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二話(2)

「……それでだな、国王は汚職に手を出した貴族を派閥関係無く処刑や流刑にした。その結果国王による絶対王政になったんだが……国王が優秀でな、税を減らして国民の生活を楽にしたり、教育の門戸を広く解放する事で農民からも宮廷の要職が出るようにしたりと、独裁にも関わらず国民に大きな恩恵をもたらしたんだ。今はもう亡くなって貴族議会制政治に戻っているが、国民に力がついてその目がしっかりと機能しているおかげで貴族も内政において下手な事が出来なくなっている」

「なるほど……おっさんはその国に行った事はあるんですか?」

「あるぞ。やはり他国と比べて地方の民衆までもが元気な印象だったな」

 出会ってから数日、"おっさん"と呼ぶくらいには慕うようになった男性とは、馬車が止まれば稽古を付けてもらい、知る機会の無かったこの世界の様々な知識を教えてもらう関係になった。

「他にはそうだな……とある学者が唱えた民族侵攻論でも話そうか?」

「はい、お願いします」

 知らない事が沢山あるのを知って、それを学ぶ事がとにかく楽しい。この数日間は久しぶりに精神的な充実を得ている気がする。

「楽しんでいるところ悪いのですが、そろそろ着きますよ」

 御者にそう告げられ、後ろの出入り口から外を見渡してみる。

 片方はつづら折りの坂が上に伸びて、もう片方には坂の出口とその先に大きな門と左右に広がる高い防壁がそびえ立っていた。

 国境地帯に置かれる中立都市レニー。同じような都市は他の国境地帯にも存在して、国家間の衝突を防ぐ役割を持っている。智天教が勢力を広げていた時期に他宗教の信者が抗戦して守りきった土地に作られているので、外部からの攻撃に対してめっぽう強い。現在では宗教間の抗争を避けるために無宗教を掲げつつも一部の慣習を残す事で、休戦開始時から今に至るまで安定を保っている。

 都市を運営する冒険者組合は、元を辿れば今は無くなった反智天教宗教連合の支配下で、休戦初期にそれまでの戦いで消費された軍事を再補強するために作られた組織だった。民間から腕に自信のある者を募って、魔物狩りを斡旋して戦闘経験を積ませる事で有事の際に即戦力を徴兵出来るようにする構想だったらしい。

 しかし冒険者組合は魔物狩りで手に入る魔石を買い取り市場を持った事で利益を出し、財力を付けると無宗教化の際に内部が荒れた連合から自治能力を奪い取り、飼い犬に首を持ってかれる形で反智天教宗教連合は解体された。

 現在、冒険者組合は魔石市場を収入源に自治を行っている。その組合に所属する冒険者は、自由に魔物を狩っては換金する事で生活している。最近では危険なのもあって初期の半分程しか所属冒険者がいないらしいが、減少の頭打ちも来て結果的に安定的な魔石の供給に繋がったらしい。

