四話(2)
◇ ◇
「‥‥‥‥‥‥」
霞む視界に白が映る。直前まで見ていた光るような白とは違う、くすんだような白だ。半透明で、所々の凹凸が微妙に違う白色を作っている。生きているらしい。
ただ体は動かない。四肢から頭まで、どこをとっても痛みで僅かな挙動すらも困難だった。
そもそも生きていることすらおかしい。体中の魔力を失った時点で、生きる手段も失っていた筈なのに、どうして意識を取り戻すに至ったのか。何もかもが理解出来ない。しかしそんなことは正直どうだって良く、声もほとんど発せないながらも生きていた事実に何よりも喜びを感じていた。
ただ警戒も怠れず、視界を十分に取れない中で耳だけを頼りに索敵する。が、自身の呼吸の音以外は一切聞こえないあたり、あの狼はどこかに行ってくれたのだろう。
(気持ち悪い‥‥‥てことは、あれ全部魔石か。生きているのが不思議なくらいの量だな)
未だ目の前の白い景色を眺めながら吐き気を催す。魔力酔いと言って、体内の魔力を空気中の魔力が大きく上回ると体調に異変が生じるようになり、長時間滞在していると最悪死ぬらしい。
だからこそ早く脱出しないといけないのだが、体中ぐちゃぐちゃで起き上がろうにも痛みで簡単にはいかない。
「ああぁ‥‥‥いってぇ‥‥‥」
消え入りそうな声量で悲鳴を上げながらも痛みに耐えて立ち上がると、変わり果てた巨大な空洞の全貌を目にする。
魔石を隠していた岩の壁や床、天井はどこに消えたのか、自分が倒れていた場所も含めて白濁色の魔石が露出しており、光と共に感じたことのない量の魔力を放っている。
(これ全部魔石って‥‥‥下手な金鉱よりとんでもないものを見つけたな)
それが比喩表現でないくらいに、ここにある魔石を全て売ったらとんでもない額のお金になりそうだ。
「‥‥‥とにかく、脱出しないと‥‥‥」
「その足で帰れると思うか?」
失血量が酷くて朦朧としながらも呟くと、後ろから聞き覚えのある低い声がした。
振り返るとそこに立っていたのは黒い貴族のような服を着た白髪混じりの老人。今朝、緑色のアフロ男を認定試験で倒した時にやってきた組合長と呼ばれる男だった。
「い、いつから‥‥‥」
「膨大な魔力の流れが都市にまで届いた。それを辿ってここまで来たら、瀕死の小僧がおぞましい量の純魔石に囲まれて倒れていたから、少々観察させてもらっていた」
組合長は淡々とした口調で経緯を説明して、一升瓶の蓋を開けながら近付いてきたかと思うと中の液体を頭からぶっかけてきた。
「‥‥‥挑発の類ですか?」
「すぐ疑うのは辞めろ。これもれっきとした治療だ」
「治療?‥‥‥あっ、傷が治って‥‥‥」
呆れたような溜息と共にそうは思えない答えが返ってきた。にわかに信じ難いが視線を落とすと、腕や脚に無数に付いていた傷が消えて、痛みもどこかに飛んでいってしまった。
「これは純魔水という、特殊な過程で作られた魔力の塊だ。本当は飲用なんだが、傷にかけると今のように瞬時に治してくれる。もっとも、魔力痕が残っている新しい怪我に限ってだが」
「そんなものが‥‥‥」
「隠しているのだから、知らなくて当然だ。こんな秘薬が表に出回れば最後、必ず悪用されるのは年端もいかぬ小僧でもわかるだろう?」
一瞬でもなぜ隠しているんだと不快に思ったのが恥ずかしいくらい、よくよく考えれば誰でも思いつく理由に頷くしかなかった。
「よろしい。そして物分かりの良い貴様なら‥‥‥分かるな?」
「黙っていろ、と」
「そうだ。しかし言葉だけでは信頼に欠ける。そこでだ小僧、私と一つ取引をしないか?」
組合長はそう言って懐を探ると、両手の平より少し大きいくらいの布袋を取り出してこちらに放り投げた。吸い込まれるように胸元に飛んできたそれを捕ると、予想外にずっしりとしている。
「金貨‥‥‥口止め料ですか?」
少し開いて、見えたそれの中身は一面の金貨だった。動揺と歓喜と緊張が混ざった変な冷や汗を隠して尋ねると、組合長はゆっくりと頷いた。
「それもある。だがそれだけで大金貨百枚は見合わない事は明白だろう」
「‥‥‥はい」
上手く回せば一生働かなくても大丈夫な額を耳にして固唾を呑み、手元の袋に精神的な重さを感じながら首肯する。
