

「ニャー(くっ、俺も攻撃しておくんだった)」


 シャルロット姫、アミン、リアさん、プーウォルト、シーサイドダック、ポゥ、そして黒猫。


 シュナとイアナ嬢とジュークはこの結果にぽかんとしている。


 ニジュウだけが嬉しそうにはしゃいでいた。


 あ、うんすっごい嬉しいのはわかるよ。


 そうだね、小躍りとかしちゃうよね。


 でもまだ戦闘中だから気を抜かないで。



『お、お知らせします』


『ランドの森エリア・キャンプ地にて中ボス「魔法狩人(マジカルハンター)ワルサー」がニジュウちゃんに討伐されちゃいました(汗)』


『ニジュウちゃんの器用度に20㌫のボーナスが加算されました』

『ニジュウちゃんの敏捷度に20㌫のボーナスが加算されました』


『完全勝利条件クリアボーナスとして弓(?)を手に入れました』

『完全勝利条件クリアボーナスとして指輪(?)を手に入れました』

『完全勝利条件クリアボーナスとして靴(?)を手に入れました』


『ニジュウちゃんに称号「意外性超スゴイお子様」が授与されました』



「……」


 あ、あれ?


 これで終わり?


 気がつくと敵がどんどん遠ざかっていた。


 俺の探知で強く反応していた内の一つはどうやらワルサーだったようだ。まあ中ボスだったのだからそれはいい。


 問題はもう一つの反応だ。


 ラ・プンツェルじゃなかったのか?



「疑問に思っておるようでおじゃるな」



 突然背後から声をかけられ俺は一瞬ギョッとした。


 振り返るとドジョウ髭の精霊王がいた。まあ独特な喋り方だしそうだろうとは予想してたけどね。


「時空の精霊王リーエフ」

「どうもでおじゃる」


 気安く挨拶したリーエフの隣にはもう一人見知らぬ男がいた。


 黒髪を肩まで伸ばした気弱そうな十代後半くらいの若い男だ。ファストやリーエフが着ているようなひらひらした薄い布を身に纏っている。


 そして腰には長さの異なる二振りの剣を吊していた。マリコーの一件で戦ったあの刀使いの武器に似ているな。


 緊張しているのか声を上擦らせながら男が挨拶してくる。


「こ、こんにちは」

「……こんにちは?」


 誰だこいつ?

 

 

 


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