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二話

「…………くん……リグくーん!」

「ん……フィリア……?」

 肩を揺すられる感覚に重いまぶたを開くと、フィリアが馬乗りになって起床を促していた。

「えへへ、やっと起きた。ほら、行こ」

「行こって……どこに?」

「どこって、南の丘だよ?昨日、お花摘みに行くって……」

「あ……ああ、そうだった。うん、行こっか」

 約束を思い出して上半身を持ち上げると、柔らかな笑みを浮かべるフィリアから手を差し伸べられた。握ると引っ張られる感覚がして、気付くと南の丘にいた。

「ねえねえリグくん、青くて花びらが大きいお花と、白くて花びらが沢山あるお花、どっちの方が好き?」

「え?えっと……花びらが大きい方かな」

「じゃあそっちのお花で冠作ってみるから、上手に出来たら被ってくれる?」

「うん、いいよ。それなら俺も白い方でフィリア用に冠作ってみるね」

「本当?えへへ、ありがと」

 嬉しそうにフィリアが笑って、それから別々の花を摘みに行った。

 そして花を摘む合間にふと顔を上げると、真夜中になっていた。立ち上がると手に持っていた筈の花もどこかに消えていた。

 しかし違和感や気持ち悪さは感じる事無く、ただただ夜になったという情報をそのまま受け取った。

「フィリア、そろそろ帰らないと……」

 家に帰ろうと振り返って声を掛けようとすると、フィリアは少し離れた所でランプを持って手を振っていた。

(……ああ、そうだったな。もう戻れないんだった)

 現実を思い出すと段々と意識が朦朧としてきて、最後には視界が暗くなっていった。


  ◇


「…………うっ……うぐっ……」

 跳ねるような揺れで急激に意識がはっきりしてきて、まぶたを開くと布を被せた天蓋が映る。

「よし、目が覚めたみたいだな」

 男の人の声が聞こえて振り向くと、整った赤褐色の髪と同色の髭を蓄えた男性が横に座っていた。

「最初はリティスまで引き返そうと思ったのだが、私も先を急いでいるんだ。すまないが今は国境地帯に向かっている。しかし対向に別の馬車が通ったら引き渡そう」

「いえ……俺も国境地帯を目指していたので、必要ありません」

 乾燥しきった喉でなんとか掠れた声を出し、男からの申し出を断る。

「……少年、それは本当か?」

 男は驚いたような表情を浮かべたかと思うと、次には眉をひそめて訝しむように尋ねてきた。これ以上声を出すと喉の限界値を超えかねないので、頷く形で意思表示をする。

「そうか……取り敢えず、これを飲みなさい。腹が減っているだろうから食事も出そう」

「……ぷはぁ。ありがとうございます」

 渡された水を一気に飲み干し、差し出されているパンを受け取りながら謝意を述べてすぐに頬張る。約十日間に渡って焼いただけの肉と草しか食べてこなかっただけに、久しぶりの普通の食べ物は身に染みた。

「なに、当たり前の事をしただけだ。それに君からは色々と聞きたいのでね」

 その為に恩を売っていると言わんばかりに不敵な笑みを浮かべているが、だからといってここで何も飲み食いしなかったら明日には死んでいるので、恩になるのも理解した上でならばと遠慮なくいただく。

「んぐ……そういえば、貴方のお名前をお伺いしても?」

「名前?……いや、今は素性を隠さないといけない事情があるのでね。悪いが伏せさせてもらおう」

 最後の一口まで飲み込んでから素性を尋ねるが、首を横に振って断られてしまった。しかも事情があるという事自体を隠して偽名を名乗らない辺り、どこか掴みづらさを感じる。ただ、恐らくそこまで深刻な事情ではないからこその回答なのだろうと、勝手に判断しておく。

「ちなみに私自身が隠す事に関しては、私から君に聞くつもりはない。今の情勢で南に行こうとする者は何かしら特殊な理由を持った者だしな。おおかた君もその一人なのだろう?」

「……まあ、一応」

「であれば互いに情報は公平であるべきだ。初対面の相手なら尚更にな」

 男は腕を組みながらそう言ってどっしりと座る。やはり難しい相手だと感じられるが、悪いようにはならないというのは分かった。

「では私からも一つ質問させてもらおうか。君はぱっと見だと十を超えたくらいの年齢のように感じるが……そうだとしたらなぜ南に向かうんだ?」

「……冒険者になりたいからってだけですよ。故郷は俺にとっては生きづらかったので」

 初っ端から踏み込んだ事を聞いてきたなと思ったが、考えてみなくとも気になるのは当然だと分かる。だが核心の部分は回答出来ないので、噓にならない程度かつ表面的な理由だけ答える。

「かくいう貴方はなぜ南に?」

「私か?私は息子夫婦に会いに行こうと思ってな」

「えっと……国境地帯にですか?」

 あまりに口調や声色が変わらなさ過ぎるので、流石にと思って確認する。

「いや、更に南のアグルメリア王国に、だ」

 どうやら違うらしい。が、そうならばここまで顔色一つ変えないのは意味が分からなかった。

「……し、失礼なのは承知ですけど、その方々が亡くなっているとは思わないんですか?」

「どうだろうな。たしかに内戦中で危険である故、死んでいてもおかしくない」

「だったらなんで……そんなに冷静でいれるんですか?」

 身も蓋もない言葉に指摘せずにはいられなかった。男の態度が非情に見える事で沸き上がってくる苛立ちを抑えつつ、身内が危険に晒されている環境を淡々と話した男に尋ねる。

「……まあ、そう見えても仕方ないが……理由はある。聞きたいか?」

「はい、勿論」

 今の態度に正当な理由があるとは思えないが、聞いてみる事にして二つ返事で答える。

「……端的に言えば、難民はもう受け入れられないからだ。治安の大幅な悪化を受けて、教皇様の言葉で難民受け入れは停止した。だからもう息子たちは国から出られない。内戦中の国から出れない人に会いに行くのなら、死んでいる事くらい覚悟していかなければならない。違うか?」