「それでだ。ここにある純魔石の使用権を私と共有してもらいたい。勿論、使用する度に別途で支払いもする」
組合長は少し汚れた白の足元を指差しながらそんな提案をしてきた。
冒険者の規則として、希少な物は発見者が所有及び使用権を独占できる。冒険者の最上格である組合長がここまでの大金と頭金のような扱いで出すという事は、この純魔石とやらの希少性は俺には考え及ばない程のものなのだろう。
だからこそ、少しばかり懸念もある。膨大な額を渡されたとは言え、魔石は種類で価値が変わるのでこれが適正価格なのか分からない。それに何に使えるのかも分からない、謎だらけの魔石を人に売って良いのかとも思う。
「‥‥‥まず、この魔石が何なのか教えて下さい。色々聞いてから判断します」
少しの時間悩んだ末に、まずは取引対象を知ることから始める。少なくとも、微塵も知らない何かを売るのは避けたかった。
「純魔石が何なのか、か‥‥‥難しい質問だな」
組合長は呟きながら顎に指を添えて、そのまま静かに少しの時間が過ぎ去って再び口を開く。
「まず、魔石について簡単に話そう。小僧は、どうやって魔石が生成されるか知っているか?」
「それは、魔物の体内で‥‥‥」
話し出してすぐ、答えになっていないと気付いて口を噤む。今思えば、魔石は魔物の体内にあると知っていても、それがどうやって作られているのかは考えた事はなかった。
「貴様は本来、魔力が特段多い以外に大して特色すべき場所も無い、ごく普通の平民の小僧だろう?なら分からなくて当然だ」
「‥‥‥」
失礼、相手は目上の人間だとしてもあまりに失礼だ。しかし指摘された事はその通りなので、今一度グッと堪えて静かに頷く。
「魔石は簡単に言えば、魔力が凝縮される事で生成される。つまり、場所は関係ないのだよ。空気中では密度が足りないだけの単純な話だ」
「ならここの魔力は‥‥‥」
「魔物の体内と同じくらいには濃密だな。普通なら即死だ」
そうは言いながらも、この老人は表情一つ変えず涼しい顔で淡々と話している。普通ではない。
(あ、そう考えると俺も異常な部類か)
死んでいない時点で自分も普通とは言い難い。なんなら目が覚めたばかりの時は体調に影響を及ぼしていたため早く外に出ようとしていたが、いつの間にか逆に体調が回復している。気味が悪い。
「ここからが純魔石に深く関係する話だ。魔石は場所に関係なく生成されるが、この純魔石は更に特殊な条件がある。まずは純粋種と呼ばれる魔物の出現、そしてその純粋種が魔物内の生存競争を生き残って成体になる、すると周囲の魔力の性質が変化する。これで純魔石の素となる純魔力が発生する。後は空気中の魔力量が多い場所なら純魔石が生成される。純魔石が生成されたら後は純粋種がいなくても勝手に増殖していき、行き着いた結果がこの空間だ。もっとも洞窟という空気が流れない場所だからこそ、ここまで成長したのだろうが」
「なるほど‥‥‥それで、この純魔石を何に使うんですか?」
純魔石が何なのかという問いには、根本は他の魔石と変わらないと分かった。
それなら何に使うのか。他の魔石であれば名称通りの性質を持っているが、純魔石は名前でどんな性質を持っているのか分からないので、もれなく使用用途も分からない。
「警戒する必要は無い。貴様も今しがた知った物の作成に必要なだけだ」
そう言って懐に手を入れると、確かにほんの少し前に存在を知った空瓶の口を見せられる。
「えっと‥‥‥純魔水でしたよね。その材料にこれが?」
「そうだ。純魔水の回復効果の根幹はあらゆる魔力に適合する性質から来るが、その性質は純魔石からしか抽出出来ないのだよ」
魔石をどうやって液体にとも思ったが、納得出来る説明をされたので機密であろうその部分は聞かないでおく。そして使用用途が回復薬なら断るつもりはない。
「純魔水になるのなら喜んで売ります。ただ一応聞くんですけど、他に使い道はあるんですか?」
用途が一つとは限らない。売る事は決意したが興味八割で聞いてみる。
「‥‥‥嘘を吐く必要もないな。小僧、これを見ろ」
少し間を置いて答えた後、組合長はどこからともなく深い紫色をした小指程の小さな魔石を取り出した。
