5話 風を裂く牙、そして覚醒の“天騎眼
「位置について……始めっ!」
審判の魔法陣が閃くと同時に、翔也はグリュンバルトのタテガミを握り、叫んだ。
「一気にいくぞ、グリュン!」
『了解、翔也!』
前脚が地を蹴る。後脚が爆発のように砂を巻き上げた。
一瞬でトップスピードに到達。だが――
「……っ!」
対峙するミナと彼女の騎馬“ナグファル”は、それすらも超えていた。
(今の馬体バランス……初速から限界ギリギリの加速だ)
グリュンバルトと並走していたはずのナグファルが、まるで“風に溶けるように”翔也たちの前に出る。
「くっ――この速度差!」
槍を構えたミナが、静かに呟く。
「――先手、もらう」
風を断つ鋭い突き。
翔也は馬体を捻り、紙一重でかわす――が、ミナの攻撃はそれだけではなかった。
突きがかわされた瞬間、ミナは鞍の上で跳躍するように身体を反転させ――
「影爪脚」
ナグファルの後脚が、斜め後方から翔也を狙って打ち込まれる!
「ぐっ!」
グリュンバルトが蹄で受け、翔也は鞍から半身飛びかける。
だが次の瞬間――彼の目が、青白く光った。
(……見える)
風の流れ。蹄の角度。ミナの肩の動きと呼吸のリズムまでも。
「これが……“天騎眼”!」
全感覚が拡張される。音、気配、空気の圧――すべてが手に取るように理解できた。
『翔也、行くぞ!空へ――!』
「――ああ!」
グリュンバルトが全身をたわませ、一気に跳ぶ。
その瞬間、白銀の翼が解放され、グリュンバルトが空へ舞い上がる!
観客席がどよめき、ミナが目を見開いた。
「空中戦だと……!」
だが彼女も即座に対応する。ナグファルが砂煙を巻き上げ、短距離スプリントで空中の翔也を追う。
翔也は空中から叫ぶ。
「いくぞ――“翔破連槍”!」
グリュンバルトの飛行軌道を活かした、回転突き三連発。
風を纏った槍が、目にも留まらぬ速さでミナを襲う。
その一本が、ミナの槍を吹き飛ばした。
そのまま翔也は地に降り、ナグファルの目前に着地。
「――……勝負、ありだな」
静寂が場を支配した。
ミナは槍のないまま、翔也をまっすぐ見据えたあと――静かに頭を下げた。
「……私の、負けだ」
―勝者の名は、翔也!
静まり返った観客席――
だが、次の瞬間、その静寂は爆発した。
「な、なんだあの動きは……!」
「馬が……飛んだ?いや、空を“駆けた”ぞ!」
「伝説の“飛翔馬”か!?いや、あれは――それ以上だッ!」
ざわめきが歓声に変わる。魔法スクリーンに映る翔也の姿が、何度も拡大される。
リュシエル姫は唇を噛みながら、それでも目を逸らさなかった。
(……すごいわ、まさかあそこまでの戦いを見せるなんて)
ミナの“影爪脚”は、王都騎士団でも防げた者は数えるほどしかいない。
けれど彼は――翔也は、真正面から受け止めて、なお勝った。
「……ちょっと、カッコよすぎじゃないのよ」
誰にも聞こえない声で、ポツリと呟く。
一方、神殿の高台から試合を見守っていたセラは、目を伏せるようにして両手を組んだ。
「風の導きを受けし者……やはり、選ばれし存在だったのですね」
巫女としての直感が、確信に変わる。
(あの人なら……乗りこなすかもしれない)
彼女の胸に、騎王の神話と、遥か古代に語られた“契約の儀”がよぎった。
場内に戻る。ミナはナグファルの首を軽く叩き、静かに翔也へと歩み寄る。
「……アンタ、本当に“強くなってる”ね。前に見たときとは、別人みたいだ」
「そっちこそ。あの一撃、ガチで落馬するかと思った」
翔也が苦笑すると、ミナはクスリと笑って――言う。
「私、あんたのチームに入る!」
「えっ、あ、うん!?いいの!?マジで!?」
「……なによ、その反応。不満?」
「いや、全然嬉しいけど、えっ、そんなにあっさり!?っていうか俺ハーレム化してない?」
「気づくの遅い」
呆れたように言うミナの横で、リュシエル姫がズカズカと近寄ってくる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!アンタ、また一人で戦って勝っちゃって!」
「え、いや、戦ったのはグリュンと……」
「そのグリュンに乗ってたのがあんたでしょ!……もう!」
頬を赤らめてぷいっと顔を背ける姫。
そしてセラも静かに加わる。
「ミナさんが加わるなら、私も正式にサポートに回ります。……この戦い、もっと先へ進めるために」
こうして――
相馬翔也、騎馬戦大会一次予選、堂々の突破。
彼の名は、“飛翔の天騎”として、王都中に轟くことになる。