ガメ
ガメは高三の時の担任だった。年齢は七十代前くらいだろうか。なぜ、ガメと呼ばれていたのかわからない。
でも、ガメはガメだった。
ガメは、山で野犬を拾ってきて、飼い始めたものの、その犬が夜通し鳴くので、追いかけ回して寝不足らしいという噂を聞いたことがある。真相はわからない。
そのこともあって、ぼんやりしているのか、ただ人の話を聞いていないのか、ガメとの会話はなかなか上手く進まないことが多かった。
私が日直で、ガメの授業後に板書を消していた時。
黒板の上の方までガメが書くので、背の低い私には届かず、仕方なくジャンプしながら消していた。その様子に気づいたガメが、呟くように
「二十歳までは、背が伸びるから大丈夫」
と言った。私は自分にかけられた言葉だとは思わず、しばらく無視していたのだが、ガメの視線に気づき私に言ったのだ、と理解した。「はぁ」と返事すると、満足そうに頷き教室を出て行った。
また、推薦枠で大学を決めたいと思っていた私は、ある日、職員室でガメに
「家から通える大学なら、どこでもいいです」
と相談をした。しばらく考えていたガメが
「宮城K大学はどうだ?」
と言った。え? 宮城? 東北?
さまざまな考えが頭を渦巻いた後、通えないじゃん! と自分でつっこみつつ
「いや、あの、通えないですけど……」
と言うと、ガメははっとした様子で
「あ! そうだな。すまん。すまん」
と言った。このやりとりを聞いていた、ガメの前に座っていた櫻井じいちゃんが、ぶっ! と吹き出した。一体何なんだ。
この他にも、五時間が終わったところなのに、六時間が終わったと勘違いして、帰りのホームルームをしにきたこともあった。
「先生ー! もう帰っていいんスかー?」と言った男子のツッコミがナイスだったと、今思う。