「貴様はこれが何か分かるか?」
そう尋ねられるが見たことも聞いたこともない色の魔石なものだから分かる訳もなく、首を横に振って回答を諦める。
「ふむ‥‥‥まあ分かっていたことだな。これは小僧の魔力と適合した純魔石だ。そしてこれに魔力を込めると‥‥‥」
説明と共に紫の魔石は真上に放られ、氷のようなものに包まれる。その内側で魔石が砕けて消えたかと思うと、直後に包んでいた氷も砕け散った。
「‥‥‥?」
「あれを完全に破壊するとは、やはり素晴らしい力だ」
あまりに地味な光景だったが、頭に"?"しか浮かばない自分とは対照的に組合長は表情は変わらずとも感心したような声色でその景色を称賛していた。
「あの、説明してもらっても?」
「む、そうだったな。今の氷は私の魔法で作られた、超硬度の性質を持つ装甲だった。が、貴様の魔法が持つ性質がそれをも凌駕して破壊した。下手に目の前で起爆させていたら、死ななくとも腕が吹き飛ぶ程度の威力はあっただろう」
組合長は冷静に話しているが、一歩間違えていれば大事故である。
「この通り、純魔石は膨大な魔力を受け取るとその魔力の持つ性質に適合して別の魔石に変化する。これを活用すれば、兵器にもなり得る」
「なるほど」
(仕組みは分かったけど、どうして俺の魔力に適合した魔石があるんだ?あの時のあれか?)
一応、心当たりはある。意識を失う直前に、死なば諸共の精神で出した魔力の塊。ただあの時残っていた魔力の量は膨大とは言い難い。
「そう考え込んだとしても、答えには辿り着かないだろうな。貴様は歳の割には頭が回るようだが、私から見ればまだまだ無知だ」
「失礼ですね」
所々で小馬鹿にされ続けるのは微妙に不愉快なもので、つい心の声が口に映ってしまった。
「まあそんな事はどうでもいい。それよりもう一つ提案があるが‥‥‥聞くか?」
「当然です」
上手く躱されている感は否めないが、今のところはたまに癪に障るくらいで他は受けるだけ得な条件が続いている。これ以上美味しい話があると流石に怪しいと思いつつも、少し期待しながらやや食い気味に肯定して耳を傾ける。
「では端的に問う。小僧、私の下に来ないか?」
「‥‥‥うん?組合長の下に、ですか?」
硬直の後に聞き間違いではないかと聞き返すが、組合長は首を縦に振って聞き間違いではない事を証明する。
「安心しろ。金や自由は保障する。魔物を狩りたければ行けばいい。私からの申し出はたまに時間を貰うくらいだ」
「分からないですね。一体何が目的でそんな事を?」
ようやくと言うべきか、ここにきて初めて怪しさ漂う提案が飛び出した。勿論ここまでと違って簡単に頷く訳にはいかず、話を掘り下げにかかる。
「‥‥‥小僧、中立都市の生い立ちは知っているか?」
「それとこれに何の関係があるんですか?」
「後に話す。先に持っている限りの知識を話してみなさい」
質問に質問で返すと、少しばかり威圧的な口調と鋭い視線で説明を求められる。
一応、この取引において選択権はこちらにある。今の態度が気に入らなければ話を打ち切って、一人で生きていく択を採る事だって出来る。そんなのは相手側も分かっている筈だ。
(自分の持つ、自分と関わる事で手に入る利点に絶対的な自信があるんだ。その上で断られても良いって姿勢でこの話を持ち掛けてきている)
だからこそ、ここまで強気に主導権を取りに来れるのだと簡単に理解出来た。更に自分は同様の利点を持っていないため、そもそも断るだけ損だとも理解した。
「‥‥‥中立都市の前身は他宗教が立て籠もった要塞で‥‥‥」
本来はごく普通の平民の子供、この人からすればまだまだ無知、その言葉を噛み締めながら説明を始める。他宗教の信者が守り抜いた土地だという事、冒険者組合は反智天教宗教連合の支配下だった事、他にも知っている事は隅から隅まで全部話し切る。
「その話は誰から聞いた?」
「父です」
この質問には、細かく話すと寂しくなりそうだったので端的に答える。教えてもらった時、最後に『村を追い出されたら行きなさい』と言われたのを覚えている。
「‥‥‥ふっ、智天教はそう教えているのだな」
「何か間違いが?」
