第八話 恋する入学式
少名館降神剣術校新宿本部入学式、当日は快晴だった。
袖口襟首が赤く他は黒を基調としたブレザーを着た全校生徒約二百人が綺麗に整列してグランドに集まった。
生徒の前には百五十センチくらいの腰が曲がった白髪の小さい老人と先生が三人と鞍馬天狗と愛宕太郎坊天狗と富士山太郎坊の三柱が立つ。
そして、一人の先生が台に上がりマイクの前に立つ。
「皆さん、おはようございます。これから館長から話があります。ではどうぞ!」
老人は咳払いをして台に上がりマイクの尺を縮める。
「あー、あー、皆さん!おはよう!そして、入学おめでとう。気分はどうじゃ?最高か?私が少名館降神剣術校の館長を務める、白髪部十郎である。よく来てくれた。少名館降神剣術士校は完全実力主義である。強いヤツが上に行く。単純であろう!なので、今からその実力を見せよう。誰か生徒の中で段位十段・天之位のワシと戦いたいヤツはおるか?」
「館長!腰が悪いので無茶は‥」
「五月蠅いわ!一分だけならまだまだ現役!貴様らに負けはせん!喝ーー-!」
鞍馬天狗が笑う。
「また、始まったの~」
「もう、おじいちゃん、恥ずかしいな~」
白髪部夏希は顔を覆って赤面する。
生徒の中から一人、間を縫って前に出てきた忍海百八。
「俺でいいっすか?」
「ちょっと、百八、目立つって」
赤鶏武の停止を払いのけて全校生徒の前に立つ。
あっ?あの子達!この前助けた子だ!
良かった無事だったんだ。
胸を撫でおろす、白髪部夏希。
「名は?」
「忍海百八です!」
オロオロする、赤鶏武。
「また、百八はもう~」
「忍海?忍海?‥!おお、倅か!」
「うっす!胸借ります。他の天之位どんなもんか知りたいっす!」
「よかろう!おい。鞍馬、ヤツに木刀と開始の合図を!」
「館長はどうするんですか?」
「ん?わしか?わしはこれ!」
忍海百八に手刀を見せる。
「上等!」
鞍馬天狗から木刀を受け取ると開始の手を上げる。
「両者構えて‥」
忍海百八は構える。
対してし白髪部十郎も手刀を前に構える。
全生徒は静まり返る。
毎年恒例とは言え段位十段・天之位の剣術が見れる絶好の機会、固唾を吞んで全生徒は目を皿にして注目した。
微かな風の音だけが雑音の様に耳をかすめる。
「始め!」
両者動かない。いや、またしても忍海百八が動けない。
オヤジと同じだ!何だこの感覚?
目の前にいるのに存在を感じない。
リラックスしてるくせに隙が無い!
やばい!
このままだと負ける!
「来ないのか?」
「狸爺!」
「くくっ」
足元に転がっている石を白髪部十郎に向かって蹴り飛ばすと同時に切りかかろうとしたが、目の前に白髪部十郎の姿が無い。
忽然と消えた。いや、消えた様に見えた。
いない?どこだ?
生徒を見ると自分の後ろに目線が集まっている。咄嗟に飛びのいて振り向くが手刀が腹にトンと優しく当たった。
「一本じゃ!カカッ」
「やっぱり、だめか!クソ!」
「カカカッ!まだまだ現役‥がっあたたたっ」
白髪部十郎は腰を痛めて四つん這いになる。
先生達が呆れて対応する。
「はい、回収します」
「こら、もっと優しく扱え!おおおお」
白髪部十郎はタンカに運ばれて退場した。一人の先生が台に上がって解散を伝える。ここまでの一連の流れが毎年恒例行事らしい。先輩たちは談笑しながら各教室に帰った。
その中、白髪部夏希が忍海百八と赤鶏武は挨拶しに来た。
「おはよう!私の事覚えてる?」
「あっ!君はあの時の?」
「百八、誰?」
「そっか、君あの時倒れてたもんね?」
「ほら、例の猫又事件、俺達を救ってくれた恩人だよ!」
「ホントにあの時はありがとうございました」
「よかった、無事で」
「あっ俺、忍海百八です」
「ごめん、名乗って無かったね。私、白髪部夏希」
「俺は赤鶏武です。でも白髪部ってまさか?」
「うん、館長の孫娘。よろしくね!」
「こちらこそ、よろしく!」
白髪部夏希は忍海百八と赤鶏武に握手した。
忍海百八は思わず白髪部夏希の手を見た。
その手から凄い情報量が伝わってきた。
その手の平は固かった。
一体どれだけの素振りをすればこれだけの固さになるのだろう?気が遠くなった。
忍海百八は手から顔へと目線を上げて改めて白髪部夏希を見た。あの時は意識が朦朧としていたのでしっかりと見れなかった。
その、何と言うか‥
可愛い!
俺的ドストライクなのだが!
そう認識した途端、心臓がドクンと脈打つ!
あ‥やべ!恋した!
「俺と付き合ってください!」
白髪部夏希と赤鶏武はキョトンとする。
「なに言ってるの?百八?」
「いや、惚れた!」
「いや、惚れたじゃなくて!」
「あはははっ、可笑し!君面白いね!ん~‥いいよ!」
「えっマジ!やた!」
忍海百八は天に拳を突き上げる。
「嘘だ!」
赤鶏武は現実を受け入れられない。
「正し、条件があるの!」
「条件?」
「私、自分より強い人が好き!だから私の段位を越えたらいいよ!」
「なんだ、そんなことか~。ビビった!」
「そう。簡単でしょ?」
「OKOK!で君の段位は?」
「九段・神剣之位!」
「‥クダン?」
「そう、九段」
「あっと‥一、二、三、四、五、六、七、八、九の九段?」
「そう、その九段!」
「えーと‥うん!うん!OK!OK!‥いいぜ!いいぜ!やってやるよ!惚れた女を満足させてやろうじゃないか!」
「フフッ、頑張って。ただ、あまり遅いと痺れ切らして他行っちゃうからね!」
「お、おう!女を待たせるのは趣味じゃねえ!」
「じゃあ、またね!」
白髪部夏希は手を振って走り去って行く。
ヤバい!後ろ姿も可愛い!
ポニーテールを左右に揺らして健康的に走り去る姿、
マジ天使なんだが!
「百八さん?もしもし?」
「何も言うな!」
「段位十段・天之位を目指すの?」
「どうせ、オヤジを抜くつもりだったし!だから楽勝だし!」
「彼女、何時まで待ってくれるんだろうね?」
「う゛‥早めに善処します」
「女を待たせるのは趣味じゃねえ!って‥」
「うっせえ!なればいいんだろ!十段に!なってやるよ!」
「でも十段か‥、いいね!俺も目指そう!」
「何?お前も惚れたの?」
「違うよ!ただ、その、‥百八が目指すなら俺もそこに行きたいんだよ!」
「前から思ってたけどお前‥俺のこと好きなの?」
「ち!ちがうよ!馬鹿!馬鹿!馬鹿‼馬鹿じゃなの!そんなんじゃないから!」
「お、おい!動揺しすぎ!」
忍海百八は赤鶏武と距離を取る。
「だから、違うって!誤解だ!」
校内のチャイムが鳴る。
「ヤベ!遅れる!戻ろうぜ!」
「うん」
「手、繋ぐ?」
「だから、違うって!百八のそういうところ嫌いだよ!」
「ハハハッ」
二人は急いで校舎に入って行く。