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プロローグ

 智天教(ちてんきょう)。この世界の殆どの国に跨る強大な宗教。その教え曰く、智天使(ちてんし)が悪魔と戦うため、または悪魔が智天使と戦うため人類に魔法を与えたとされている。生まれ故郷の国も智天教の宗教圏だった。

 魔法は火・水・風・土、そしてその四つの上に聖魔法が存在し、人々にはどれかしらの魔法適性が先天的に備わっているとも書かれている。

 その理から外れた者は?教えに記されている五つ以外の魔法適性を持つ者、あるいは一切の適性を持たない者はどうなる?

 答えは至ってシンプルで、見下されるの一言に限る。智天使に見放された者あるいは智天使から罰を下された者というレッテルを貼られ、生活水準は沈み込んで職も自由が利かなくなる。

 そんな世界で、見放された者でも罰せられた者でもなく"背教者"と呼ばれた俺、リグが安寧を得られる訳がなかった。

 ではどうして、背教者などと蔑まれるようになったのか?

 無いもので言えば、教え通りの適性が無い。それなら別に大したものではなく、普通の見放された者だ。しかし有るもので言えば唯一無二の、それこそ背教者と言われるのも納得してしまう適性を持っていた。

 闇魔法。名前だけでも明らかに敵対している魔法適性。ついでに灰色髪に紫の瞳という類を見ない容姿もあるだろう。

 そんなんだから宣告の儀でそれを告げられるや否や捕縛されて、明日には火刑に処される事になった。

 そして今、夜なのに騒然としている村を少し離れた山から見下ろしている。表現出来ない感情を覚えながら、もう二度と見れないであろう景色を目に焼き付け、思い出を振り返ってみる。


  ◇


「父さん!俺も魔法使ってみたい!」

 六歳の頃、風魔法を使って山で狩りをする父に憧れ、直談判してみた。

 しかし村の教会を管理している下位聖職者の人が言うには、個々の魔法適性を告げられる前に魔法を行使するのは好ましくないらしい。子供の好奇心だからと黙認している事の方が多いともこっそり言われたが、全ては親の裁量だとも更に追加で教えられた。そのためこの直談判もダメ元だ。

「おお、リグも遂に狩りがしたくなったか!なら早速行こうか!」

「うん!」

 後から聞いた話だが、将来的には俺にも狩りをしてほしかったらしい。だからだろうか、父は喜んで俺を山に引き連れた。

 世の中には魔獣と呼ばれる生き物がいるらしいが、周辺の山には兎や鹿など普通の動物しかいない。そのため危険は少なく、隠れて魔法を使うのには絶好の場所だった。

「いいかリグ、魔法は想像力が大切だ。"こうしたい"ってのを頭に浮かべてそれに合わせて身体を動かすんだ。こんな感じになっ!」

 父はそう言いながら持ってきた木剣を縦に振る。すると周囲に風が流れ、離れた大木に縦の切り傷が付いた。

「うわぁ……」

「リグもやってみろ。剣を振った先から風の刃が飛んでいくイメージだ」

 初めて間近で見て驚いている俺に、父は木剣を持たせる。少し重いが、持ち上げるくらいは出来る。

(風の刃が飛び出るイメージで……)

「やぁっ!」

 気合を込めた声と共に木剣を振り下ろすと、父同様に周囲に風が流れる。少し狙いが逸れていたのか大木には当たらなかったが、その横の細い木が鋭い角を作って真っ二つになった。

「一回で出来るなんて……凄いぞリグ!早速確認してみよう!」

 父は嬉しそうに声を弾ませながら、俺の手を引いて切れた木を取りに行く。俺も両親と同じ魔法適性だと思って、気分最高潮の状態で父に引っ張られていた。

 しかし、あと一歩で手が届くという距離に到達した時、異変が起きた。

 木が切断面から黒いひびを作り、枝先まで届くと全体が砕けて粉々になった。そして次の瞬間には破片も黒くなって更に粉末状になり、風に吹かれたかのようにサラサラと飛んで消えた。

「な……何が起きたんだ?」

 父は足を止め、狼狽しながら木の倒れていた場所を眺めて何度も目を擦った。しかし事実は何も変わらない。自分同様に何が起きたのか分からず呆然としていた俺を見て、父も状況を飲み込み始めた。

