プロローグ
楽しんで読んでいただければ幸いです。
高校に入学して一ヶ月くらい経った、とある月曜日の放課後。
下校中の僕に彼女が話しかけてきた。
見るものすべてを吸い込んでしまいそうな大きな双眸。
つんと高く筋の通った鼻。
ほんのりさくらんぼ色をした形の良い唇。
極上な三点セットが小さな顔の中にバランス良くおさまっていた。
腰まで伸びた漆黒のストレートヘアが、初夏の風に少しだけ揺れる。身長は僕より少し高いから一六五センチくらいといったところだろうか。セーラー服の上からでも彼女のスタイルの良さは見てとれる。
美少女の中でもかなり上位ランクだ。おそらく世の中の男性の九七パーセントは、彼女を見て心をときめかすことだろう。残念ながら僕は残り三パーセントの男性に属するようだ。彼女を見ても心はときめかない。だからといって、男性に心をときめかすタイプでもないと断言しておく。
「喜屋武慧さん、ですよね? 私、この一ヶ月間あなたのことをずっと見てきました」
彼女は僕の返事を確認する前に言葉を続けた。もし僕が喜屋武慧じゃなかったらどうするつもりだったのだろう。本人だから問題はないけど。
彼女は頬をリンゴのように赤く染めている。
「あの大変失礼なことをお聞きしますが、あなたには友達がいらっしゃいませんよね?」
「………………」
「感動クラブに入りませんか? 友達をたくさん作りましょう」
この言葉で『高原で白い子犬と戯れる清楚なお嬢様』のイメージから一転、『慇懃無礼なお嬢様』というレッテルを彼女に貼り付けた。
確かに僕に友達がいないのは間違いない。だが、友達がいないのではなくて作らないだけだ。僕のポリシーだ。それを他人、しかも初対面の人間に言われる筋合いはない。
最悪の第一印象だ。
「断わります」
僕はずれ落ちそうな眼鏡を人差し指で押し上げて短く即答すると、彼女の前を通り過ぎていった。
後で知ったのだが、彼女の名前は朝霞由姫。僕と同じ高校に通う二年生。登下校はいつもリムジンというお金持ちのお嬢様らしい。そんなお嬢様なら人のプライバシーに乗馬で踏み込んできて馬糞まみれにするようなことを平気で言うのかもしれない。
だいたい金持ちのお嬢様がこんなレベルの低い高校に通っていること自体がありえない。お嬢様はお嬢様に見合った身分相応の私立高校に通っていればいいんだ。どんな理由があるか知らないけど迷惑な話だ。
まあそんな迷惑なお嬢様とはもう二度と言葉を交わすことはないだろう。
だけど、そんな僕の考えは甘かった。