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朝、風は王都へ吹く


朝、風は王都へ吹く


 朝靄が草原の村を柔らかく包む中、翔也たちは長屋の一角に設けられた食事処に集まっていた。

 土壁の小さな囲炉裏の上では鉄鍋が静かに湯気を立て、焼き上がったばかりの草原パンと、香ばしい干し肉の香りが室内に広がっていた。


「おはよう。……まだちょっと眠たいけど、美味しそうだな」


 リュシエルが欠伸を噛み殺しつつ、パンを手に取る。彼女の金髪が朝日を受けてやわらかく光る。


「このスープ……薬草が入ってるわ。体があったまる」


 セラは匙を静かに口に運びながら、小さく微笑んだ。ルーメイルたちも外で干し草をはむ音を立てている。


「このパン、サクサクしてる。……好き」


 ミナはナグファルに朝の挨拶をしてから戻ってきて、尻尾を揺らしながらパンを頬張る。獣人の少女らしく、鼻が利くのか、焼き加減の違いを見抜いて次々に手を伸ばしていた。


 翔也は、温かなスープを口に含みながら、皆の様子を見渡す。


「……ほんと、こういう朝が悪くないな」


 素朴だが、心の底から温まるような朝食。

 テーブルの上には野草のサラダ、干し果実の蜂蜜漬け、小さな卵を焼いたものも並び、それを囲んで仲間たちは静かに笑い合っていた。


「帰る前に、こうやって一緒に食べられてよかった」


 セラの言葉に、翔也も小さく頷く。


「また来よう。この村、きっとまた変わらず迎えてくれる」


 食事を終えた後、村の子どもたちが駆け寄ってきて、彼らに小さな花飾りを手渡した。


「お兄ちゃんたち、また来てね!」


 それは、旅立ちの朝にぴったりな、優しくて温かな始まりだった。


 食事を終えると、それぞれが静かに荷物をまとめ始めた。

 宿舎の裏手では、村の若者たちがグリュンやナグファル、ルーメイル、アリュードに水を飲ませ、たてがみを整えてくれている。


「準備、できたか?」

 翔也は鞍を締め直しながら、仲間たちに声をかけた。


「うん。補給も終わったし、あとは出発するだけね」

 リュシエルはアリュードの馬具を軽く点検しつつ、胸元の腕輪にそっと指を添える。


「この村、静かだけど……なんだか、あったかかった」

 ミナはナグファルの脇腹を撫でながら、小さく呟いた。隣では、昨日仲良くなった獣人の少女が彼女に手作りの香草袋を渡していた。


「……また来る」


 ミナは短く言い、少女と指先をそっと合わせる。


 セラは村の長老に頭を下げていた。

「ご親切、感謝いたします。この地の精霊たちも、優しく微笑んでいました」


「また戻ってきなされ。今度は、もっと長く滞在してくれてもええんじゃよ」

 長老はにこにこと目を細め、ルーメイルに干し草の束を手渡す。


 馬に跨った翔也たちは、村の見送りの列に手を振りながら、ゆっくりと草原の出口へと進んでいく。

 風は穏やかに吹き、空には白い雲が広がっていた。


「王都へ戻ったら、まずは学院に顔出して……それから、次の準備か」


「ほかのチームの動きも気になるしね」

 リュシエルが少し鋭い目をしながら言うと、翔也は頷いた。


 やがて、村が小さく遠ざかっていく。

 誰もが振り返ることなく、しかしそれぞれの胸にあの朝の香りと温もりを残して。


 翔也は鞍の上でひとつ息を吐き、グリュンのたてがみに手を伸ばした。


「……行こう、グリュン。まだまだ俺たちの旅は続く」

「そうだな翔也」

 グリュンが鼻を鳴らし、力強く蹄を踏み出す。

 仲間たちの馬もそれに続き、草原を抜け、王都へ向かう街道へと走り出した



 その夜、翔也たちは王都へ続く街道沿い、小さな丘の麓で野営することにした。

 夕焼けの残照が地平を赤く染め、焚き火の火がパチパチと乾いた音を立てている。草原を渡る風は涼しく、木々のざわめきと馬たちの静かな嘶きが耳に心地よかった。


「今日はここまでだな。だけど王都には近づいてきただろ。」

 翔也がグリュンの鞍を外しながらそう言うと、馬は満足そうに鼻を鳴らして丘の斜面に座り込んだ。


「ふぅ、歩いた分だけ足が軽くなる……なんてこと、あるわけないよね」

 リュシエルはくたびれた表情で荷をほどきながらも、どこか楽しげだった。


「けど、旅も悪くない」

 ミナがぼそりと呟き、ナグファルのたてがみに指を通す。


「この風、きれいですね」

 セラがルーメイルの横に座りながら、目を閉じてそっと耳を澄ませた。祈りにも似た静寂の中、焚き火の火は赤く、ゆらゆらと空に向かって揺れている。


「明かりがあるだけで、安心するな」

 翔也が火のそばに腰を下ろすと、ミナも黙って隣に座り込んだ。少し間をおいて、リュシエルとセラも続く。


 鍋の中では野菜と干し肉を煮込んだスープがくつくつと音を立てていた。リュシエルが味見して、うん、と頷いた。


「もう少しでできるわよ」

「早くできないかな。尻尾が腹減ったって言ってる」

「それ、ミナ本人の台詞よね?」


 笑いが生まれる。焚き火の温かさと、仲間の存在が夜をやわらかく包み込んでいた。


 スープとパンを配り終えると、誰ともなく空を見上げた。星が、まるで息をするように瞬いている。


「……帰ったら、騎馬戦大会の本戦か」

 翔也がつぶやいた。


「準備はしてきたつもりだけど……少し、緊張します」

 セラが言うと、リュシエルがパンを齧りながら応えた。


「大丈夫よ。これだけ動いたんだもの。どんなチームが来たって、今の私たちなら戦える」


 翔也は火を見つめながら、少しだけ笑った。


「……そうだな。みんながいてくれるなら、きっと大丈夫なんだろ。」


 焚き火の炎が、4人と4頭の影を長く伸ばす。

 夜はまだ深く、そして優しかった。



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