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八話

 レニー領、アグルメリアとの境界付近にある山の麓。陽もだいぶ傾いて茜色の空が広がっている中、野宿の準備を進めていた。ルイスさん曰く、明日一日馬を動かすなら今日はもう休ませるべきらしい。急ぎたい気持ちはあるが、馬も生き物なのだから仕方ない。

「この調子なら明日の昼頃にはアラクシスに着きますな。夜に行動するなら、日がある内に街の構造を把握しておくべきでしょう」

「そうですね。でも簡単に街に入れさせてもらえますかね?情勢もありますし、こんな容姿で簡単に入れさせてもらえるか‥‥‥」

 くすんだような灰色の頭髪と、気味の悪い深紫の瞳という、生まれ故郷にいた頃から避けられた二箇所の特徴。不安定な情勢で気を張っているのなら、見た目で門前払いされてもおかしくない。

「確かにその髪や目は良くも悪くも目立ちますな。とはいえ武器を置いていけば、悪事を働くとは思われないので大丈夫でしょう」

「‥‥‥まあ、その通りですね」

 いくら疑われても、肝心の危険物を持っていなければ咎めようがない。流石に気にし過ぎだと願う。

「とはいえ備えておいて損はないでしょう。ということで、近くに泉がありますので、身を綺麗にしましょうか」

「‥‥‥その通りです」

 言われて視線を落としてみれば、野宿に使う素材の採集に森の中を歩き回ったものだから、身体中土まみれだ。この状態で街に入るのはまあ無理だろう。

「泉はあちらの方向です。荷車に着替えと石鹸がありますのでご利用下さい」

「分かりました」

 言われるがままに必要な物を抱えて指差された方へ歩き続けると、すぐに小さな泉に辿り着いた。

(これだけ綺麗な水なら体を洗うにも問題無いな)

 夕焼けの空色を映す水面に顔を近付けると、影になった場所の底の土や小石がくっきりと見える。極小の淡水魚も泳いでいるあたり、相当清らかな水なのだろう。

 そうと分かればさっさと服を脱ぎ、水を浴びて体を洗う。泉は安全でも近くに街一つない森の中、いつ魔物が出てきてもおかしくない場所で悠長に水浴びは出来ない。

(着替えの服も例に漏れず良い材料と)

 名もなき農村育ちの庶民感覚だと、服の相場は無地の麻布だし、二着目三着目となればボロを縫い合わせたツギハギだらけの服が普通。それがここに来てからの二着、どちらも良質で、襟や裾なんかに装飾も施された高価な布で作られた服ともなると、着るのが勿体無く感じた。

 とはいえ着ないで歩けば普通に犯罪なので、肌触りの良さを噛み締めながら腕を通し、焚き火を起こしているルイスさんの下に戻る。

「ただいま戻りました」

「今から夜食を作りますので、少々お待ち下さい」

「はい」

 返事をしたのは良いものの、時間を潰せるものがある訳でもないので、用意された椅子に座ってぼんやりと火を眺める。

(‥‥‥なんとなく、懐かしい気がするな。よく手伝っていたから余計に)

 場所が変わってもあの時と同じように揺れる炎に安らぎを覚えながら、火力が落ちないようにそこら辺の乾燥した枝や落ち葉を焚べる。

「慣れていますな。日常的に料理をしていたのでしょうか?」

「いえ、全然」

 感心の目を向けるルイスさんに苦笑いを浮かべながら、首を横に振って否定する。

「火の手伝いをちょっとだけしてたくらいで、料理はほとんどできないです」

 自分の魔法を知ってからの六年間は父の猟師業に同行して、家のことは全部母に任せていた。だからある程度の条件の下、火を起こして煮たり焼いたりはできるが、味付けやら栄養やらは全然分からない。

「将来的には、家事全般できるようになりたいですけどね」

「良い心がけですな。しかし優先順位は低くするべきでしょう。その時間を鍛練に変えれば、その分強くなれますから」

「今のところはそのつもりです。魔力がちょっと多いらしいだけで、貧弱なのはよく分かってます」

 世の中にはリンドルさんのような強い人の他、強い魔物も沢山いるだろう。その誰が相手でも生き延びれるくらいの強さがあれば、魔法を理由に攻撃されることはなくなる筈だ。その時が来るまで、料理は気分転換程度に留めておくつもりだ。

「実力と才能はあると思います。ただリグ殿には威圧感がないのです。それが主人との絶対的な差です」

「威圧感‥‥‥ですか」

「ええ。リグ殿は戦場において、優し過ぎますから。戦闘中にも相手の命を惜しんでいらっしゃる。それが滲み出ている内は、確かに貧弱なのかもしれませんな」

(そうだよな。分かってるんだけどな‥‥‥)

 自分でも理解しているから間違いない、その通りの指摘だが、だからこそ問題だった。

(村にいた頃から喧嘩は嫌いだったかし、人に剣を向けることへの躊躇いは生まれつきなんだろうな。それを変えるのは難しいだろうし、変える方法も知らない)