「……取り敢えず今日のとこはもう終わろう」

「……うん」

 最適な選択だろう。微かに震えている父の手を握り、まだ衝撃の余韻が残らない内に山を下った。

「いいかリグ、山での事は絶対に誰にも話すんじゃないぞ」

「……フィリアにも?」

 家が見えてきたあたりで父は俺にだけ聞こえるように忠告されたが、自信が無いので一番の親友にだけでもとその名前を呟く。

「駄目だ。宣告の儀の時まで隠しておきなさい」

「……はい」

 強めの語気と共に首を振った父の表情が事の重大さを物語っており、どうするのが賢明なのか議論する余地も無かった。

「ただいま」

「おかえりなさい。かなり早い帰宅だけど、どうかしたの?」

「ああ、ちょっとな。……俺は倉庫に行ってくる」

 家に着くと母が庭先を掃除していたため、父は俺を預けて裏にある倉庫に向かおうとする。

「……リグ、何があったの?」

 不審に思った母が俺と同じ目線になるようしゃがんで、優しく微笑みながら尋ねてきた。

「あ、えっと……」

「俺が帰ったら説明するから、それまでは何も聞かないでやってくれないか?」

 しかしながらつい先程"誰にも話すな"と言われたばかりで、母親と言えども簡単に白状する事は出来ず父に視線を送ると、父は声色で大事だと暗に伝えつつ母に制止を掛けた。

「……そう、分かったわ」

 母は若干不満そうにしながらも、素直に従って掃除に戻った。

「リグ……誰かと遊びに行ってきなさい」

「え、いいの……?」

「ああ。だけど、約束は守るように」

 誰にも喋らない事が絶対条件ではあったものの、もう誰かと会うのも難しいのではと思っていたリグには朗報だった。

「それならこの後フィリアちゃんが来るわよ。一緒に遊んだらどう?」

「うん、そうする」

 話は一段落して、一旦の落ち着きを取り戻した。父は倉庫へ、母は本格的に掃除を、それぞれが何も無かったかのように分散する。俺はフィリアが来るまでする事が無いので家の中に入る。

「……どうなるんだろ、これから」

 一人になって、こみ上げてくる不安を吐露する。手には剣を振った時の感触が残っており、当分はあの衝撃を忘れられそうにない。

 ダイニングの椅子に座ってしばらく途方に暮れていると、コンコンと玄関の戸を叩く音が響いた。

『リグくーん、いるー?』

 加えて聞き慣れた声が耳に入り、まだ整理出来ていないため気乗りはしないが戸を開く。

「おはようリグくん。今から遊びに行かない?」

 やはりと言うべきか、いたのは親友の女の子フィリアだった。肩まである白い銀髪と碧眼は色味こそ俺と似たり寄ったりだが、不気味と評される俺とは対照的に奇麗だと言われていた。六年経った今考えると、他の友人が親に言われて俺を避け始めても、彼女だけは今に至るまで毎日のように遊びに来てくれた最高の親友だった。

「うん、フィリアの行きたいところでいいよ」

「じゃあ南の丘に行きたい。お花が咲いてるってお母さんが言ってた。お弁当も作ってもらったから、一緒に食べない?」

「うん、いいよ」

 いつもなら二人で話し合って決めているが、この日だけはフィリアに行き先を任せた。

 考えるのも面倒だったし、この日は本当に遊ぶだけでも怖かった。ふとした瞬間に口を滑らせてしまわないか、誤って魔法を行使してしまわないか、怯えながらのピクニックだった。

 結果はやらかす事も勘付かれる事も無く終わったが、生きた心地がしなかったと記憶している。


「リグ、これから二日に一回、一緒に狩りをしよう」

 夜、晩御飯を食べていると父がそう提案した。俺がいなかった間に話は済ませていたのか、母は何も言わずに第三者として行方を見守っている。

「うん……でも、魔法を使うと……」

「多分、動物でもあの木と同様の結果になるだろうな」

 狩りの提案は正直、嬉しかった。しかし昼の出来事を思い出すと、父の被せた言葉の通りになると考えて受け入れるかを躊躇う。

「大丈夫だ。魔法を使わずに狩りをする。そんな事よりも、リグには一日でも早く一人で生きれるようになってもらいたいんだ」

「……やっぱりあの魔法は良くないものだったの?」

 父の言葉から、隠そうとしていたであろう事を自ら指摘する。父は渋々頷いた。

「宣告の儀で、教えに無い魔法適性が出た者は追放されるかもしれないんだ。倉庫にあった古い本に前例が書いてあった」

 父が昼間に行っていた倉庫は村の文献が保管されている特別な場所だが、我が家の裏にあるおかげで所有権も父が持っていた。だからこそ、十二歳になって独り立ちしないといけないと六歳の内に知る事が出来た。

