15話 装備がショボいと実感したので一流の装備を求めて旅に出ます
「……やっぱ、もっと良い剣が要るな」
朝靄の中、翔也はグリュンのたてがみを撫でながら、ぽつりと呟いた。
先日の山賊との戦い――ザグルとの一騎打ちで、翔也の剣は幾度となく弾かれ、切っ先が砕けそうな場面もあった。
「技だけじゃ、限界がある。強い馬に、強い装備……全部揃って初めて、一流なんだな」
学院の食堂での昼食時、翔也は仲間たちに声をかけた。
「装備、そろそろ見直そうと思ってる。俺の剣もだけど……みんなはどう?」
「私は盾のバランスが最近悪い気がするの。そろそろ新調時ね」
リュシエルが自分の円盾を軽く叩く。
「私の法衣も限界が近いです。最近、魔力の伝導が鈍いんです」
セラは落ち着いた声で呟く。
「弓……じゃなくて、短剣。刃が少し歪んできてる」
ミナは小さな声で言ったが、視線は鋭く真剣だった。黒髪を風に揺らし、虎のような耳と尻尾がぴくりと動く。
学院の教官からも「大会に向けて装備の強化を進めるように」との通達が出ており、翔也たちは正式に装備遠征の許可をもらった。
出発前日、王都の厩舎と市場は活気にあふれていた。
翔也はグリュンの蹄鉄を専門の鍛冶師に見てもらい、蹄の削り直しを終える。
リュシエルは騎士団の倉庫で新しい練習用槍を受け取り、セラは神殿から貸与される護符を祈祷していた。
ミナは静かに革の小袋に短剣をしまい、翔也の隣に並ぶ。
「こういうの、久しぶり……なんだ」
「そっか。じゃあ、ちゃんと楽しもうな」
翔也の言葉に、ミナはほんの少しだけ微笑んだ。
彼らの馬たちも、それぞれの個性を光らせていた。
グリュンバルトはたてがみを風に揺らし、常に翔也の一歩先を見据えている。
リュシエルの愛馬アリュードは栗毛の美しい牝馬で、気品ある首筋としなやかな脚を持つ。歩く姿だけで視線を集める優雅さを備えていた。
ミナの馬、ナグファルは漆黒の毛並みに青い瞳を持つ静かな牡馬で、主に似て寡黙ながらも俊敏で力強い走りを見せる。
西方への街道は、王都の喧騒とは打って変わって、のどかな丘陵と緩やかな森が続く静かな道だった。
「空が広いなぁ。王都の塔より、ずっと見晴らしがいい」
リュシエルが馬上で背伸びをしながら、遠くの青空を見つめた。
「風も穏やかですね。グリュンも気持ち良さそうです」
セラが歩調を合わせるように、ルミレイアのたてがみを撫でた。
「……音が少ない」
ミナはきょろきょろと周囲を見渡していた。
「山賊が出そうって意味か?」
「違う。なんかこう……静かすぎると、落ち着かない」
翔也は苦笑しつつも、ミナのその警戒心に内心感謝していた。
途中、森の中で果実を採ったり、清流で休憩したりと、旅路は平和だった。
焚き火の残り香が薄くなり始めた頃、翔也はふと仲間たちに問いかけた。
「なあ、ベルグラムってどんな街なんだ?」
リュシエルがすぐに答える。
「騎士団御用達の馬具や装備の職人が集まってるの。父の時代から取引がある名家もあるくらいよ」
「交易も盛んです。草原の民や中立都市との流通の中心ですね」
セラが補足するように言い、少し微笑んだ。
「……革細工、見たい」
ミナのつぶやきに、翔也は「ミナっぽいな」と軽く笑った。
「よし、それぞれの目的もしっかりある。俺も、良い剣に巡り会いたい。」
王都から数日、西へ進んだところに広がるのは、見渡す限りの大草原。
風に揺れる金の穂が波のように連なり、空には雲が悠々と流れていた。
「すげえ……ここが西の放牧地帯か」
「馬が……自由に駆けてる……!」
ミナが珍しく声を上げた。
草原には、鞍も付けずに野を駆ける馬と、それを自在に操る騎馬民族の姿があった。
彼らは風をまとうような衣をまとい、細身の弓や短槍を手にしていた。
四人が進むと、集落の入り口で一人の青年が馬を止め、穏やかに手を挙げた。
「旅の者か? よければ一息ついていけ」
翔也たちは自己紹介をし、簡単に王都からの旅の目的を伝えた。
「王都の騎士学院だと? ……ならば見せてみろ、お前たちの“馬との絆”を」
青年――レンという名の男は、にやりと笑い、草原の奥にある広場へと案内した。
即興で行われたのは、馬を輪の外に追い出さずに騎士同士が組み合って戦う「馬上相撲」。
翔也とレンが互いに馬上で組み合い、バランスと力比べの妙技を競う。
「おらっ……こっちは王都代表だぞ!」
「こっちとて草原一の騎馬だ!」
互いの馬が蹄を踏み鳴らし、翔也は体を沈めてグリュンの力を借りる。
「翔也、いけーっ!」
リュシエルの声が響く。
「今です、内側を取って!」
セラが冷静に指示を飛ばし、
「もっと低く、体重かけて!」
ミナが鋭く助言を送る。
仲間たちの声に背中を押され、翔也は重心をずらして一気に押し出した。
最後は巧みにレンの体勢を崩し、グリュンが一歩前に踏み込んで場外に押し出す。
勝負が決まると、草原の民たちは歓声を上げた。
「いい勝負だったな、翔也!」
「おまえの馬、ただの騎士馬じゃねえ。まるで風を知ってる」
レンの言葉に、翔也はグリュンを見て笑った。
「こいつは俺の相棒で、友達だ。どこにだって一緒に行くさ」
夜には焚き火を囲み、香草と野菜の煮込み、焼いた根菜、乾燥果物などが並べられた素朴な宴が始まった。
騎馬民族たちは笛を吹き、太鼓を叩き、物語を語り合った。
リュシエルは輪に加わって歌を歌い、セラは静かに火を見つめていた。
ミナは焚き火の隅で、草原の少女と並んで食事をつついていた。
その少女もまた獣人で、金色の毛並みと狐の耳を揺らしていた。
「……あんたの尻尾、しっかりしてるね」
「そっちの耳の動きもなかなか」
二人は不器用ながらも、同じ風の中に立つ者として、少しずつ笑い合っていった。
翔也はそんな仲間たちを眺めながら、思った。
「こういう時間も、強くなるためには、必要なんだよな」
『お前がそう感じてくれて、嬉しいぞ』
すぐ隣で横になっていたグリュンが、穏やかな声で応えた。
『仲間がいて、信頼があって……そして進む道がある。それが、騎士というものだろう?』
翔也は笑い、静かに頷いた。