 生まれつきの性分は、後から環境に付属してきた性格と比べれば、遥かに強く自分に結び付いている柱のような存在だ。環境を変えたところで、そう変わるものではないだろう。それ程のものを動かして精神的に強くなる方法など、知っていたら既にやっている。

「‥‥‥とはいえ、今でも反撃はできるようなので最低限は大丈夫です。こればかりは慣れですから、気長に出来ることをやるしかありません」

「そうですか‥‥‥」

 仕方ないことだとは理解しているが、無力なことにもどかしさや焦りを感じた。

「そんなに辛気臭いと、明日の出来に良くないですな。この話は終わりにして、食べて寝ましょう」

 一杯のスープを渡すついでにそう言われ、まあそうだなと思いながら一口喉を通す。

 春とはいえ夜の外はまだ冷えるため、温かいスープが体に染みる。具も食べ進めていると、少し心が安らいだ気がした。

「‥‥‥ごちそうさまでした」

「荷車に毛布がありますので、寝る時にご利用下さい」

「はい」

 腹を満たしたおかげか、眠気が思考力を少しずつ奪い始めている。明日のことを考えると目が覚めてしまいそうなので、眠いうちにそそくさと荷車で毛布に巻かれた。

(‥‥‥寝れない)

 本当に眠かった筈だが、寝ようとした途端に目が覚めてしまった。大事な日の前夜にはありがちな話だ。

 体には良くないが、まだ考えることが沢山あるので、この時間を有効活用することにした。

(そうだな‥‥‥もしも反乱に巻き込まれたら、俺も戦うべきなのか?)

 アグルメリア全土に広がりつつある、局地的で偶発的な反乱。アラクシスで発生する可能性も当然あるのだが、参戦するべきかどうかは悩み所だ。

(殺人云々は腹括るから問題無いんだけど、なにかするのはあまり良くない気がする)

 そう思うのにも色々理由がある。第一に本来の目的を考えると、反乱への参加は不利に働くと考えられること。第二に集団戦の経験が無く、事故の可能性があること。そして第三に、アグルメリア王国もまた智天教を信仰していることだ。

(絶望的に印象の悪いこの魔法を使えば、どれだけ鎮圧に貢献しても恩を売れるとは思えない。だからといって転覆に加担して連れ去るのは望んでないから、戦いには関わらないのが最善なんだろうけど‥‥‥)

 これだけ不利益が揃っていれば、干渉しないのが妥当な判断だろう。しかし、反乱が起きた場合、向かう先は統治側の大元である領主だ。行く先が同じとなると無視は出来ない。

(魔法を使わずに戦う‥‥‥のは無理だな。それをするには非力だ)

 同年代の人と比べれば力も技術も上だという自信はあるし、精神も成熟している方だとは思うが、そもそもの比較対象が十二歳の子供では大人の足元にも及ばない。その差を埋めていた魔法を封じれば、簡単に捻り潰されてしまうだろう。

(‥‥‥反乱が起きないことを祈りつつ、使わざるを得ない時を考えて心の準備をしておこう)

 戦いのことを考えると憂鬱な気分になるが、必要なことなのでよく噛み締めて、いざという時に躊躇しないよう覚悟を決めておくとして一日を終えた。


  ◇


『‥‥‥着きましたぞ』

 翌日、日が出ると共に出発して、まだ気温が上がりきっていない昼前。ルイスさんはそう言って馬車を止める。

 外に出て馬車の進行方向を見ると、赤く高い壁が左右に広がっていて、すぐそこには門と衛兵が立っていた。

「ここからはリグ殿一人で行くということでよろしいですな?」

「はい。ルイスさんは武器を預かって待機していて下さい」

「承知致しました」

 ここからは武器ではなく貨幣を忍ばせて、一人で行くことになる。武器を所持して入領するのは情勢的に難しいので、丸腰で無害な旅人を演じなければならなかったからだ。

「私は来た道を少し戻ります。帰ってくる時はそれを頭に入れておいて下さい」

「はい。それじゃあ、行ってきます」

 ルイスさんに軽く頭を下げて、お互い真逆の方向に前進した。

 門の下に着くと、会話は聞こえてないだろうが一部始終を見ていた衛兵と目が合い、片手の槍で進行方向を塞がれる。

「所持品検査に協力してもらう」

「はい、どうぞ」

 事務的に言ってくる衛兵に、貨幣の入った巾着袋とローブを渡す。

「先程別れた馬車の者とはどういう関係だ?」

「旅の道中で乗せてもらっただけです」

 案の定問われたが、用意した通りの答えを返す。

「アラクシスに来たのは初めてか?」

「はい」

「滞在費はあるか?」

「その袋の中に入ってます」

「ふむ‥‥‥他の所持品も問題無し。よし、入領を許可する。良い一日を、旅の者」

「ありがとうございます。良い一日を」

 もっと厳しく調べられると思っていたが、幸運にも少ないやり取りだけで通してもらえた。

 門からまた少し歩いて中心街に入ると、昼食の時間というのもあり、情勢の不安を感じさせない賑わい見せている。

 出店が立ち並び、四方から嗅ぎ慣れないながらも美味しそうな匂いが漂う。ルイスさんの話によると、主食は基本的に麺類らしいが、香辛料や味の濃い食材に恵まれているらしい。

