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第六話 少しの勇気

 満月は赤鶏家を照らす。

 赤鶏家は去年に父を事故で亡くし母親一人子供五人で生活をしている。

 父が死んで保険金は降りていたが家族の為に残しておきたいので、赤鶏武はまだ中学生だった頃年齢を偽ってバイトを掛け持ちして家計を支えていた。

 母親は元々体が弱くベットで寝てる事が多い。

 晩御飯前、家族はテレビを見ていたがいつもの喧嘩が始まった。


「ほら、じんしん、喧嘩しない!」


 赤鶏雪は晩御飯の支度をしながら弟達を叱る。


「だって~」

「それ、俺の!」


 人と真は数少ないお菓子の所有権で争っていた。


「二人で分ければいいじゃん?ねえ?」

「うん」


 双子の妹、はなあさはいつも二人で半分個にしているので兄達が争う意味が解らなかった。


「もう、お兄ちゃんからも言ってよ!」

「‥うん」


 覇気のない返事が返ってきた。

 赤鶏武はテレビを見るでもなく上の空だった。

 それだけ忍海百八が進学するはずだった高校をあっさり蹴って少名館に進学した事がショックだった。

  

  俺は何なんだ?

  友達だと思ってたのに。

  アイツは一言も相談も無しに決めた。それが許せなかった。

  俺の事を考えているなら一言欲しかった。

  その程度の付き合いなのだろうか?


 屈辱感、軽蔑心、憤怒、友愛が入り交じり最後に憧れと尊敬に昇華していく。

 何度も許そうとは考えたが心が引き裂かれる思いが押し寄せてやはり駄目だった。

 

  次、どんな顔して会えばいいのだろうか?

  俺はいつもうだうだと悩む。

  百八だったら悩まないで即行動に移すだろう。

  俺はホント駄目だな。


「お兄ちゃん?」


  いまから百八に会いに行くか?もう一回話し合いたい。


「お兄ちゃん!」

「ん?あ‥どうした?」

「どうしたって?大丈夫?‥」

「‥大丈夫だよ。雪」


 枯れた笑顔を赤鶏雪に向ける。それが赤鶏雪にはショックだった。


「やっぱり‥一緒に‥」

「ん?」

「んん、何でもない」


 晩御飯の支度に戻る雪の大根を切る手が止まる。


  遠くに行って欲しくない。

  お兄ちゃんを百八さんに取られたくない。

  だって独占したい。

  この思いは我がままなの?

  好きな人と一緒にいたいって自然な感情でしょう?

  お兄ちゃんに危険な事してほしくない。

  

  なのに何で?


  私がそう思えば思うほどお兄ちゃんが元気が無くなっていく。

  私じゃあお兄ちゃんを元気にしてあげられないの?


  なら‥でも‥。


  ああ、もう、私の馬鹿!やる事決まってるじゃない!


「お兄ちゃん?」

「ん?なんだ?」


 赤鶏武の背に回り抱き着く赤鶏雪。


「わっ!ねえちゃんが抱き着いた!」

「いや、何時ものことだろ?」

「いよいよなの?花?」

「とうとう越えるみたい、朝?ドキドキ!」


 花と朝は携帯で二人を写メした。

 顔を赤くする赤鶏雪。


  ああ、やっぱり落ち着くなあ。お兄ちゃんの背中。

 

「どうした、雪?」

「行ってきなよ、百八さんの所に。しっかり話合った方がいいと思うの?」

「‥雪」

「きっと、今行かないと後悔する」


  そう、私も‥。


「どんな結果でも私応援するよ」


  嘘、嘘、嘘!

  

  嘘だから!

  

  離れないで欲しい!

  ここにいて欲しい!

  百八さんの所に行かないで!お兄ちゃん!


「だから‥ね?」

「‥そうだな。うん、そうだよな!ありがとう、雪!行ってくるよ」


  駄目!


「うん!」


 赤鶏武から離れる赤鶏雪。

 赤鶏武は直ぐに支度をして家を飛び出した。


 赤鶏雪は弟達に涙を見せない様に背を向けた。

 

  ああ、私馬鹿なのかな?

  でもやっぱり元気なお兄ちゃんが好き!


「それはそうと花!朝!」

「な、なに?」


 鬼の形相で睨む赤鶏雪。


「さっき撮ってた写メ‥」

「ははい!」


 双子は心底ビビッてつま先から手先までピンと伸びた。


「私に送信して‥」


 先程の鬼が顔を赤らめモジモジし始める。

 双子はニヤリと顔を見合わせる。


「いかほどで?」

「ししゃも一つでどう?」

「お主も悪よのう~」

「いえいえ、お代官様ほどでは!」


 赤鶏雪と双子は手を結んだ。人と真は悔しがり、俺達も撮ればよかったとそれをネタにまた喧嘩を始めた。

 そした、双子から送られてきた写メを見て赤鶏雪は顔を赤らめニヤつく。

 

 外はポツポツと雨が降り始めてきた。傘を忘れた赤鶏武は急いで自電車に乗って走る。いけないとは思っても信号を無視して飛ばした。

 忍海家までは自電車で三十分くらいで着くのだが、今日の道のりは雨のせいで少し長く感じる。忍海家に着く頃には雨は矢の様にどしゃ降りになっていた。自電車を止めて全身ずぶ濡れになって玄関の前に立った。チャイムを鳴らそうとするが指が止まる。

 

  勢いで出来たけど、ああ、どうしよう?迷惑かな?

