三話
「達者でな、少年。また会おう」
「次はもっと強くなって待ってます」
「そうか、楽しみにしている」
暁の空の下でそんな会話をして、おっさんは南への旅を再開した。
昨日は互いに満足いくまで戦った結果、深夜になって宿の受付はどこも終わってしまった。ここまで運んでくれた御者に頼んで荷台で寝泊まりさせてもらったが、あの時あれだけお別れみたいな雰囲気を出しておいて結局おっさんと寝たので拍子抜けだった。
門を出れば曲がり道なのですぐに姿が見えなくなり、背中を向けて街の中心に向かう。
調べた話だと今いるのはレニーの東地区で、冒険者登録は各地区の組合支部で行えるとの事だった。
宿場町を通り静かな住宅街を抜けて、開店準備中で人がごった返している商店街の先にある繁華街の頭一つ抜けて立派な建物に入る。
(うわ、酒臭……)
口には出さないものの、鼻を突き抜けるアルコールの臭いについ顔をしかめる。
中を見渡すと奥に受付のような場所があり、手前では木製ジョッキを持った大小の強面の男達がテーブルを囲んで飲食を楽しんでいる。
回り道する意味も無さそうなのでど真ん中を最短距離で突き進む。周りはだいぶ酔いが回っているようで、こちらに気付いても気にする様子は全く無い。
「なあ嬢ちゃ~ん、仕事終わりに俺らと飲も~ぜぇ~」
「すみませんが、職員の規則上そういうのはお断りしております」
「えぇ~、そんな事言わずによぉ~」
窓口に着くと隣で飲んだくれの深緑でアフロな男が受付嬢にナンパしているが、慣れた対応から見るに日常茶飯事なのだろう。
「おはようございます」
「あ、おはようございます。えっと……今日はどういったご用件で?」
軽い挨拶をすると、黒髪の受付嬢が困惑しながら尋ねてきた。まあ見渡す限りの厳つい男と自分は対照的だろうから、その反応も無理はない。
「魔石の換金と、冒険者登録をお願いします」
「そ、そうですか。少々お待ち下さい」
受付嬢は終始ぱっとしない受け答えのまま奧に消えると、少ししてから色々な道具を持って戻ってきた。
「魔石の換金は冒険者でないと出来ませんので、まずは登録をしていただきます。こちらの書類に名前と血判をお願いします」
そう言いながらペンとナイフを渡す受付嬢は、やけにこちらを観察するような目で見ている。
大方ビビっているんじゃないかと思われているのだろうが、十二の子供なんだからそう思われても仕方無いとしつつ記名して、躊躇いもなく指の腹を切る。
「これで大丈夫ですか?」
「ええ、まあ……確認しますね。お名前は……リグとありますが、家名は無いのでしょうか?」
「無いと言うか、使いたくないだけです」
血判を押した書類を渡すと、それはそれでまた困惑した様子で確認を取られる。
この世界に……というか智天教における家名とは神聖なもので、基本的には貴族のみが使用できるものだ。しかし宣告の儀に限っては、神聖な儀式を汚さないためにという名目で仮の家名を使う事になっている。あの時、家名と共に呼ばれたのはそういった理由で、本来はただの平民だ。
つまり、俺にとっての家名は智天教を連想させるような存在で、なるべく避けたいのである。
「必要ならば書きますけど……」
「いえ、書きたくないのなら大丈夫です。規則上聞いただけですので」
「そうですか」
渋々ペンを持とうとするが、不要だと気持ちを切り替えた受付嬢に軽くあしらわれ、内心ほっとしながら手を降ろす。
「次は等級についてですが、個人的には認定試験は受けずに八ある内の一番下から始める事をお勧めします」
等級は戦闘能力の指標、認定試験は最初に等級を上げるための対人戦だ。勿論相手は現役冒険者。
自身の能力を等級に反映するためには最高の手段だが、受付嬢は受けないよう提言してきた。
「……理由を伺っても?」
「まずは近隣の仕事をこなして土地勘を付けるべきというのもありますけど……嫌でしょう?そこの野蛮人と戦うのは」
そう聞いてくる受付嬢の視線を追うと未だに隣でナンパしていたり、別の場所では酒に呑まれた奴が一触即発の状態になっていったりする。
「なるほど、確かに野蛮人ですね」
「でしょう?それにもし貴方が強くて、認定試験であれを倒したとしても、それはそれで何かしら吹っ掛けてくる人が出てきますからね。面倒な方達です」
