櫻井じいちゃん
櫻井じいちゃんは古典の先生だった。綺麗な白髪で、それとは対称的に肌が黒く、そのコントラストが印象的だった。
年齢は当時七十代の真ん中くらいだろうか。年齢の割にはかくしゃくとしていた。
何の作品を勉強していた時だったか忘れてしまったが、原文を訳す授業で大北君(仮名)が指名された。
〝召す〟という言葉が出てきた時に、大北君は「召し上がる」と訳した。確かにそう訳すこともできたが、文脈から言って、〝〇〇をお呼びになる〟というのが、正解だったと思う。
大北君の訳を聞いた櫻井じいちゃん。
「お前は人を食ってまうんかいな!」とつっこんだ。そのつっこみの鋭さから、若い時は厳しい先生だったのではないか、と私は思った。
そんな櫻井じいちゃん。男子にはまぁまぁ舐められているなと私には思えた。
授業が始まって十分ほど経過してから、小西君(仮名)が、教壇に立つ櫻井じいちゃんの前を、堂々と横切って席につこうとしたことがある。
「小西! お前どこいっとったんじゃ!」
櫻井じいちゃん怒り爆破である。当然だろう。
しかし、小西君はもっと強かった。
「食券、買いに行っていました!」
遅刻の理由を高らかに答えた。
食券……なぜ今、食券……まだ二時間目。
みんなも、小西君の堂々とした態度に、感銘を受けたようだった。
「この、阿呆!」
櫻井じいちゃんが、叩こうとするのを小西君はするりと交わし、涼しい顔で席についた。
小西君は毎日、髪を立てるようにセットしていて、それがツンツンしていて、ハリネズミみたいだなぁと思っていたのだが、その日以来、私の中では〝食券の人〟になった。
櫻井じいちゃんは、この他にもズボンのファスナーが開いていて、目の前の席にいた男子から「先生、窓開いてますよ」と言われたいた。
じいちゃん。思い出だ。