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第一話 晴れ時々魔物

 

 男二人は卒業証書を透き通るような青い空に向かって広げて見る。


「俺達これから高校生か‥」

「うん。同じ高校受かって良かったよ!」

「武、番号があった時、大泣きしたもんな!」

「百八だって、『ヤベ、ウンコ漏れそう』ってトイレに駆け込んだろ!」

「それ言う!」

「百八、昔から緊張するとトイレ行くよね?」

「お前だって、ガキの頃から泣き虫だろ!」

「る、涙腺が弱いんだよ!人を弱虫見たいに言わないでよ!」

「お前だって人をウンコ人間みたいに言うなよ!」

「だって、現に‥」


 二人の会話に割り込む様にポケットにしまっていたスマホから緊急速報のアラームが鳴る。

 忍海百八しのうみびゃくやは慌ててポケットからスマホを取り出す。降魔予報アプリを開いて確認したら『降魔確率60%に上昇中、外出は控えるように』とネットニュースが流れていた。


「嘘!今日10%だったじゃん?」


 と大げさに焦ったふりはするが毎度の事で内心それ程驚いていない。

 ということで今日は降魔日となった。

 空を見上げると遥か上空から魔物が降ってきた。昔から月に一度か二度、魔物がどこからともなく空から降ってくる。


「自分の所に降って来ませんように!」


 悪戯っぽく笑う忍海百八。黒い髪が風にサラサラと揺れる。


「空に向かって手を合わせれば、もしかしたら確率が下がるかもしれない」

「百八、フラグ立てないでよ」


 赤鶏武あかどりたけしは線の細い体をより細くして忍海百八の顔を覗き込む。


「武もどう?」


 楽観的な忍海百八にいつもハラハラさせられる。


「いや、いいよ。早く帰ろ!」

「大丈夫だって。少名館しょうめいかんの連中が助けてくれるよ」

「百八は楽観的すぎる!」


 忍海百八は懐に手を当てる。取りあえず、護身用の小刀は親父から渡されていた。


「大丈夫、いざとなったら守ってやるよ」


 懐からチラリと小刀を見せる。


「‥‥。百八のお父さんから?そう言えば元少名館隊長だもんね。うちは‥お父さんいないけど‥」


 ひきつった笑顔を見せる赤鶏武に気が付かないふりをした。

 そして、それはゆっくりと降ってきた。目の前に一匹の猫が軽やかに着地してこちらを睨みつけてきた。


「おー、フラグ回収じゃん!凄くね?」

「凄くない!」


 猫の尾は二つに分かれて威嚇の鳴き声を上げる。


「な~んだ、猫又かよ。猫又なんてLv1の魔物だぜ。余裕しょ?」

「百八、逃げよう?危ないよ!」


 猫又は目を光らせて爪を出して威嚇のレベルを上げてきた。


「シャー―!」

「よ~し、よ~し。怖くないよ~。味方だぞ~。はい、お手!」

「危ないって。百八!」

「大丈夫だって、所詮は小猫‥痛っ!」


 猫又の鋭い爪が手を引っ掻いてきた。指先から血がポタポタと流れる。


「痛ってな!このクソ猫!」


 猫又を蹴り上げる。空を舞う猫又はヒラリと綺麗に着地した。


「動物愛護団体に訴えられるよ?」

「動物じゃねえ、魔物だよ!それに俺は友好的に和解を求めたぞ!」

「和解ねぇ?それと血出てる!大丈夫?」

「んん?‥ああ、大丈夫、大丈夫」

「百八、ちょっとヤバいかも‥!」


 赤鶏武は後退りする。

 猫又の目は赤い警戒色に変わり毛を逆立たせ腹に響く程の鳴き声を上げると成人男性の体よりも大きくなった。


「げ!大きくなりやがった!」

「百八、逃げよ!」


 まさか猫又が大きくなるのは予想外だ。いつも小さいうちに少名館の連中が倒すから油断した。


「お、おう、合図したら走るぞ!」

「うん!」


 猫又との間合いを図る二人はジリジリと後退する。


「今だ!走れ!」 


 二人は踵を返して走り出す。猫又も力を溜めて一気に走る。


「シャー----!」


 大きい鳴き声に振り返る二人。


「ヤバッ、はっや!」

「どうしよう、百八!追いつかれる!」

「あそこ、曲がるぞ」


 二人は角を曲がると同時に猫又は飛び掛かって忍海百八の背中を狙ったが寸前で爪がかする程度で避けれた。

 猫又はそのまま転がってゴミが置いてある電柱に大きな音を立てて衝突する。ゴミは空に舞って散乱した。


「ニ゛ャ゛ー--!」


 周辺住民が騒ぎに気付いて外を覗くが恐怖が先立ち我関せずで窓を閉めた。


「ハアハア!良し!巻ける!」

「ハアハア、まだ油断できないよ!」


 二人は右に曲がり左に曲がりジグザグに走る。自分達が何処を走っているのかも解らないくらいにとにかく走った。もうあれからどれくらい走ったのだろうか息を吸うのも忘れる程に走った。

 しかし、後ろから追いかけて来る気配を感じない。忍海百八は後ろを振り向くが猫又の姿が見えない。


「ハアハア‥、いない?」


 二人は足を止めて息を切らせながら周りを見渡す。


「ハアハア‥助かったの?あれがレベル1?嘘でしょ?」

「マジ怖え!なんだよあの化け猫!少名館の連中簡単そうに倒してたじゃん?」

「百八、油断し過ぎ!それにしても‥」


 赤鶏武は迷い込んだ路地裏の周囲を見渡す。辺りは物音一つしない静寂に包まれていた。


「諦めたのかな?」

「だといいけどな?」


 赤鶏武は自身から滴る汗がポタポタと地面に落ちて滲むのを見ると次第に小さな影が現れる。その影は段々大きくなってくる。思わず、上を見上げると猫又が屋根をつたって上空から降ってきた。