組合長は鼻で笑いながらも目はどこか空虚で、笑っていなかった。言葉からも含みを感じて、その違和感が抜けないうちにこちらからも質問する。
「ああ、色々違う。特にここにおいては、守り抜かれた地など、ふざけた話だ。冒険者組合も、連合の支配下になった事はない」
淡々としていた第一印象はどこに行ったのか、そこには落ち着いた声ながらも微かに眉をひそめ、怒りを身に纏った男がいた。
「なら本当の中立都市はどんな場所なんですか?」
違うと言われて、真っ先に浮かんだ疑問を率直に投げかける。
「‥‥‥話は亡き私の祖父が若い頃、宗教戦争終盤の頃まで遡る」
宗教戦争、過去およそ二十年に渡って大陸中で繰り広げられた、智天教対他宗教の戦い。結果としては、智天教軍が世界中の都市を制圧または無宗教化する事で勝利を収めたとされている。その終盤となると、組合長の祖父が生きていたら何歳なのかは分からないが、百年は前の話だと考えられる。
「小僧の言った通り、レニーは要塞だった。が、深刻な物資不足に加えて際限の無い波状攻撃に耐え切れず、長い籠城を経て陥落した。正確に言えば降伏したのだがな」
守り抜かれたという認識とは真逆の事実に驚くが、反応するより先に話が続けられる。
「その降伏後に作られたのが降伏時の上級兵で構成された"レニー自治会"、これが冒険者組合の前身だ。と言っても当時の自治など名ばかりで実態は智天教の傀儡だがな」
「智天教は自ら統治しなかったんですか?」
傀儡政権のような間接統治は抑止力に欠けるため、反乱が起きやすい。占領したばかりの場所であれば尚更である。
「そうだな、普通に考えれば直接統治するだろう。だがそうしなかったということは、そこに利点があったからだ」
「利点‥‥‥」
反乱を誘発する事に利があるのか。もしあったとしても、それは都市一つ手放してまで手に入れるようなものなのか。そんな疑問を持ちながらも思考を凝らして考える。
「ヒントをやる。奴らが侵攻した目的は何だ?」
「それはまあ、布教目的なのでは?」
宗教間での戦争なのだから、自分達の宗教圏を拡大するのが目的だろう。
「だとしたら、それまでそこに根付いていた教えはどうなる?」
「排除されますね。だとしても自分達で統治、弾圧した方が楽なのでは?」
加えて確実性も上がるので、尚更間接統治の選択が理解出来ない。
「その通りだが、残念ながら不正解だ。そもそも奴らの目的は布教ではなく、その名を冠した異教徒狩りなのだからな」
「だから敢えての間接統治だったと?」
「反乱を起こす隙があれば、起こすだろう?それで戦線に立つのは誰だ?」
「‥‥‥そんなやり方があるんですね」
反乱を制圧するのは現地の人間、すなわち自治会に所属する上級兵達だ。恐らく智天教は降伏に不満を持っている人がいるのを見越して、反乱を起こしやすい状況を作り彼らに戦わせることで、自分達は被害を被らずに他宗教の信者を排除しようとしたのだろう。
汚い、ずるいという感情も無くはないが、戦争という、いかに少ない損傷で大きな被害を出すかの場において賢い選択をしたという感心が大きかった。
「補足すると、智天教もれっきとした宗教だ。降伏後の無抵抗な敵を殺すのは許されない。故にこの方法で異教徒の数を減らしたのだよ」
補足説明も聞いてより深く納得した。個人的な感想としては、規則の穴を突いた非情な行為への憤りと、異教徒排除という目的を果たすための優れた策略に対する賞賛が、半々くらいの割合で複雑な心境を作っていた。
「結局、反乱は自治軍によって制圧された。だが降伏によって生き残った兵士の半数以上が死に、無事だった建物も焼けてなくなった。そして街の復興作業に勤しむ日々を送っている内に、別方面で奴らに打ち勝った連合軍が中立を条件に戦争を終結させ、レニーもそれに乗じて傀儡から外れることができた。戦う必要がなくなった兵士は収入源を求めて国境地帯の未開地に進出し、彼らを管理するために冒険者組合が作られた。と言っても都市ごとに組合長が存在し、各々自由に動いているくらいにはまとまりのない集団だがな」
敗北に加えて共に戦ったであろう人達に反乱を起こされて多くの犠牲を払ったりと、話に聞く内容と比べて実際は負の歴史が強いようだ。しかし今現在は他の中立都市と変わらない待遇との事で、ひとまずこの先も智天教とは距離をおいて生活できると安心した。
