3(2)
振り向くと、お玉を持った凛が憤怒の形相で立っていた。激痛の原因は凛が持っているお玉による殴打だ。
「お前一人だけが不幸だなんて思ってんじゃないぞ! ちょっといじめられたくらいで陰険になりやがって」
その口ぶりから凛も角南が僕をいじめていたことを知っていると確信する。
みんなが角南の肩ばかり持っているような気がして、僕は苛立ちを感じた。
「僕の気持ちがお前らにわかるもんか!」
「あぁ、わからないよ。いじけて自分から何もしようとしない根性なしの気持ちなんか」
「凛ちゃん」
声がだんだんと大きくなっていく僕と凛の間に、朝霞由姫が入ってきた。凛は口を閉じる。
「ここは大丈夫だから。凛ちゃんは雛子先生のお手伝いを続けていて」
「でも、由姫姉」
「ね、凛ちゃん」
「わかった。けど、こいつがまたなめたこと言ったらすぐにアタシを呼ぶんだぞ」
「ありがとう、凛ちゃん」
凛は納得のいかない表情でキッチンに戻っていった。これでは僕は完全に悪役じゃないか。
凛がキッチンで皿洗いを再開したのを確認して、朝霞由姫が再び口を開いた。
「凛ちゃんのお父さんは人を殺しました。お母さんはそれが原因で心を病んでしまい自ら命を絶ちました。凛ちゃんはお母さんを失い、殺人者の娘として世間から迫害されてきました。けど、凛ちゃんは負けずに戦い続けてきました。だから、喜屋武くんにあんなことを言ってしまったんだと思います」
「僕にみんなの不幸自慢を聞かせるためにここに連れてきたんですか?」
「違います、私は喜屋武くんにも前向きに生きてほしいと思ったんです」
「偽善者の道楽に付き合わされるのはまっぴらごめんです!」
いつになく僕は大声で叫んでいた。
朝霞由姫の言うことが正しいのはわかっていた。だけど、それを面と向かって指摘されたのがショックでたまらなかった。
僕は朝霞由姫の顔を見ることができず、その場から逃げ去った。
玄関を出ると、闇夜の中に黒塗りのリンカーン・コンチネンタルが停まっていた。