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僕の視界に角南がいなければ、数年ぶりの温かい手作り料理を堪能できたに違いない。それほど雛子さんが作ってくれたハンバーグは美味しかった。
食事を終えた角南は逃げるようにして自室へ戻っていった。きっと角南も僕がいなければ美味しく食べることができただろう。
「千依里の奴、手伝いもしねえで食うだけ食ってさっさと部屋に戻りやがってさ」
雛子さんといっしょにキッチンで洗い物をしている凛は大きな声で愚痴を言っていた。
「千依里の傷は深いのよ。だから、もうちょっと好きにさせてあげてちょうだい」
「雛子先生がそんな甘いこと言ってるから増長すんだよ。あーいう奴はガツンと一発言ってやった方がいいんだよ」
「みんながみんな凛みたいに強くはなれないのよ。でも、先生助かるわ~。凛がお手伝いしてくれるから」
雛子さんのほめ言葉に、凛の皿洗いのスピードが二〇パーセントアップした。どうやら凛はおだてに弱いらしい。
朝霞由姫はというとキッチンから閉め出されたにもかかわらず、レクリエーションルームから雛子さんと凛の姿を微笑ましく見つめていた。
レクリエーションルームには、テレビ、DVDプレイヤー、童話から文学書まで詰まった本棚、円卓とイスがあった。普通の家ならばリビングルーム兼書斎といったところか。
僕はイスに腰掛けて、出された食後のコーヒーを飲んでいた。
「僕に会ってほしい人っていうのは、角南千依里のことだったんですか?」
「はい。千依里さんがどうしてもあなたに会いたいと」
朝霞由姫は事情を知らないのか、あっさりと認めた。
「僕は会いたくなかった」
「あなたをいじめていた人だからですか?」
「!」
僕は言葉を詰まらせた。朝霞由姫はすべてを知っていて、僕と角南を会わせたというのか。
「喜屋武くんはここがどういう所か覚えていますよね?」
「グループホームでしょう」
言った後に気付いた。角南がここにいるということは、凛同様両親がいないか、何か事情があっていっしょに暮らせないってことだ。
「千依里さんのご両親は千依里さんが小学五年生の時に離婚されたそうです。千依里さんはお父さんに引き取られましたが、面倒を見ることがむずかしいといって、ここに預けられました」
「どうして母親が引き取らなかったんですか?」
「千依里さんのお母さんは暴力をふるう人でしたので、心配したお父さんが引き取ったそうです」
そんなの世間じゃよくあることだ。同情に値しない。
「だからといって、僕は角南を許す気にはなれません」
「そうですね。人を許すというのは寛容な精神が必要です。だからこそ、千依里さんとちゃんと話し合ってほしいのです」
「みんな同じことを言うんですね。いじめられている方が悪いみたいに」
「いえ、私はそういうことを言っているのでなく、誰もが幸せになる権利があると思うのです。だから」
「幸せしか知らない人が言いそうな自己満足的発想ですね」
そう言った瞬間、僕の後頭部を激痛が襲った。