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エピローグ


 目が覚めたら僕は布団の中にいた。見慣れぬ天井に、ここが自分の部屋でないことがわかる。

 僕は枕元に置いてあったメガネをかけた。

「起きたか?」

 いきなり凛が僕の顔を覗き込んでくる。

「わっ!」

 僕は布団の中から転げるように飛び出した。

 凛はそんな僕のおまぬけな姿を見て、一瞬怪訝そうな顔をするが、すぐに大きな声を上げて笑い出した。

「お前、アタシまで幽霊かと思ってたのかよ? バカじゃねえの。アタシは二ヶ月前に由姫姉にここへ連れてこられたばっかなんだよ」

 腹の立つ言い方だけど、図星なだけに言い返せないのが辛い。

「由姫姉、喜屋武が起きたぞー」

 凛は笑いが止まらないのか、苦しそうに腹を抱えながら部屋から出て行った。

 昨日とはイメージがずいぶん違って見えた。生意気な口調は相変わらずだが、刺々しさがなくなっている。

 僕は室内を見回した。何もないフローリングの真ん中に僕が寝ていた布団が敷いてあるだけだった。淡いピンク色のカーテンから太陽の光が透けている。

「おはようございます。ご気分はいかがですか?」

 エプロン姿の朝霞由姫が入ってきた。

「たぶん大丈夫です。あの、ここはどこですか?」

「雛子先生の家です」

「雛子さんの家は火事で燃えたんじゃなかったんですか?」

 昨夜のことはやっぱり夢だったのか? いや、さっきの凛が言った言葉が夢ではないと物語っている。

「雛子さんの遺言でしたので、お爺様にお願いして同じ造りの家を建て直したんです。今は私と萬谷さんと凛ちゃんの三人で暮らしています。本当はグループホームとして再建したかったんですけど、児童養護施設も人手不足でこちらにまで人員を割くことができないと断られました。だから、いずれは私が資格を取ってここをグループホームにするつもりです」

 何も考えていないようで、ちゃんと将来のことを考えているんだな。

 僕は自分の将来のことなんか考えたこともなかった。ただ毎日を無気力に生きているだけだった。僕にも自分がやりたいことが見つけられるだろうか?

「あ、そうです。これ」

 朝霞由姫はエプロンのポケットから一枚の紙を取り出した。

「何ですか?」

「メンバーズカードです」

 それは感動クラブの会員証だった。しかも、ラミネート加工もされていない普通の画用紙に、手書きで『会員ナンバー3 喜屋武慧』と書いてあるだけ。付け加えると、ピンクのペンで可愛く縁取りされている。

「約束ですもんね。私、喜屋武くんを必ず幸せにしてみせますから!」

 昨夜の約束と僕が感動クラブのメンバーになることがどう結びつくのか理解できないけど、朝霞由姫は瞳にキラキラとお星様を浮かべていた。何だかまんまと朝霞由姫の術中に陥ったような気がする。天然キャラだと思わせておいて、実は策士だったりするのだろうか。

「では、私は凛ちゃんといっしょに朝食の支度をしますから、後で下りてきてくださいね」

「朝霞先輩が作るんですか?」

「残念ながら、私は盛り付け担当です」

 朝霞由姫が苦笑すると、部屋を出て行った。

 僕は手のひらに残されたカードを見つめた。ナンバー3ってことは、感動クラブのメンバー数は僕を入れてたったの三人ってことだよな。まさかナンバー1と2は、朝霞由姫と凛って言うんじゃないだろうな。

「はずれだ」

「っ!」

 背後からいきなり声が聞こえてきて、僕は声にならない悲鳴を上げて体を硬直させた。

「ナンバー2は凛だが、ナンバー1はオレだ」

 振り向くと、萬谷がヤンキー座りでキュウリを一本口にくわえていた。いつの間に部屋に入ってきたんだろう。全然気付かなかった。いろんな意味で心臓に悪い人だ。

「憑き物が落ちたみたいな顔してんな」

「お、おかげさまで」

 僕は微苦笑した。

「このカードはな、お嬢の友達の証なんだよ」

 萬谷は右手に感動クラブのメンバーズカードを持っていた。確かに『会員ナンバー1 萬谷弾』と書いてある。

「お嬢は見てくれはいいんだが、あの性格だから友達ができねえんだよ。感動クラブっていうのは、友達を作るためのお嬢の口実なんだよ」

 まあ家がヤクザだったりすると、余計に友達ができないだろうからな。

「お前、昨日から何か勘違いしてるみてえだな。お嬢はヤクザの養女じゃねえぞ」

「あ!」

 萬谷が僕の心を読むことができるのをすっかり忘れていた。

「オレらのボスはお前のようなクソガキは一生会うことがかなわねえ、さる御方とだけ教えておいてやる」

 それって、もしかしてヤクザなんかよりももっとやばい人ってことなのだろうか?

 僕の心が読めるくせに、こういう時だけ萬谷は何も答えてくれなかった。この人、一体何者なんだろう。

「執事って言っただろう」

 萬谷は毅然と答えると立ち上がり、窓を開けた。

 窓から入ってくる初夏の風が、憂鬱な僕の気持ちを吹き飛ばしてくれた。

 とりあえず、僕は朝霞由姫が待つ一階へと下りることにした。からっぽになったお腹と心を満たすために。




                            おわり








最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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