村の現実と、まず一歩
「村長様……まさか、本当にお一人で来られるとは……!」
村の入り口で出迎えてくれた初老の男は、両手を強く握りしめながら感無量の表情を浮かべていた。名前はバリオと言うらしい。この村のまとめ役的な立場だそうだ。
彼に案内されるまま、村を見て回る。
……予想以上にひどい。
屋根が抜け落ちた家が三軒。まともに暮らせそうな家はせいぜい二つ。家畜はいない。畑は草が伸び放題。住人は老人ばかりで、総勢十五人にも満たない。
「若者はどうしたんです?」
「……三年前の魔獣騒ぎで、村の半数が町へ逃げ出しました。残ったのは、ここでしか生きられない者ばかりです」
魔獣。ああ、やっぱりファンタジー世界なんだなと実感する。スキルも剣技もない自分が、そんな世界に来てしまったことに、軽く絶望しかけた。
「村長様には、神より授かった“導き”があると……」
「導き……というのが“経験”のことなら、営業畑で揉まれただけですよ。特別な力なんてありません」
はっきり言った。けれど、バリオは穏やかに笑った。
「それで十分です。私たちには“動ける人”が必要なのです」
その言葉は、妙に胸に響いた。
しがない会社員人生だったが、どれだけ無茶な要求でも、とにかく動いて動いて、なんとかしてきた。理不尽な取引先も、情に訴えて契約を勝ち取った。社長に叱られても、自分の数字だけは落とさなかった。
「……よし。まずは水と食料の確保からだな」
「はい?」
「水源の位置と畑の状況、見せてください。修復できそうな家屋も確認したい。あと、人の得意不得意も知りたい。戦える人、料理できる人、物作れる人……この村の“資源”を把握しないと」
自分でも驚くほど自然に、体が動いていた。
――あの頃、あの会社で、死に物狂いで覚えたサバイバル術が今、ここで生きている。
水源は村の西にある小川。幸い水質はきれいで、簡易の濾過装置を作れば飲用も可能。畑は手入れされていないが、土は悪くない。作付けを工夫すれば、まずはジャガイモや豆類が育つ。
バリオの息子、ヨエルは木工が得意。リリアという女性は薬草に詳しく、簡単な調合ならできるらしい。農具も少ないが、使えそうな鍬とスコップはあった。
「うん、いける。いけますよこの村。土も人も、まだ生きてる」
「……村長様、本当にそう思われますか?」
「俺、もう“死にかけた職場”を何度も見てきたんです。人が希望を失ってる場所。でも、それでも生き残れる会社もあった。なら、この村だって絶対やれます」
自分でも驚くほど前向きな言葉だった。
これは現実逃避じゃない。逃げ場だったはずの異世界が、今は希望に見える。
俺はやる。やってやる。この村を立て直して、ここで生きていく。
第二の人生は、ここからだ。