「頼むリグ、友達と遊びたいのは分かっているんだ。それでも今は、この不甲斐ない父の願いを聞いてくれないか!?」

 父は苦痛を顔に滲ませて頭を下げてきた。こうする事でしか息子に生きる道を与えられない自分を叱責しながら。

「父さん……本当にいいの?魔法を使わないなんて……」

 どれだけ難易度を上げる事になるのか計り知れず、もう一度聞き直す。

「本当に大丈夫だ。普段から魔法は動いてる獲物や大きな獲物に対してだけだしな。獲物になる対象は減る程度でしかないんだ」

 父の目は嘘を吐いていないように見えた。本当に、頼っていいんだと感じた。

「……じゃあ、頑張る」

 将来的に独り立ちするというのはまだ明確な景色として見えなかったが、元々狩りをしたかった事、今まで通りの生活で良いとは思えなかった事が相まって覚悟を決めるしかなかった。

「そうか……ありがとうリグ……!」

 父はらしくもなく感極まったように声を震わせながら、その大きな手で頭を撫でてきた。

 翌日からの生活は良くも悪くも、父と同じ"狩人"の生活だった。太陽が昇ると共に目覚め、日が落ちるまで狩場に籠る。二日に一回と言えども習慣的に早起きになった。


 十歳になるまでは毎日のように全身筋肉痛が伴った。そのせいで狩りでもないと家から出れない日々が四年間続き、外で遊べないものだから友達は段々と離れていった。

 それでもフィリアだけは狩りで出掛けている日も含めて、毎日のようにうちに通っては家の中で出来る事で遊んでくれた。

「他の友達と遊ばなくていいの?」

「うん、リグといる時が一番楽しいから」

 身体中が痛くて外で遊べない中、そんな会話があったと今でも覚えている。今思い出しても悲しくなるだけだった。


 十一になれば筋肉痛はある程度収まった。狩りでも父に追従出来るようになり、分析という名目の下に魔法を使う事も出てきた。それによって分かった事がある。

 まず、この魔法は火・水・風・土の魔法を擬似的に再現出来た。しかし火なら黒い炎が対象が完全に灰になるまで燃やし、水なら薄暗く濁った水滴が飲んだ量に比例して大きな対象でさえ内側から腐らせ、といった感じに制御は出来るものの全てが攻撃的な力を有していた。

 次に特定の現象を吸収する事が出来た。例えば足音を消せたり、光を覆い隠せたりと、固有の特性を見つけた。

 狩りは単独でも充分に行なえる。村の外に出ても恥ずかしくない程度のマナーも教えられてきた。魔法も制御出来る。一人でも生きていける程度の力を付けたと言えるだろう。


 十二の春、宣告の儀を執り行う為に、村の小さな教会に中位聖職者の御一行がやってきた。

「これより魔法適性の啓示を始める。呼ばれた者は前へ」

 儀式は順調に進み、いよいよその時が来た。同い年の子が何人も先に呼ばれ、一人一人に適性が言い渡される。

「次は……アトレア家長女、フィリア」

「は、はいっ」

「其方への啓示は……純白なる信仰心、聖なる力を行使する資格。すなわち聖魔法の適性である。賞賛を送ろう」

 中位聖職者は秘術によって脳に浮かんだ言葉を読み上げると手を叩き、それは一斉に周囲の人間に伝播していく。護衛の聖騎士や子供達の保護者、気まぐれな参観者まで、最終的には全体から大きな拍手が巻き起こった。

「その力は貴重である。いづれ教皇様の命で召集されるであろう。それまで、上位の魔法を行使する者としての自覚を持って生きたまえ。それでは次……」

 ひとしきり拍手が鳴りきってから聖職者は忠告とも取れる言葉を残し、儀式を再開する。

「……次、フレイス家長男、リグ」

「はい」

 不思議と緊張はしなかったが、これが終われば出ていかなければならないのかと思うと少し切ない気分になる。

「ん?これは……」

「どうか致しましたか?」

 啓示が浮かんだような反応を見せたもののそれを読み上げず、隣に立つ聖騎士が様子を伺う。すると中位聖職者の翁は皺だらけの顔に更に皺を上塗りしたような形相に加え、侮蔑の視線でこちらを指差し口を開く。

