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七話

「‥‥‥そろそろ到着ですよ」

「うむ、丸一日ご苦労だった」

「夜も通しで走らせたのですから、報酬は期待しても?」

「考えておこう。リグ、貴様も起きなさい」

「んあっ‥‥‥おはようございます」

 リンドルさんに額を軽く叩かれて目を覚ます。と言っても固い木の床には中々慣れず、全然寝れなかったし眠りも浅かったので寝不足気味だ。

 馬車を覆う幌の隙間から差す光は朝焼け色で、気持ち良いくらいの冷たさの空気が口に入る。

「もうじき家に着く。朝食を摂ったら庭に来なさい」

「‥‥‥はい」

 リンドルさんのその一言で、昨晩の会話の一幕を思い出す。

『外れ者としてこの世界で生きていく以上、冒険者なり傭兵なり、剣を握ることが不可欠と言えるだろう。そんな世の中で自由を求めるのなら、相応の力が必要なのは当然のことだ。その上で貴様が自由でありたいと言うのなら、とにかく強くなるしかない。そして強くなる一番の近道は自分より強い者から学ぶことだ。つまり‥‥‥分かるな?』

『リンドルさんから剣を学ぶ、と』

『惜しいな。人間最も成長するのは実践の中だ。明日から基本的には模擬戦を朝から晩まで行う。貴様が他のやり方を望むなら考えるが‥‥‥』

『いえ、それで大丈夫です』

『それは良かった』

 今思えば、朝から晩まで戦いまくるなんて正気の沙汰じゃない。加えて実力差があり過ぎて本当に役に立つのか、今更ながら不安に思う。

 けれどリンドルさんの指導方針が間違っているとは思えないし、そもそも俺自身も、反復練習より実践の方が好きだ。同じことを延々と続けるのは辛いから。

(筋肉は模擬戦じゃ付かないだろうけど、そこは自主的にやるしかないよな)

 いくら連続して戦闘するとはいえ、流石に筋トレの方が筋肉には効果的な筈だ。

「‥‥‥言っておくが、思っているより甘くないぞ」

「覚悟しておきます」

「‥‥‥‥‥‥」

 受け答えにリンドルさんはなんとも言えない表情を浮かべる。一応、本気で覚悟してはいるのだがそれでも足りないのだろうか。

「到着しましたよ。さあ降りた降りた」

「分かっている。あまり急かすな」

 沈黙が流れそうな雰囲気のところに御者の声が耳を通り抜けた。リンドルさんは文句を言いながらも言われた通り降りようと腰を上げ、それにつられて自分も一緒に馬車の外に出る。

 外は朝日と冷たい空気がより気持ち良い。しかし、いかんせん眠くて欠伸が出る。

「やはり馬車で寝るのは慣れていないようだな。体調が悪くなったらすぐ言うように」

「はい‥‥‥まだ眠いだけなので大丈夫です」

「よろしい。私は少し他の用を済ませてくる。悪いが朝食は私抜きで終わらせておいてくれ」

 ちょっとした注意喚起に対して涙が出てきた目を擦りながらの返事をすると、リンドルさんは後の用件を伝えて一足先に家の中に姿を消した。

「ここからは私が引き継ぎます。と言っても、朝食だけですが」

「あ、はい、お願いします」

 残像をぼーっと眺めていると交代でエスタさんが横に付いて、返事を聞いてからゆっくり先導し始めた。

「昨日はアラクシス方面に行ったと伺っております。何の捻りも無いことを聞きますが、街の様子はいかがでしたか?」

 歩きながらエスタさんが昨日の話を切り出す。そりゃ自分は同行出来なかったのだから、気にもなるだろう。

「残念ながら、街までは行ってないんです。道中の平野で用が済んだので」

「そうだったのですね。実はアラクシスは私の生まれ故郷でして、失礼しました」

「いえ、故郷が気掛かりなのは分かります」

 エスタさんがいつ、どうして故郷を出たのかは分からないが、境遇は違っても思い出深い場所を想う気持ちは皆同じだろう。立場が逆だったら、同じように言及する自信がある。

「‥‥‥妹のような子がいるんです。元気でいてくれると良いんですけどね」

 願望を話すエスタさんからは寂しいような悲しいような、前向きではない雰囲気が漂っていた。

 知っての通り、アグルメリア王国は内戦状態が続いている。戦場じゃない場所でも平穏を保つことは難しいだろう。エスタさんが心配するのも無理はない。

「少し暗い話になってしまいましたね。朝食の用意をしてきますので、ご自由な席でお待ち下さい」

「‥‥‥はい」

 小さな返事だけして、厨房に向かう背中を置いてけぼりにする。こういう時、どんな言葉を掛ければ良いのか分からない。言われた通りに席に座ってから、まだまだ世間知らずで非情な自分に反省した。

