第二話 少名館降神剣術校へようこそ!
刀の鯉口からバチバチと電気を発している様だがその刀に刀身が無かった。
鯉口から発する電気は触れたら一瞬で黒焦げになる程の電流に見えた。
戦いが終わった事を確信した少女。
柄から放たれていた電流はバリバリバリと音を立てながら収束していくと電気は刀身へと変化した。そしてカチンと音を立てて鞘に納めた。
「ありがとう、武ちゃん!」
少女は自身の愛刀にキスをする。
刀は光り輝き少女の手首に巻き付く。光はやがて雷の形をモチーフにした黄色いブレスレットに変化した。雷型のチェーンの間に雷武と刻まれたプレートがあった。
「大丈夫?君!今、救護班が来るから気をしっかり持って!ごめんね。直ぐ来れくて!今、応急処置するから」
少女は訓練されているようで迷い無く迅速に赤鶏武の止血をした。
「‥ありが‥と‥う」
忍海百八は少女の姿と腕章を薄れていく意識の中確認して気を失った。
「大丈夫?君!君!」
心配する少女の背後に線の細いサラリーマン風の中年の男が立っていた。そして自身の腕時計を見た。
「白髪部さん!白髪部夏希さん!あとは救護班に任せて、私達は次の現場に向かいます!」
「吉田さんって冷たい!」
「それも仕事です。次の現場で更に多くの死人がでたらどうするんですか?」
白髪部夏希は自身の頬を叩いて気合を入れ直す。
「そうだね!ごめん!行こ!」
それから直ぐにサイレンを鳴らして救護班が駆け付けた。救護班は手際良く忍海百八と赤鶏武を少名館のロゴが入った救急車に乗せて発進させた。
車に乗り込んだ白髪部夏希はその光景を見て胸が締め付けられた。
「無事でいて‥」
バックミラーで白髪部夏希の様子を確認する吉田はギアをドライブに入れてアクセルを踏む。
「行きます。飛ばしますよ!」
吉田の運転で次の現場に向かう。赤鶏武から流れた血の上を走行してわだちが蛇の鱗の様に次の現場に向かって真っ直ぐに出来た。
忍海百八達を乗せた救急車が少名館病院に着くと赤鶏武は即緊急手術になった。忍海百八は気を失なっているだけなので病室に運ばれてベットに寝かされた。
暫くすると連絡を受けた赤鶏武の妹、赤鶏雪と忍海百八の父、忍海豊城は松葉杖を突いて同じく母の忍海千依と一緒に駆け付けた。
お互い軽い会釈をすると赤鶏雪は顔を青くして震え出した。
「おばさん‥お兄ちゃん大丈夫でしょうか?」
答えなど誰もわかる訳がないのに赤鶏雪はたまらず声を漏らした。見知った二人ならきっと励ましてくれるだろうと寄掛った。そうでもしないと立っていられなかった。
「だ~いじょうぶよ!雪ちゃん!武君はきっと大丈夫!ねっ?豊城さん!」
「ああ、とにかく座れ。飲み物買って来る」
「は~い」
赤鶏雪の背中をさすって椅子に座らせる。ただそれだけなのに赤鶏雪の心は温かくなって安らいでいったが津波の様に涙が押し寄せて溢れてきた。
「うう゛‥お兄ちゃん」
忍海千依はハンカチを取り出して渡す。
「はい、使って」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
赤鶏雪は溢れる涙をハンカチで拭う。
「ほら」
忍海豊城は買ってきたお茶を二人に差し出して自身もお茶を飲み干す。
「ありがとうございます」
赤鶏雪もお茶を飲み干す。
「お兄ちゃん!」
赤鶏雪は缶を握り締めながら祈ることしか出来なかった。そんな赤鶏雪を忍海千依は肩を寄せて温めてあげた。
「大丈夫よ。神様がきっと助けてくれる!雪ちゃんの祈りはきっと叶うから。ねっ」
「はい‥」
二人、肩を寄せ合って神に祈った。
忍海豊城は空の缶をもう一度口に当てて飲むフリをした。
手術が始まって一時間二時間三時間と過ぎてゆく。五時間後。只、祈るしか出来ないこの時間が果てしなく長く感じた。そして、やっと、担当医が出てきた。
赤鶏雪は担当医にしがみ付く。
「お兄ちゃん‥武は無事ですか?」
「ご親族の方々ですか?安心して下さい。峠は越えました。大した生命力ですよ。一時は心肺停止までいきましたがそこから驚異的な回復力を見せましたよ。こうゆう仕事をしているとね。人知を超えた何者がいるんじゃないかと考えさせられる。何者か‥きっと、神様が生命力を与えていたのでしょう。皆さんの思いが届いんですよ」
赤鶏雪は大粒の涙を流して何度も感謝の言葉を担当医に送った。
「良かった。本当に良かった。お兄ちゃん‥」
「雪ちゃん、ホント良かったね!」
「はい!」
こうして、長い夜は明けた。
後日、面会が許されてからの赤鶏雪の猛アタックが凄かった。主に赤鶏武にだが‥。赤鶏雪は赤鶏武を過保護に甘やかした。
「はい、お兄ちゃん!あ~ん?あ~ん!」
赤鶏雪はリンゴの皮を剥いて赤鶏武に食べさせていた。
「いいよ、雪。自分で食べれるから!」
「駄目!お兄ちゃん危篤状態だったんだよ!だから私が食べさせるの!」
「だからって‥」
チラリと赤鶏武は忍海百八に助けを求める目線を送る。忍海百八は外傷が無いので既に退院している。
忍海百八は顔を横に振る。
おい!俺にSOSを送るな!
