第三話 親友
朝日が昇り光が街を包む。忍海家はテーブルを囲んで朝食をとっていた。
何時もは母の千依が一人でしゃべり倒すのだが、今日は忍海百八が会話の指導権を握るため、箸を置いて意を正した。
「なあ、オヤジ?ちょっといいか?」
「なんだ?」
忍海豊城は箸を止めない。
「俺、先月16歳になったじゃん。それで高校には行かず、少名館に進学したいんだけど?いいかな?」
「百八ちゃん、この前の事気にしてるの?」
「‥うん、まあ」
「いいぞ」
「えっ!いいの?」
「ああ」
思いの外、呆気なく了解を貰った事に驚いた。
「あらやだ。百八ちゃん魔物と戦いたいの?ママ心配だわ~」
「戦いたいじゃない。強くなりたいんだ」
「百八ちゃんカッコいい!ママ惚れちゃう!キャ!」
チラリと忍海千依は忍海豊城に熱い目線を送るが見ていないし、聞こえてもいないようで箸を止めない。
忍海千依は頬を膨らませてみる。どうやら嫉妬させたかったらしい。
「だから、オヤジまた朝稽古つけてくれないか?」
忍海豊城は箸をピタリと止めて置いた。そして、松葉杖を手に取って中庭に移動した。
「俺は足を怪我して引退した‥昔の様には動けん。だから朝五分だけだ。来い!」
「ありがとう、オヤジ!」
忍海百八も中庭に出て木刀を構える。忍海豊城も片手で木刀を構えた。
「あん、パパもカッコいい!どうしましょう?いい男に囲まれる私って!ああん、もう一人子供が欲しくなっちゃうわ!」
忍海千依は一人リビングで体をクネクネして身を悶えていた。
「いくよ!オヤジ!」
「もう、始まっている。お前はいちいち魔物に対戦合図を送るのか?」
この一言でもう負けた気がした。実際オヤジは強かった。だが今はどうだろう?
「俺は礼儀正しいんだよ!」
忍海百八は懐に飛び込もうとしたが足が動かない。
何故だ?
忍海豊城から何も感じないからだ。
目の前にいるのに掴み所が無い空気の様にユラユラと漂っていて覇気が無い。
全身隙だらけなのに野生の勘が足を止める。しかし、このままでは埒が明かない。
忍海百八は焦りに駆られて大降りをして突っ込むが、
忍海豊城は力任せに振り下ろす木刀を外に受け流す。
忍海百八はそのまま転倒して、忍海豊城に一本取られて終わった。
「あ~クソ、負けた!」
「何故負けたか解るか?」
「え~と、久しぶりだったから?」
「違う。心、気、技が一体でないからだ!」
「昔から言うけどさ~、わかんないだよ」
「こればっかりは教わるものではない。自身で体得するものだ。修練に励め!」
「わかったよ。オヤジ!」
「百八ちゃん、学校の時間よ~!」
「うお!やべぇ!サンキュー、オヤジ!」
忍海百八は慌てて学生カバンを持って鉄砲玉の様に外に出る。
忍海豊城は木刀を忍海千依に預けて道場に向かう。
「豊城さん、あとでお昼一緒に食べましょう‼」
忍海千依は手を振ると、忍海豊城は足を止めて顔を半分こちらに向けて微かに笑って頷いた。
「えっ?ええ~‼返事した!しかも笑ったの?嘘?なんで?キャー―――――!いい!たまに見せるあのギャップがいいのよ!なんであんなにカッコいいの?私の旦那様!ああん、もうカッコ良すぎよ!大好き!だいちゅき!」
忍海千依は壊れた。
数日後、まだ入院している赤鶏武に面会がした。
「よう~、元気か?武!お見舞い持ってきたぞ」
無理やり明るく振舞って病室に入った忍海百八だったが、またしても先客がいた。
「はい、お兄ちゃん!あ~ん」
赤鶏雪は今日もリンゴの皮を剥いて赤鶏武に食べさせていた。
おいおい、そんなにリンゴばかり食べさせるとまた、お兄ちゃん顔が真っ赤になるぞ。
「そこで何してるの?百八?入ったら?」
赤鶏武は内心ホッとした。このリンゴ地獄から抜け出せたと。
赤鶏雪は忍海百八に凄い形相で睨んできた。
凄い気迫に忍海百八はちょっと退いた。
ごめん。ホッントごめん。
邪魔だよな俺!直ぐ帰るから。
だからそんな顔で睨むな。美人が台無しだよ。
「あ、ああ。武。ごめんな。俺が無鉄砲なばかりに、お前に怪我させて」
「えっ?またその話?別に百八のせいじゃないじゃん。あれは仕方が無い事だったと思うよ」
「でも‥」
「この話はもうよそうよ。百八も食べてよ。雪が剥いたリンゴ。俺一人じゃ食いきれなくて、ははっ」
と言いながら赤鶏武の目が泳ぐ。
赤鶏雪のホークを持つ手が震えているのが俺には見えた。
ヤバい!
「いや、いいよ。お前が全部食えよ。せっかく、雪ちゃんが剥いてくれたんだからさ。それに俺、さっき飯食ってきたばかりだし」
はい、嘘。ホントは腹減ってます。
でも、あの毒リンゴだけは食えない。食ったら最後、永遠の呪いにかかりそう。
雪ちゃんは武が絡むと人が変わるから怖い。
「じゃ、俺帰るからこれ置いてくよ」
忍海百八はフルーツの盛り合わせを置いて退室しようとしたが足を止めた。そして。深呼吸した。
「あっ、それからさ。俺、高校進学辞めたから!」
「は‥?」
忍海百八の突然の告白に赤鶏武の理解が追いつかない。言語が理解出来ない。いや、理解できるが脳が心が受け付けない。
「少名館に進学する!」
「ちょちょちょっ、何言ってるの‥?」
思わず身を乗り出す、赤鶏武。
「だから、少名館に進学して剣術士になる。もうオヤジとは話がついてる」
駄目だ!思考が追いつかない‥
オヤジと話がついてるって?‥
俺とは?
俺には相談無し?
百八にとって俺はその程度なの?
赤鶏武の口がガクガクと震える。
「お兄ちゃん?」
赤鶏雪は赤鶏武の手を握る。手はヒンヤリと冷たかった。
「なんで?」
「俺が‥弱いから。お前を守れなかった!」
「だからさ!気にしてないって!」
思わず、語気を強まる赤鶏武は自分でもビックリした。
「俺が気にするんだよ!ダチ一人守れないって何だよ!ダセェ!」
「別に守ってくれなんて言ってないよ!相談くらいしてよ!」
「もう、決めたことだから。じゃあな!」
「ちょっと待ってよ!百八!」
病室を出る、忍海百八。
「じゃあなって‥それだけ?百八?」
「お兄ちゃん‥」
「‥いっつも、そうだ。アイツはいつもいつも、決断が速い‥。俺はアイツに追いつきたい‥」
「お兄ちゃんは百八さんじゃないんだから!ね?」
「それでも‥俺はアイツが羨ましい!」
赤鶏武は震える手でシーツを強く握る。赤鶏雪は赤鶏武の手を更に強く握り締める。
リンゴがコロコロを床に落ちた。