(食べたい気持ちはあるけど、店内に入ってのんびり食事するわけにはいかないからなぁ‥‥‥)

 本来の目的は街並みの把握であって、怠れば夜の行動で不測の事態を招くことになるので、歩きながら食べれないものはまたの機会にお預けだ。代わりの昼食にはそこら辺のパンを買った。

(これだけ活気に溢れているあたり、ここはまだ安全なんだな)

 パンを頬張りながら、人が混み合う通りを見る限り、平穏が保たれているように感じる。だがそれはそこがあくまでも街の中心部の大通りだったからだ。

 本来の目的のため、道を逸れて静かな住宅街を通り抜け、水路とその先の排水路に架かる橋を渡ると貧民街に入った。

 パッと見た時から薄々感じてはいたが、排水路側かつ風下なのが原因でかなり匂いがきつい。建っている家も煉瓦造りからボロボロの木造に、二階建て三階建てだったところが平屋に急変した。

 道脇に目を向けると、服と呼べるかも怪しい布きれを纏った子供が至る所に座り込んでいる。

 そして見かけるほぼ全員、濃い肌色と白黒が入り混じった髪をしている。特徴的に、東方から来た人々で間違いないだろう。

(にしても酷いな。反乱を起こすのも頷ける)

 耳に挟む話の中での東方人は身勝手な蛮人だったが、こんなにも劣悪な環境を見せられては考えを改めざるを得ない。

(不当な扱いに抗うのは当然のことだな)

 自分も抵抗した側の人間として、気持ちはよく理解しているつもりだ。何かできる訳ではないが、いつか人並みの生活を手に入れられることを願う。

(‥‥‥戻ろう。領主邸の方向とも違うし)

 今の自分がここにいても彼らの神経を逆撫でするだけだろう。事を起こさないためにも引き返す。

(建物が低いおかげで目的地がよく見える分には、来てよかったかもな)

 北東の丘の頂上に、赤い洋館が一軒だけ建っている。他に雰囲気のある建物は見当たらないので、あれが領主邸で間違いないだろう。

 夕暮れはまだ遠いが、なるべく細かく調査するためにも、急ぎ足で館の方へ向かう。

(住宅街、繁華街‥‥‥用水路を渡ってまた住宅街、更に住宅街‥‥‥そしてこの先が邸宅か)

 街の構造が計画的なおかげで、ほぼ真っ直ぐ進んでいるだけで丘の麓まで来た。左右に広がる道が丘に沿って敷かれているあたり、領主邸を中心に扇状に建物を並べていると考えられる。そしてその扇の最外周に貧困層を並べたのだろう。

(さて、行ってみようか。見つかったら夜に支障が出るから気を付けないとな)

 周りに誰もいないのを確認して、丘に生い茂っている森の中に飛び込んだ。今日は風が強く、木の葉が擦れる音が良い偽装効果を放っている。運はこちらに味方しているらしい。

(遠目で見たよりも近いな。門番は二人、中にも巡回兵がいるだろうから、掻い潜れる道筋を見つけないとだな。北側は崖になっているから降りるのは困難‥‥‥でも街が手前で途切れているから壁が無い)

 崖に近付いてみると、真っ逆さまと言う程ではないが、落ちたら死ねる程度の落差と勾配ではある。そしてその先を見渡せば遮るものは無く、広大な平原への直通路が開かれている。

(俺なら衝撃吸収で無傷だろうけど、他の人にそれは求められない。もし抱えて降りるにしても、俺以外の人間に効果が付くか分からないのがな‥‥‥)

 街からの脱出において、ここまで都合の良い経路は他にない。だが重大な不安要素があるため、なるべく避けるべきだろう。

(やっぱ計画通り、正面から出入りすることになりそうだな)

 入る時には荷物検査やらが必要だが、出る時は必要ない、そんな検問の穴を突くのが最初の計画。他に良い脱出経路があれば、その都度変更するつもりだったが、その必要はないと判断した。

(東側は‥‥‥馬車とも遠いし、脱出に使うことはないな)

 西から南を通って東は予想通り、扇状に街が続いている。馬車は西側なのでわざわざの迂回は不要だろう。

(よし、もう十分調査した。少し早いけど戻ろう)

 まだまだ時間は余裕だが、領主の私有地であろうこの森に長居するよりは良い。木の葉の鳴らす喧騒に乗せて丘を下り、近くに誰もいないのを確認して道に出た。

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