嫉妬
sideウィル
あぁ、ガラにもない事をしてしまったなと、痛む自分の手のひらを見つめていた。帰り際、苦しいと小さく呟いた声はおそらく彼女に届く事なく周りの雑踏にかき消された。きっとそれで良かった。
彼女をギルの妹ではなく、異性として好きになったのはいつだっただろう。
初めての出会いは今も覚えている。
歳の離れた兄の役に少しでも立てるように、得意な剣の練習をもっとしたいと伝えたが、王子だから剣術は程々で良いと家のもの達に猛反対されていた。
そこで騎士団長のカーライルに何度も直談判をして渋々内緒で稽古をしてもらっていたんだ。
稽古は騎士団を目指していると言うカーライル家の長男ギルバートと一緒にやっていたが、彼はよく妹の話をしていた。いつか会ってみたいなと言ったのは会話を弾ませる為でそこまで興味はなかったのに、ある日ギルは自慢の妹を紹介してくれた。
ギルの妹だから活発な子かと思っていたが、恥ずかしそうにギルの後ろに隠れていて、控えめな子だった。
舌たらずの話し方でオドオドしながら自己紹介をしている姿は愛らしくて、僕の事を呼び捨てで呼ぶのも少し驚いたが妹ができたみたいで嬉しかった。
それからと言うもの、いつも目をキラキラ輝かせて僕達の稽古を見ているから、妹のようなローズに見られているならカッコ悪い所は見せれない、もっと頑張ろうって思えたんだ。
どんな嫌な事があっても稽古をしている時は夢中になれたはずだった。
「ニコル王子今日は動きに迷いがありますよ?」
「……うっ」
カーライルと剣で対局している時、自分の剣を思い切り弾かれてしまった。
「心の乱れは剣の乱れ。今の状態でギルと戦ってもすぐに負ける。王家で派閥争いが起こっているのは知っています。だけど剣にそれを向けているようでは半人前ですぞ」
痛い所を指摘された。いつもなら剣を握れば集中できて嫌な事は忘れられていただけに、互角の戦いをしているギルに負けるのは自分でもわかっていた。
カーライルの言う通り最近では家の中で第一王子派と第二王子派で派閥争いが起こっていて騒がしかった。
僕は王位継承の願望はなく、尊敬している兄のサポートができれば良いと思っているのに、周りはそれを許してくれない。やたら比較してはどっちが優れている、どっちが王に相応しいと勝手に評価してくる。
更には結婚に興味などないのに妃候補と会う度に令嬢からも親からも毎度強烈なアピールがあるものだから時々上手く笑えているか心配になる。
はぁーーっと大きなため息を吐き、今日もベンチに座って観覧しているローズと少し話して、あの嫌な家に帰るかなと彼女の元へ近寄った。
「ウィル今日もおつかれさま。かっこよかったよ」
「…今日はダメダメだったよ」
「ううん。ウィルはいつもいっしょうけんめいだからとーってもかっこいいよ」
僕はこんな小さい子にまで励まされているのかとつい苦笑いしてしった。
「ウィル?どこか痛い?」
「ん?痛くないよ?」
「そーお?お顔が痛そうだから」
「大丈夫だよ。ありがとう」
そう言って笑い返したのに、ローズはなんだか納得してくれなくてじーっと僕の顔を見ていた。
すると、良い事思いついた!と言うと、ひらめいたように表情が明るくなった。
「ウィル、ここに座って」
「こうで良い?」
「うん!」
立って話していた僕がローズの隣に座ると、今度はローズが立ってしまった。
どうした事か?と不思議に思っていると急に頭の上に小さな手のひらがのせられてヨシヨシと頭を撫でられた。
「いつもウィルがやってくれるやつ。これやると悲しい時も、寂しい時も、辛い時も元気いっぱいになるんだよ」
「……ありがとう」
「いつもウィルの味方だからだいじょーぶだよ」
僕よりも小さい子に励まされているのに、どうしてだろう。こんなに胸が温かくなるのは。どんな人に何を言われてもこんな気持ちになった事はなかった。
それからと言うものローズと話すのが前よりも楽しみになった。ローズは小さいのに皆の事を気にかけていて、僕の些細な変化に気づいては僕のほしい言葉をくれた。
少し体調が悪いなと思っていたら、お熱ある?と聞いてきた時は僕の側近達も気づかなかっただけに驚いた。本人は大した事をしていない感じだけど僕の心をこんなに満たしてくれるなんて大物だ。




