4話目想いと想い
決戦前夜、秘めた想いと静かな鼓動
夜の王都。空は深い藍色に染まり、星々が静かに瞬いていた。
騎士学院の一角、特別訓練場。
翔也は、槍を構えたまま、汗を拭いながらグリュンバルトの背から降りた。
「ふぅ……今日もギリギリの調整だったな」
『お前のタイミング、かなり良くなってきたぞ。もう少しで“騎神の型”が見えてくる』
「いやいや、俺はまだ“天才ジョッキーっぽいだけのド素人”だからな?」
苦笑しながらも、内心では確かな手応えがあった。
槍の先端に走る風の感覚、グリュンバルトとの一体感。自分でもわかるほど、何かが“噛み合って”きていた。
その時、不意に背後から足音。
「……遅くまで残ってるのね」
声の主は――リュシエル姫だった。
トレーニング服のまま、肩に小さなタオルをかけ、額にうっすら汗を浮かべている。
「姫さまこそ。まさか見回り?」
「見回りもあるけど……あんたが無茶してないか、確認しに来ただけよっ」
ぷいっとそっぽを向きながらも、耳がほんのり赤い。
「……心配してくれてんのか?」
「ち、ちがっ、べ、別に心配なんてしてないわよ!? ただ、負けられない戦いなんだから、せめて全力で出てほしいだけ!」
「それ心配って言うんだよ、リュシエル姫」
「なっ……!」
姫は顔を真っ赤にして、怒ったように拳を振り上げ――しかし、直後にふっと力を抜いて、ため息をついた。
「……バカ」
静かに、風が吹いた。
二人の間に、数秒だけ、心地よい沈黙が流れる。
「明日の相手、ミナ・グレイスって知ってる?」
「うん、噂では。獣人族最速の騎士――でしょ?」
「そう。しかも、過去二期連続で個人戦のMVP。馬術だけじゃなく、反応速度も規格外」
「……やっぱ強敵か」
翔也がぼそっと呟くと、姫は小さく首を横に振った。
「“強敵”じゃないわ。“化け物”よ」
「お、おう」
「でも――あんたなら、勝てるかもしれない。……そう思ってる」
「……根拠は?」
「……直感?」
「それ、根拠になってなくない?」
「でも、私の直感ってけっこう当たるのよ?」
にっと笑う姫。翔也は、その表情が、いつもの気丈な姿よりもずっと柔らかくて、ちょっと見とれてしまった。
「……なに、見てるのよ?」
「え、いや、その、なんか“かわいいな”って思って……って、今のナシナシナシ!!」
「なっ……/// ……ば、バカっ!」
姫は真っ赤になって、踵を返して走り去っていった。
その背中が夜に溶けていく頃、翔也は槍を見つめた。
「……行くぞ、グリュン。明日は、勝つ」
『ああ――勝ってみせよう、“空を駆ける騎士”としてな』
──決戦前夜。想いと想いが交差する、夜だ