ゴミ拾いの菅田さん
僕の住んでいるところに「菅田さん」という、ちょっと変わった人がいる。年はたぶん20歳くらい?TシャツにGパン、見た目は優しそうな顔。だっていつもにこにこ笑っている。悪い人ではないのだと思うけど、変わっているのだ。
菅田さんの家がどこにあるのかは誰も知らない。いつも町内をうろうろしていて、ゴミ拾いをしている。地区で決められたゴミ拾いの日じゃなく毎日している。ゴミ袋と、でっかいピンセットみたいなゴミをはさむ道具をもってウロウロ。
菅田さんはにこにこ笑っているけどしゃべっているところを見たことはない。おばちゃんとかお年寄りは
「よお菅田くん、今日もご苦労さん」
「あら、菅田さん。いつもお疲れ様です」
なんて声をかけるけど、菅田さんはにこにこ笑うだけ。返事はしないけど、声をかけられるとそっちを振り向くから聞こえてはいるんだと思う。返事はなくてもみんな声をかけるし、悪い印象を持っている人はいないみたい。
菅田さんがいつからゴミ拾いをしているのか知らない。近所のおばちゃんに聞いても「さあ?いつからだったかなあ」と返ってきた。
町中がきれいになると大人からは気に入られているみたいだけど、友達はいないみたい。逆に僕たちみたいな子供からは怖がられたり気味悪がられたりしている。先生に聞いてみたらそういうもんだって言われた。大人はある程度事情が分かると踏み来ないし、踏み込もうとしない。ああいうものだって割り切る。
でも子供は理解できないと何が何でも理解しようとしたり、理解できなかったら感情を示す。こいつ意味わかんない、気持ち悪い、って。
僕は気持ち悪いって思った事なかった。ただ、良い人だなとも思った事なかった。
お父さんが再婚してこの町に引っ越してきたんだけど、正直僕は新しいお母さんが好きじゃなかった。それはお母さんも同じだったと思う、お父さんの前では普通にしてたけど二人の時は一言もしゃべらなかった。
別にいじめられてるわけでもないし、叩かれたこともない。たぶん僕にまったく興味なかったんだと思う。僕もそれでよかった、ついこの間まで他人だったおばさんに僕の部屋とか入ったり掃除してほしくなかったから。だから新しいお母さんがどんな人で、どんなこと思っているのかわからなかった。それを知りたいとも思わなかった。
そんなある日。僕が家に帰ると僕の宝物が壊れていた。部屋に飾っていた、本当のお母さんが買ってくれた小さなボトルシップ。前家族で水族館行ったときに買ってくれた物だった。手のひらサイズの小さなものだったけど、僕にとっては大切なものだった。
何で落ちたんだろう、窓閉まってるのに。もしかして、あの人が入ったんだろうか。いろいろ考えたけどわからなくて、聞く気も起きなくて僕は破片を集めて袋に入れた。船もバラバラで元通りにはできないと思った。
ゴミ箱に入れるのも嫌で、僕が自分でゴミに出そうと思った。僕の宝物なんだから最後も僕が……なんて、なんとなくそう思った。
本当は指定ごみ袋に入れなきゃいけなかったんだけど、そこまで気が回らなくて小さいてきとうな袋に入れてゴミ捨て場までもっていって。でもいざ捨てようとすると、なんとなくためらった。そこにいたのはほんの数分だったと思うけど、夕焼けが落ち始めて暗くなってきていた。
そんな時だ。なんとなく気配を感じて振り返るとそこに菅田さんがいた。
いつも通りにこにこして、手にはゴミ袋とゴミばさみをもって。一瞬なんだろうと思ったけど、菅田さんの目線が僕の持つ袋に向いていることに気が付いた。ああ、ゴミ回収してくれようとしているんだ、と思ったら急に悲しくなった。
「……違う」
ぽろぽろ泣きながら、それでも必死に菅田さんに言った。
「これは、ゴミ、じゃない、よ」
ひっくひっくとしゃくりあげていたので聞きづらかっただろう。でも菅田さんは、たぶんわかってくれたんだと思う。
ポン、と頭に菅田さんの手が乗った。僕はびっくりして菅田さんを見ると、いつものにこにこ顔ではなく、どこか少し悲しそうに笑っていた。眉が下がって、でも口元は笑っていて。わしゃわしゃと2~3回僕の頭をなでると、そのままどこかに歩いて行ってしまった。
なんというか、まったく理解できなかった菅田さんのそんな姿を見るのは初めてで驚いて言葉がでなかった。ありがとう、と言えばよかったのだろうか。ものすごくレアなものを見たんじゃないかと、その場にぼーっと突っ立ってることしかできなかった。
それから少しして、お母さんから嫌われてるんだなあとわかる言動が増えた。たまに叩かれたりもしたけどだいたいは気持ち悪い、くさい、寄るな、出ていけ、みたいな言葉。
それである日が本当にひどくて、お前なんか消えてなくなれ、クソがゴミが、みたいなこと言われていい加減嫌になって家を出た。泣きながら飛び出した、っていうのならちょっとドラマなんだろうけど僕はため息をついて無言で家を出た。またそういう態度が気に入らないのか花瓶が飛んできた。避けたけど。
さてどうしようか、と思ってゴミって言われたからゴミ捨て場かなあと思い、ゴミ捨て場で座っていることにした。運よくお巡りさんとかに通報されて、保護とかされないかなあなんて思っていると。
目の前に菅田さんが現れた。辺りは暗くて遠くはよく見えないけど、菅田さんは不思議とはっきり見えた。
これまたいつも通りにこにこ笑って僕をじっと見ている。
ああ、僕がゴミかどうか迷っているのかな。この時はもうやけくそで、どうにでもなれっていう気分だった。