苦笑しながら肯定すると、受付嬢はだるそうな声で立て続けに彼らを非難する。これは相当迷惑を掛けられているのだろう。
「無駄な争いを避けるためにも、低級冒険者から始めるのをお勧めします。理解して頂けたら、ここにお名前を……」
「いえ、それはお断りしておきます」
ぐいぐい推してくる受付嬢の言葉を遮り、首を振って断る。
別に高級冒険者になりたい訳でも、大量のお金が欲しい訳でもないが、ここで引いたら怖気付いた的な気分になるので気が乗らなかった。そして何より、ここにいる酒臭い男達を一度ぶん殴ってやりたいので、この試験を受けない手はなかった。
(楽しみだと感じるあたり、俺も本質は変わらないな)
正直な話、場数を踏めばそれだけ成長を実感出来るので、誰かと戦うのが楽しくて仕方ない。主目的でないにせよ、俺も彼らと同じで戦闘狂だ。
「……はぁ、分かりました。一応言っておきますが曲がりなりにも試験なので、相手もそんなに弱くないですからね?」
「つまり、隣の酔っ払ったお調子者が相手になる事はないと?」
「んあ?なんだてめぇ」
忠告に対して少し大きな声で言ってみると、耳は機能しているのか挑発に乗って至近距離で睨み付けてきた。
「……相手は受験者が選ぶ事が出来るので、指名して頂ければ誰とでも対戦出来ます」
「なるほど。ちなみに、これに勝ったら何級になりますか?」
目もくれずに尋ねると、受付嬢はリストのようなものをペラペラと捲り始めた。
「おぉい!無視すんじゃねぇ!」
「耳元で叫ばないでくれませんか?うるさいです」
「んなっ……こんのクソガキぃ……!」
力ずくで男の顔を押し返して睨み返すと、怒りが最高潮に近付いてきたのか拳に力が入っている。
「えぇーっと、その方は五級なので、勝ったら五級で登録出来ます。程度で言えば冒険者一本で安定した生活を送れるようになる辺りです」
「なら十分ですね。この人でお願いします」
こんな朝から酔っている奴でも冒険者一本で生活出来るくらいには強いらしいので、腕試しには丁度良いだろう。負けても冒険者じゃなくなる訳では無いのだからやるしかない。
「……上等だ。大人の怖さを教えてやるよ」
「そうですか、楽しみにしてますね」
「……はぁ」
受付嬢の方から萎え切った溜息が聞こえた。まあ正直、少し申し訳無いとは思っている。
「これも仕事ですからね……受け付けました。認定試験を実施するので、裏の試験場に向かって下さい」
そう言って受付嬢はどこかに行ってしまって、いつの間にか視線がこちらに集中している酒場に俺だけが取り残された。
「おい、どっちに賭ける?」
「流石に緑頭だろ。あんな小僧じゃ五級は相手にならねえよ」
「俺はあのチビに賭けるぜ。一発狙うのが粋ってもんよ」
「お前それで大金貨何枚分負けてきたんだよ」
入ってきた時と比べて静かな喧騒からはそんな声が聞こえてくる。これを賭けにするとは確かに野蛮人だが、それにしても俺が負けると予想する声が多い。
(仕方ないとは言っても良い気はしないな)
「へっ、公衆の面前でボコボコにしてやるからな」
捨て台詞を吐いて男はニヤニヤしながら先に試験場へ続く通路へ消えていった。
「……ま、下馬評を覆すってのは良いもんだ」
誰にも聞こえないように呟いて試験場に向かおうとすると、後ろから大男達がぞろぞろと付いてきた。まあ賭けるくらいだからそりゃ見に来るだろうが、そのせいで後ろが暑苦しい。
◇
「準備が出来次第、そこの箱から武器を取って配置に付いて下さい」
受付嬢の指差す箱には刃が落とされた大小の剣が乱雑に入れられている。その中から自分の体に合った大きさの一振りを選んで、緑の男と向かい合う位置に立つ。
「決着はどちらかが失神したらです。魔法は殺さない程度にお願いします」
(死なないように手加減しないといけないのか……難しいな)
闇魔法にも攻撃性の無いものがあるのでそっちは使うのだが、攻撃性を持たせるとうっかり殺してしまいかねない。万が一そうなると冒険者資格を剥奪されかねないので、封印した方が良いだろう。
とはいえいくら鍛えていたとしても十二歳の素の力では、物理攻撃で失神まで持っていけるか怪しい。一体どうしたものか……。
「それでは、始めっ!」
「おらあぁぁぁ!!」
考えている内に火蓋が切られてしまい、男が大きく振りかぶって突進してきた。