「かくして戦争は終わり、多くの中立都市が無宗教を謳い己の信仰を守った。ここ、レニーやその他一部の都市を除いてな」
哀愁を取り巻く雰囲気に漂わせながら、昔話を終えた組合長は右手の拳を左胸に当てる。その拳の中には三種類の柱を模した装飾品が握られており、それが宗教的な意味を込めた行為だと気付く。
「‥‥‥神教ですか?それは」
「ああ。一つは私の、二つは父と祖父の物だ」
智天教に上書きされる前、南部一帯で広く信仰されていたのが神教だったらしい。組合長が右手に持っている装飾品は神教信者の証である。
教典を含む文献等は殆どが処分されたものの、言葉に規制は掛けられなかったので後世まで人の記憶が伝えられている。智天教の取り囲まれて生活していた俺が神教を知っていたのはそれが理由だ。
「神教は神を生命の頂点として崇めている。しかし過去、神は人に罰を与え災いを起こすとしている智天教に我々は敗北した。身内で殺し合いをさせられ、多くの信者を失った。そして今、時の流れによって神教諸共レニーの歴史が忘れられかけている。それだけは許されない。この街の意味、それは先人から代々尽きる事のない反抗心にあるのだからな」
「‥‥‥それで、俺を懐に入れるのはその歴史を繋ぐためですか?」
話がだいぶ逸れていたが、元を辿って自分を組合長の下に誘う理由を問う。と言ってもこんな昔話をしたと言う事は、その記憶の継承が理由だろうと予想がついていた。
「そうだな‥‥‥半分はその通りだ。だがもう半分、貴様には可能性を見せてほしいのだよ」
「可能性ですか?」
「ああ。戦争が終わって長い月日が経過し、世界は今一度不安定になりつつある。その時代を生きていく中でもしかすると、我々外れ者がこの世界に変革をもたらす引き金になる。そんな可能性だ」
外れ者という言葉は初めて聞いたが、この人と俺の共通点からして魔法適性のことだろう。
今、世間の大多数から邪険にされている人が世界を変える。出来過ぎな話だと思うが、ありえない話ではない。
「勿論、貴様にその可能性を強制するつもりはない。戦いの遠くで生きるのも貴様の自由だ。が、可能性を秘めた者に死なれては困るのでな。私の監視下に入ってくれるとありがたい」
その言葉に嘘は無いと思える。何なら言い方が悪いだけで、これは生きてほしいと言われているように感じた。その上で自由が保障されているときたら、選択肢は一つしかない。
「分かりました。提案を受けます」
「そうか。歓迎するぞ、リグ」
「よろしくお願いします。えーっと‥‥‥」
差し出された手に手を交え、名前を呼ばれたのに名前で返そうとする。しかし思い返せばこの人の名前を一度も聞いたことがなく、気まずさを感じながら言葉を濁す。
「ふむ、そういえば名前を明かしてなかったな。リンドル・インヴェンシスだ。呼び方は自由にするといい」
「あ、はい。リンドル‥‥‥さん?」
「それで構わん。こちらこそよろしく頼む」
緩んでいた手をもう一度固く握られて、ちょっと嬉しくなりながら大きく頷く。
「では帰ろう。外はもう夜更けだろうしな」
「え?入った時はまだ朝だった筈‥‥‥」
「かなりの時間寝ていたのだから夜にもなる。意識を保てる限界を大きく上回る量の魔力を消費した証拠だな」
リンドルさんは顔色一つ変えず淡々と話すが、こちらからすればとんでもない事実を知った。
「えっと、リンドルさん以外の発見者は?」
「普段でも普通の冒険者ならかなり手前で引き返す。この空間で生きていれるのは私か貴様くらいだ。更に言えば昼に大量の魔力が放出されて、今やこの廃坑で活動できるのは我々くらいだ」
「えぇ‥‥‥」
この廃坑は奥に行けば行くほど魔力が濃くなる性質上、今いる最奥部は入口に比べてかなりの魔力が漂っていると考えられる。これまでの話で自身の魔力量の異常さは理解していたが、入口すら入れない地の一番奥で普通に生きているともなると思った以上に異常で唖然とするしかなかった。
「どうかしたか?」
「あ、いえ。帰りましょう」
(‥‥‥まあ、多いに越したことはない‥‥‥かな?)
取り敢えず、街に戻ることにした。