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19話 旅のおそろいと、仮面の出会い


 レヴァインの市場は、朝から晩まで喧騒が絶えない。  交易都市らしく、異国の香辛料、珍しい果物、魔術の触媒などが所狭しと並び、人々の声と音が街中に満ちていた。


「うわ、ここめっちゃ人多いな……」  翔也はグリュンの手綱を引きながら、周囲の人波に圧倒されつつ歩いていた。


「これだけ商人が集まると、見たことないものばかりね」  リュシエルは目を輝かせて周囲を見渡し、セラとミナもそれぞれに興味深げな露店を覗いている。


 そのときだった。  喧騒の端、妙に静かな一角に、ぽつんとひとつの屋台があった。  まるでそこだけ音が吸い込まれているような、不思議な空間。


 引き寄せられるように、翔也はその屋台へと足を向けた。


 店の奥には、一人の女性が立っていた。  黒と紫のマントを纏い、銀の仮面で素顔を隠している。  ただの行商人には見えない、異様な気配。


「……お兄さん、なかなか面白い風を連れてますね」  仮面の女が、ふわりと笑うような声で言った。


「風?」


「風は未来の匂いを運ぶんですよ。ほら、これ」  彼女はそっと、銀に淡く光る腕輪を差し出した。


「綺麗……だけど、これって何かの魔具か?」


「いいえ。これは、ただの飾りです。何の力もありません。ただ……綺麗なだけ」


「なんでそれを、俺に?」


「貴方はきっと、“それが何もない”という意味を、いつか知ることになる」


 翔也は、少し迷ったが――その腕輪を受け取った。


「代金は?」


「お代はひとつ。貴方の旅の行方、少しだけ見せてくださいな」


 そう言って、女はふわりと仮面の奥で笑ったようだった。


 その場に戻った翔也を、ミナが怪訝そうな目で見る。 「何それ。新しい装飾?」


「なんか……変な人から、もらった。意味はよく分からない」


「それ、ただの腕輪よね?」


 リュシエルがそう言いながらも、少し不思議そうな目でそれを見ていた。


 そのとき、彼女はふと思い出したように小さな革細工の露店に足を向けた。 「翔也、ちょっとここ寄って」


「ん? なんだ?」


 リュシエルは無造作に小物の並ぶ籠の中から、シンプルな革製のブレスレットをひとつ手に取った。焼き印で小さく“風”の文様が刻まれている。


「さっきの腕輪が左手だったから、これは右手用。ちょっとバランス悪いなって思って」


「お、おう……。いや、それって……」


「別に意味はないけど。旅の記念ってことで」


 そう言ってリュシエルは微かに笑い、代金を払うとそれを翔也の右手に巻いてくれた。


 翔也は何とも言えない顔でそれを見つめ、少し照れくさそうに頭をかいた。 「……ありがとな」


「ふふん。ちゃんと大事にしなさいよ?」


 その様子を見ていたセラとミナが、じとりとした視線を送ってきた。


「……リュシエルさん、それは少し不公平ではありませんか?」  セラが控えめに問いかけると、


「私も、別に欲しいわけじゃないけど……そういうの、ズルいよな」  とミナも耳をぴくぴくさせながら口を挟む。


 リュシエルは一瞬ぽかんとしたあと、苦笑しながら追加のブレスレットをふたつ手に取った。


「はいはい、じゃあこれ。セラには“静寂”の模様、ミナには“爪痕”の刻印入り。似合いそうでしょ?」


「ありがとうございます。……大切にします」


「……ふん。まぁ、悪くない」


 小さなブレスレットが三人の手首でそろい、旅の記念に新たな色を添えていた。


 そしてリュシエル自身も、さりげなく最後の一本を自分の手首に巻いた。


「こういうのは、全員おそろいの方がいいものよ」


 四人の腕に、それぞれ違う刻印のブレスレットが光を受けてわずかに輝いていた。


 同じ時間を過ごした証のように。少し不思議そうな目でそれを見ていた。


「神殿の文様に、少し似ている……」  セラがそう呟いたのは、翔也だけが聞き取れるような声だった。


 銀の腕輪《無銘の輪》は、翔也の手首に静かに収まった。  ただの飾り。けれど、なぜか温かさを感じるその感触だけが、胸に残っていた。


  その夜、夕食の席で四人は揃って食事をとっていた。  煮込みスープに香草パン、地元の焼き野菜が並ぶ素朴な料理。宿の食堂は落ち着いた雰囲気で、窓の外には街の灯がぽつぽつと瞬いている。


「明日、本格的に剣術修行か」  翔也がスプーンを口に運びながらぽつりとつぶやく。


「レヴァインには実力者が集まると聞きました。きっと良い学びになるはずです」  セラが頷きながら、ハーブの香り漂うスープをすする。


「私は買い物かな」  リュシエルがパンをちぎりながら言い、ミナも隣で静かに頷いた。


「……あと、食べ物も美味しい」


 自然と笑いがこぼれる。食事とともに、旅の緊張も少しずつほぐれていく。


 湯気の立つ食卓で交わされたその会話は、次の物語の幕開けを予感させるものだった。


 その後、翔也は宿の部屋でベッドに腰を下ろし、腕輪を見つめていた。


「……なんなんだろうな、これ」


 グリュンが静かに鼻を鳴らした。


『気に入ったなら、持ってればいい。理由なんて後からついてくる』


「そう……かもな」


 何も起きない。ただの飾り。  けれどその無力さが、不思議と心を落ち着かせてくれる。


 翔也は目を閉じ、その夜、夢の中で再び“あの仮面の笑み”をぼんやりと思い出した。

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