「それは……間違っていません。けど、冷静でいるのは諦めているのと同じだと思います」

「たしかにそうなのかもしれないな。しかしもう一度言おう、教皇様の言葉で出れなくなったのだ。だから、仕方ないのだよ」

 そう言われて、これ以上の返しは無駄だと悟った。この男は敬虔な智天教の信者なのだから。

 智天教においての教皇の言葉は天からの言葉に他ならない。そのため教皇が難民を拒絶した事はすなわち、天や智天使から見放されたのと同義なのだ。見放された人に会いに行くのなら素性は隠さないといけないし、心配のような慈悲に近い感情を持ってはいけないと考える人も信者ならいるだろう。

「……すいません、悪い事を聞きました」

「当たり前の反応だ。気にしなくていい……が、少し世間話でもしようか。内戦の原因についてなのだが、良いか?」

 俺が頭を下げたのを見て男は首を振ったものの、しばらく黙り込んでから提案をしてきた。やはり信者も人間、感情的にあるものはあるらしい。俺は信者でもなく断る理由は一切無いので、大きく一回頷く。

「……あれは十数年前だったか、海を挟んだ東の国で王令が出てな。簡単に言えば平民に酷い重税が課されたんだが、それでアグルメリア含む複数の隣国に逃亡民が出たんだ。他国は取り締まるなりしてどうにかなったんだが、アグルメリアは間の海が穏やかだったせいもあって取り締まりが追い付かなかった」

「それで大量に逃亡民が入ってきたと?」

「ああそうだ。だがそれだけならまだ良かったんだ。不法移民でも仕事だけはあったから、平民と同様に働いて同じだけの金を受け取って同じような普通の生活を送るようになって、その頃には波が落ち着いて国も保護の方向で動いていて、国内は全員不満無しで終わりになる筈だった」

 そうはならなかったのだろう。だけどもそれがどう内戦に繋がるのか分からないので、何も言わずに話を聞き続ける。

「そしたら次は、アグルメリアの人間に統治されたくないなんて言い出して、西の複数の場所で反乱を起こして勝手に爵位を名乗り始めたんだ。勿論そんなの許される訳ないから、国王会議で制圧軍の編成が話されるんだが……二度目の対応変更に加えて一部の貴族が買収されていて、国王の権威が失墜した。結果、共和派と反共和派に分かれて内戦が発生したってところだ。まったく、迷惑な話だな」

「……そうだったんですね」

 途方に暮れたように何もない天蓋を眺めているあたり、一区切り付いたのだろうと判断して相槌を打つ。正直、感想なんてものは無い。というか理解が及ばなかったので、聞いて知るだけで精一杯だった。

「すまなかったな。こんな話、君のような子供は知らなくていいんだ。忘れてくれ。もし学びを得たいなら……人は力を持てば増長しいつか破滅する。君は力に驕らず、身の丈に合った行動をしなさい」

「……分かりました」

 最後の言葉だけは理解出来たので、肝に銘じておく。

「……そういえば、君はこれから冒険者になるんだったね」

「?、そうですが……」

「どうだ、これから別れの日まで私と手合わせでもしないか?」

「……え?」

 思ってもみなかった提案だった。そもそも、この人は何の職業をやっているのだろうか?

「こんな爺でも第一線で戦っているのでね、腕なら保証しよう。ここには木剣もあるし、やる環境は整っているぞ?」

「……なら、お言葉に甘えさせてもらいましょうか」

 いつかはやらないといけないであろう対人戦を、ぶっつけ本番でやる羽目にならないのは正直ありがたかった。しかしそれ以上に、ここまで煽られてはやるしかなかった。俺の答えに、男もニヤリと笑みを浮かべた。

「それで良い。おい!馬の休憩まで残りどれくらいだ!?」

「もう少し先に開けた湖があるので、手合わせはこちらに被害が及ばない程度にお願いしますね」

 どうやら聞かれていたようだ。


  ◇


「……さて、始めようか。いつでもかかってきなさい」

 湖の畔、言われた通り馬車とは距離がある場所で木剣を構えて向き合う。

 ルールは魔法無し、あとは死んだり体の一部が欠損しない程度なら何でもありだ。

「……いきます!」

 試合開始を叫び、最速で距離を詰めて突きを入れる。

「むっ、かなり早いじゃないか!」

 男はそう言いつつも瞬時に躱し、上から剣を振り下ろす。が、そんなのは分かり切っているので対抗して剣を振り上げると、木だとは思えない程大きな音を立ててぶつかり合った。

 力負けしていると感じて一旦いなすが、瞬時に追撃が飛んでくる。それを躱したり打ち返したりしていると、周囲に風切り音と木を叩き合う音が鳴り響く。

 だがしかし、何百と打ち合った中で最後の一度、男が振り上げた木剣にこちらの木剣が当たった瞬間、手が耐え切れずに木剣が上空を舞った。

「はぁ、はぁ……参りました」

「うむ、良い攻撃だった。一旦休憩しよう」

 息を切らして膝を突き、敗北を宣言する。しかし男の方は呼吸一つ乱れておらず、まだまだ余裕があるようにすら見えた。

「……どうしてそんなに強いんですか?」

「経験の賜物だ。君もいずれこれくらいにはなる」

「そうですか……それならもう一回、お願いします」

「良い気合だ。答えぬ選択肢は無いな」

 休憩も程々に、また同じ立ち位置に戻った。

 結局ヘトヘトになるまで打ち込み、次の日は久しぶりの筋肉痛になった。

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