 検閲を終えて門をくぐるとそこは宿場町で、門周辺の広場は行商人の屋台市で賑わっていた。

「お客様、車輪の状態が悪いので、今日取り替えて出発は明日に致しますが、よろしいでしょうか?」

「む、そうなのか。なら今日のところはこの街で過ごすとしよう。ここまでご苦労だった」

「いえ、それでは私は修理して御者用の休憩所に行きますので、ご自由に街を散策して下さいませ」

 御者は丁寧な言葉遣いでおっさんに一泊の許可を貰いつつ、馬を止めていつでも人が降りれる状態にした。

「少年、冒険者登録をする前に少しこの街を回ってみないか?」

「いいですよ。ここまで来ればもう自由ですから」

 早く次の段階を踏みたい気持ちもあったが、おっさんには恩があって断れなかったり、ここまでの疲れから偶にはいいだろうと心のどこかで思ったのもあって快諾する。

「よし、それならまず食事としようか。無論、私の奢りだ」

「それでおっさんが良いのなら、ありがとうございます」

 気付けば昼時だったようで、そう言われると無性に腹が減ってきた。勿論反対する理由も無く、表に出すと失礼なので控えめに答えたものの内心は喜んで賛成した。

 宿場町というのもあってか大衆食堂が立ち並んでおり、どこも混雑していたが数のおかげで二人席を選んで座れた。ついでに言うと獣っぽいような独特な匂いがする。

「ここは山岳地帯だから主食はやはり芋だったな。後は山羊のチーズとミルク、野菜はそこまで豊富とは言えなさそうだな」

 献立表を開いたおっさんが独り言のように喋りだす。芋料理は理解出来たが、山羊の何たらはよく分からない

「少年、自由に選んでいいぞ」

「それならまあ……芋のチーズ焼きでお願いします」

 価格は大銅貨三枚。貨幣制度は各国で統一されているので最も安いと判断出来る。

 因みに貨幣価値は大小と金銀銅で分けられていて、全てが十枚単位で一つ上の硬貨一枚と同価値になる。

「む、そんな物で良いのか?」

「これ以上恩は増やせません」

「そうか。私は別に気にしないのだが、仕方あるまい」

 ああ言っているけれど、俺が気にするので高い物は食べられない。それに料理も初めて見た物ばかりなので、いかにも大衆受けしそうな名前を選んだ方が口に合わないなんて事も少ない筈だ。

 おっさんは大きい声で店員を呼んで料理を注文し始める。関係無い事を考えていたのでおっさんが何を頼んだのかは分からなかったが、料理が来ればどうせ知る事になるので気にも留まらない。

「因みに次は冒険者登録をするだろうが、その後に予定はあるか?今日のところの話だが……」

「?、一応今日は何もしないつもりです。持っている魔石がいくらになるかにもよりますけど」

 ローブの内ポケットに入っている魔石を眺めながら話す。相場が曖昧なためどれほどの額になるか分からないが、今日一日の宿代と身の回りを整えるだけの金が入ればいい。

「それならば、最後にもう一度手合わせをしようじゃないか。それから衣類を整えよう。一着しかないのでは洗濯出来ないからな」

「ここまでの道中、おっさんの服を借りてましたからね。それに手合わせもまだ勝てていませんし、大賛成です」

 数日ではあるが様々な戦闘術を教えてもらい、攻撃の引き出しを大幅に増やした。昨日やった手合わせでも体力度外視で最初の一戦なら勝ち筋はあったし、何よりおっさんとの別れには相応しい提案だと思える。ついでに言うとまだこの地に合った服装を知らないのでその辺りも教えてもらいたい。

「よし、決まりだな。だが今は食事を楽しむことにしよう。もうじき料理が来る」

 おっさんが余裕の笑みを浮かべながらそう言うと、本当に丁度に料理が来た。

 見た目から明らかに芋とチーズで構成された焼き料理が二つ、何らかの肉のステーキも二つ。特にチーズの方から店に入った時に感じた独特な匂いがする。

「このステーキは少年の分だ」

「え?頼んでいませんけど……」

「それだけでは足りないだろう?」

 おっさんは二つあるステーキ皿の一つをこちら側に押し込みながら、最初から目の前に置かれていたチーズ焼きの大きさについて指摘する。確かに、目の前にあるそれは思ったよりも大きくない。

「いや、だとしてもこれ以上何かを貰うのは……」

「万全の状態の相手と手合わせしたいから奢っているのだ。少年の思っているような理由ではないぞ?」

「それは流石に後付けですよね」

「そうだが、後付けでも正当性を欠く事はないだろう?」

 おっさんはあっさり認めたが、後の言葉がその通り過ぎてこの話ではこれ以上詰められそうにない。

 だがここで引き下がってまた奢られるのは申し訳無いし、何より感情がこれ以上施しを受ける事に抵抗している。

「まあ食べなくても良いがな?これ程美味い物を食べないのは勿体無いぞ?」

「……注文の時に気付かなかった時点で負けでしたね。それじゃあ有難く頂きます」

 ここで強情になって食べなくても腹が減るだけだろう。結局、敗北を宣言して美味しく頂戴する事にした。

「ちなみに、何のステーキなんですか?それと値段は?」

「山羊肉のステーキ、小銀貨四枚だ」

「……払えたら後で払いますからね」

 魔石がいくらになるのかは不明だが、数十個もあるのだから小銀貨四枚は手に入るだろう。それにしても、芋チーズ焼きの十倍以上とは高過ぎる。これをポンと出せるおっさんは一体何者なのだろうか?