「百八!上!」

「くそ!またかよ!」


 猫又の爪が二人を狙うが二人は二手に分かれて避ける。爪はまるで豆腐を切る様にコンクリートを引き裂いた。


「百八、二手に別れよ!」

「駄目だ!別れたらお前を守れない!」

「守るって‥?」

「いいか!あっちに逃げるぞ!」


 忍海百八は顎で指示をだす。


「いつも、そうやって‥」


 赤鶏武は歯を食いしり拳を強く握る。


「こっちだ!武!」


 忍海百八は走り出す。しかし、赤鶏武は体を振るわせて立ち尽くす。


「なにやってんだ!武、来い!」

「俺だって‥俺だってやれるんだ!」


 赤鶏武は忍海百八と反対方向に走り出す。


「武⁈」


 猫又は一瞬迷ったが赤鶏武を追った。


「あの、馬鹿!」


 忍海百八は猫又を追いかける。


「ハアハア、俺だってやれるんだ。百八に守られてばかりじゃないんだ!」


 猫又のスピードは赤鶏武より早く次第に距離が縮む。


「やってやる!やってやる!今度は俺が百八を守るんだ!」


 しかし、気持ちとは裏腹に体力の限界がきて足がもつれて転倒した。


「痛っ‥がは!」


 転倒と同時に猫又は赤鶏武を踏みつけ自由を奪った。


「クソ!クソ!離せ!」


 猫又は見下し笑う。獲物を獲得した絶対的な強者は爪を振り上げる。


「止めろー------!」


 忍海百八は小刀を握り締めて追いかけてきたが、まだ距離がある。


「百八!」


 猫又の爪は無慈悲に赤鶏武の腹部を貫く。血に染まった爪をペロリを舐めると全身の毛を逆立たせて歓喜の鳴き声を上げた。


「がはっ‥ぁ‥‥」


 赤鶏武は気を失った。


「なにやってんだよ!」


 忍海百八は猫又を切りつける。驚いた猫又は飛んで退いた。


「大丈夫か!武!」


 しかし、返事が無い。地面には血が広がって忍海百八の足元までとどいた。


「クソ!早く病院に!」


 猫又を切り裂いた傷がみるみる回復していく。


  刃物が効かない?

  クソ、どうする!

  早く武を病院に連れて行かないと!       

  でもどうやって倒す。どうやって倒す?

  あ‥いや、方法はある?             

  

  ‥けど、     

  しかし、あれは出来れば使いたくない!

  そもそも通じるのか?


 考える暇も与えず猫又は飛び掛かってきたが寸前で避けて猫又の横っ腹を切るが傷はやはり直ぐに回復した。

 

  畜生!迷ってる場合じゃない。

  やるしかない。

  やってやる!

  そのためにアイツの足を止めないと!


 忍海百八は小刀を捨てて無防備になる。


「来いよ!馬鹿猫!」


 忍海百八の言葉を理解したわけではないが、人間の態度が癇に障った。

 猫又は包丁の様な爪を立てて一気に飛び掛かった。

 鈍く光る爪は忍海百八を抑え付けた。

 勝利を確信して口元が緩む。生まれたばかりの猫又はこの瞬間が大好きになった。

 そして、勝利の美酒(血)をあおる為に爪を振り上げる。


「ニャ?」


 忍海百八は自身を押さえつける猫又の足を掴む。もう片方の手で猫又の顔の前に出すとバチバチと発火し始めて火の玉が出来る。

 火の玉は螺旋を描きながらどんどん大きくなっていく。


「くたばれ!クソ猫!」


 大砲の様に手に平から発射されると猫又の顔面に直撃させた。


「ニ゛ャ゛~~~!」


 猫又は火に包まれてたまらずのたうち回る。


「どうだ‥!」


 次第に忍海百八の体の芯は冷たくなってくる。ガクガクと全身が震え始めて地面に膝を崩した。動悸が激しくなり呼吸が乱れる。冷たい汗が全身から噴き出て顎をつたってポタポタと雫が落ちる。


  怖い!

  火が怖い!

  助けて!

  誰か!


 全身の力が抜けて少しずつ気が遠のいていく。


「‥母さん」


 忍海百八は自身から出る火を見ると恐怖で体が硬直して震えだし気を失う体質だった。だからこの力を使うことに躊躇した。使い所を間違えるとこちらの命に関わるからだ。

 火だるまになってのたうち回る猫又は炭になって消え去る前に最後の力を振り絞って立ち上がった。

 燃える様に赤い目は更に充血した。

 その目は倒れている忍海百八を睨みつける。猫又はヨロヨロと忍海百八の前に立つと燃え上がる爪を振り上げる。


「ヤバ‥死ぬ‥武を病院に‥」


 段々視界が狭くなっていく。


 ‥その時、目の前に少女が現れた。


「武ちゃん!」


 力強い少女の声が響くと雷鳴が轟き周囲は光に包まれた。

 同時に猫又の首がスルリと地面に落ちる。

 猫又の体は電流が流れて黒い霧となって霧散した。

 忍海百八の意識が遠のいていく。しかし、目の前の少女から目が離せなかった。

 その少女は真っ黒のブレザーを着た同い年くらいの女の子だった。

 服の上からでも解る引き締まった体をしていた。

 うっすらと日焼けした肌は汗一つかいていない。ふうと息を整えてポニーテールをなびかせる。

 腕には少名館と書かれた腕章を付けていた。

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