 食事は用意されていたのか、エスタさんは割とすぐにお盆を持って厨房から出てきた。

「申し訳ありません、他に用意出来るものが無く‥‥‥」

「全然大丈夫です!ありがとうございます」

 頭を下げるエスタさんに、料理には目もやらないで食い気味にお礼をする。気にしていたとはいえ、過剰に反応し過ぎだろうと自分でも思った。

 ちなみに出されたのはパンとバターとチーズで、地域の産物に合わせたよくある朝食と言える。謝るようなことではない。

「あの‥‥‥すごく無責任なことを言うんですけど‥‥‥信じるしかないと思います。あんまり心配ばかりしていると、疲れるから‥‥‥」

 実際、父さんや母さんの顔を思い浮かべると溜息が出る。心配事が尽きなくて精神が削れるからだ。

 だから俺やエスタさんのような、大切な誰かとやむなく離れた人は、「どうせ生きている」「どうせ無事でいる」という考え方で過ごすのが楽なのだ。

「そうですよね。分かっているんです。分かっててもやっぱり心配なんです」

 暗い顔で話す彼女の言い分は痛い程共感出来る。頭で理解していても感情が追いつかないのは至極真っ当なことだろう。

「‥‥‥前の勤め先、アラクシス領主家の御令嬢で、とても優しい御方でした」

 エスタさんは目を閉じて、思い出すように話し始める。

 にしても、アラクシス領主の下で働いていたのは初耳だ。普通に凄いことなので尊敬するだけで、印象が変わるとかはないが。

「私はほぼ専属のような状態で、およそ五年はあの御方の成長を間近で見てきました。それだけに、解雇を言い渡された時はかなりきました。内乱が拡大していく影響で経営難に陥り、周りが先に解雇されていく中、長く持った方でしたが」

(てことは、突然引き離された感じなのかな。そうだとすると確かに‥‥‥きついな)

 己を内容と同じ境遇に落とし込んでみて、そのつらさを感じる。

 今、心配をある程度割り切れている自分と、そうじゃないエスタさんの違いはそこだろう。

 最初に魔法を使ってみた時から、俺には六年間のある意味準備期間があった。それに比べればエスタさんに設けられた準備期間は相当短く、気持ちの整理が出来なかったのだろう。

「それに‥‥‥魔法が少し、特殊でしたから。余計に色々心配で」

「‥‥‥魔法が?その話詳しく聞いても大丈夫ですか?」

 言った後で気付いたが、心配事を掘り下げるのはあまり褒められた行為ではない。だが聞いてしまった以上、引き下がれない。もしかしたら自分と同じ魔法を使う可能性があるのだから。

 正直、自分の存在があるから、誰がどんな魔法を使おうと驚きはない。リンドルさんの氷魔法を見た時も、強さには驚愕したが氷魔法自体には驚かなかった。闇魔法なんてものがあるならそりゃ氷くらい出ると思っていた。

 だがそれとこれとは別だ。俺と同じ、いわゆる闇魔法を使うのなら、本当にまずい。

(背教者なら俺がされたように捕えられる。俺はその後脱走したけど、もし連れて行かれたらどうなるか分かったものじゃない)

 拷問かもしれない。結局処刑かもしれない。少なくともただで済むとは思えない。

 その可能性を考えた時、自分こそが動く必要性を感じた。今こうして自分がレニーにいるように、智天教の手から助け出さないといけない気がした。

 その妹分の子の年齢は分からないがエスタさんがここに来たのが三ヶ月前と言うことは今年中、アラクシスを出たのも今年中の筈だ。宣告の儀は任命された数名の聖職者が北の聖都から離れるように街や村を巡回していて、今年の儀は十日程前に北にある己の故郷で行われた。内乱の中でも儀を行うと仮定して考えると、残された時間は多くはない。