「お母さんにゴミだって言われたから、捨てられに来た」
そういうと菅田さんはすっとゴミ袋を大きく広げた。これに入れ、と言っているのはわかる。でもゴミに自ら入れっておかしくない?と思ったけど僕は自分で動けるのだから仕方ないか。体重30kg以上あるものをあのハサミでつまみ上げることはできないか、と諦めた。
諦めて、僕は本当にゴミ袋に入った。
入ると口をきゅっと縛られて僕は本当にゴミと化した。
これ、ゴミ集める車とかにポイってされるのかなあ、などとそんなことを考えていた。すると菅田さんは僕を持ち上げたようで、ふわりと浮くとゆっさゆっさと袋が揺られる。はっきり言って入り心地はすごく悪い。体育座りの姿勢だし、結構揺れる。
すると一度すとんと地面に置かれて、車のエンジンがかかる音がした。ドアが開いて僕が袋ごと入れられるとばたんと閉まる音、運転席に人が乗り込みそのまま走り始める。
ここまでくればわかる。僕は後部座席、菅田さんが運転席だ。こんな奇妙な状況だというのに僕は菅田さんが車を持っていて運転できることがびっくりだった。
車に乗って結構時間がたった。時計ないからわからないけど、それなりに遠いところに来たみたいだ。
車が止まり、菅田さんが下りて僕を持ち上げるとまたどこかに歩いて運び始める。少しして、どこかにおろされた。これ、どういう状況だろうと思っていると意外にも菅田さんはゴミ袋の口を開けてくれた。
びっくりして見上げれば、菅田さんはいつもどおりニコニコ顔だ。ボケっとしていると、袋から出るのを手伝ってくれた。どこに来たのかと見渡せば、そこはアパートの前だ。見覚えはない、はじめてくる場所だった。
菅田さんはそのままにこにこ笑ったまま、自分の車に戻り僕を置いてどこかに走り去った。
えええ、どうしろと……と思っていたら。
「陽?」
聞き覚えのある声だった。買い物袋をもって呆然と立っていたのは、離婚した僕のお母さん。
「え……え?どうしてここに……お父さんは?」
軽くパニックを起こしているお母さんに一人で来たことを告げると部屋の中に入れてくれた。そっか、ここはお母さんが住んでるアパートだったんだ。
そこからは今までの話。さすがにゴミ袋に入ってきました、とは言えず近所のお兄さんに連れてきてもらった、と適当にごまかした。何でここを知ってるのか、は僕にもわからないから正直に。
今のお母さんとうまくいっていないことを言うと、お母さんは般若のような顔で(こわい)怒りだす。
「あんの野郎、やっぱり嘘じゃない!何が今幸せだから面会を希望してない、よ!ふざけやがって~!もう怒った、絶対許さない!」
聞いてみればお父さんとお母さんが離婚して、親権はお父さんになった後お母さんは僕と面会したいと何度もお父さんに連絡していたらしい。でもお父さんは今問題ないからこれ以上こっちに関わるなと突っぱねて、しまいには連絡を取り合わなくなってしまったそうだ。
お母さんは怒り心頭と言った感じでどこかに電話をし始めた。話の内容からお父さんではなさそう。
そこらへんは僕にはわからないからいいとして、わからないのは菅田さんだ。僕は確かにゴミだった。なのに、何でお母さんのところ?と納得できない。うーん、うーん、と考えてふと冷蔵庫に貼ってあるチラシのようなものが目に入った。
××市〇〇区 ゴミの出し方
月曜 燃えるごみ
火曜 燃えないごみ
水曜 資源ごみ
木曜 燃えるゴミ
「……ああ、そっか」
僕の住んでいたところ、今日は資源ごみの日だったんだ。そしてたまたまお母さんが今住んでいるところも今日が資源ごみの日。
資源はリサイクル。そういうことだったんだ。
その後何がどうなったのかはわからない。僕はお母さんと暮らすことになり、学校も転校して今ここにいる。お母さんはようやく派遣社員に決まったけど、二人で食べていくにはとても大変でパートも掛け持ちしている。僕も家の事はだいたいやるようになった。洗濯と風呂掃除と夕ご飯とゴミ出しは僕の当番。
お母さんは朝忙しいからゴミを出すのは僕だ。
今でもゴミを出す時は菅田さんを思い出す。あの人が結局どんな人で、何でここを知っていたのかとかそういうのはわからない。ただ一つはっきりしているのは、彼は今もあの町でゴミ拾いをしているんだろうなと思う。
ガサガサとゴミ袋を運び車に乗せる。今回のゴミは大きい。
「おお、お疲れさん菅田君」
話しかけてきたのは市長だった。菅田はにこにこしながらそちらを向く。返事はしないが市長は気にした様子もない。
「いつもありがとうなあ、わが市の美化に協力してもらって。おお、それが今回のゴミだな?」
ゴミは大きめだ。そして自らごそごそと動き、中からうめき声のようなものが聞こえる、ような気がする。
おそらく気のせいだ、だってそれはゴミなのだから。
「すまんなあ。不倫の末の再婚した夫婦なんてどんな噂が立つかわかったもんじゃない。この市にふさわしくないよ、今後ますます発展していくモデル都市なんだ。ゴミは出しておかないとな」
その声を聴いてゴミ袋の中のゴミは悲鳴のようなうめき声が聞こえた、ような気がする。まるで声を出したくても出せないような、声を出すところに何か物でもつまっているかのようなくぐもった音。
だがそれはきっと気のせいだ、だってそれはゴミなのだから。
「今日は燃えるゴミの日だから、しっかりな」
あっはっは、と笑う市長に菅田はにこにこ笑い、運転席へと乗って車を発進させた。
END