「全ての生命を脅かす力と血を浴びた黒き心。聖なる力に仇をなす適性はすなわち闇の魔法……この背教者を捕らえよ」

 最後の一言が放たれた瞬間、十人程の聖騎士に囲まれ背後から組み伏せられ、手首を縄で縛られた。

 同い年の子供達は何が起こったのかと隣と目を合わせ、大人達は「まさか……」だとか「やはり……」といった三者三様の反応でざわついていた。

「長くこの地位に就いてきたが、貴様のような危険人物は初めて見た。どんな処罰を与えるかは後の話だが……何か言いたい事はあるか?」

「……生まれ持った力で背教者呼ばわりするような宗教なら背いた方がマシだ」

 こんな事を言っては処罰も重くなるだろう。だがそれでも、用意しておいた言葉を吐き捨てれて気持ちが良かった。

「……明日、この者を火刑に処す。裏の倉庫にでも放り込んでおけ」

 顔を真っ赤にしながらも平静を保つ聖職者から残酷な答えが下され、聖騎士がこちらの背中を押して教会から追い出そうとする。

「ま、待ってください!いくら何でも殺すのは……」

「父さん、静かに。俺は大丈夫だから」

「おい、早く動け」

 群衆から飛び出て判決に抗議する父を制止し、聖騎士に押されながらも形ばかりの笑顔を手向けて出口へと進む。

 周囲の好奇の目をくぐり抜けた後は、石造りの薄暗い倉庫に押し込まれる。

「どちらにせよ処刑されるのだ。変な気を起こしても良いが……逃げられると思うなよ?」

「それじゃあせいぜい頑張って監視して下さい」

 追い込まれている状況ではあるが、監視役の聖騎士を煽るくらいには余裕があった。聖騎士は露骨に睨み付けてくるが、上司である中位聖職者の爺から支持されないと何もしてこない相手なんて怖くない。

 何はともあれすぐに脱出する訳ではないので壁を背にして座り、夜まで体力を温存する。

(にしても甘いなぁ~。監視は一人で拘束具も縄だけなんて、逃げろって言ってるようなものじゃん)

 なんて言葉にはしないが、内心で目の前の聖騎士を含めた聖職者一行を嘲笑する。しかし時間を潰すのにはあまりにも足りないので、勢いに任せて気に食わなかった人の愚痴を考えまくる。

(思えば結構嫌われてたよなぁ。灰色の髪と紫色の目が珍しいのは分かるけど、罪の無い子供をどうしてそこまで嫌えるのか、大人って分かんないよなぁ。近くを通るだけで『気味が悪い』なんて、よく言えるよなぁ。本当に気味が悪い)

 考えれば考える程気が立ってくるが、それ以上に何故か楽しくなってきた。取り敢えず、日が暮れるまでの暇潰しにはなった。


(……そろそろ動き出そうかな)

 日が暮れてからだいぶ経ち、監視している聖騎士も注意力が散漫してよそ見が増えてきた。これなら少し動いても怪しまれる事はないだろうと踏み、後ろで縛られている手に意識を集中させる。

(こいつさえ無ければ閉じ込められる事もなかったって考えれば、本当に憎たらしい魔法だな。でもおかげで脱出出来そうだ)

 脱出作戦の第一段階は簡単で、小さな水の塊を作り出してそれを縄に吸収させる。すると段々と縄が緩くなり、最終的に軽い力で千切ると砂のように霧散していった。

(腐食させる水なんて、人に飲ませたらどうなるんだろうな)

 そんな事は恐ろしくて到底出来ないが、きっと体の内側から腐ってしまうだろうと予想してから第二段階に移る。次は最初に倉庫全体にゆっくりと魔力を充満させる。何故ゆっくりなのかというと、一度に大量の魔力を放出するとなんとなくの嫌悪感が発生して勘付かれる恐れがあるからだ。

 しかも魔力は別に見える訳ではないので、満たされたかどうかは己の感覚を信じるしかない。そのため少し多めに魔力を放出してから、聖騎士とその後ろにある出入り口の位置をしっかりと確認して、魔法を行使する。

「な、なんだ!?おい背教者!貴様何をした!?」

(そんなの言う人がいると思うのか?どこにいるか分かりやすいから別にいいけど)

 魔法で倉庫全体の光を完全に遮断したため、視界が突然真っ暗になった聖騎士は慌てて大声を上げる。かく言う俺も視覚情報は一切ないので、その声を頼りに抜き足差し足で出入り口の扉を掴んで開いた。

(まだ誰も来ていないし、裏を抜ければ近くに山がある。さっさと逃げよう)

 東から北にかけて小高い山がある村の地形に救われて、山の中を通って家のある東側へ走る。

 と言っても顔を出す訳ではなく、ちゃんとした山道がうちからしか通っていないのでそこに向かっているだけである。

(まあ山に入った時点でほぼ成功みたいなものだけどな。けど少しでもこの先の危険を躱すために山小屋の狩猟具は持ち去っておきたい)