「申し訳ありません。自分で言い出しておきながらですが、これだけは言えません」

「‥‥‥それは、まだ話すまでの信用に至っていないからですよね?」

 エスタさんは躊躇うことなく頷いた。そりゃあ初めて顔を合わせて二日目なんだから、これだけ話してくれている方が奇跡だ。これ以上は相応の対価を払うべきだろう。

「じゃあ、ちょっと見ていてください」

 そう言って千切ったパンの欠片を縁起が悪そうな黒い炎で焼き消す。目を丸くして驚いているあたり、しっかり見てくれたようだ。

「い、今のは‥‥‥?」

「俺も特殊な魔法を使うんです。だからその子の使う魔法に興味があって‥‥‥教えてくれませんか?」

 心配しているところに拍車を掛けないよう、殺されかけたことや故郷を脱出したことは伏せて、出来るだけ言葉を選んでもう一度尋ねてみる。同じように他では見ない魔法を使うと分かれば、善意で答えてくれるのではという期待の下だが、どうだろうか。

「‥‥‥あの子は、なんと言うか‥‥‥私には見えない人?のような何かが見えるようで、それも会話が出来たり、困っている時は助けてくれるらしく、本人は魔法だと言っているので恐らく魔法なのですが、それ以上は私にも分かりません」

「見えない人が見える魔法‥‥‥ですか」

(魔法は使うと直感的に使ったと分かるから、本人が言うなら魔法で間違いない。‥‥‥霊的な何かなのか、もしくは魔法による人造人間のようなものか‥‥‥いずれにしても、智天教の人間は好かないよな)

 霊が見えると言えば死後の世界からの使者とされそうだし、魔法で人を作れると言えば倫理から外れた悪人に仕立て上げられそうである。

(悪魔がうんぬんと言われた俺と大して変わらないな。だとしたらどうにかして助けたいものだけど‥‥‥)

 だからといって考えも無く行けば問答無用で人攫いの仲間入りだろう。まあ智天教側にどう思われてどう罵られようと俺は別にいいのだが、そうなるとレニーの領主的立ち位置であるリンドルさんの力は借りられない。つまり単身で厳重な警備の敷かれた領主の館に乗り込んでその少女を攫って自力で帰ってくることになる。可能かどうかを議論する余地も無い。

(後でリンドルさんに何かしらの形で協力してもらおう。俺一人でどうにかなる問題じゃない)

 他言することを、エスタさんは良しとしないだろう。でもそれで誰かを助けられるのなら、彼女からの評価なんて軽いものだ。

「ありがとうございます。同じような人がいて嬉しいです」

 とにかく悟られないように、内心焦っているのを隠して笑みを作る。

「お力になれたようで何よりです。‥‥‥つかぬことを聞きますが、リグ様は現在おいくつでしょうか?」

 話は無事に終えられたが、全然違う話題を吹っ掛けられて少し驚いた。隠すような内容ではなかったのが幸いだったが。

「えっと、今は十二です。数え年ですけど」

「あら、では御嬢様と同い年ですね。どうりで懐かしい感じがあると思いました。雰囲気は大人びていますが、分からないものですね」

 年齢を知ってかだいぶエスタさんの表情が明るくなった。が、これは褒められたのか皮肉られたのか。いや、褒められた筈だ。そう捉えておこう。

「仲良くなって頂けると嬉しいです。魔法のこともありますし。いつかあちらの内乱が終わったら、訪問してみては?」

「あっちは貴族令嬢で俺は拾い子ですよ。身分が違い過ぎますよ」

 俺も正直なところ、異色な魔法を使う数少ない仲間だと勝手に思っているので会ってみたいし仲良く出来たらしたい。だが身分というのは自力で変えられない絶対的なものだから、拾い子かつ元も平民だった俺には無理な話だ。

「旦那様は実質的なレニーの領主ですから、拾い子とはいえリグ様も領主一族の一人です。十分な身分かと」

「はは‥‥‥考えておきます」

 明るく笑顔で話すエスタさんを見て、これが本来の彼女なのだとすぐ分かった。とはいえ内容はなんとも言えないので、苦笑いで濁しておく。

「ありがとうございます。少し気が楽になりました。お食事の邪魔でしたね。申し訳ございません」

 そう言うエスタさんからはもう悲しい雰囲気を感じない。少しでも助けになれたのなら良かった。

「話してくれてありがとうございます。いただきます」

 朝食は美味しかった。この後のことを考えれば、僅かな休息と言えるだろう。

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