四月編
ジリリリリリリ!と、目覚まし時計がけたたましく朝を告げる。
私は重い手を振り上げて騒音の元凶を叩きつけ、黙らせる。
時刻は6時ちょうど。少しだるいけど体を起こしてカーテンを開ける。
朝日が六畳の部屋に射し込み、私の影が壁に映る。
私は太陽に向かって背伸びをし、1日を始める気合いを入れる。
今日も1日を始めよう。
*
「行ってきまーす!」
そう言って家の玄関を押し朝の活気に満ちた街を歩いてく。
街は4月のまだ少し涼しい風が桜を揺らしていたり、家族連れが楽しそうに歩いていたりと、毎日違う表情を見せてくれる。だから歩きスマホはしていたらもったいないというのが持論だ。
そんな私は斎条日向。ごく普通の女子高生。成績は自慢じゃないが上位に位置している。と思う。部活はバレー部。友達も多くはないが、少なくもない。
決して、『いっけな~い遅刻遅刻☆』等という特別な女子高生ではない。だからパンを咥えて走ったりはしないし街角で転校生とぶつかることもない。
……そう。転校生とはぶつからないのだ。
私はいい匂いのするパン屋の角を通る時に渡るかのようなフェイントをかける。
するとどうだろう。うりゃあ!と威勢のいい掛け声と共に一人こちら側に飛び出してくる。飛び出し注意なんてもんじゃない。まあ、毎度のことで慣れてしまった。そのまま回避して朝の挨拶だ。
「おはよう。翔月」
「あちゃー、今日も外れかよ」
そんなことをのたまってるこやつは藤井翔月。いわゆる幼なじみだが、世間のラブコメのように恋人ごっこもなにも無い普通の幼なじみ。というより姉弟?いや、友達?まあ、いいか。
こいつは毎朝そこの角でぶつかろうとすること以外は普通の男子高校生。部活は軽音部。成績は中の上。何の因果か、家もそこそこ近く、小学校からクラスすら違わずに共に成長してきた。回りからは『運命じゃん。付き合っちゃえよ』とか言われるが、お互い、それとなく恋人どうしじゃないよねってことで付き合ってない。
「今日から高校3年だな。どうよ。抱負なんかある?」
「うーん、特に無いかな」
「ふーん。俺はあるぜ?最後の高校生生活。最高の物にする!」
「じゃあ私もそれで」
「いや、そんなんでいいのかよ」
こんな下らない会話をしていると高校が見えてくる。余談なのだが私たちの高校は毎年クラス変えがある。ま、どーせこいつとは離れないんだろうけどね。
玄関に近づくと他の生徒の喧騒がより大きいものとなる。その喧騒の中心のクラス名簿の中に自分の名前を探す。
と、左から強い衝撃と圧迫感。
「ひなーーーーーーー!!!!!!同じクラスだよーーーーーー!!!!!!!!!」
くそ、油断してた。恐らく私を見つけて飛び付いて抱擁して耳元で叫んでいるであろうこいつは久保田もえ。中学からの友達で………
悪い子じゃない。決して悪い子じゃないのだが………元気溌剌……いや、ちょっぴり馬鹿な子。
空気は微塵も読まないし、だいたいの物事には信じられない勢いで突っ込んでいくし、自分がどれだけ損しても友達のためならなんでもやる、馬鹿でちょっと抜けてて、優しい子。そして私の親友。なんだかんだみんなの人気者。
そんな人気者が耳元で叫ぼうものなら耳が痛くなるのは当然の摂理だと思う。
「うるさい!聞こえてるから!それで?何組?」
「えっとね~3組!」
ということは翔月も3組か。他の新しいクラスメートはと……
探している時に違和感を感じる。いや、あるはずのものが無かった。
3組のクラス名簿に、藤井翔月の名前が入っていなかった。
反射的に翔月を見る。翔月も気付いていたようだ。
ポカンとした顔をしている翔月と視線が合った。そして十数秒の空白。
それを破ったのは、以外にも翔月の笑い声だった。
「あはははは。ポカンとした顔しちゃってさ。」
つっかえ棒が外れたかのように笑い続ける翔月を見ていると、自分だけ笑われているのが損に思えてきて言い返す。
「いや、あんただってさっきまでこんな顔してた癖に」
そう言ってさっきの翔月の顔を真似する。
「うわ、絶妙に似てねぇ」
「ちょっと!さっきからひなに失礼じゃないの!?」
「それで?翔月は何組なの?」
「あれ~!?ひなも無視!?」
「俺は2組だってさ。連続記録途絶えたな」
「え?私、空気?」
そうだ。別にクラスが違くても、私たちの関係は変わらない。そんなの当たり前だ。
さて、もえを連れて朝練のない朝を謳歌しよう。
*
日向と別のクラスになった。ただそれだけ。大したものじゃない。
「よ!翔月!お前彼女と別のクラスになったみたいだな!」
「うっせぇ!彼女じゃねぇって三百年前から言ってるぞ」
あー、ほんの少しだけ感傷に浸ってたのに、日常に連れ戻される。
この連れ戻した日常の使者は相田優咲。はっきり言って不良だ。髪の毛ピンクだし。そのくせに成績は学年一桁。スポーツは万能何てもんじゃない。無双だ。チートだ。追加で言うならスタイル抜群(身長180㌢)のイケメン。他の学校にカチコミに行く度に相手の学校にファンクラブが出来上がる。
んで、何でこんなこいつ【スポーツ万能成績優秀イケメン不良】に絡まれているかと言うと、まあ、色々あったんだが、端的に話すと、去年、夜にコンビニに行ったらこいつがズタズタのボロボロだったからとりあえずカップ麺奢ったら、その翌日に転校してきた。ここそんなに偏差値低くないんだけど……
優咲いわく、『拳見せたら一瞬よ!』と自慢気にしていたが、自慢することじゃないと思う。今だって
「お前キッツ。俺、不良だよ?」
と言ってケラケラ笑いながら自慢している。なんでこんなに完璧なのに自慢するとこがそこなのだろう。甚だ疑問だ。
「はいはい。不良はこういう時にはキレるもんなの。キレて殴るまでがテンプレだろ?」
「バーカ。それじゃチンピラの金平やん。俺の拳はそんなに安くねぇよ。それに、俺のダチを殴るわけねぇだろ」
えぇ……お前は絡まれたらすぐ殴るやん……そんなに拳売りさばいていいのかよ……
「んで、翔月。お前マジで浮かねぇツラしてやがるが、マジでアイツと別のクラスが嫌なの?」
「し・つ・こ・い。マジで何もないから心配すんな。てかお前は2組じゃねえだろ。早く帰れよ」
「チェッ。つまんねえの。ま、これだけは言っとくわ」
「あ?何だよ」
「テメェが困るんだったら、俺が何とかしてやる。無理すんなよ」
「そんな事かよ。そんな時は来ねえから安心しろ」
はあ。これだから不良が嫌いになりきれない。そんなに真っ直ぐに生きていく人を嫌いにはなれなかった。本人には絶対に言わないが、
「そんなお前に憧れてんだよなぁ…」
「あ?何か言ったか?」
「何も。はよ帰れ」
あぶねー。口に出てた…ま、ばれてないよな。あーあ。こっから始業式だ。校長のめんどくさ……ゲフンゲフン。ありがたい言葉を聞かないと。優咲返さなければよかったな。
そう思いつつ新しい一年の始まりにワクワクしながら改めて新しいクラスの空気を胸いっぱい吸いみ気合いを入れる。
良い一年になることを祈って。
この時、今年こそが一番過酷になることは、知るよしも無い。