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幸せな時間

「謝らなくていいよ。僕も今ここにいるって事はサボってるんだし」


そう言って笑うウィルは先日の冷たい雰囲気が嘘のようだ。昔みたく柔らかい表情で優しく話しかけてくれるウィルに見惚れていると、ウィルが私の手に持ってる赤色のリボンを指差した。


「それ、まだ交換してないんだね?」


「はい、残念ながら」


「僕も誰からも声かけられなくてまだリボン持ってるだ」


ウィルが声をかけられない訳がない。こんなかっこよくて優しい第二王子に声かけない生徒は絶対いないだろうと疑っていた私の目の前に青色のリボンが差し出された。


「僕ので良かったら交換してくれない?」


「えっ……私のなんかで良いんですか?」


「ローズのがほしい」


はい、僕のと交換ねと半ば強引にリボン交換されたが、大人気のウィルは私ので良いのだろうか。ノルマである上級生のリボンを手に入れた喜びより不安が勝ってしまった。


「なんか変な事で悩んでるでしょ?」


「べ、別に悩んでないです」


ローズは顔に出やすいからなと苦笑いするウィルが私の頭に手を置きヨシヨシしてくれた。もう子供じゃないのに久しぶりの頭を撫でられる感覚はどこか安心させてくれた。


「制服凄い似合ってるね。初めて見た時思わず見惚れちゃったよ」


「スペンサー様の方が似合ってますよ」


「ほんと?僕の制服姿かっこいい?」


と、からかうように聞いてくるウィルに思わず笑ってしまい、2人で笑い合っていた。


「ねぇ、ローズ?いつも一緒にいるグレイ男爵の息子とはどういう関係なの?」


ん?何のこと?と首をこてんと横に倒す私に、ウィルは困ったように笑いながら続けた。


「いつも一緒にいるから気になっちゃって」


「ん?ニコルは学校でできた唯一の友達です」


「そうか、でも先日は手を繋いでいたよね?」


ほら、僕の教室に来た時にと言うウィルの顔を見上げると優しい口調とは裏腹に目が鋭くて、ピリッとした空気になった。


「あれは、お兄様に会いに行く勇気のない私についてきてもらったからです」


ふーんっと素っ気ない返事をするウィルに、今日の歓迎会の為に兄の教室に行った経緯を1から説明したがウィルから感じとれる雰囲気は相変わらずだった。

 

友達の居なかった私と仲良くしてくれて、兄の教室にまで一緒にきてくれて、ニコルは良い人だよって更にアピールを頑張ったのに、もういいからと話を止められてしまった。


「さっきから気になってるんだけど、なんでニコルって名前で呼んでんの?」


「……ぇっ?」


こんなウィル今までで見たことないくらい低い声で冷たい眼差しで私を真っ直ぐ見ていた。


「僕の事は苗字で呼ぶのに、あの子の事は名前で呼ぶんだね。ねぇ、なんで?」


「…ニ、ニコルって呼んで良いって言われたから?」


「なんで疑問系なの?僕だってウィルで良いって言ってるのにローズは呼んでくれなくなったよね?」


そう言いながらジリジリ距離をつめて来るウィルが少し怖い。王子に向かって呼びすてなんて無理に決まってるのに。


「ねぇ、なんで?」


「に、ニコルは友達だから…」


「じゃあ僕はローズにとって何?」


冷たい口調でそう言われて泣きそうになった。父に昔言われた通り私はウィルの兄弟でもなければメイドでもない。私にとってウィルは初恋の相手で今も変わらず好きな人だけど、それを伝えるのは御法度だ。ウィルこそ私の事を何だと思っているのだろう。幼馴染の妹?それとも騎士団長の娘?


黙り込んでいる私に、助け舟のような形で足音が近づいてきた。

 

「ウィルー!もう時間だぞ」


「あぁ、今行く」


兄の登場にウィルは私から距離を取ると、私に振り返る事もなく歩いて行った。


「ローズ、話してる所すまなかったな。あいつが急に逃亡したものだから探してたんだ」


「ううん、大丈夫」


じゃあなと言って手を振る兄を見送るとやっと呼吸ができた気がした。さっきまでは重い空気過ぎてあの時間が続いていたら耐えられなかっただろう。

あれほど探した兄の登場が呆気なかったが、今はそれどころではないのだ。あんな怖いウィル初めてみたな。

 

 

 

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