  う~ん緊張する!

  

  でも、もっと早くこうすればよかったんだ。


  ホントに俺は‥。

  妹に背中を押されないと行く勇気も無いのか!つくづく嫌になるよ。

  そうだ!後で雪達にケーキでも買って帰えろう。無駄遣いしてって怒られるかもだけど‥。


 赤鶏武は大きく息を吸ってチャイムを鳴らす。ドアホンから忍海千依も声がした。


「は~い」

「こんばんわ。赤鶏です。百八君いますか?」

「あら、武君?ちょっと待ってて?」


 そう言い終わると同時に玄関が開いた。忍海千依が出てきた。


「どうしたの?ずぶ濡れじゃない!とにかく入って!」

「あ、いえ。どうも、すみません。お邪魔します」

「百八ちゃん!武君が来たわよ!」


 二階からドドドと小走りで降りて来る忍海百八が来た。


「武?どうした?ずぶ濡れじゃん!」

「とにかく、お風呂入って。その間に服乾燥させるから」

「すみません。そこまでは。少し話したいだけですから?」

「駄目よ!風邪引くじゃない?服だけでも脱いで後で百八ちゃんのお古だけど持って来るから」

「あ、はい‥すみません」


 赤鶏武は断り切れず風呂に入って着替えを貸して貰った。そして、忍海百八の部屋に入った。


「どおした?こんな雨の日に?」


 普段見せない赤鶏武の行動に忍海百八は驚いた。


「うん‥」

「‥」


 外の雨の音が聞こえる程二人の間に沈黙が続いた。


「‥あのさ」

「うん?」

「え‥と」

「‥」

「本気なの?少名館に進学するって?」

「本気だよ!てか今日試験受けて合格してきた」

「そ‥か。なあ、なんで相談してくれなかったんだ?高校進学するときは二人であんなに頑張って勉強したのにさ?せめて一言欲しかったよ?」

「それは‥すまん。俺、思い立ったら行動しちゃうんだよな」

「‥お、俺」


 雨で体が冷えたせいだろうか口が思う様に動かない。指先も震える。


「俺も少名館に進学したい‥駄目か?」

「駄目って言われても?‥危険だぞ?」

「俺は自分を変えたい。守られるだけじゃ嫌なんだ!俺にだって守りたい物があるんだ!」

「勢いで言うなよ!」

「そうだよ!勢いで言ってるよ!だったら百八はどうなの?」

「俺は考えた!」

「嘘だ!考えたなら相談があったはずだ!」

「それは‥」

「俺だって雨の中、冗談言いに来たんじゃない!マジだよ!」

「ホントに危険なんだぞ?」

「いい!」

「‥わかったよ!‥ダメ元でオヤジに聞いてみる」

「ほんと?ありがとう!」

「ただ‥雪ちゃんは大丈夫か?後で俺刺されない?超怖いんだけど?」

「えっ?大丈夫だよ。雪は理解してくれるよ」

「そお?ほんと?絶対?」

「なんでそんなに雪を怖がってるの?」

「え゛?いや‥」


 やっぱり武は気付いてない!彼女の思いに!


「まあ、怒ってないならいいけど」

「?」

「ちょっと待っててくれ。オヤジに話してくる」

「うん、ありがとう」


 そう言うと、忍海百八は一階のリビングに向かった。


「百八って雪がホント苦手だよな?あんなに優しいのに?」


 トトトと軽快な足取りで階段を上る音がした。百八だろう。すぐ、返事を貰ったようだ。

 ドアが開いて開口一番、忍海百八は複雑な表情で言った。


「わかったてよ。話通してくれるって。んで試験明日でもいいかだって」

「全然大丈夫!お願いします」

「OK!オヤジ!OKだってよー!」


 忍海百八は大きな声で一階にいる忍海豊城に伝えた。


「多分、これで大丈夫。オヤジ少名館に顔きくんだ」

「元隊長だもんね?」

「しかも段位十段、天之位だってよ?」

「天之位?」

「最高位の位なんだって。俺も今日知った。オヤジ何も言わないんだよ」

「へ~凄い」

「入試内容聞いとく?」

「う~ん、止めとく!実力で受かりたい」

「そっか、わかった。死ぬなよ!」

「えっ死ぬの?」

「何?聞かないんだろ?」

 忍海百八は悪戯っぽく笑う。

「百八!ズルいぞ!」

「あははっ」

「ねえ?ホントに死ぬの?」

「さあ?」

「ちょ!不安にさせるな!」


 忍海百八の部屋から二人の笑い声が一階のリビングまで響いた。

 笑い声を聞いてニコニコする、忍海千依。


「いい友達持ったわね。ねえ、あなた?」


 特に返事をしない忍海豊城だったが複雑な顔をしていた。

 戦友は素晴らしい。しかし、お互いにいつ命を落とすか解らない。

 忍海豊城も多くの戦友の亡骸を見てきたので安易に頷けなかった。

 それでも、男が決めたことは出来るだけ尊重したい。忍海豊城の心中は複雑である。

 

「ああ、なんだか困ってる豊城さんの横顔もいいわ!素敵!素敵過ぎ‼」

 

 そんな忍海豊城の心中など知る由も無い忍海千依は体をクネクネと揺らして隣に座る。

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