9話 連携訓練やってみたら予想通りのカオスでした
王都騎士学院の訓練場。まだ朝の冷気が残る中、静かに陽が昇っていく。広大な砂地に、今日の主役たち――セレスティア・ライダーズの四人が並び立つ。
「よし、今日はチームとしての連携を徹底的に仕上げる!」
翔也が作戦ボードを手に、まるで教官のように宣言した。
「昨日の会議、ぜんっぜん作戦になってなかったからな……。もう次の試合まで時間ないし、今日こそはちゃんとやるぞ」
「異論はない。私も、単独行動には限界があると感じている」
ミナはいつもの無表情を浮かべながらも、拳を軽く握っていた。その細かな緊張を、翔也は見逃さなかった。
「ふふっ、ようやく私の重要性に気づいたのね? いいわ、あんたが指揮を取るなら、合わせてあげる」
リュシエル姫は自信満々に微笑みつつ、ミナをチラリと見やる。口では軽口を叩きつつも、目は真剣だった。
「翔也さん。風向きと光の角度的にも、今の時間帯が魔力操作には最適です。訓練の成果も出やすいでしょう」
セラは穏やかな声で進言しつつ、翔也の袖をそっと直してくれる。
(ああ、今日は俺がしっかりしなきゃいけない日だ)
翔也は心を決め、グリュンバルトにまたがった。
「準備は? グリュン」
『いつでも飛べる。上空から見れば、全体の狂いもよく見えるはずだ』
訓練開始。想像通り、すぐに崩壊した。
「ミナ、もうちょい左! 姫、距離感近すぎ! セラ、援護早すぎ!」
「そっちが急に動くのが悪い!」
「……あなたの指示、0.8秒遅れてた」
「翔也さん、ミナさんの軌道が計測値より3度ずれています」
(ダメだ!情報過多!俺の脳みそキャパオーバー!!)
翔也はグリュンの背で空中旋回しながら、三者三様に噛み合わない動きに対応していた。
「もう一回いくぞ! 今度は挟撃陣だ! 姫右、ミナ左! セラは後方から援護! 合図で突入!」
再スタート。
だがまたしても、ミナが一瞬早く突入し、姫の連携がズレ、木人がすり抜ける。
「だから、合わせてって言ってるでしょ!」
「私の動きに合わせるべきなのはそっち」
「ちょっと待って!? 俺、間に入るのもう無理かも!」
『翔也、このままだと“カオス・ライダーズ”だぞ』
「うわっ、うまいこと言うな今!!」
混乱の中、セラが馬を降り、二人の前に立つ。
「お二人とも。少しだけ目を閉じて、深呼吸を」
彼女は三人に向かって手を広げ、柔らかな風を起こした。
「“私たちは同じ空にいる”。まず、そのことを思い出してください」
その言葉に、姫とミナが目を見開いた。
「……別に、ケンカしたいわけじゃないのよ」
「……ただ、妥協したら、自分じゃなくなる気がして」
「それでも、翔也さんのために勝ちたいという気持ちは、同じかと」
沈黙。だが、その沈黙は、明らかに先ほどまでとは違っていた。
「……もう一回だけ、やってみよう」
翔也がそう言うと、三人が無言でうなずいた。
三度目のフォーメーション訓練。
今度は呼吸が違った。
姫が盾を掲げて突撃、ミナが影のように右を駆ける。セラの祈りが全体の動きを支え、翔也は空から叫んだ。
「今だっ!!」
木人は四方から包囲され、見事に破砕。
歓声はない。でも確かな達成感が、全員の胸にあった。
『ふむ、悪くなかったな。やっとチームらしくなってきた』
「ふぅ……やっとか……」
翔也が一息ついたそのとき――
「ね、やっぱり私が主軸よね?」
「……翔也が主軸。私はそれを理解して動いただけ」
「……私は、翔也さんが“真ん中”にいてくれると、安心します」
「うぉおい、また始まってない!? 今終わったばっかりだよね!?」
三人の笑みの中に、それぞれ違う色の火花が宿っていた。
(……でも)
翔也は少しだけ笑って、空を見上げた。
(このメンバーなら、きっと――勝てる)
訓練を終えた後、翔也たちは学院裏手の芝生で簡単な昼食を囲んでいた。
セラが魔法で淹れた温かいハーブティーが湯気を立て、ミナは無言で干し肉をかじっている。リュシエル姫は、なぜか豪華なサンドイッチセットを布で丁寧に包んで広げた。
「じゃーん! 私の特製・翔也応援ランチ!」
「いや、それ誰に許可取って命名した!?」
「私は果物とパンを持ってきました。皆さんで分けましょう」
セラが包みを広げ、穏やかに笑う。
「……味はどうでもいい。訓練のあとは、腹が減るだけ」
ミナはぶっきらぼうに言うが、口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。
みんな、少しずつ距離を詰めている。
翔也はパンをかじりながら、ふと空を見上げた。
(この世界に来たときは、こんな時間が持てるなんて思ってなかったな)
「……次の訓練も、頑張ろうな」
「もちろんよ!」
「うむ」
「ええ、翔也さんとなら」
芝生の上に、静かな笑い声が響いた。