 魔法単体での狩りが今のところ不可能なので、逃亡の道中で食べ物に困らないようにするには装備が保管されている山小屋に立ち寄る必要がある。

 張り込まれていたらまずかったが、流石に情報の伝達よりこちらの行動の方が早かったため、無人の山小屋に無事到着した。

(あんまりよく見えないけど……これはフード付きのローブかな?こっちはナイフだな。弓矢はたしかここら辺に置かれてた筈……)

 必要な物はあらかじめ決めておいたため、数分程度で支度を整えて山小屋を出た。


  ◇


 そして今に至る。山小屋から少し南下したあたりで、状況を確認するために村を上から眺める。

 村中至るところでランプの光が動いており、脱走者を必死に探し回っているのが目に見えて分かる。

(何だろうな。悲しいのか寂しいのか、嬉しいのか腹立たしいのか、よく分かんないけど、もう戻る事はないだろうな)

 解放の喜びもあれば、もう会えないであろう人への寂しさもある。色々な感情があるが、全部混ぜ合わせて故郷に小さく手を振った。

(この先の丘を越えて更に南に行けば辺境都市。それを避けて更に南に行けば国境地帯に入る。そのどこかにある中立都市は智天教と距離を置いてるって聞くし、まずはそこを目指そう。何日掛かるか分からないけど)

 もしかしたら想像以上に過酷な旅になるかもしれないが、希望を紡ぐ道はそれしかない。迷う要素は無かった。

 そうと決まれば南側の丘へと向かうため、山を下る。崖のように険しいが、必死の努力で習得した身体能力であっさり突き抜けていく。

(ん……?丘のど真ん中に光?あんなところで普通見張るか?)

 下っている途中に気付き、近くの木に乗って確認する。しかし光は微動だにせず、なんなら目を凝らすと人影は一つしか見当たらない。近付かない方が良いのかもしれないが、ランプを持っていない分こちらの方が先に視認出来るのを加味して、好奇心のままに確認してみる事にした。

(見た感じ銀髪だな。そんなの一人しかいないけど……)

 もう少し近付いてみて、まあそうだよなと思わず溜息を吐く。正直、フィリアは今一番会いたくない相手だった。

 彼女の事は嫌いな訳が無いし、むしろ一番の友人だと思っている。だからこそ、寂しくなると思って一番会いたくなかった。

(見なかった事にして先を急ぐべきかもしれないけど、こんな時間だし放っておくべきじゃないよなぁ……。てかこんな時間に何してるんだ?)

 流石に心配が勝つので、少し様子を見てみる。

「……みんなお酒飲んでいたし、少ししか飲んでいなかった聖騎士様もこの時間なら寝てるかな?お客様用の小屋は西側だし、教会は今頃リグくん以外無人だよね。私が倉庫から出して一緒に逃げればリグくんが一人になる事も無くて、私も寂しくなくて一番良いよね。やっぱりそうするしか……」

「その必要は無いよ」

「ふぇ?だ、誰!?」

 話が危険な方向に向かっているのを感じて、つい声を掛けてしまった。やってしまったと思いつつも過ぎた事なので諦めて、驚き慌てて辺りを見回しているフィリアの前に姿を見せる。

「リ、リグくん……」

「あー、その……だな、気持ちは嬉しいがそんな事しなくても……っと」

「……ちゃんと触れてる。ちゃんとリグくんがいる……良かったぁ」

 驚いているうちに軽く説明して離れようと思ったが、先にフィリアが抱き着いてきて喜びの丈を伝えてきたのでその作戦は失敗した。

「フィリア……突然だけど、俺はこれから遠くへ旅に出るよ」

「うん、分かってる。私も一緒に行きたい」

「駄目。装備も食料も力も、何もかもが足りない。今の俺じゃフィリアを守りながら旅する事は出来ない」

 本音を言えば、フィリアが望んでいるのだからその通りに連れ去りたかった。だがそれにはあまりに自分が非力な事を理解しているため、彼女の願いを叶える事は出来ないのも理解していた。

「……そっか、本当は放したくないけどリグくんの言う通りだし、放さなかったら迷惑になっちゃうよね。寂しいけど、私は村に戻るね」

 フィリアは眉を下げながらも、笑顔を作って俺と距離を取った。

「ありがとう。遠くに行ってもフィリアだけは忘れないから」

「嬉しい。私もリグくんだけは絶対に忘れない。いつか迎えに来てくれてもいいんだよ?」

「安全に過ごせる場所を見つけたら、そうしようかな」

「……待ってるから、行ってらっしゃい」

「うん、行ってくる」

 満天の星空の下、ランプの光だけを頼りに不確定な約束を交わして、振り返ることなく先を急いだ。

 何年も過ぎてから再会するのは、まだ先の話。今は生きるために、前だけを向いて走った。

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