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 五月一三日金曜日。

 朝霞由姫はあの日から毎日下校時に校門前で僕を待ち伏せしていた。そして、同じ言葉をかけてくる。

「感動クラブに入りませんか?」

 と、呪文のように毎日。

 僕は無視することで朝霞由姫の勧誘を断り続けていた。

 だいたいその『感動クラブ』というネーミングからして胡散臭い。しかも、うちの高校にはそんなクラブは存在しない。一般のサークルかもしれないけど、どちらにしても僕はクラブ活動などするつもりはない。

 朝霞由姫はなぜしつこく僕だけを勧誘してくるのだろうか。いや、勧誘しているのは僕だけというのは傲慢だ。もしかしたら校内の男子生徒は僕を除いて全員感動クラブなどというよくわからないクラブに入っているのかもしれない。

 下校中の男子生徒からの羨望&嫉妬ビームが僕に突き刺さる。これは朝霞由姫の勧誘を断り続けているせいだろうか。そりゃ面白くないのは当然か。普通の、いや空気のような目立たない存在の僕に、校内一の美少女が毎日待ち伏せして話しかけてくるのだから。気を引くためにわざと断っているのかと思われているかもしれない。

 迷惑な話だ。男子生徒の反感を買っていじめの対象になるのはもう懲り懲りだ。わざわざ小一時間かけて電車通学しなければならない高校に通っている意味がなくなる。もっとも世間体のためだけに両親から無理矢理通わされている高校だから、通えなくなっても僕的には困りはしないけど。いや、待てよ。公立高校へ通うことがエリート意識の高い両親への唯一の反抗だから、通えなくなるのは困るか。

 だからといって、朝霞由姫の申し出を受け入れるわけにもいかない。

「喜屋武くん、あの」

 話しかけてくる朝霞由姫を無視して、僕は校門を通り抜けようとする。

 と、いきなり眼前に黒い壁が立ちはだかった。

 それは黒いスーツを長身に包んだ、体躯の良い男だった。

 オールバックの黒髪。

 ゴールドフレームの細めなサングラス。

 左頬には縦一文字の傷跡。

 高級そうなクロコダイルの靴。

 年の頃は二〇代後半といったところだろうか。頭のてっぺんからつま先まで、どこをどう見てもヤのつく業界の人としか思えない。

 男がサングラス越しに僕を見下ろしているのがわかった。おそらく一般人の九七パーセントは男の容姿に畏怖の念を抱くだろう。そして、今回は僕もその九七パーセントの仲間入りだ。僕の膝はガクガクと震えていた。

 こういう人間とは関わらない方が賢明である。

 僕は男を視界から削除して、家路を急ぐことにした。

「ちょっと待てよ」

 すれ違いざま、僕は制服の詰襟をつかまれて引き戻される。

 うそだろう? 僕はあんな業界に知り合いはいないぞ。

 僕の体は首根っこをつかまれたノラ猫の如く、宙に浮いていた。

 男が空いた左手でサングラスを外す。切れ長の釣り上った双眸から殺気に満ちたビームが放たれていた。まるで獲物を狙うヒットマンのようだ。

「おい、お嬢が話しかけてんのにシカトはねえだろう!」

 状況から考えて、『お嬢』というのはやはり朝霞由姫のことを指しているのだろう。

 お嬢様はお嬢様でもあっちの業界の人間だったとは思いもしなかった。

 言うことを聞かない僕を暴力で脅すつもりなのか。

 もしかして『感動クラブ』ではなく『極道クラブ』の聞き間違いだったのだろうか。いや、いくらなんでも『感』と『極』は聞き間違えないだろう。

 今はそんなことを考えている場合ではない。この状況の打開策を考えねば。しかし、恐怖で思考回路はストライキ中だ。

「ダメです、萬谷(よろずや)さん。喜屋武くんを放してあげてください」

 朝霞由姫に萬谷と呼ばれた男は右腕を振り下ろす。僕の靴底が地面を感知する。だが、詰襟はつかまれたままだ。

 萬谷はサングラスをかける。

「何言ってやがんだ。お前がトロトロしてっからオレが手伝ってやってんだろうが」

「私、がんばりますから」

「もう時間がねえことはお前だってわかってんだろう」

「それはわかっています。でも、やはりここは本人の意思を尊重してあげた方が」

「そんなのん気なこと言ってから、いつまでたっても連れて行けねえんだろうが。こういう奴はな」

 詰襟をつかまれたままの僕の体は再び宙に浮いた。萬谷はそのまま歩き出す。

 先刻まで僕に羨望&嫉妬ビームを浴びせていた男子生徒はいつの間にか姿をくらませていた。そりゃそうだ。誰だって巻き添えは食らいたくない。自分が一番大事だ。

 一体僕をどうするつもりなんだ?





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