(大剣ってことは、一撃は重いけど、遅いな)
分析しつつ上から振り落とされた大剣を横に躱して、その後の攻撃も一定の距離で回避しながら、殺さない勝ち方を考える。
(闇魔法の吸収能力を使って意識に干渉する事は出来るかな?でもそれはそれで死にそうだしな……)
「……くそっ!避けてばっかじゃねえか!うぜえうぜえ!」
男は苛立ったように叫んで掌をかざすと、炎の球を数発撃ち込んでくる。
(余裕で避けれるけど、火魔法は攻撃的だから油断出来ないな)
そう考えながらも全く当たる気がしないので、ちょっと危ない火遊びのような感覚になってきた。
しかしのらりくらりと躱していると男の方が魔力切れになったのか、十数発が体の周りを通り抜けたあたりでピタッと攻撃が止んだ。
「次は俺の番ですね」
「ゼェ、ゼェ……何言って……」
男が息を切らしながら顔を上げる直前、認識されるより先に至近距離で踵を振り下ろす。
「がはっ……!」
「安心して下さい。殺さない程度に加減はしますから」
頭を踏みつけながらそう説明して、自分もろとも魔力で作った霧で包む。
闇魔法の特徴は"破壊"と"吸収"。俺の予想が正しければ、闇魔法を纏った霧を吸うことで体の内側から破壊されていくか、触れることで表面から体力を奪われていくかのどちらかなので死なない筈だ。
「うっ……や、やめ……ぐぁ……!」
(あ、気絶した)
どうやら後者だったようで、男は抵抗も出来ずに意識を失い、地面に顔を突っ伏して動かなくなった。
こうなれば規則上は勝ちになる筈なので、霧を晴らしてどちらが倒れてどちらが立っているのかを衆目に晒す。
「……無力化を確認しましたので、リグ様の勝利となります」
「「「う、うおおぉぉぉー!」」」
間近で確認した受付嬢により勝敗が宣言されると、観衆からは勢いに任せた大歓声が響く。負けると予想してからの掌返しだが、悪い気はしない。
「でも、一体何をしたんだ?」
「見た事ない魔法だ。正直気持ち悪いな」
歓声の影には当然と言うべきか気味悪がる声もあるが、大多数は気にしていないのか歓声が止む気配はない。
「それではこれにて認定試験は終了、冒険者証を発行しますのでこの後受付に……」
「ちょっと待ちたまえ」
次の案内が始まって周りの声も落ち着いてきた時、話を止める低い一言と共に一人の男が台に上がってきた。
ブロック状に整えられた白髪混じりの黒髪と整った髭、黒の高級そうな服を着こなすスラっとした立ち姿、まるで貴族のように上品な振る舞いの六十程であろう老人が、真空色の眼を光らせてこちらに歩いてくる。
(……強い。少なくとも、ここにいる誰よりも)
醸し出す雰囲気に冷や汗が背筋を伝う。目を逸らしたらやられると直感が言っている。
「組合長……いらっしゃったんですね」
「現地調査に来ただけだ。少し場を借りてもよいか?」
「勿論でございます」
受付嬢が深々と頭を下げた状態で対応する。組合長と呼ばれた老人は簡単に許可を取ると目の前に来て、こちらが見上げる形で目を合わせる。背筋も伸びていて、こう見るとかなり高身長だ。
「……ふむ、良い目だ。尚且つ、先程も見ていたが小僧、面白い魔法を持っているじゃないか」
「それはどうも」
「つれないな……まあよい。冒険者なら、剣で語ろうではないか」
組合長は腰の鞘から細剣を引き抜き、切っ先を向けて提案してくる。よく見ると刃が落とされており、致命傷になりにくいようにはなっている。
「……いいですよ。やりましょう」
「それは有難い。しかしながら、今は時間が押していてな、明日でも大丈夫か?」
「え?ああ、まあ……」
「そうか、では明日までに双剣を用意しておこう。どうやら、そっちが本職のようだからな」
組合長は視線を落としてそう告げると、背中を向けて試験場から去っていった。今更ながら、腰に身に着けた二本のナイフの存在を思い出した(ちなみに弓は大きくて邪魔だったので森で捨てている)。
「……リグ様、申し訳ありませんが、今日のところは仮の冒険者証でもよろしいでしょうか?五級は用意致しますので」
「まあ、それならいいですけど」
「ありがとうございます。それでは次こそ終了ですので、受付に向かって下さい」
「分かりました」
受付嬢の申し出の意図は不明だが、取り敢えず従っておいた方が特になる気がした。




