13話 姫の誇りとすこしの素直サンドイッチは美味い美味い
午後。訓練の合間の休憩時間、翔也は小さな裏庭のベンチで水筒を口にしていた。
陽射しは柔らかく、風は涼しい。まどろむような静けさに包まれたその場所に、気品ある足音が近づいてきた。
「ここにいたのね、翔也」
振り返れば、リュシエル姫が涼しい顔で立っていた。
金の髪は緩やかに風に揺れ、普段の訓練服に身を包んでいるというのに、彼女が立つだけでそこがまるで王宮の中のような錯覚すら覚える。
「珍しいな、姫が一人で来るなんて」
「……たまには、ね。あなたが暇そうにしてたから、つい」
言葉は強気でも、その目元にはどこか疲労が滲んでいた。
「……昨日の模擬戦、気にしてるのか?」
姫はベンチの横に腰を下ろし、髪を耳にかける仕草でそっと視線を逸らす。
「別に、負けたわけじゃないわ。ただ……足を引っ張ったと思ってるだけ」
「……それを“気にしてる”って言うんだぞ」
翔也が苦笑すると、リュシエルはむっと睨んだ。
「私は、王家の者よ。中途半端なことなんて許されないの。ずっと、“完璧”を求められてきた」
「でもさ、その“完璧”ってのが、他人の期待でできてるなら、しんどくない?」
翔也の言葉に、リュシエルが一瞬、目を見開いた。
「俺は、姫が少しミスったり、悩んだりしてても全然いいと思う。だって、それだけ一生懸命ってことだから」
「……そんなふうに、言われたの、初めて」
リュシエルは小さく呟き、草の上に視線を落とした。
しばらくの沈黙。
「ねえ、翔也。もし私が、“姫”じゃなかったら、あなたはどう思う?」
「ん? どうって……リュシエルはリュシエルだろ」
「そうじゃなくて……たとえば、私がただの女の子だったら。もっと素直に、もっと自由に生きてたら……」
彼女の言葉は、まるで誰かに許しを求めるように震えていた。
翔也は、リュシエルの手にそっと自分の手を重ねた。
「それでも俺は、お前とチーム組みたいって思うよ。強がってても、たまに弱音吐いても、全部含めて……“仲間”だって思ってる」
リュシエルの肩が、ほんの少しだけ震えた。
「……バカ」
でも、その口調はいつものような棘はなく、ただ照れくさそうに笑っていた。
「それでも私は、簡単には変われないわよ。騎士団のエース、そして王女として、やっぱり背筋は伸ばしていたいもの」
「知ってるよ。でも……ちょっとぐらい、力抜いたっていいんだぜ」
「ふん……なら、今日だけ。少しだけ甘えてあげる」
そう言って、リュシエルは傍らの布包みを開いた。
「はい、これ。私の特製サンドイッチ。文句言わずに食べなさい」
「え、マジで?姫が自分で作ったの?」
「ふ、ふんっ……これくらい当然でしょ! 王家の教養の一つよ!」
そう言いながらも、どこか得意げにサンドイッチを差し出してくるリュシエル。
翔也が一口食べると、意外にも優しい味が口に広がった。
「……うまい。なんか、すげー安心する味だな」
「そ、そう? なら、もう一個も食べなさい」
いつもよりほんの少しだけ饒舌になっている姫に、翔也は心の中でこっそり笑った。
ゆっくりと時間が流れる。二人で並んで座って、サンドイッチをかじりながら過ごすそのひとときは、まるで戦いの中の小さな休日のようだった。
やがて、食べ終わった後。
リュシエルは翔也の肩にそっと頭を乗せた。
「……おいおい」
「文句ある?」
「……いえ、ありません」
翔也は背筋を正し、顔を真っ赤にしながらじっと座っていた。
リュシエルの重さと温もりが、心地よくもあり、くすぐったくもある。
だが、それは確かに信頼の証だった。
一方その頃、物陰の草陰から覗いていたミナが、小さく鼻を鳴らしていた。
「また、先を越された……」
そしてその隣には、セラが手を合わせてそっと目を閉じていた。
「……これが、いわゆる“先手必勝”というものなのですね」