「……美味しい」

「それは良かった」

 脂肪が少ないため個人的には硬い気がしなくもないが、食感はともかく味は旅の時に食べた肉とは比べ物にならなかった。

 味にはあまり鋭くないのでそれ以上の事は説明できないが、取り敢えずは気が付いたら完食していたくらいには美味しかったと言える。ちなみに芋チーズの方も美味しかった。

「それでどうだ、腹は膨れたか?」

「はい、ちゃんと膨れました」

「では少し休んでから冒険者登録をしに行こうか」

 おっさんはそう言うと懐から一冊の本を取り出す。ここまでの道中も時々取り出しては神妙な面持ちで読んでいたが、その顔から察するに重要な内容なのだろうと思って聞かないようにしていた。

「……少年、今更だが一つ聞きたい事がある。……私と一緒に来るつもりはないか?」

 本の中を眺めるおっさんから放たれた言葉はあまりに突然で、あまりに意外な提案だった。

 勿論、己の力を鑑みれば頷く事は出来ない。しかし恩人の言葉となると反射的に断る事も出来ないので、まずはその言葉の真意を汲み取ろうとしてみる。

「今日に至るまでで大体分かっていただろうが、私の職業は要人の護衛などをしている、つまりは戦闘職の一種だ」

 答えがなかったからか、おっさんはここまで隠していた情報を断片的に出し始めた。

「しかし最近は人材が乏しく、今度護衛する対象を考えると私の部隊はあまりに心許ないのだ」

「それで、俺なら戦力になると考えたって事ですか?」

 自分で言ったものの、正直そんな筈がない。肉体や体力は大人には程遠いし、純粋な剣の腕もおっさんと比べれば圧倒的に劣っている。多くの絡め手を使ってようやく互角に戦える程度の能力なのだ。

「……今の言葉は忘れてください。俺は別に強くないですから、違う理由でしょうし」

「そんな事はない。確かに継戦能力はまだまだかもしれないが、瞬間的な能力はそこらの騎士や傭兵を軽く上回っている」

「そんなまさか……」

 買い被り過ぎだと言おうとしたが、おっさんの目が本気で口を噤む。

「全盛期はとっくに過ぎている。それなのに未だ前線で部隊長を務めている。それ程までに若手が育っていないからこそ、若くして素晴らしい才能を持っている君を私の後継として加えたいのだ」

 声色、目線、表情、何を取っても嘘は無い。本当に俺の能力を買って言っているのだろう。

「……提案、嬉しく思います。けど……やっぱり受け入れる事は出来ないです」

 正真正銘俺の能力を評価しているのなら、承諾は尚更無理な話だった。

 おっさんにさえも、魔法は見せた事がない。俺の魔法適性を知ってしまったらきっと、大きく失望させてしまうだろう。それを避けるためにも、今日を最後に見知らぬ他人にならなければならないと思う。

「……やはり断られてしまうか。こればかりは仕方あるまい、今日で最後にしようではないか」

「ありがとうございます。それと、その事についてなんですけど、今日この後は夜まで打ち合いませんか?」

 お互い気持ち良く終わりを迎えるためにも、最後一戦と言わずに完全燃焼するまでやり合った方が良いだろうと思っての提案だ。

「冒険者登録はいいのか?」

「受付所は深夜でも常に開いているらしいので、夜更けになってからでも問題ありません」

「そうか。ならばその提案、喜んで受けさせてもらおう」

 おっさんは心底嬉しそうかつ勝ち気な笑みを浮かべて提案を呑んだ。

「そうと決まれば今すぐ行きましょう。もう腹は十分休まりました」

「無論、そのつもりだとも」


  ◇


 会計を終えて、都市の入り口から少し離れた所まで来た。山ながらも丁度良く平坦な場所があったので、そこで互いに距離を取って向き合う。

 昼の山風が吹く中で剣を構え、集中力を研ぎ澄ませる。

「さあ、いつでもかかってきなさい」

「言われなくても、そうします!」

 言葉を交わしたのを合図に、十歩はある間合いを瞬間的に詰めて剣を上から振り下ろす。が、こんな攻撃は当然防がれる。

 そして予想通りに力負けして弾かれると、おっさんが攻勢を仕掛けて俺がそれを受け流す構図が作られる。

 このままいけば体力の限界で防ぎきれなくなる。そんな負け方を何度もしてきた。

(勝ち筋は一つ、振りかぶったところを……懐に入る!)

 おっさんは力押しで戦う以上、振りかぶった瞬間に隙が生まれる。そこを突いて距離を詰めれば剣を振れなくなる。

「っ!」

 ギリギリの距離で剣を横に振り払う瞬間、おっさんは驚いたような表情を浮かべていた。

(これは勝った……)

 そう思っていた。が、剣はおっさんの脇腹を目の前にして剣で止められていた。そして弾かれ、柄が手から離れる。掴みなおす暇もなく、疎かになった喉元におっさんの剣の先が寸止めされた。

「今のは危なかった。少年がもう一年早く生まれていたら間違いなく打たれていたな。して、もう一戦はすぐやるか?」

「……勿論です。次は一発入れてみせます」

 剣を取って元の位置に戻り、模擬戦を再開した。

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