俺を巻き込むな!
雪ちゃん怖いんだぞ!
「ホント、心配したんだから‥グスン」
赤鶏雪は俯いて泣き始める。
「ごめん、雪。食べるから。なっ!ほら!」
「お兄ちゃん、大好き!はい、あ~ん」
赤鶏武は口を開ける。パッと明るくなる赤鶏雪はリンゴを口の中に押し込む。
赤鶏武は渋々、リンゴをかみ砕いた。
その横で俺は見た。見てしまった。
雪ちゃんが泣きながらニヤリと笑ったところを。
末恐ろしい子だ。
まるで、今から未来の旦那に餌付けしているように俺には見える。
武、お前の将来の嫁さんが目の前にいるぞ。しっかり、味わって食えよ。
きっとそのリンゴは貴方は私の物よと言う意味の禁断の果実だろう。
彼女にとって兄妹の壁なんて蟻を跨ぐ程度のようだ。
おめでとう。武。ああ、何だか涙が溢れてくる。お前の貞操は一生守られるだろう。
「百八さん‥お願いがあります」
赤鶏雪は改まって忍海百八を見つめる。
「なに?」
「お兄ちゃんを危険な事に巻き込まないで。お兄ちゃんね、百八さんに憧れてるの!」
「おい!雪!」
「お兄ちゃんは黙ってて。‥家ではね、いつも、百八さんの話ばかり。だから、すぐ、百八さんと張り合おうとするの。ホントお兄ちゃん子供なの!だから、百八さん、お兄ちゃんを危険な事に巻き込まないでほしいの。なんかいつか百八さんを追いかけてどこか行ってしまいそうで怖いの!」
「何言ってるんだ、雪!」
「だって‥」
「解った。約束するよ。俺にとっても武は大切なダチだから」
「うん、ありがとう。ただ、お兄ちゃんを思う気持ちは私の方がこ~んなに大きいからね!」
体いっぱいに手を広げて勝ち誇る赤鶏雪。
「お、おう‥」
似たもの同士、やっぱり兄弟だった。
「俺を無視していい感じで話をまとめるな!」
赤鶏武は顔を真っ赤にして布団に包まって身を隠す。
「アハハハハ!」
忍海百八はたまらず笑った。
自宅に帰った忍海百八はどっど疲れた。
「ただいま~」
「おかえり~。武君大丈夫だった?」
出迎えたのは母の忍海千依だった。
「大丈夫だったよ。オヤジは道場?」
「うん、そうよ。ご飯出来てるわよ?」
「あとで。ちょっと道場行ってくる」
「練習中に入ると豊城さん怒るんじゃない?」
「大丈夫だよ」
「そう、頑張って!」
忍海千依は可愛くガッツポーズをする。
「頑張る必要ないから?」
「あら、そう?」
忍海千依はコロコロと笑う。
疲れた足取りで道場へ向かった。忍海百八の実家には離れに道場がある。
昔は父の豊城が自身を鍛える為に建てた道場だが、怪我で少名館隊長を引退してからは近所の子供達相手に剣術を教えている。
道場に近づくにつれ竹刀の交わる音が響く。まるで命を削る様な鬼気迫る音だった。忍海百八は少し緊張して中を覗いた。
「オヤジ、帰ったぞ。いるか?」
いるかと聞いたがいるに決まっている。
オヤジは肩まである長い髪を後ろに結って鬼の形相で今日も松葉杖を突いて子供達に指導し ていた。
近所では評判だった。少名館隊長までいった父に教わるとメキメキと上達するのだがその代わりとても厳しい。近所の親達も魔物から子供を守る為に父のスパルタを受け入れている。
とは言え、
全盛期の頃よりは丸くなった。昔は酷かった。
幼少の俺に肩が上がらなくなっても素振りを強要してきた。
キャンプに誘われて喜んで付いて行くと滝に入れられて精神の鍛練をさせられた。
当然。俺は剣道が嫌いになって辞めた。
それから足を怪我したオヤジは怒鳴るだけになってしまった。
でもオヤジとしてはこんなご時世、何時魔物に襲われるか解らないから必死に自身を守る術を身につけさせたかったのだろう。
奇しくもその大切さを先の事件で思い知った。自分の馬鹿さ加減にイラついてくる。
だから今なら解る。
オヤジの厳しさは子供を守る為だった。
うちの道場に付いてこれる子供達はそれが解っているので素直だ。
俺ももっと早くその事に気付くべきだった。
そうすれば武に怪我なんてさせなかった。
「そこ!もっと脇を締めろ!」
「はい!先生!」
「なあ、オヤジ!」
「黙れ!邪魔だ!話ならあとにしろ!」
「‥悪い、わかった。じゃ、あとで」
「そこ!腕が下がってるぞ!」
「はい!」
やっぱりだめか。これからのことを相談したかったけど、明日の朝でもまた話すか。
忍海百八は自室の戻りパソコンを開いた。少名館を検索してホームページを開いた。
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追記
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忍海百八は天井を仰ぎ深いため息をついた。
「大丈夫か?ここ?」
とっても胡散臭い!
本来ならここでホームページを閉じるところだが、
しかし、俺は薄れていく景色の中で見た。
あの少女の強さを!
俺達があんなにてこずっていた猫又を手負いとは言え一撃で仕留めたのだ。
ならばここは本物なのだろう?‥だよな?いいんだよな?
俺は強くなりたい。ダチを守れる様になりたい。
「やって‥みるか!」
忍海百八は立ち上がり窓の外を眺める。流れ星がキラリと落ちた。